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【わんわんダービー・ダリウスたん優勝記念】 アベル様とリーゼ様 (ダリウスたん視点)

エンターブレイン単行本様のTwitter(https://twitter.com/eb_book)で開催した投票企画、

「狂犬騎士団好評記念・リーゼロッテ杯わんわんダービー」

(https://twitter.com/eb_book/status/834027576532226048)

の結果を受けて、ダリウスが幸せになるSSを書かせていただきました。わふわふ幸せ仕様です。




 《《これまでのお話》》


 突然ワンダーバウリン出版のわんこボスが開催を決めた「リーゼロッテ杯わんわんダービー」!

 作者も知らぬ間に始まっていた犬たちの熾烈な競争は、狂犬騎士団の団長であり、ちょっと寂しがり屋の超大型わんこダリウスたん(笑)の勝利で終わった!

 そして今!

 ダリウスたん(笑)は、愛しいご主人様であるリーゼロッテ・モナ・ビューデガー陛下に「素敵なご褒美」をもらうべく、わふわふ歩き出したのだ!!






「勝った……」


 私は拳を握り、天高く突き上げた。

 後ろを振り向けば、そこには悔しがって地面を叩く金髪の幼馴染と、ふくれっつらを晒して白い犬になり、ふて寝をした弟のような幼馴染。


 そして駄犬。

 いやダシバ。

 やつはこのダービーで、序盤とても犬とは思えぬ急加速をした。

 しかし所詮は畜生。

 唐突にゴール近くで走るのに飽きて、昼寝をし始めたのだ。

 

 私は中央騎士団団長である。

 リーダー犬としてあらゆる犬を統率せねばならぬ身。

 駄犬に負けたとなっては、面汚し以外の何犬なにものでもない。 


 レオンハルトと並んだ時も互いに視線で火花が生じたが、最後には突き放してみせた。 

 全ては私が出来る犬として素晴らしいリーダー犬だから、「画面越しの皆様」とやらに推していただけたのだ!

 


 

 ————何? 

 可哀想だから票を入れただと?

 はっ。まさかだな。私はどこをどう見ても立派なリーダー犬だろうに。


 ————はあ?

 『ダリウスたんのしっぽが寂しさで禿げないように』だと?

 もう剥げぬ! そんな昔のことを語るな!


 ————それで、なんだ。

 一番残念な犬というはどういう意味だ。

 残念とは、レオンハルトのような勘違い家庭犬を言うのだ。

 私のように軍用犬として磨かれた出来る犬と一緒にするな。







 【わんこごーる】と書かれた扉を開け、らせん状の階段をひたすら歩く。

 中央騎士団の黒い軍服の襟元を揃え、磨き上げられた軍靴を踏み鳴らし、カツカツと登っていく。


 次第に濃くなる彼の方の香り。

 逸る気持ちで一段を飛ばし、二段を飛ばし、三段を飛ばし。

 …………。


『……我慢ならぬ!』


 一瞬で犬となって駆け上がりだした。


 わふわふ、わふわふ、わふわふわふ!

 その先には私の愛が!



 

 リーゼロッテ様――――リーゼ様は会場の「ご褒美の間」で、ちょこんと安楽椅子に座って私を待っていた。

 豪華な調度品と山のようなぬいぐるみに囲まれた彼女は、肌触りの良さそうな白い長衣を緩く着こなしている。


 硬質に整った美貌。

 銀糸のような長い髪。

 美しく瞬く紫の瞳。

 ジョークに全く気が付かない、ド真面目な頭。


 そして鼻腔と魂をくすぐる、芳しき香り。

 いつだって王宮をえもしれぬ芳醇な空間にしてしまう、罪なお方だ。


 しかし、栄えある私を喜んで迎え入れてくれるかと思いきや、彼女は跪く私を見下ろしながら戸惑っていた。


「ダリウス様。ところでこの戦いは何だったのですか?」

「リーゼロッテ杯わんわんダービーのことですか。分かりません。ですが私はリーゼ様のご褒美のために頑張りました」

「犬人の皆様は、本当にそういうところが全くぶれませんね」

「犬生で本当に大切なことは、ただ一つですから」


 私は彼女の足をそっと取り、足の甲に額をつけた。

 上からはため息が聞こえてくるが、こうして彼女に触れていられることに、何よりの喜びを覚える。


 私は犬。

 誰よりも貴女様と共にいたい。魂を添わせていたい。

 そして身も心も触れ合っていたいのだ。




「ダリウス様、伏せ」

 

 ご主人様が鈴の様なお可愛らしい声で私に命令を下さった!


 喜んで犬となり、足元の絨毯に伏せる。

 ハッハッハと期待を込めて見上げると、彼女は苦笑しながら椅子から降りた。

 

 ふわり。

 彼女の銀の髪が、頬の毛皮に掛かる。


「仕方ありませんね。頑張ったわんこにはよしよしをしてあげませんと」

「わん!」


 私はごろりと転がり、全開の降伏の姿勢で腹を見せた。

 さあ。

 さあ。

 この毛を存分にもふってください!

 ちょっと堅いですが、我ながら良い毛です!


 彼女の小さな手が私をゆっくりと触り……ふと、止めた。


「あ」

『どうされました』

「ダリウス様……お腹の毛が少し……剥げています」


 なに!? 

 

 あまりの恥ずかしさに慌てて立ち上がり、後に後ずさりするとなぜかワナナの皮が落ちていた。

 ずるりと足を滑らせる。


「ダリウス様! それはダシバの食べかけのワナナです!」


(駄犬!)


 ガツン。

 見事にスッ転んだ私は床に頭をぶつけ、暗転し―――――。






 


 —————王族に溢れる芳しき王宮で、私は大切な少年にひたすらじゃれついていた。


「ダリウス。まだ遊び足りないのか」

『だってアベルさまはまだ「とってこーい」をしたいんだよ! ぜったいボールをなげたいんだよ!』

「ふ。そうだね……僕がし足りないんだね」


 小さなボールを拾い上げて、アベル様は笑った。

 そして私を抱き上げて、よしよしをしてくれる。

 

 冷笑しているようにみえる、端正な横顔。

 だけどそれは単なる顔面筋の問題で、本当は繊細で優しい人だと皆が知っている。

 病気がちで、普段はあまり外に出られないが、たまに体調が良い時にはこうして愛犬の私の相手をしてくれた。


 王族には、必ず犬人の中から愛犬が一人つく。

 殆どは同性かつ、爵位の高い家から選出される。


 ―———そしてあくまで愛犬の基準は、「出来る犬」として将来期待ができること。


 犬人にとって、理想の犬とは初代王アイアル様の愛犬で正妃であったポチ様を基準にしている。

 気品に溢れ、知性と母性を併せ持ち、その美しさから「真の犬」と愛されてきたポチ様。

 アイアル様を一身に愛し支える姿は犬人の理想とされた。

 この二人の話はあらゆる教科書に教材として使われ、全国民に愛されている。


 愛犬となる犬は幼少時に選出され、子犬のことより厳しい特訓を受ける。

 しかし、王族は皆犬を愛しているので、周囲の期待で子犬が潰れないよう、子供時代を尊重し可愛がりながら親と共に育てるのだ。




「ダリウスはボール遊びの前に、おねむじゃないのかな」

『ちがうよ! まだねむくないよ! アベルさまのためにあそんであげるんだ!』

「ふふ。そうか」


 私はウルフハウンド公爵家の子息ではあったが、末子であった。

 王族の数にも限りはある。

 兄たちのように愛犬になれるチャンスは少なく、幼馴染のレオンハルトのように長男に生まれたかったとなんどほぞとしっぽを噛んだことか。


 しかし、犬人の中では一番王族に血が近いという利点と、たまたまアベル様が「おや、ダリウスは愛犬になれないかもしれないって? なら僕でいいかな」と言ってくださったおかげで、こうして四六時中彼につきまと、いいや、寄り添って暮らしていられるのだ。


 レオンハルトは当然ながら羨ましがった。

 私に毛玉の体当たりをしながら『ずるいよ、ダリウス。ぼくなんてアルナさまのこどもがうまれたらねっていわれてるよ。アルナさまはさ、どくしんをこじらせてまだこいびともいないのに」と愚痴るのはいつものことだ。




「ほら、こっくりこっくり頭が揺れてるよ」

『ちがうよ。アベルさまがいいにおいがするから、ちょっとほわっとしただけだよ』

「ダリウスは可愛いね。それに温かい」


 彼に抱き上げられるととてもいい香りがする。

 優しくて、ホッとする香り。

 王族は皆、魂を揺さぶる芳しさがあるけれど……一人一人は微妙に違う。


 今代の王であるアリウス様は、とにかく華やかな香りで、現れるだけで周囲の犬は一瞬にして目が冴える。

 そして元気になって庭を駆け回りたくなる。

 王太子は涼やかで落ち着く香りがして、会議の時に大臣や局長たちはどんなに議題が白熱しても、噛み付き合う喧嘩にはならないらしい。


 様々な香りの中で、アベル様はどちらかというと地味な方だ。

 香りもあまり主張がない。


 だけど……私は彼に包まれるだけで、心の底から安心できる。


『……アベルさま。ずっとそばにいさせてね』

「もちろんだよ。あまり散歩もさせてあげられなくてごめんね」

『ううん……ぼくはアベルさまがいい』

「……僕の代わりに世界を見て教えてね。なかなか思うようにいかない体だし、本ばかりの人生だけど、ダリウスがいてくれればきっともっと、たくさんのことが理解できるようになるよ」

『まかせてよ……アベルさまのかわりにいくよ……』


 私のもう一つの家。

 魂の


 アベル様。

 ずっと傍にいさせて欲しい。


「おやおや、まぶたが閉じちゃったね」

『ちがうよ……アベルさまがぼくのまぶたをとじさせたんだ……』


 どんどん眠くなる自分の頭を、アベル様が細い指でそっと梳くってくださる。

 毛皮越しに感じられる彼の体温と鼓動が、どこよりも幸せな日々を約束してくれた――――――。






 記憶よりも更に細い指が、優しく毛皮を梳き続ける。

 鼻腔をくすぐる芳しい香りは、ほんわりとした優しさと、どこか懐かしい、犬をほっとさせるフレグランスを含んでいた。


 アベル様――――—。


『はっ』

「目を覚まされましたか?」


 気が付くと私はリーゼ様に膝枕をされていた。

 小さな太ももに顎を乗せて、毛皮を手櫛で梳かれていたのだ。

 優しく指通りしていく我が毛並。

 手のひらから伝わる、熱と思いやり。


 ―————なんという素晴らしいシチュエーション!




 彼女は心配したのだとおっしゃった。


「なかなか目を覚まされないものですから、私の膝で休んでいただきました」

「きゅーん」

「ふふ。甘えん坊ですね、ダリウス様は。今日くらいはじっくりとあちこち撫でて差し上げますよ」


 一瞬、彼女とアベル様が重なる。


「そのお腹の毛――――疲れていらっしゃったのでしょう? 最近は新大陸の巡視が大変だとお聞きしましたからそのせいですよね。どうかこの機会にゆっくりなさってください。私ももっと内政のお手伝いが出来るように、勉強を頑張りますからね。余裕が出来たら共にあちこち巡回したいですね、ダリウス様」


 にっこりと、強張った笑みを浮かべてくださった。




 見上げて思う。

 いや、彼女はアベル様ではない。

 今私と共にいてくださるのは、リーゼロッテ様だ。


 小さな体で誰よりもお強い心を持っている彼女に負けぬよう、私も改めて、本当に出来る犬となりたいと思うのだ。

 彼女はそんな方なのだ。


 私は存分にリーゼ様の膝にぐりぐりと顔をくっつけ、耳の後ろまでいっぱい掻いていただいた。

 少し禿げた腹の毛も、優しく撫でていただけて――――――ああ、犬で良かったと実感する。


 自分の努力は、いつだって彼女が見ていてくれる。

 どんな時でも、疲れた心を包んでくれる。

 そして―――――このままで良いわけがないのだと、気付かせてくれる。



 

 私は犬。

 過去の愛の思い出を胸に、もう一つの愛である彼女と共に、これからの犬生を、懸命に生きてみせるのだ。






 ————ふと。

 気になったことを聞いてみた。

 

『ところでなぜわざわざ手櫛でしてくださるのですか?』

「……ごめんなさい、ダリウス様。わんわんブラシはダシバが倒したテーブルで壊れてしまって。修理からまだ返ってきていないのです。ブラシの方が良いですよね」

『いいえ、全く!』


 初めて駄犬が良いことをした!


 驚きが幸福感を越えそうになったがなんとか堪え、私は今日という日をひたすら味わうにした。



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