和犬社会は今日も大変(第一部隊副隊長アキタ視点)
「てめえ、駄犬! 今日という今日は縊り殺してくれるわ!」
「わん!」
「ぎゃあああああ! 駄犬が、駄犬が僕を見ていますっ! 興奮していますっ」
とある地下空間に響く怒声と悲鳴。
誰よりもデブで鈍足な癖に、逃げるのだけは上手いダレシバ。
そんな珍妙な生き物を、和犬仲間が必死に追いかけ回しているのであります。
ちなみに怒りで言葉遣いが地に戻っているのは、キシュウ先輩。
悲鳴を上げて逃げまわっているのは、後輩のシバ君であります。
「アキタ! お前もいい加減手伝え!」
棒ダラを齧りながら眺めるのは、わたくしハチ・フォン・アキタ。割と男前で花の独身であります。
もう二時間はこの状態。
ダシバとは本当にしぶとい生物なのであります。
崖から放り投げると、強風が吹いて戻り。木に吊るすと、木にコンドルが激突して枝が折れて逃げられて。大陸の反対側に捨てようと、たまたま飛んでいた竜人の団体客に拾われて陛下の懐に運ばれて。
なんだかんだ、最後には陛下の近くでデブのまま転がっているであります。
毎日こんな調子であります。
だからある日。
とうとう—————キシュウ先輩がキレてしまったのであります。
「殺ってやる……奴の間抜け顔を首ごと引っこ抜いてやる……」
爽やかさを殴り捨て、前髪を掻きあげる先輩。
ついつい学生時代の素のままに、駄犬を殺ろうと牙を剥いているのであります。
折角のモデル顔も、目が充血していたら台無しなのであります。
最近は陛下の前での建前も微妙に崩れてきていて、ハラハラするのであります。
ダシバ・ダ・シバとは摩訶不思議な生き物。
何があっても最後には陛下の側に転がっている妙な物体。
ただのダメシバの癖に世界を平和に救ってしまう、あらゆる意味でおかしな存在。
団長へのストッキング貢ぎ事件以来、国民はようやく嫉妬で粗ぶった感情も収まり、現実としてこの超越犬を受け入れるようになったのであります。
しかし……。
やつの異常な幸運犬ぶりを、キシュウ先輩だけは絶対に認めないのであります。
世間が許しても俺が許さないと。
「犬人の序列からは外れたかもしれないが、和犬社会の序列からは逃れられると思うなよ……!」
とっとと現実を認めた方が、犬生は楽になのに。
あれでいてド真面目な先輩は、誰よりも建前が上手そうで、実はド下手なのであります。
あーあ。棒ダラもう一本食べるであります。
思えば無人島でもダシバはひどかったのであります。
逃げる奴を追いかけていると大木が邪魔したり、突然の竜巻が邪魔したり、風穴に吹き飛ばされたり、雷が落ちたりと、異常事態が必ず起きるのであります。
そして我々の足止めがされた隙に、やつはあちこちで拾い食いをしてしまうのであります。
たまにハズレを食べてしまい、泡を吹いて倒れた時に掴まえては鍛え直す日々。
とうとうキシュウ先輩は「目の前の木が邪魔だ。全て切り倒して世間の風を吹かせてやるっ」と森中の木を倒してしまい、丸裸になった島。
それでも奴は海に逃げ切り。怪獣に襲われてくれて。テロにも捕まってくれて。
攻撃する我々を、巻き添えにしてくれるダメシバ。
まさに修羅場であります。
(ああ、そろそろシバ君が本気で泣きだしそうであります)
自分もしぶしぶ鉄アレイをもって歩き出すと、「アキタ君」と声が掛かったであります。
「そろそろあの二人の血管がキレそうだから、セントバーナード隊長を呼んでくれないか。今日の特訓は終わりだ。陛下がダシバと一緒に我々とのお昼をご希望だ」
簡易イスに座り、冷静に『ダレシバのダレを取る計画』という名のレポート用紙を捲っているのはトサ大先輩。
四人もいる第一部隊の副隊長の中で、一番沈着冷静で隊長代理を多くこなしている方であります。
地味ながらも、気配りと判断力はとうに隊長クラス。
しかしウルフハウンド団長にあくまで第一部隊隊長を兼任してもらっているのは、彼が強く「貴方がいないと隊は駄目になります」願ったからとか。
その実態は逆で、
『あの人は暇になるとすぐに寂しくなって、犬小屋で自分の尻尾かじってハゲ散らかすから』
とのこと。
本当に、トサ大先輩は大人なのであります。
さて、そもそも和犬の社会は超縦社会。
本音と建前が行き交う、世知辛い社会なのであります。
例えば、わんわんバーに先輩が行こうと言えば「ハイ喜んで!」と答えねばならないのであります。
他にも上司が「そのバウマイスターの時計いいな」と褒めてきたら差し上げねばならないのであります。
ついでに和犬女性は男性を褒め称えるのが上手いのでありますが、よく見ると視線としっぽが全く動いていないのであります。
—――――人が気を悪くするような本音を見せてはならない。
言ったら「空気を読まない犬」扱いになり、虐められるのであります。
それは悲惨であります。
昔見た光景で一番恐ろしかったのは、キシュウ先輩がキラリと微笑みながら第七部隊で粋がっていたダルメシアン君の首を絞めて『空気を読め。挨拶が足りない』と落としていた姿であります。
あの時以来、白い歯が怖いのであります。
空気を読めない犬は生きにくい。
一方で空気犬や建前犬が生きやすい、和犬社会。
人はこれを「世間」と呼ぶのであります。
脳内を往年のヒット曲『わんこ節だよ、犬生は』のメロディーが流れるのであります。
しかし、そもそも建前とは立派な様式美。
すでに確立されている外れのないマナーなので、疑問から目を逸らしルールにさえ従っていれば、案外犬人人生は楽なものになるのであります。
そんな建前な生き方をして中央騎士団第一部隊副隊長にまで出世してしまった建前犬の一人が、わたくしハチ・フォン・アキタなのであります!
実力が低い自覚は、あるであります!
でも出世してしまえば、こっちのものであります!
出世までのやり方など、世間では問われないのであります!
副隊長権限で、大好きな高級棒ダラと、アジガハマ印のスルメを食べ放題であります!
経費処理もこっそり誤魔化せば絶対にばれないであります!
そんな要領の良いわたくしも、最近は困った問題を抱えているのであります。
「あの駄犬、マジで痩せねえ……」
地べたにちょっとお下品な座り方をし、ついでに目も座らせているイケメン。
騎士団の中でも指導が厳しくて有名な、ヨシムネ・フォン・キシュウ先輩なのであります。
タオルを首に掛けてうなだれて。
薄茶色の爽やかなカットの髪がボサボサであります。
「リーゼロッテ様からの直接のお願いでなければ、こんな依頼は受けねえよ……」
「分かるのであります」
「でも、嬉しいから引き受けちゃうんだよなあ」
「実に分かるのであります」
「毛並みも撫でてもらえたし……」
「実に実に分かるのであります!」
うんうんと何度もうなずいてしまうのであります。半分はお付き合いではありますが。
『どうか皆さまでダシバを健康にしてくださいね。この子は甘えん坊だから、ちょっと厳しいくらいでいいのです』
犬人の愛の象徴。
愛しの女王リーゼロッテ陛下から、我々に課せられた使命は『ダシバ・ダ・シバのダイエット』。女王陛下直々のお願いなど滅多にもらえるものではない。
だからこそ成功させたいのに。
シバ君など、ダシバが苦手にも関わらず「僕だって和犬です! 信用のある和犬なのです!」と参加してくれましたが、奴の気を逸らすための骨並にしか、役に立っていないのであります。
「皆さんお疲れ様でした。ダシバも良い運動が出来たようですね。さあ一緒にご飯を食べましょう」
雰囲気でとてもご機嫌だと分かる陛下が、手ずからテーブルの下にボウルを並べてくださるのであります。ああ陛下のいい香り。この香りに包まれて食べるお昼は最高なのであります。
キシュウ先輩が涙を流しながら『ああ幸せです。このために私は生きている』とボウルにがっついているであります。
そんな先輩をそっと撫でてくださる陛下。
「今日は王宮でしーえむというものをやるそうですね。劇団犬の方もいっぱい来てくださるそうですから楽しみです」
最近の陛下は、毎日たくさん我々をモフってくれるのであります。
あの小さな手で毛をもしゃもしゃにされると本当に幸せで、わたくしなど眠ってしまうのであります。
それはまさに至福。顔がブサイクになっても仕方ないのであります。
陛下を守るべき我らが、陛下に守られていると実感できるひと時であります。
—――――しかし。
『それにしても、まったく痩せませんね』
同じくボウルを突つく宰相が、早食いで満足して仰向けに眠るダレシバを眺めて余計なことを言ってくれたであります。泣いていたキシュウ先輩が固まるであります。
ニコニコとボウルにトサ大先輩のお代わりを注ぐニューファンドランド夫人が「まあまあ」と取り直してくれるかと思いきや、
「和犬男子の皆さんには、ちょっと難しい課題だったのでしょう」
と、止めを刺してくだったであります。
『そんなっ違います! 和犬に出来ないことなどありません!!』
慌てて走り寄り、前足を陛下の膝に掛けて縋りつくシバ君。
どうも彼のプライドをいたく刺激してしまったよう。
ほう、珍しく積極的。下位とはいえ王配候補なのだから、普段からもっとツンデレのツンを取って頑張ればいいのであります。だからマルチーズの悪魔なんぞにバカにされるであります。
でもまあ、無理でしょう。
それが出来ていたら、最年少の副隊長に陛下と離れ離れになる大陸運営など、誰も押し付けないのであります。
陛下は彼のテンパり具合を可愛いと思って下さっているようで、(雰囲気で)笑いながら、「ええ、皆さん信用していますよ。でも無理だけはしないでくださいね」とシバ君の頭も撫でてくださいます。なんと羨ましい。
うん。自分もしてもらうであります。
のしのしと陛下の前に頭を下げるのであります。
体が大きい大型犬はかわいらしさが足りないと思われがちでありますが、コツがあるのであります。
大切なのは上目遣い。窺うように見上げるであります。ちょっとアホっぽく笑うのも、ワサオチック(乙女チックの一種)なのであります。
地面すれすれに伏せた、でっかい犬の上目遣い。
無表情に見える陛下の雰囲気で、キュンとしているのが分かるであります。
『陛下、(シバ君やキシュウ先輩に構っている暇があったら)わたくしを撫でて欲しいであります』
おやおや、キシュウ先輩がこちらを睨んでいる模様。
ほら早く。いつもの建前の爽やかさを、必死に思い出すでありますよ。
あ、そこそこ。もっと掻いてくださいであります。
耳の後ろなど最高なのであります。甘い鳴き声でリクエストをするであります。
向こうでトサ大先輩が呆れているであります。
でも建前犬は平気でこれくらい出来ないと、和犬社会で長生きできないのであります。
(それにしても上手くいかないのであります)
ダレシバのダレを取るべく始めたダイエットは、これでも色々試しているのであります。
秘密の地下室の運動以外では、食事。
奴のご飯は、熱量の高いものを減らして野菜を倍増。
だけど、ちっとも体重が減らない。
変わらぬダレシバの、地面に広がる腹の肉。
体重計に載せた時のトサ大先輩のため息と、シバ君の涙目と、キシュウ先輩のうがーという悲鳴が毎度の光景なのであります。
ダイエットなんて消費量が摂取量を上回ればいいだけなので簡単であります。
現在我々の努力により運動はそれなりにしている。
と、なると。
つまり奴は、どこかでこっそりおやつをもらって来ている。
そういうことになるのであります。
第一候補は大導師ゴルトンでありますが、奴はリーゼロッテ大陸に渡って生き残りの純人教にダシバ教を広めているであります。
流石にダシバを他の大陸にまで連れて行くと陛下が涙目になるので、第七部隊が作成した「今日のダメシバ映像集」を携えて戦いに赴いたであります。
純人教なぞ、過激派の跋扈を許したという点で滅びても自業自得なのであります。
しかし穏健派でやってきた一部の者たちは流石に気の毒なので、早く方向転換をすると良いであります。
わたくしはほどほどに共感力のある一般犬なので、負け犬には優しいのであります。
第二候補は陛下でありますが、陛下はキシュウ先輩に輪をかけたド真面目なので発言を違えることはないであります。純人教たちにも「駄犬の健康のために」強くおやつを与えることを禁じているであります。
第三候補はもう一人のダシバの飼い主、バド・ラック・ハイデガー殿であります。
しかし、彼は実に賢いので余計なことはしないのであります。
しかし、ここのところようやく犯人の目星が立ってきたであります。
恐らく唯一まともな官僚であるアントン・フォン・ユマニティ殿以外の、王宮にいる全純人。
特に誰かというものはなく、ご飯を食べているところをじっとダシバに見つめられると、うっかり一口上げてしまうようなのであります。
一人、二人ならいいのであります。だけど、皆が上げたら大変な量になってしまうのであります。
せめてもっと走って筋肉を付けてくれればいいのでありますが、超常現象まで味方に付けて逃げるのだから本当にしょうもない。
全く持って、腹の立つ出っ腹野郎であります。
大司祭の説くわんこ教では健康————―特に最強奥義「イキイキポックリ」が素晴らしい死後を保証すると言われているのであります。デブ状態が続くのは最悪で、歴史上シロカブトを作ってしまったほどの、魂への暴力なのであります。
「可愛いから一口くらいいいよね」と単純に考える純人たちは、どうもこの辺の犬事情を分かってくださらない。
なので、他人種の増えたケンネル王国では、まだまだ人種間の摩擦は続きそうであります。
(……普段ならどうでもいい話なのでありますが。はあ)
ため息しかでないのであります。
(さてどうするでありますか)
アジガハマ印の焼きスルメを齧りながら、秘密の地下室からこっそり上がり、勝手に自主休憩してベンチに座っていると。
向こうから学校同期の劇団犬・ホッカイドウが、トコトコと歩いてきたのであります。
あの丸顔。可愛らしいしっぽ。
自分以上に要領の良い、嫌な野郎なのであります。
元はしがない劇団犬。
しかし最新トランシーバーのCMに「尾藤さん」役で出てヒット。大儲けをしたであります。
すると途端に、狂犬騎士団で出世していた学校同期のわたくしにマウンティングを仕掛けやがったのであります。
実にムカつく野郎なのであります。
裏の顔が薄情な奴は……。
はい? 同族嫌悪?
聞こえないのであります。
奴は白く整った毛並みを見せつけて顎を上げたであります。
『やあ、ワサオ。相変わらず芸はスルメだけかな? ワタシはこれから王宮でCM撮影なんだ』
「ハチなのであります。忠実なるカッコいい軍用犬なのであります」
『ただの建前犬のくせに』
「君に言われたらお終いであります。三流劇団犬」
互いに火花が散るであります。
昔から近所に住んでいたので、親に何かにつけて比較され続けて、条件反射でムカつくのであります。
奴はふん、と鼻で笑ってくれたであります。
『さて、これでも売れっ子犬でね。時間がないからもう行くよ。暇な中間管理職犬』
「とっとと地獄の果てにでも行くであります」
「わん!」
全く。せいせいするであります。
わんなどと元気に吠えやがっ—————―わん?
「アキタ君」
後ろを振り向くと、笑顔のトサ大先輩。
力尽きた犬の姿のキシュウ先輩を右脇に担いで、気を失ったシバ君を左脇に担いだ大先輩が、じっとわたくしを見て笑っているであります。
「ちょっとみんな疲れちゃってね。アキタ君は力が余っているだろうし、暇だろう?―――――計画ではダシバの体重をあと半日で二キロ落とさなきゃ間に合わない。任せたよ」
「え、ちょっとそれは不可能であります!」
「何を言っているの」
トサ大先輩の固定化した笑顔は——————全く、目が笑っていないのであります。
「和犬なら、『はい』だろう?」
—――――ちょっとサボり過ぎて、怒らせてしまったであります。
ただいまCM現場にダシバのリードを持って座っているであります。
トサ大先輩が「君なら余裕だろう? 結果を待っているよ。結果だけしか見ないから安心してね」と笑顔で去って行ったので、失敗したら減給が待っているであります。
ああ、ホタテの干しひもが、美味いであります。
「きゅーん、きゅーん」
ダシバがわたくしの軍服のズボンに前足を掛けて干しひもを強請っているでありますが、払える金もないのに強請るものではないであります。
この散歩についてわたくしは、奴に『餌を与えないでください』と書かれた犬用シャツを着せたであります。いちいち周囲に注意するのも面倒くさいので。
「きゅーん、きゅーん、きゅーん」
「ダメでありますよ、ダシバ君。君はすでに監視されているであります。せめてほら、ダイエットの味方のワンニャクを食べるであります」
プルプル震えるピンクの足型の怪しげな物体を、携帯ボウルに入れるであります。
奴はクンクンと匂いを嗅いで……遠ざけたであります! なんて贅沢な!
思わず説教をしてしまったであります。
「君は自分で何も稼いでいないのであります。ヒモに食事を選ぶ権利などないのであります。ならばこれくらい黙って食えであります」
『ワサオ。何を駄犬に説教しているんだい。「ダシバに説教」ってことわざが流行っているのを知らないの?』
向こうから撮影が終わったホッカイドウがやってくるであります。
「知っているであります。無意味の極地を意味するであります。しかし、明日から減給になる哀しみを抱えていると、何かを言わなければ気が済まないのであります」
『ふーん。じゃあさ、「ダシバに美犬」ってことわざは、『わんわんわん!!!』おおっと。やっぱり、ね』
散歩拒否をして引きずられてきたダレシバが、元気に立ち上がったであります。
垂れたお腹を揺らして、興奮してホッカイドウに突っ込んでいくであります。
なぜ?
そんな疑問に、首に噛み付いて駄犬を転がし、奴が仰向けになったところを前足で踏みしめたホッカイドウが呆れて言うであります。
『ワタシが美女犬だからに決まっているでしょうが。いい加減アヤって呼んでよ。そして婚約者の美しさを素直に褒め称えるべきだよね!』
そうだったのであります。
こいつは許嫁の婚約者だったであります。
鼻水垂れていた時からの付き合いなので、全く持って女に見えないのであります。
冷たい目で踏みしめた駄犬を見下ろして「男の和犬はやり方が一辺倒なんだよ」と意見するであります。
『そもそもダイエットなら女に任せた方が早いよ』
「じゃあ頼むであります!」
『いつも人任せだよね、ワサオは』
「楽に流されるのが一番であります!」
『………じゃあ、条件があるよ』
そこからほんの、半日のことだったであります。
奴の体重は—————なんと三キロも落ちてしまったのであります!
その方法は全く想像がつかないもので————。
劇団指折り美女犬を五百メートル四方に並べて『ダシバくーん。いいことしない?』と優しく鳴いて呼ぶのであります。
すると奴は「わんわんわんわん!」と大興奮して、必死に走っていくであります。
一人の美女犬の所に辿り着こうとすると、もう一方から『ダシバくぅーん。それよりもこっちに来てよ』と甘く鳴くのであります。
もちろん奴は「わわわわわんわんわん!」と、喜んで方向転換して走り。さらに美女犬に届こうとすると、反対方向から、お尻の綺麗な美犬が流し目をして、くうんと鳴いて誘ってくるから方向転換し。
奴は片道五百メートルの距離を、何度も何度も往復したのであります。
そして日が暮れる頃には、奴は四十二キロ以上を走り切り、事切れるように倒れたのであります。
ヒョイっと茶色い屍を持ち上げて体重計に載せると、見事に三キロ減。
女を見直したのであります。
そうしてしばらく劇団犬の協力を仰ぎ—————ダシバが目標の体重に達し、感動した陛下に抱きしめてもらった頃。
王宮の食堂で、アヤにお小遣いの中から最高額のプリンを献上していたであります。
「ほうらね、女に任せておけばいいんだよ。男はただ走っていればいいんだから」
機嫌よくアヤがフォークを握る手には—————半端なく高い結婚腕輪。
条件として買わされたであります。
ダシバが一キロ痩せるごとに。
ついでに親戚に挨拶、ついでに役場に、ついでに高級わんわん宝飾店と。
条件をこなしているうちに財布も握られて、なんだか首輪が苦しくなってきたのであります。
アジガハマ印のスルメを買う小遣いがないと愚痴ったら、トサ大先輩は悟り顔で言うであります。
「アキタ君は楽したがりのズルい建前犬だから、和犬社会に流されるが上手いけどね。楽をしようと和犬女に流されたら、一巻の終わりだよ」
もう遅いのであります。
和犬社会とは、とても辛いものなのであります。
実際のわんこには、スルメも貝ひもも消化が悪いので基本はNGでお願いします
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