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【過去編】 ケンネル王立保育園の幼児たちは、ご主人様の夢を見る

夏コミのペーパーに載せたSSです

 ケンネル王立保育園。


 集められているのは国内から集められた三歳から五歳の幼児。

 王国の将来を嘱望された子供たちだ。


 彼・彼女たちの夢は、

『いつか愛犬として選ばれて、唯一人の王族かいぬしとずっと一緒に暮らす』

 こと。


 犬人は王族たちが大好きだ。

 王族にだって、犬人を愛している。


 だからこそ。

 ただ一人の愛犬を選ぶことは、とても重大な人生のイベントなのだ。






 ある日、窓際で頬杖をつく天使が呟いた。


「はやくボクにご主人様ができないかなあ」


 ぷにぷにの赤いほっぺ。

 金髪に大きな金茶の瞳。

 外から流れる爽やかな風が、ふわふわの前髪を流していく。




 美幼児レオンハルトは憂鬱だった。

 なぜなら今年保育園に入園したばかりの三歳の子が、もう一人の王族の愛犬に選ばれたからだ。

 直系の王子。

 しかも向こうの一目惚れらしい。


 その幸運な子犬は、アフガンハウンド家の子息ライナスだ。

 出版社と大人の事情でスヌーピーからライナス変名したらしいが、そんなものレオンハルトには関係がない。


 母親の外見を受け継いでビーグルで、とても愛らしい子だった。

 くりくりした目が可愛らしい鮮やかな赤毛。

 これからは赤い毛皮の犬が、みんな嫌いになりそうだ。




「ちぇ。愛犬ならゴールデンレトリバー一族に決まっているのにさ」


 犬人いぬびとをあまねく愛してくださる王族(飼い主)も、唯一の犬として選ぶ『愛犬』は一人だけ。

 王族はたった数百人しかいないのに。

 五千万人の犬人の殆どがあぶれてしまう。


 そして先日。

 一枠埋まってしまった。




 さっきから壁に向かって背中を丸めて親友に愚痴る。


「そう思うだろ? ダリウス」

「……そうだね」

「ちゃんと聞いててよ! ……何やっているのさ」


 ぽりぽりぽりぽり。

 ぺろぺろ。

 ぽりぽりぽりぽり。


 普段からぼんやりしている黒髪のあどけない幼児が、夢中になって菓子を頬張っている。

 一欠片もこぼさないよう紙袋の受け口すら必死に舐める。

 人目に付かない部屋の隅で、背中を丸めているのが怪しい。


 レオンハルトは後ろからのぞき込んだ。



「ダリウス、それ……」

「わんこエンジェルクッキーだよ。けさあいさつしたら、アベルさまがくれたんだ」

「えー! いいなあ!」


 アベル様は王族の一人だ。

 だが、直系からは外れているためあまり目立たない。 

 更には体が弱く、普段は王宮の奥に籠もって出てこないため、公式行事でも見た犬は少ない。


 でも子犬たちは知っている。

 たまに差し入れをもってふらり現れては、保育園の子供たちの頭を撫でてくれる、優しい人なのだ。

 



 ――――――偶然『一人だけもらえた』ダリウスは、喜んでこっそり自分だけで食べようとしている!!

 レオンハルトは怒った。


「ずるいぞ、一人で食べて! ボクにもよこせ!」


 ぽかり。

 ――――きゅーん!


ダリウスの泣き声に、子守犬の先生たちが慌てて走り寄ってきた。


「こら、レオンハルト君! ダリウス君をいじめちゃだめでしょう!?」

「知らないもん」


 先生に背中を向けて、もぐもぐと戦利品を咀嚼する美幼児。

 とても賢いが、性格はあまり宜しくない。


 後ろでは、おやつを奪われてきゅんきゅんと泣く大型犬の子犬。

 犬に変化したダリウスを抱きしめた先生はレオンハルトを叱るが、頑固な美幼児は全く堪えた様子がなかった。




 そこに一人の偉そうな幼児がやってきた。


「ふん。まけいぬはみじめだな、ダリウス」

「……バーバリアンか」

『ぐすぐす。いじめっこがきた……』


 現れたのは、凶悪な表情の幼児バーバリアン(五歳)。

 喧嘩大好きなピットブル家の跡継ぎだ。

 何かある度に大人や体の大きい子犬に喧嘩を売り、その都度退園の危機にさらされている。


 ぴんぴんに立った灰色の髪が特徴的で、大きな目を威嚇するように眇めながら、顎をあげ偉そうに歩いてくる。


「あいけんなんていいものじゃないぞ。とうけんがいちばんだ!」

『けんかなんてやー』


 先生の胸に顔を埋めてふるふると震えて否定する、大きな黒毛玉のダリウス。

 レオンハルトは「それは聞き捨てならないな」と振り返った。


「愛犬とは飼い主の唯一だよ! 犬なら誰だって憧れるに決まっているじゃないか!」


 にらみ合い、相対する幼児二人。

 視線の火花が飛び散る。




 レオンハルトの主張に、周囲の幼児たちが一斉に賛同をし始めた。


「わたしもわたしだけのごしゅじんさまがほしいの~」

「あいけんになったら、ぼくだけいっぱいあそんでもらうんだ!」

「まいにち、ブラシをしてもらえたらなあ」


 今日も保育園は賑やかだだ。


 ただ一人だけ。

 壁際で静かにプリンを食べ続けている子犬もいる。

 女性の先生や女の子たちに、おやつを毎日貢がせているボルゾイ家のマゾだ。

 年少組のくせに誰よりも落ち着いている。


 ……ついでにレオンハルトと張る亜麻色の髪の美幼児だが、時折小賢しい金髪子犬よりも、女子受けはこちらの方が断然良い。






 わいわいとした空間を、突然甲高い泣き声が切り裂いた。


「うわああああああああああん!」


 レオンハルトたちが視線を送ると、床にぺたんと腹ばいに倒れて大泣きしている幼児がいた。

 周りに三歳児のお友達が集まって、必死に慰めている。

 あれは……。


「ライナス。あいけんになったきねんにもらった、ごしゅじんさまのくつしたがなくなっちゃったんだって!」


 顔中を涙と鼻水で一杯にした愛らしい赤毛の幼児が、つっかえつっかえ説明した。


「ぐす。アルさまのくつしたをね。もらってね。うれしくてかみかみしていたらね。なくなっちゃったの」

「だれかぬすんだんじゃないの? ライナスがみんなにみせつけすぎるから」


(誰かがライナスの大切な靴下を盗んだのかもしれない)


 しーん。

 誰もがライナスに嫉妬していたために、お互いを見つめてしまう。

 疑念が部屋中に満ちていく。


「だって、ぼくだってくつしたほしいけどさ」

「ライナスのくつした。すっごくうらやましいけどさ」

「でもいちばん、しっとしていたのは、レオンハルトだよね」

「ボク!?」


 とんだとばっちりだ。

 仰天するレオンハルト。




 金髪の美幼児に、次々に視線が集まっていく。

 確かに普段から「立派な家庭犬になる! そして愛犬になるのはボクだよ!」と周囲に宣言していたが、流石にそれはない。

 レオンハルトは後ずさった。


「ボ、ボクじゃないよ!」

『……そうだよ。レオンハルトはひとのものはとらないよ。ぼくのおやつはとるけれど……』

「ダリウス!」


 親友ダリウスがあまりフォローにならないことを言う。


「かんたんだ! けんかできめればいい。けんかをしてまけたやつがはんにんだ!」


 逆にこの雰囲気に生き生きとして、満面の笑みのバーバリアン。




 わんわん! 

 きゅんきゅん! 

 くーんくーん!


 保育園は大混乱だ!


「愛犬の話題は本当に困るわ……子供たちはただでさえ感受性が高いのに」

「ええ。幼少の頃に愛犬に選ばれると嫉妬を受けやすいから、犬生が大変なことになるというのに。王はちゃんと止めてくださらなかったのかしら」


 先生たちも困った顔を見合わせている。

 そして鼻腔を擽る、良い香りに気がついた。


「これは……」

「あの方が来てくださったのね! 良かった。これでなんとかなるわ」






 ――――――悩める幼児たちの前に、救いの飼い主が現れた!


「みんな、元気かな?」


 白皙の硬質な美貌。

 ひょろりとした体に、王族を象徴する白い服を纏った青年だ。


「おやおや。みんな深刻な顔をして見つけ合って。どうしたんだい?」

『アベル様ー!』


 先生の腕から飛び出したダリウスが、大興奮して裾に飛びついてじゃれつく。


『アベル様、アベル様、アベル様ー!』

「おおっとダリウス。また重くなったね。足がしびれるからちょっと退いてね」


 そしてアベルは先生たちを呼び、腕の中の荷物を預けた。

 

「王太子から注意されてね。今朝、ダリウスだけにお菓子をあげちゃったから。たった一人におかしをあげたら後で喧嘩になると困るから、ホネホネボーンの差し入れに来たんだ」

「アベル様、わざわざ申し訳ありません」

「いやいや、僕の対応がまずかっただけだからさ」


 先生方に渡された荷物は、大量のおかしの袋だった。

 園児たちは大興奮だ。


 ……だけど哀しいかな。

 哀しくて泣くライナスの視界に、おかしは入らない。


 容疑者にされそうなレオンハルトにも、そんな余裕は全くなかった。




 原因を聞いたアベル。

 彼は「なるほどね……」と頷いて、アベルの足の甲に乗らないように、でも必死に頭を擦り付けるダリウスを脇にどかした。


 そして突然。

 服を脱ぎだした。


「アベル様!?」


 保育園の先生たちの混乱をよそに、彼は一枚一枚着物を床に落としていく。

 やがて白パンツ一枚になった。

 先生の一人にハサミを依頼して、衣類をざくざくと切り分ける。


「犯人がいるなら絶対に中央騎士団のお兄さんたちが見つけるよ。だから、今は友達を疑っちゃだめだ。だから今日はこれで遊んでいなさい。僕の匂いで良いならね」


 王族かいぬし匂いのついた、たくさんの端切れ。

 園児たちはさらに大興奮だ。


「ふわ! いいにおい!」

「いいにおいだ!」

「あべるさまありがとう!」




 すんすん。

 くんくん。

 かみかみ。


 みんなが端切れで遊び始めたところで、泣いていた小さなビーグルのライナスの頭を撫でるアベル。


「もう宝物を見せつけちゃだめだよ。持っていないもの一方的に自慢されたら、もやもやしてしまう人が多いのだから」

「うん……おにいちゃんにも見せびらかせちゃだめっていわれてたの。でも、じまんしたくてがまんできなかったの」


 こっくり頷く幼児に、パンツ一丁のアベルは、薄い胸の前で腕を組んで頷いた。

 ついでに軽くくしゃみをする。


「へくち! まあ、これでとりあえず落ち着いたね。レオンハルト君も疑われなくて良かったよ。靴下も恐らくアル様が洗ってしまったのだろう。あの人きれい好きだから」

「あ、ありがとうございます。アベル様!」

「ダリウスからよく聞いているよ。普段はいじめっ子からこの子を守ってくれるんだってね。これからもよろしくね」

 

 子犬ダリウスが、、めげずにクーンと鳴きながら近寄ってきた。

 アベルの臑に抱きついて甘える。


『アベルさま、だっこー』

「だめだよ、ダリウス。王族は皆に平等なのだから。とりあえず、ほら」


 アベルは片手をダリウスの硬い黒毛の頭に置き、もう片方の手をレオンハルトの柔らかい金色の頭においた。

 よしよしとなだめてくれるのは細い手だ。


 平等に愛してくださるその温かさに、レオンハルトは心がほっこりするのを感じた。




(これが、ご主人様の手……)


 飼い主――――王族たちはいつも温かく、犬人を見守ってくれている。

 自分だけのご主人様が欲しいけど、でも、こうして優しさに触れる度に幸せになれるから我慢できる。

 レオンハルトは、早く飼い主たちを守れる立派な犬になりたいと願ったのだ。




 アベルがくしゃみを連発して、警備犬に連れられていく。

 窓際で二人の幼児は、もらった袖元を抱きしめ座っていた。


「ダリウス。ボクさあ、なれるならアベル様の愛犬になりたいなあ。難しいだろうけど」

「ぼくもだよ。愛犬は一人しかなれないけどさ、レオンハルトと二人でなれたらいいな」

「そうだね。愛犬になれなくてもさ、二人でアベル様に仕えたいよね」

「うん」


 二人は寄り添って、アベルが去っていった王族の住む王宮を眺めていた。


 やがてレオンハルト五歳は、麗人レオンハルト二十八歳に成長し、国を支える宰相となる。

 泣き虫ダリウス五歳も、精悍な美形ダリウス二十八歳に成長し、外敵から国を守る最強の騎士団長となっていく。

 それでも心が変わらない。


 ご主人様と一緒にいたい。

 そのために、全身全霊をもって、ケンネル王国を盛り立てていくのだと。






 ――――これは二人が、アベルの娘・リーゼロッテの犬となる、少し昔のこと。


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