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旅犬のわんだふるな商売(行商犬ケルピー 視点)

庶民犬の視点です。

 商売とは、世知辛いものなのだ。




「………(涙目)……」

「あちゃー。これはまた見事やなあ」

「あー……うん。これ以上は言えないや」


 調理台に置かれたワンケーキ。


 猫人曰く、ニャンケーキ。

 竜人曰く、ゴジケーキ。

 蛇人曰く、クビシメケーキ。

 

 純人の間でカップケーキと呼ばれるものだ。


 犬人の誰もが食べてみたいリーゼロッテ女王陛下が作ったワンケーキ。

 それは黒光りして煙を吐く、摩訶不思議な物体となっていた。


 そのあまりの黒さに俺の本能が訴えている。

 あれは死の色だと。




 王立第一食堂の厨房の一角。

 料理が趣味だった王族のために特別に設けられたという『調理室』。

 一般の家庭よりもはるかに立派な高級犬理石製の台所である。


 敬愛する陛下を囲んでいるのは五名。


 庶民犬代表としての赤髪な俺と、

 美少年の名にふさわしき白髪の護衛と、

 胡散臭い黒髪眼鏡の秘書官。

 更には青少年たち見守る、無駄に美形な宰相とたれ目の料理長。


 全員は昼からずっと、小さな陛下の努力をハラハラと見守っていた。


 ————そして今。  

 ピンクのエプロンの裾を握りしめた美しい銀髪の少女。

 可憐な菫色の目の端に涙を浮かべ、哀しそうに作品を見つめている。


 あまりにも哀しそうだから犬になって擦り寄って差し上げようかと思ったが……周囲と天井裏から殺気を感じ、やめた。 




 それにしても、反応はそれぞれだ。


 硬直して何も言えないマルチーズ卿。

 一方で笑いを耐えながら去っていくハイデガー秘書官。あれはこっそり一人で爆笑する気だな。

 真っ青な顔で焦げた代物を見つめている料理長。

 何かよからぬことを思いついた宰相。


 そして俺。

 行商人協会会長であるレッド・ドッグ・ケルピーは、犬生で一番の窮地に立たされていた。




 彼女が握りしめている袋は、うちの製品だ。

 工場を持たない行商人協会うちが、外部に生産を委託しながら独自開発した、PB(ピンクの肉球のベイビーでも安心)商品というもの。

 大手に殆どシェアを奪われているお菓子の販売。

 小さな個人単位の行商犬である俺たちは、ただ運ぶだけで終わってはいけないと、協会を作って自分たちの商品を育てて来たのだ。


 その中でも大ヒットを飛ばしたのが、陛下が大失敗してくださった手作りお菓子キット。


 花柄の紙袋には大きな文字で、

『どんなに不器用な子だって、簡単に可愛いお菓子が作れちゃうシリーズ~ラブリーワンケーキ版~』

 という印刷がなされている。


 さらに裏面には、


 『巷で大人気の【どん不器(略)】シリーズの作り方は、とても簡単。


 材料を混ぜて練って、足型に入れて、備え付けの固形燃料(丁度よい時間で燃え尽きる)の上に載せて、燃料に火を付けて放置しておくだけ。

 やがて足形からは生地がフワフワに膨れ上がり、バウニラの香しい香りが広がると……。

 はい。

 誰でも簡単ワンケーキ!


 これで出来ない子がいるなんて信じられなーい』


 という解説まで添えてある。最後の部分は要らないな。




 これはうちの「旅犬」ブランドの一つであり、「手作りしたいけど料理が苦手で……」という方の想いを実現した夢のある商品。

 なんと最近は子供向けお菓子市場で、わんこ製菓の「トリガラむいちゃいました」に売り上げが肉薄しているのだ!


 更に市場を取りに行くべく、俺たちは頑張った。

 陛下のお墨付きを得るために、あらゆる伝手を使い、実際に試していただく機会を手に入れたのだ。

 この機会を得るまでにどれだけの苦労があったかなど、涙なしでは語れない。


 そして、ようやく来た今日この日。

 俺たちの「旅犬」ブランドの信頼は、全世界の中心である陛下の元で―――――揺らいでいる。

 





 整った顔に影を浮かべた陛下は、暗いお声を出された。


「……笑顔もまともに作れない私は、誰でもできるというお菓子でさえ、まともに作れないのですね」


 そして『どん不器』の紙袋をさらにぎゅっと握りしめて、下を向いてしまわれたのだ!

 なんてことだ。ピンクの三角巾から、銀糸の髪をほつれさせている様子がとても痛々しい。

 自分たちの製品が、不器用な子を笑顔にしてきた製品が―――――。

 敬愛すべき女王陛下を、哀しみの底に突き落としてしまうとは!


 隣のマルチーズ卿が、あっさり成功した自分の作品と比較しながら唸る。

 なんでこんな簡単なものが作れないのか分からないと。


「リーゼ様、ごめん。何の慰めの言葉も思いつかないや」

「いいのですマルス様。貴方の正直なお気持ちにはいつも助かっております」


 代わりに割烹着を着て見守っていた、顔だけは異様に良い宰相が言葉を尽くして慰める。

 しかし陛下は「いいのです」と俯いた顔を上げない。


 すると彼は、うすら寒い美貌に笑みを乗せた。

 そして窓を突然指さしたのだ。


「リーゼ様! あちらで駄犬が『お手』に成功していますよ!」

「本当ですか!?」


 陛下が思わず窓を凝視した瞬間。

 宰相は異臭を放つ黒い何かを美しく輝くワンケーキに入れ替えた。準備室でこっそり宰相が作った傑作だ。


 しかし、自称家庭犬は間違っている。

 純白のふわふわ生地。とろけんばかりのワ蜜が掛かり、光が当たってキラキラと……どう見たってそれは見事な芸術の一品ひとしな


「もう。何もないじゃないですかレオンハルト様」

「申し訳ありません。その辺のチャバネワキブリがひっくり返ったのを見間違えたようです」

「ちょっと宰相。食堂うちの衛生管理を疑われるからやめて」

「おおっとリーゼ様。ワンケーキが時間経過と共に白くなって、美味しそうになりましたよ!」

「カビたわけでもありませんのに……」


 そして陛下が自分のお皿を見て。

 綺麗だけど気持ちの悪い笑顔の宰相を見て。

 隣のマルチーズ卿が、天を仰いでいる様子を見て。

 



 ―――――陶器人形のような頬に、つーっと涙が。




 凍る調理室。 

 誰も動けない。

 そこに、どこかの閉鎖された塔の患者のような、陛下の暗い小声が響きわたった。 


「分かっているのです。自分がどうしようもなく不器用だということを。でも露骨に上手なものを見せつけなくてもいいではないですか。なのにこっそり交換だなんて、これ以上惨めにさせないでください。レオンハルト様の腕は知っていますよ、それはそれは素敵に作れますもの。でも現実は現実です。認めさせて下さい。そして認めると心が辛いので、少し休ませてください。ケルピー様。本日は協会の貴重な新作を無駄にしてしまい申し訳ありませんでした。ちゃんと推薦はいたします。私以外はちゃんと、作れると……」


 そしてとぼとぼと去っていく陛下。

 どんよりした尊い後姿。

 いつも陛下から薫る素敵な香りも、ぐっと減ってしまっていた。


 マルチーズ卿はため息をついて犬になる。

 彼は黒光りする物体をかごに入れ、口にくわえて涙を浮かべながら去っていく愛すべき少女を追っていったのだ。





 残されたのは、呆然とする俺と料理長。

 そして、一人作業台の上に片手をやって反省している(ように見える)宰相。

 キラキラ光に反射する金髪が、顔を覆ってよく見えない。

 うざいほど眩いな。


 無駄に美形な宰相は、皿に残された黒光りする作品の欠片を口に入れた。

 ―――そのまま数分。 

 良く見えない顔は、真っ白に変化した。

 足元に冷や汗が滴り落ちて汗だまりを作っていく。まじか。陛下の破壊力パねえ。


 そして宰相は、両手を調理台の縁にしがみついて言った。


「会長。刑には処さない。そんなことで大切な国民を減らすわけにはいなかいからな」

 

 しかし、と宰相は続けた。


「代わりに『どん不器』を誰でも作れば黒光りしてしまい、食べればあらゆる人が死にかける物体になるシリーズに開発し直せ。この世の料理が全てこれになれば、きっとリーゼ様は気に病まない」

「無理です」


 八つ当たりだ!






 とぼとぼと、犬の姿で帰る道。

 斜めがけしてずりずり引きずる四角いカバンには、商品見本。

 王宮から続く石畳の道は、この王都を一直線に貫いている。

 両側に建ち並ぶ三階・四階建ての赤レンガの建物の壁には、商会の看板や『歳末大売出し』看板があちこちに立て掛けてあった。わんこ製菓などの大手の商会ほど、王宮の近くの建物に入居して店を開く。


 ちなみに行商人協会の入った建物はこの石畳のずっとずっと先。そこには俺の報告を楽しみにしている協会の仲間がいる。

 だけど失敗したおれは戻るに戻れなかった。

 帰る勇気が出ず、浮浪犬となっていたのだ。さっきから石畳の道を行ったり来たり。

 冬に入ってからずいぶんと冷え切った石畳が、俺の繊細な肉球に染みる。


 日はとうに傾き、空はどんよりとした雪空となっていた。


 ずりずりずりずり。

 カバンが重い。


「今夜は降るかもしれないな」


 流石に刑罰をくらうことはなかったが、国の権力者むだにびけいに悪い印象を与えてしまった。

 次に陛下に試していただける機会は、もうないかもしれない。


 むしろ―――――。

(変な噂が流れて、俺たちが作り上げた旅犬ブランドが売れなくなるかもしれない)

 まいった。しっぽが禿げそうだ。




 思い出すのは、陛下の可愛らしくはずむ声。


『私はいつも皆様にもらってばかりですから! 今度は皆さんに何かを作って差し上げたかったのです!』


 そう言って、表情はお変わりにならないがウキウキと紙袋を開けた陛下。 

 ――――その後の、透明な涙。

 みっちり赤毛に覆われた胸が、ズキズキと痛くなる。

  



 リーゼロッテ女王陛下は、この国の要であり、犬人の心の拠り所であり、何よりも尊敬する方だ。

 貴族や騎士団の連中はそれこそバカみたいに忠誠の押し売りをしているが、庶民だって陛下を敬愛している。

 

 あんなにお小さいのに……。

 すでにこの国の女王として立っておられるリーゼロッテ様。

 あの珍妙な駄犬を愛犬にしていることだけが疑問だが、どの犬にも優しく、愛のある指導をしてくださる。あの駄犬が愛犬なのが疑問だが。

 大事なことなので二回言わせてもらう。


 締めるところはきっちりと締めてくるので、狂犬騎士団の連中が他国に攻め入ったという話も聞かない。

 実に犬のリード遣いが上手いのだ。


(いいなあ。自分も首輪をもらってリードを付けて、引っ張ってもらいたいよなあ)


 でも彼女を悲しませた犬なんて、もう二度と相手にしてもらえないだろう。

 考えれば考えるほどしっぽがしぼむ。

 カバンが重い。





『ばかめ、失敗したな。これだから新規商会は駄目なんだ』


 道の真ん中にいきなり前に現れた犬。

 俺と同じくらいの中型の黒犬。

 わんこ製菓の営業部長、モーレツ・キャトル・ドッグ!


 故郷・アリラトスーオ村に居た頃はそれなりに仲が良かったのだが……。

 あいつはわんこ製菓という大手商会に入ってから豹変した。

 中小商会に入った犬や、俺の様に行商犬を志した奴らを馬鹿にするようになったのだ。

 しかも俺たちが行商人協会を作った時から、「チワワ会長に喧嘩を売るつもりか」と、露骨な嫌がらせをしてくる。


 本当にいけ好かない犬なのだ。


 俺は別にわんこ製菓が嫌いなわけではない。

 コンニ・チワワ会長は一代であれだけの商会を築き上げた立派なお方。

 商犬を目指すものが憧れないわけがない。

 

 だが―――――大手に雇われたからと言って、お前が会長と同様に素晴らしい訳がないだろう!

 この世には、こいつみたいな勘違い野郎が多すぎる。




 やつは四肢を踏ん張って背中に風呂敷を担いでいた。

 四方が出っ張っている。何かの箱のようだ。

 

『ふ。気になるか?』


 聞いてもないのに奴は自慢をしてくる。

 建物の影に移動して見せてくれたもの。

 それは……。




【どんなに素敵な子でも簡単に作れちゃうお菓子セット~ワンケーキ編~】




『うちの「どん不器」のパクリじゃねえか!』

『馬鹿め! これはパクリではないぞ! うちのオリジナル商品「どんステ」だ!』


 わんこ製菓が類似品を出してきただと!?

 あの規模の商会に真正面から喧嘩を売られたら、弱小が勝てるわけがない!


 わなわな震える俺にキャトル・ドッグは言った。


『市場はな。結局は人・物・金。全てをぶつけられたものが強いんだ。弱小が小手先の工夫で勝てると思うなよ』


 そう言って意気揚々と王宮へ向かって行くキャトル・ドッグ。

 俺は石畳の上で打ちのめされていた。


 今はしがない赤い毛玉――――いや、雑巾犬だ。






 そんな俺に、あるチャンスがやってくる。


 ぼりぼり、ぼりぼり。

 道端に行き倒れた俺のカバンに顔を突っ込み、堂々と「旅犬」ビスケットを食い漁る馬鹿野郎がいたのだ。ここは優しく慰めるところだろう!?


 思わず人の姿になって犯人を摘み上げると―――――。


「駄犬……」

「……わん?」


 陛下の愛犬ダシバ・ダ・シバだった。


 つぶらな瞳。

 なにも考えていない頭。

 シバ一族にそっくりで可愛らしく、だが犬人を怒らせた数は体毛の数だけある犬。


(ならば無理だな)

 俺は納得する。


 庶民は『駄犬教ガイドブック』を熟読しているので、駄犬の存在は天災のようなものだと知っている。

 

 こいつがなぜこんなところにいるのか。

 そんなものはどうでもいい。

 駄犬だからな。


 みょーんとのびた物体を吊るしてため息を吐いていると、エンジンの音が近づいてくる。


「てめえ駄犬! こんなところにいたのかって―――――ケルピーか?」

「先輩……」


 聞き知った声。

 顔を上げると目の前には騎士団の側車(二輪車の横に座席を取り付けたもの)に乗ったキシュウ先輩がいた。




 王都の町はずれにあるワンタンメンの店『タロー』。

 側車の横に乗せてもらい、気が付けば普段は忙しくてなかなか行けない名店に着いていた。

 駄犬には店先で残りのビスケットを食べさせる。


 そしてカウンターで差し出される名物・巨大ワンタンメン。

 どんぶりに大量に乗せられた具に、元気な腹の音を感じつつ、奢ってくれた先輩に頭を下げた。


「先輩、すみません。俺会長なのに」

「いいっていいって。いくら協会って言ったってさ。組織を立ち上げたばかりなんだろう? 金が全然回らないことくらい俺だって分かるさ」

「ありがとうございます……」


 そういいながら俯く俺の頭に、先輩は手の平を置いてくれた。


「次のチャンスはすぐに来るから」

「うぐ」

   

 俺はこみ上げる何かで、ワンタンを喉に詰まらせそうになる。


 事情は既に側車の中で話している。

 その都度に頷いてくれる彼。

 中央騎士団なんてエリート中のエリートの尊大さはなく、昔からの兄貴分の爽やかでいささか短気ないつものキシュウ先輩がそこにいた。

 ああ、怒声と罵声と鳴き声に溢れた懐かしい学生の日々よ。


 今の俺はなんなんだ。

 旅をする商人に憧れてその仕事を始めたはずだ。

 なのに、売り上げの先細りに怯え、大手の商会に怯え、陛下の涙に怯え。


 なんて俺は小さな犬(小型犬差別ではない。あしからず)なんだ。

 落ち込んでいると新しい客が入っていた。 


『おやじ、ワンタンメン大盛りで。ボウルで頼む』

「あいよ」


 右下の客にボウルが差し出された。縁に肉球模様がついたメンボウル。

 流石に一流店のようなワンジウッドの輝く白ボウルは出てこないが、はほどよい深皿で、麺系を出す店でよく出てくる人気の品だ。


 一般の犬人は生活を優先するので、たいてい人の姿をとる。

 だが、たまには犬で居たい時もある。

 そんな時のために、飲食店では常にボウルを用意しているのだ。


 今入って来た人物も、犬のまま店の犬場に座り込んで店主に要求をしていた。

 実にうまそうにがっついている汚い黒犬。

 俺はあいつを良く知っている。




「ハリー君じゃないか」

『おや、ケルピーさん』

「知り合いか?」


 挨拶をしあう俺たちに、キシュウ先輩が訊ねる。


「キシュウ先輩。南の行商先で知り合った「泥んこハリー」ですよ」

「ああ! 収穫祭の時に大活躍していたな! しかしケルピー。お前顔が広いな」

「行商犬は歩いてなんぼですから」


 手を叩いて感心する先輩。

 ハリーは照れくさそうに後足で耳を掻く。


 あ、泥がワンタンメンの中に。


 ハリーもある意味旅犬で、世界各国の泥を泳ぐために点々と大陸を旅している。

 犬種は決して明かさず、求めるものは泥競争の勝利と、この世のあらゆる泥をかぶり続けるだけ。

 真の泥犬を目指す男。

 それがハリーだ。



 

『そういえば、ケルピーさん。ワナナって知ってます?』

 

 泥入りワンタンメンを食べきったハリーが教えてくれた。

 

「ああ、南のラバピカの森に生えていたあれか」

「昔からの主食で、焼くとバウイモみたいな味がして美味いんですけど、最近変異が起きちゃったらしいんですよ」


 ――――変異。

 この世界はあらゆる動植物に魂が存在する。

 魂はそのものの形質を代々受け継ぐ特徴があるが、まれに環境や心因で変質し、肉体を変えてしまうことがある。

 

「果肉が甘くなっちゃったんです」

「何!?」

「……別にまずくなるよりは、いいんじゃないのかな」

「キシュウさん、とんでもない!」


 主食が甘くなる。

 これは最悪だ。


 主食とはおかずを引き立て、何度でも食べられる癖のなさが命なのだ。

 パンが毎日菓子パンならば、スパイシーな具と合わない。

 米が甘ければ、お刺身を添えて食べれない。


「昔、帝国がコタツ王国の食料危機に、廃棄寸前だった『甘いカリカリ』を送ったんです。そうしたら猫王たちが激怒して。『お前ら爬虫類は毎日砂糖漬けの肉を食えるのか』と突っ返したという話は有名なんですよ」


 主食に対するこだわりは、どの人種にとっても深いのだ。

 

「それっていつくらいの話なんだ」

「先週です」

「『犬日報』にも『ケンネル新聞』にも載っていないんだが」

「そりゃあそうですよ。マスコミは注目されやすそうなネタでなければ取り上げませんから」

 

 はあ、世知辛い。

 ハリーはボウルを前足で弄る。


「国は? 援助はどうなったんです先輩」

「ああ、昨日支援依頼が来てたな。今、第四部隊が食料の積み込みをやっている」

「……ちなみに中身は」

「ジャーキーだが」


それは駄目だ! 


「森の連中は草食なんですよ!……大手商会は?」

「南の果ての住民なんて顧客じゃないし、国が援助をするんじゃこちらが寄付することもないって断って来たな……」


 キシュウ先輩は立ち上がると「参ったな間違えたか。ちょっと第四部隊のハスキーに連絡してくる」と言ってトランシーバーを探しに店の外に出た。ハリーもついて行く。


 俺は空っぽのどんぶりの前で拳を握りしめていた。


 滅多に出てこないあいつらは、知るものが少ない。

 のんびり屋の元首・カピパラもよく知らないはずだ。


 あいつらは食いしん坊だ。

 そしてあの森に生えるワナナしか食べない。

 ただ援助を待っていては、きっと飢えてしまうだろう。

 それを外部で知っているのは俺たちだけだ。


 ―――――そう。

 たまに様子を見に行っている俺らくらいしか知らないのだ。


 腹の底の中にある、行商犬の魂が震え上がる。

 俺は立ち上がった。


「こんな時こそ、行商犬だ! 大手よりも小回りが利くのが俺たちの良い所だからな!」






 急いで行商人協会の建物へ向かい、仲間たちといくつもの行李に、干しワナナを詰め込んだものを用意した。

 小さな商会らしく、ニッチな市場を狙って色々と食材をかき集めていたのだ。


 キシュウ先輩が「団長には許可を取ったから。戦車は許可がいるんだ。これで勘弁な」と地下道に四輪車を用意してくれる。手伝ってくれるらしい。

 顔だけ出なく心もイケメンな先輩には、昔からいくら感謝しても足りない。


 地図で見れば近いのだが、旅行需要がないラバピカへの道のりは途中から地上の荒れ地を通ることになる。

 ハリーも屋根の上に乗り(座席に泥が落ちるから)、運転席にはキシュウ先輩。

 荷台一杯のワナナに、残りの座席は俺。


 さあ出発だ!


(ん? 何かを忘れているような)


 頭の隅に間延びした顔の何かがよぎったが、一瞬で過ぎ去っていった。













「――――そうして、どうなったのですか?」


 目の前に出されたのはワナナ。

 輪切りされて花びらのように盛り付けされている。

 

 甘いワナナは味も色々。

 何も加工していないのに、ワンケーキ味やクッキー味。果てはチョコ味まで。


 切れ目を入れて日持ち加工をしておけば、袋を開けてそのまま切るだけ。

 陛下にだって簡単に作れてしまう。


 これが旅犬シリーズ最高売り上げをたたき出した製品、

 『ワナナ切れちゃいました』なのだ。


 ――――かれこれもう五種類ほど食べさせられているが、ご機嫌の陛下に勝るものはない。

 手ずから「あーん」をされる幸せを感じつつ、ゲップを呑み込み、武勇伝を語り続けた。


『無事にこいつも飢え死にから救えました』


 前足中には毛玉。

 生きていることは分かるが、あまりにモフモフしすぎてよく分からない。


「それにしても可愛らしいお方ですね」

「ウサギーです。特にこいつはアンゴラと言います」

 

 ヒグマーと似たような魂の構造をしているウサギーは、なかなか意思を飛ばしてこない。

 だが今回の件で、主食となりえなくなったワナナとバウイモを交換することを許可してくれた。

 行商人組合との独占契約だ。


 しかもワナナの利点は「どん不器」シリーズに使えると気が付いてからは、売り上げが右肩上がりで笑いが止まらない。




 モーレツ・キャトル・ドッグ?

 あいつはウサギーの件をコンニ・チワワ会長に伝えずに一方的に断ったらしくて、大目玉をくらったそうだ。

 『目先の利益ばかり追う犬は棒に当たるぞ』とな。

 

 キシュウ先輩も喜んでくれて、同じ旅犬として胸を張るハリーと一緒にワナナの開発も手伝ってくれたさ。

 全員で食べ過ぎて腹を壊したけど。 


 陛下はもちろん大喜びだ。

 毎日手作りワナナを作って、騎士団の連中に恨まれるようになったのは予想外だったけどな!

 ある高貴な犬には「なぜこのシリーズでプリンがない」と睨まれたがどうしようもない。

 



 そしてウサギーを守った一件で王宮に呼ばれ―――――。

 今、俺は陛下の膝の上に。

 アンゴラを抱いてお座りをしているのだ……。


「行商犬の素晴らしいお仕事には感服いたしました。今後もみんなのために頑張ってくださいね」


 いい香りに包まれて。

 たくさん褒められモフられて。

 

 旅犬とはなんとわんだふるなものだろうと、実感している。


 物を通じて犬と犬、犬と未知なるものが出会い、繋がる。

 何かあっても、互いに助け合えるのだ。




 商売とは、なんて素敵なものなのだろう!










 

「ところでキシュウ卿。うちのダシバはどうしました?」

「あ!」


 ――――後日。

 ワンタンメンを「タロー」の店先で食べている駄犬が、黒い宗教指導者に発見されたという。

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