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女王陛下の海賊犬(第三部隊副隊長・スキッパーキ視点)

 空にたなびく海賊旗。

 海原に響く犬の遠吠え。


 我らは海賊犬。


 女王陛下の、犬。






 ルマニア大陸の南端。

 ラバピカ共和国の沖に現れたのは小さな海賊団だった。


 奴らは漁船を二回りほど大きくした三隻の船で、中規模の商船を囲み、船体をぶつけている。

 数刻して、一隻からはしごが掛けられた。

 次から次へと海賊が渡っていく。

 

(見慣れない船……どうやら最近現れ始めたという新興の海賊団か。船体は旧ユマニスム王国のものが大部分……あのメンテナンス状態だと、ここ最近のものかもしれないなあ)

 

 頭の中でパラパラとめくられる報告書。

 一つ該当した。

 ユマニスム併合の混乱に紛れて、数隻の船が盗まれたと報告されていた一件。




 同僚で航海長のダルメシアンが、望遠鏡を覗きながら、目の前の隊ちょ――――いや、船長に声を掛けた。

 隣には誰よりも長身の男が、精悍な顔で海を睨んでいる。


「船長、獲物ですよ。最近、古美術商船を襲っていた奴らかもしれませんね」

「……」


 船長が黙って片手で指示をする。


「承知しました! 進路、ワン-ワン―ワン!」

  

 頷いたダルメシアン。

 良く響く声で、ただちに船の航路を変えていく。




 さあ、僕らの出番だ! 

 陛下が即位してから久々の海賊業だ!


 僕はデッキブラシを収納棚に放り込んだ。


「みんな、準備だよ! たらいの用意は?」

「完璧です!」

「第四部隊の連中が書いた落書きも消しておきました!」

「よし。あいつら後でシメる」


 僕は部下にあれこれ指示を出しながら、小型艇を確認に行く。

 船倉に降りる前にちらりと船長を見た。

  



 僕らのグレートデン船長だ。

 彼はトレードマークである、黒一色の船長服を着て腕を組んでいる。

 鋲が打たれた黒革のコート。なめした黒革は風雨に磨かれ鈍い光沢を放つ。

 その長い裾を海風になびかせる姿は、いつ見ても格好が良い。

 この装束が似合うのは、船長以外ではウルフハウンド団長くらいのものだろう。


 そして、風になびく灰色の短髪。

 灰青の双眸は、普段の穏やかさを伺わせないほどに険しい。


 それは当然だ。

 これから『海賊大王』に率いられた『クレイジードッグ海賊団』が、あの海賊えものらに襲いかかるのだから。


 ――――――なぜ軍船ではなく海賊船なのかって?

 理由はこの後を見てもらえば分かるので、ちょっと待ってね。




 あ! 忘れていたけど、僕の名前はバルバール・スキッパーキ。甲板長兼特攻隊長だよ。

 その辺によくいる、明るくてイケメンな小型犬だよ。

 もふっとした黒い毛皮に弾丸のように敏捷な体が自慢なのさ。


 ちなみに彼女はいないので覚えておいてね。

 よろしくね~!






 やがて僕らの船が奴らの前に現れると、途端に動揺し始めた。


「突然巨船が現れたぞ!?」

「あのドクロが骨を銜えているマークを見ろ! クレイジードッグ海賊団だ!」

「まさか、海賊大王が来ているのか!?」


 そうでしょう、そうでしょう。

 海賊たちが驚くのも無理はない。

 突然、目の間に見たこともないような巨大な漆黒の帆船「狂犬丸」が現れるのだから。


 船のデザインはよくあるもの。

 ルマニア大陸で昔から広く利用されている古い型の帆船だ。

 だが異様に大きい。ケンネルの軍艦並みだ。

 力強く大波を切って進む様子は、まるで伝説の竜人・リヴァイアサンのようと評される。


 何よりも特徴は足の速さ。

 船乗りが汎用する望遠鏡では確認できないほど遠い場所から、一気に加速して獲物に近づける。

 「底に何か付いているのでは」と思われるほどだ。

 

 もちろん付いているよ! 

 種も仕掛けも大アリだよ!




「も、もうだめだ!」

「降参の準備だ!」

 

 奴らの中で年かさの男たちが騒ぎ始めた。


 大抵の賊は、長年海と付き合っている者ほど、この船を見ただけで降参する。

 反抗することなく投降するのだ。

 海に轟く「海賊大王」噂をよく聞いて知っているから。

 何百年も悪夢のように引き継がれる、船乗りの噂。


 海賊大王は恐怖の船。

 海をさまよう狂犬の群れ。

 常に獲物を求めて蠢く。


 あくまで僕たちの船は、対海賊の海賊。

 海賊船を襲っては獲物や人質を奪っていく。

 クレイジードッグ海賊団は、昔は純人や帝国の商船を主に襲っていたが、今はもっぱら海賊が専門だ。


 その方が「あの方にばれない」から。


 


 宝も、命も。海賊から奪ったものはまともに還さない。

 何せ賊だから。正当な交渉などしない。

 だから僕らがもしも、各国の軍船に捕まって殺されたとしても――――誰も助けてはくれない。

 そのような存在だ。



 

「脱出をしろ! 投降すれば命は取られん! 人質えものを殺したやつはその場で殺されるかな!」

「投降しなければどうなるんです!?」

「……分からん」

「なぜ!?」

「浚われて海の果てに連れて行かれ、その後戻ってきたものはいないからだ」


 真っ青になる、純人の若い海賊たち。

 一方で、一番派手な格好をした若い男が命令した。

 あいつが頭か。

 真っ赤な短いコートを裸の上半身に引っかけて、奪った宝飾品を首に巻いている。

 

「逃げるな! 噂に聞くところによれば、人質さえ殺さなきゃ殺されないっていうじゃねえか。大砲だって撃ったって話がねえ。とっとと人質を盾にしてずらかるぞ!」

「お頭、例のものは」

「ああ。ちゃんと持って行けよ。人質は海に捨てるが、ソレだけは絶対に持って行け。あいつらが下手な宝石よりも高く買い取ってくれるからな」


 足の速い中型船乗り換えるべく移動を始める。

 ベテランの船員も、こちらを不安げに見上げながらも、船長について行った。




 うんうん、聞こえている。

 犬の耳はとてもいいんだ。

 確かにこの船からは、砲弾は撃たない。


 だけど――――。 

 僕ら自身が弾丸だからね!


『小型艇部隊「たらいわんこ」行くよ!』


 僕らは犬の姿になり、海に浮かべた複数のたらいに飛び乗った。

 外見は本当に洗い物用のたらい。犬姿の小型犬が三匹入ればすぐに窮屈になる木のたらい。

 だけど足元のボタンを押せば――――ぽちっと、な。


 バルバルバルバル。ブオン。


 たらいの下から轟音が鳴り、急速に前進、いや空中に僅かに浮かびながら前方の敵船に吹っ飛んだ。

 豊かな毛並みが流線形を描いて後ろに飛ぶ。

 僕の後に続いた部下たちも、まるで楕円の弾丸のようになってたらいで海上を吹っ飛ぶ。


 楽しーい!!


 この爽快感! 第五部隊を追い出された甲斐がある!

 海を飛ぶわんこって最高!




『隊長! おわん機に乗ったクリザジークが墜落しました!』

『だから、たらい型にしとけってって言ったのに!』

『無理です! やつは「世界最小の犬の栄冠を手にするまで、陛下へのちっちゃいわんこアピールを止めない」と宣言しています!』

『頑固だね!』

『我々全員が似た犬ですがね!』

『全くだ!』


 みんな各隊からのはみ出し犬だ。

 海の危険と自由さに惹かれたもの。

 僕みたいに「たらい」にはまったもの。


 第三ぶた、いや、クレイジードッグ海賊団はそんな連中を受け入れてきた。

 おかげで毎日騒がしくて喧嘩三昧。同僚のダルメシアンとだってぶつかってばかりだけど、そこには仲間の絆を感じる。

 だって全員を優しい木漏れ日のように包んでくれる、懐の大きなグレートデン船長がそこにいるから。


 だから僕らは安心して「ねずみ取り犬」となる。

 まずは……一匹!




「がうっ」

「ぎゃあ!」


 たらいが商船の舳先を越え、上手く甲板に乗り上げる。

 その勢いで体が空中に放り出された。敵の海賊の喉元に嚙みつき、押し倒す。

 

 とっさに人の姿になり、頸動脈を絞めて気絶させる。

 続いて各隊員が一人一人、確実に昏倒させていった。

 昔は一撃必殺も許されたのだけど、我々の女王様が「即殺禁止令」を出されてからはより慎重に戦うようになった。


 縛られた人質たち(帝国在中の猫人だった)は、こちらを見て怯えている。

 ああ、それでいい。

 僕らは海賊。奪うだけの存在だ。

(必ずしも君たちを守るためにいるわけじゃない)




 向こうから隊員が、

「やつらの頭が船一隻で逃げ出しました!」

 と、報告してくる。


「たらいを持った隊員は?」

「二人ほど! 無事着地しています!」

「よし! 爆破!」


 途端に奴らの船が爆音を上げて炎上した。

 船倉では、たらいわんこ隊の隊員が奴らに襲い掛かり、仕留めていく。

 その横に悠々と近づいていく狂犬丸。


 僕は商船を部下に託し、もう一度たらいに乗り込んで甲板に吹っ飛んで行った。 






「船長!」


 壁にたらいを激突させて到着した僕。

 すぐさま人の姿になって、狂犬丸から降りてくる船長にお辞儀をする。

 甲板に降り立ったグレートデン船長はこちらに頷く。

 そして巨躯を屈めて、たらいわんこ隊員が捧げ持つ、ある箱を開けようとしていた。


「やめろ! それがなければ――――!」

「純人教原理主義勢力の残存勢力が困る、ということか」


 敵のお頭の叫び声に、僕は続ける。


「な、なぜそれを――――」

 

 動揺する男。

 だけど近年では有名な話だ。 


「ケンネルに女王が戻ってこられた。そしてユマニスム王国が滅び、純人教原理主義の諸派はケンネルに潰されたか、ゴルトン大導師の主流派に吸収されたはず。だった」


 だけど、純人教の連中はしぶとい。

 本当にしぶとい。

 

 僕はしゃがみこんで、ぐるぐる巻きに縛られて転がされたお頭に顔を近づけた。

 にやりと悪そうに笑って答える。 

 

「それでも隠れて破壊活動の機会を狙っている生き残りが、変身人種たちが欲するものを秘密裏に集めているということは知っているよ。今回の商船は旧帝国の美術商だ。競売でケンネルが落札できなかった貴重なものを運んでいたということも知っている。君たちのような海賊に資金提供をして、獲物を襲わせることもね」


 だから、それを奪い取るのさ。

 あくまで海賊が、海賊のお宝を。


 ―———襲われた旧帝国の美術商はどうするって? 

 知らないなあ、そんなの。




 がっくりと項垂れるお頭を、第五部隊に引き渡すべく、僕は搬送を指示した。

(あ、そうだ。肝心なお宝は?)


「船長。中身は――――」  


 立ち上がり振り返ると、同じくがっくりと項垂れている船長がいた。

 白黒ぶち模様の犬になって降りてきたダルメシアン航海長も、落ちた宝箱を覗き込んで、しっぽをだらんと落としていた。


 僕はダルメシアンに寄り添い、尋ねる。 


「……ミルコ。ダメだった?」

『ああ。確かにこれは王族のものだ。おそらく七代前くらいか。―――――だが、これは最低だ。匂いがほんの少しも残っていない』

「どうりでかぎ分けられないと思いましたよ。美術品の手入れじゃないですね。これ」

『昔の戦後の混乱期に帝国に流出したもの――――アカイヌ品だ。最低の美術商にかかって綺麗に洗われてしまった』




 ――――ああ、なんてことだ!


 僕らの宝物。

 王族かいぬしの靴下が―――――黄ばみも匂いもすっきりと洗われてしまった。


 美術品すてきなものの価値は、王族かいぬしの匂いにこそあるのに!




 その後。

 襲われた美術商の商船は船底の修理だけしてやって、お宝も敵の海賊船に放り出して僕らは去った。

 お頭を始めとする幹部を「(第五部隊の)生贄にする」と言い残し――――。

 



◇◇◇◇




 後日、陛下の元に旧帝国――――ドラゴニア王国から、リンドブルム王の密使が到着した。

 そして、陛下に僕らの行いの詳細を報告した(ちくった)のだ!




 リーゼロッテ陛下は、海賊業の詳細をよくお知りになっていなかった。


 団長からは、

「海賊に扮することで、他国の許可を得にくい海域での緊急の輸送の抜け道にしています。また、その領域に逃亡した極悪非道な犯罪者を退治することもあります」

 と、説明されていた。

 まあ、嘘ではない。


 宰相は美しく微笑んで、

「カモフラージュした空母の一種です。たまに仮装パーティーも開きますよ」

 と、解説していた。

 これは全く嘘だ。


 陛下は当然怒った。

「人様のものを勝手に獲ってはなりません!」と。






 今、僕は玉座の近くで小さくなってお座りしている。


 一緒に船長――――いや、第三部隊隊長に戻ったグレートデン隊長と、副隊長のダルメシアンが犬の姿でキューンと下を向いている。

 さらにその両側には、一緒にお座りしている超大型犬のウルフハウンド騎士団長と大型犬のゴールデンレトリバー宰相。 


 僕らのしっぽは床についたまま動かない。



 

 陛下は、僕らの前で仁王立ちをしている。 


 可愛いらしいリボンのついた白いポシェットを、肩に斜め掛けしていて。

 白く裾の短い、フリルたっぷりのワンピース。

 可愛らしいリボンの丸靴。


 今日は王宮の中に出店した「せれくとおーだーしょっぷ・わんこ」に、子守犬のニューファンドランド夫人、コリー一族出身のピットブル夫人と共に遊びに行く予定だったそうだ。

 銀髪にもピンクのリボンを巻いて、とても可愛らしい。


 だが、けぶる銀のまつ毛に彩られた紫色の大きな瞳は、決して笑っていない。

  



 まず、黄金色の犬となった宰相が、歴代の「海賊大王」業について説明をする。


『二百年ほど前までは、ケンネル王国近海を荒らす海賊対策の一環でした。ですが、かの有名な王族・ムツゴローの時代になってからは、主に純人教原理主義者の船と帝国の船を襲っては、憂さ晴らしをしていました』

「ダメじゃないですか!」


 そこに団長が立ち上がり、ワンっと抗議をした。


『いいえ! やつらは王族の遺産(衣類や靴)を潤沢に抱え込んでいます! 我らの心を揺さぶり交渉を一気に有利に持っていってしまう恐ろしきそれを、奪い取って何が悪いのです! あんな危険で魅力的なものを戦場で見せつけられたら前線が混乱してしまう! 

 ―――ちなみに財宝や輸送品などは、あくまでカモフラージュにしかなりません。船に乗せ切れなければ捨てます』

「悪すぎます!」


 うーん。

 ユマニスム王国を併合した時のきっかけも衣類だったからなあ。

 我ながら犬人ぼくらって、王族が大好きだよね。本当に不思議。


(それにしても陛下はいい香りだなあ)

 くんくんと必死に嗅いでしまう。

 ダルメシアンに前足で頭を叩かれるまで、ずっと香りを嗅いでいた。



 

 やがて、いつまでたっても平行線な話し合いに、陛下は深くため息をついた。


「もう。なんで王族かいぬしが絡むと、やり方に常識も見境もなくなるのです」

『犬人のさがです』

「レオンハルト様、そこはもう諦めました。……グレートデン卿」

『……(こくり)』

「純人教過激派の生き残りに資金源を一つ断った事には感謝をいたします。後ほどブラシをかけて差し上げましょう。ですが、海賊を名乗る必要はもうありません。これからは堂々とケンネルの軍船に乗っていただきます。先月発効したルマニア海洋条約に沿った活動にて、第三部隊を率いてください」


 さらに、幼いながらも生来の天才的頭脳と、人としての賢さを持つ陛下はおっしゃった。


「これからのケンネルは国を開き、多国間と協力していく時代にしたいのです」




◇◇◇◇




 僕はダルメシアンと、『カフェ迷い犬』に来ていた。

 王宮の外れにある隠れ喫茶だ。


 目の前の皿には菓子パン。

 わんわんベーカリーのワンコロネを前足で転がしつつ、生真面目な同僚に問う。


『ねえ、ミルコ。本当にクレイジードッグ海賊団は解散しちゃうのかな』

「そうなるだろうな」


 人の姿で静かにバウ茶を飲むダルメシアン。

 細身で筋肉質の長身の男は、繊細な指で白磁のカップをつまんでいた。

 彼の皿にはクリームパンがある。

 

『百一人の親戚の中で揉まれてきたミルコなら、どこでもやっていけるけどさ。僕、あの船でしか仕事できる自信がないよ』

「バルバールはたらいにしか興味がないからな。警備犬も苦手だろう?」

『うん。シェパード一族とか、ロットワイラー一族とかさ。ああいう堅苦しいのを得意な連中とは一緒にやれないよ。僕はたらいと海と、せいぜいねずみ取りしかやりたくないんだ。いや、出来ないんだ』




 困った。

 グレートデン隊長は穏やかに、任せておけというアイコンタクト(ちなみに僕は一度も隊長の声を聴いたことがない。ダルメシアンもそうだ)をしてきた。

 だけど、喧嘩っ早くてどこに行っても飛び出してしまう自分を自覚しているだけに、不安でしょうがない。


 小さい頃から弾丸で。

 なんでも我慢が聞かず。

 暗殺術や戦闘術などを短期間で身に着けても、そもそも集団生活に馴染めず。


 第五部隊で暴れて、白い悪魔のマルチーズに半殺しにされて王宮の庭にぼろきれの様に転がっているところをグレートデン隊長に首を銜えられて運ばれた。 

 それでも第三部隊の空母生活に馴染めず飛び出し掛けたところで、狂犬丸に放り込まれた。



 

 コロコロコロコロ。

 転がし過ぎて、ワンコルネの中身のワンコチョコが解けてきた。


『ミルコは空母に戻るのかな』

「その可能性は高いな。でも、できればお前と一緒が良い」

『ミルコ……』

「なんだかんだで、あそこは俺も居心地が良かったんだ。面白いやつらと法を破り、常識を破り、敵とみなしたものは全て破り。何度死にかけようが、アポロ・フォン・グレートデン船長の元で海を縦横無尽に駆け回る、最高の場所だった。面白いやつの最たる例がお前だがな」


 ふっと、秀麗な顔を綻ばせるダルメシアン。

 ―————僕には、いつの間にか親友と呼べる仲間がいたようだ。 




 心がほわっと温かくなるのと感じていると、ドボン、と王宮なのに海に落ちたような音がした。


『げふっ。隊長! ボクらもいますよ!』

『この声はクリザジーク?』


 下を見ると、犬向けの大きく浅いティーカップに自称:世界最小の愛玩犬の部下が溺れていた。

 急いで銜えて外に出す。


『お前、なんで人の飲み物に落ちるんだ』

『げふげふ。最近ティーカップ犬というのが「小さくあざとく見えて可愛い」と聞いたもので、つい見ると入りたく……いいえ、そういうことではありません! ボクらはたらいわんこ隊! スキッパーキ隊長が行く所には、どこだって付いていきます!』

『お前は――――』

『『隊長!』』


 バウ茶にまみれた部下の励ましに感動をしていると、わんわんと他の部下たちがやってきた。

 クレイジードッグ海賊団解散の噂を聞いて、僕を探しにきてくれたのだそうだ。


『俺らは皆たらいを愛しているし、隊長と共に弾丸になるのが好きだ!』

『暴れられなくてもいい! 隊長とデッキブラシで殴り合いをしたい!』

『飲もうぜ隊長! もういっそ一緒に軍を退役しても良い! 何か一緒に始めようぜ!』


 お前ら――――!

 心から感動を覚えていると、唐突に冷や水が掛けられた。




 コツコツコツ。

 盛り上がっていた空間に、靴音を立てて美しい金髪の男がやってきた。

 ゴールデンレトリバー宰相だ。

 その麗しいかんばせには、呆れたような光がある。

 その後ろには、苦虫をかみ潰したような表情のウルフハウンド団長と、グレートデン隊長――――!

 

(おや、隊長の様子がおかしい?)

 いつも穏やかなその顔は、海賊大王の時の精悍さとは違い、とても曇っている。




 ゴールデンレトリバー宰相は僕らを見まわして目を細め、冷徹な声で宣言をした。


「喜べ、たらいわんこ隊の諸君。第三部隊の他の部署への異動を「たらい愛」だけで断ったお前らには、全員退役の勅命が出た。しかも、陛下直々に、だ」




◇◇◇◇




 ある晴れた日。

 王都の南部に再建された、巨大なコロッセウム。

 にぎやかな周辺には、各国からの客が訪れていた。


 かつてそこでは、ピットブル一族を中心とした闘犬と賭博が盛んに行われていた。しかし、リーゼロッテ女王陛下が即位と共に廃止。

 その代わり運営費を補って余りあるほどの、莫大な利益を生み出す催し物が開催されるようになっている。




 ケンネル王国が秘匿していた巨大兵器・戦車とピットブル一族との闘い。

 第四部隊が開発してきた「映写」と演劇の融合。

 最新技術をふんだんに使った見世物を用意した、娯楽施設となった。


 閉鎖的だったケンネルが、自国の技術をふんだんに見せることによって、華やかなイベントに仕立て上げたのだ。

 しかも自国の犬人や純人だけではない。

 他国の旅芸人や武芸者たちをどんどん受け入れて、各国の「技」を競い合う場として洗練化することに成功したのだ。

 これにはケンネル芸術協会は大いに賛同している。



 

 年寄りはこれを見て腰を抜かすだろう。

 かつての仇敵・竜人の武芸者や、とある黄色いヒグマーですら協力して、コロッセウムを盛り上げているのだから。




 そして注目すべきは、賭け事が許された犬レースだ。


 しかも、ただ走るだけの競争ではない。

 猟犬、警備犬、探査犬。それぞれが一位を目指し、賞品へいかのくつしたを狙う。

 陛下はあらゆる得意技を競い合い、王族かいぬしに褒められるのを競うだけではなく、シンプルに技を競い合う楽しみを与えたのだ。


 そしてハイライトの日。




 ―———コロッセウムの底は海になる。







《ただ今から、「【海賊杯】ケンネルたらいレース」を開始します。水に浮かんであります一番たらいには、人気のスキッパーキ選手!》


 中央騎士団第七部隊のアナウンスに、会場中が盛り上がる。

 僕は愛たらいに乗って、海上に向かって前足を上げた。盛り上がる観衆。  


 鼓動が激しく全身を包み込む。

 震えるつま先。

 でもこれは、興奮の証。


 隣でクリザジークがあくまでおわん型に乗って、前足を上げている。

 彼は常に「大穴」枠の選手として有名だ。


 その隣にも、さらに隣にも。

 「たらいわんこ隊」の部下だった犬たちが、ライバルとして並んで浮かんでいる。






 宰相に退役宣告をされた後。

 僕らは陛下に呼び出された。


 美しい銀髪を揺らした陛下はおっしゃる。


「皆様が私のために働いてくださったことは分かっております。ですが、ここは我慢をしていただけませんでしょうか。その代わり、皆様には『たらい型小型艇』を使った新しい催しへの協力をお願いしようと思っています」


 そして僕はふわりと陛下に抱き上げられた。

 いい香り。

 そして優しく背中を撫でてくださる小さな手にうっとりとする。


 後ろで微笑む隊長の気配と、羨ましいと囁く部下たちの声。

 そして凍てつく視線を投げつける宰相と団長の恐ろしい気配を、同時に感じた。




「私は、皆様の活躍の場を減らしたくはありません。これからの時代とどう合わせるか、一緒に考えてまいりましょう。今回の件もどうか」

『へ、陛下。僕は、たらいしか』

「はい。では『たらいのプロ』のバルバール・スキッパーキ様。どうか貴方の力をお貸しください」


 ―――――————陛下!


 ……僕は海賊犬だ。

 どこまでいっても、海とたらいにしか興味のない、ただの不器用でちょっとイケメンな海賊犬だ。


 でも、これからは。

 女王陛下の海賊犬として、陛下の名に恥じない弾丸となる。

 そう決めたんだ。




《では、選手は一斉に位置についてください。ケンネルのたらいはどこまでも華やかに空中を飛び、観客を魅了します。本日来られた各国の皆様方。犬レースの最後を飾る海賊杯を存分にお楽しみください》

  

 みな真剣な表情だ。

 僕は、たらいの底のボタンを押す準備を完了した。 

 今までの小型艇と違い、ターンとブレーキができる装置も付けられた。過去と違い、レースはあくまで作られた海を数周して戻ってくる競技だからだ。


 だけど、そんなこと些細なものだ。


 


 あと数秒で発射する。

 僕らは、貴賓席に祈りを捧げた。


 グレートデン隊長と第三部隊の副隊長を続けることなった親友ダルメシアン。

 そして今日来てくださった、リーゼロッテ女王陛下に。

 

 あの美しい紫色の瞳を、僕らの競技で輝かせたい。

 華麗に戦って見せる。

 そして女王陛下の海賊犬として、その名をルマニア中に広げるのだ。






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