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【書籍一巻発売記念】 りーぜろってさんさいとだしば (カインお父さん視点)

「狂犬騎士団」の書籍発売記念です。リーゼロッテとダシバとの出会いと、躾に失敗する過程を書きました。


 ふわふわの絨毯の上で戯れる美しい幼子と可愛い子犬。

 心癒される光景だ。

 

 だがそれがうちの娘と愛犬の場合だと、笑いしか出てこない。


 絨毯に座り込んだリーゼロッテ。

 真剣な表情で、ダシバの両脇に手を入れて叱っている。


「だしば。わたしがだきしめたとたんにおしっこもらすとはどういうことです」

「くーん」

「かわいいかおしてもゆるしませんよ」

「くーん」

「おとうさまにおみせでかってもらったどれすなのですよ!」

「くーん?」

「わかっていませんね? ほんとうにあなたはわかっていませんね?」

「わん!」

「このだめしばー!」


 どんなに理解されなくとも、めげずに叱り飛ばすリーゼ。

 一方でダシバは、どんなに怒られてもいつだってご機嫌でへこたれない。

 

 随分とはっきりと意見を言えるようになった娘を、僕は椅子に座って見守っていた。

 自然と笑みが浮かぶ。


 リーゼの元気は全てはダシバのおかげだな。






 ほんの一ヶ月前――――。


「リーゼ、お前に友達を用意したよ」

「ほんとうですか!?」


 娘はかじりついていた絵本から、ようやく顔を離してくれた。


 椅子にずっと座っていたせいでしわのついた白いドレス。

 さらさらのお下げの銀髪。

 ふわふわの桃色リボンが、ふっくらとした幼子の頬に触れる。

 額にはインク……? 

 どうやら今日のお昼寝の時も、こっそり本を読んでいたようだな。

  

 キラキラと輝くこぼれそうな大きなスミレ色の瞳。

 まろいほっぺたがバラ色に上気している。

 ただし表情筋はまったく動いていない。


 ――――これでも娘はとても喜んでいるのだ。




 我が愛娘・リーゼロッテはとにかく表情が乏しい。

 幼子とは案外無表情の時が多いと聞くが、リーゼは特にそれが顕著だ。

 親族は「子供らしくない」「何を考えているのか分からない」と文句を垂れる。


 だがよく見て欲しい。

 彼女の深みを帯びたスミレ色の瞳。

 あれは、万の言葉よりもものを語るのだ。


 喜びの時はキラキラと輝く。

 悲しみの時にはどんよりと曇る。 

 そして今日のような日には、光を浴びた宝石のように輝くのだ。


(もう少し自己主張してくれればいいんだけどな)


 残念ながら人見知りも強いので、甘えたい時も我慢してしまう。

 しかもどうも、この子はかなり頭が良いようだ。

 妙に周りの空気を読んでしまう。

 そのために自分への批判にも気がついて、縮こまってしまうのだ。


 一部の使用人は「大人しくて手間が掛からなくて助かる」と言うがとんでもない!

 もっとわがままを言って欲しい。せめて父にはたっぷりと甘えてきて欲しい。

 

(男親一人では、この子のためにならないかもな)


 脳裏に心から愛した妻の顔を思い浮かべ、心の中でため息をつく。

 今も立ち上がってもじもじと私を見上げている娘に声をかける。


「友達のその前に――――お姫様は、だっこをお望みかな?」

「はい……!」


 小さな声。だけど嬉しそうな声を上げる我が子を抱き上げる。

 細い腕で私の首にぎゅっと抱きついてきた。


 温もりが愛おしい。


「ああ、友達のことだけどね。人間を用意するのは無理だけど、知り合いから子犬を一匹もらってきたんだ」

「こいぬ!」


 びくりと小さな体が震える。

 きっと大きな目をこぼれんばかりに見開いているだろう。


「ああ、柴犬という犬種でね。忠義に篤く、主人に従順で、何よりも勇ましくて賢いらしい。番犬も欲しいと思っていたところだから、ちょうどいいね」

「ふ、」

「ふ?」

「ふああああ! しばいぬさんですね! うれしいです! わたしかわいがります! おとうさまありがとう!」


 喜びを爆発させるリーゼ。

 ぎゅーっと抱きついて首に顔を埋める娘が愛おしい。


「どれどれ、顔を父に見せてくれないか」

「いやですー!」


 やんやんと顔を一層埋めてくる。


 心は繊細で感情豊かな愛娘。

 だがどうしても、外に向けて気持ちを表現することが苦手なのだ。

 物心がついたばかりの娘は自覚をしている。

 だから外に出るのを嫌がって、文字を覚えたての絵本に逃げようとするのだ。

 「わたしはかわいくないのです」と。


 医者には「発達は正常。むしろ同年代よりもずっと頭が宜しいです。ですが、顔の筋肉が随分と堅いですね」と言われたことが頭をよぎる。


「可愛がるだけじゃダメだよ。リーゼの弟のようなものなのだから。躾のために子犬パピー教室にも予約しないとね」

「……はい!」

 

 ぎゅっと抱きしめ返すと「きゃー」と喜んでくれた。

 最近学会の締め切りに追われていたから、可愛いリーゼを補給だな。




 そしてとうとう、カーペットの上で相対することになった娘と子犬。

 真剣な顔で座り込んで、子犬のケージをじっと見つめている娘。

 そんな顔も可愛いなと思いながら、目の前に白いケージを開けた。 


 しばらくして。

 のんびりと、丸くてコロコロとした薄茶色の子犬が現れた。

 むちむちした体。小さく太いしっぽ。つぶらな黒い瞳。

 うん。さすがは柴犬。実に愛嬌のある姿だ。


「くーん」


 子犬は一歩一歩、のんびりとリーゼ前にぽてぽて歩いて、ぽてっと座る。

 そしてまんまるな瞳でじっと見知らぬ人間を見上げた。

 その無垢な仕草。見事に娘の心を鷲掴みにしたようだ。


「か、かわいいのです!」


 リーゼは感激して目をうるうるとさせ、両手を前にさし出した。

 そしてそのまま、ぴたりと固まる。

 どうした?


 ぽけっとリーゼを見上げる子犬。

 子犬じっと見つめる娘。

 

 そしてリーゼは真剣な表情をさらに引き締め、

「あの、こいぬさん。だきしめてもよろしいでしょうか」

 と、お伺いを立て、土下座した。

 

 ……娘よ。

 父はお前の将来が心配だ。





 しばらく笑うしかない真面目な問答を繰り返していた娘は、数日かけて、ようやく子犬を抱きしめることにも慣れた。

 そして雄の子犬に名前を付けた。

 ダシバ、だそうだ。


 本人曰く、

 『しばいぬのおとこのこなので、かっこいいひびきにしました!』

 と胸を張っていたが――――。


 聞かされた僕の脳裏では、ダシバが

 「駄柴」

 と文字変換されてしまう。


 大人はひねくれているからね。

 仕方がないね。




 そして名は体を成すのか――――。

 兄弟犬の中でも、特にのんびりとしていたというダシバ。


 犬を選ぶ時にも「ずいぶんとマイペースだな」と思いつつ拾い上げた子犬は、やがて大きくなるにつれ、その本領を発揮し始めた。


「おとうさま! だしばがてーぶるのびすけっとをめがけてはしってころんで、くろーぜっとにあたまをぶつけました!」

「おとうさま! だしばがまりざ(使用人の名)のおかしをねらってかごにくびをひっかけたまま、ぶらんとおりられなくなっています!」

「おとうさま! だしばがわたしのべっどのうえでおしっこをしました!」

「リーゼ。犬と一緒に寝てはだめだと言っただろう?」


 ずいぶんとやってくれる子犬だな。

 しかし、最後の訴えだけはリーゼが悪い。

 叱るといつもはすぐに謝ってくる娘が、珍しく反論した。


「だって。だしばがさびしがっているのです。まわりからおこられてばかりだから、だきしめてあげるのです」


 ……寂しいのはリーゼの方じゃないかな。

 ふとそう思ったが、ダシバを守ろうという気持ちも本物だろうから、黙ることにした。 


「あのこはほおっておけません。わたしがまもらなくては」

「そうか」


 ……当初考えていたことと目論見が外れてきたが、まあいいだろう。 


 リーゼが主張をした。

 これが一番大切なことだ。


 少し前から歩き方がしっかりとしてきたダシバを、ドッグランにも顔出しさせるようにしていた。

 だがリーゼはその都度、家で暗い顔をしていた。

 

 本当は一緒に散歩に連れて行きたいのだ。

 だが、ドッグランに来ている近所の年上の子供たちに胡乱げな顔で見られるのを恐れて、出て行けない。

 その顔を見るたびに可哀想だと思うが、こればかりは自分もどうすることもできない。

 

 でも今日の反応を見る限り、外に元気で行ける日は近いだろう。

 そんな気がした。

 

「くーん」

「だしば! だめですよそれはおとうさまのおさけのびんです! あ……われちゃいましたね」


 ……だが、ダシバ。 

 お前はさっさと子犬の教室だ。

 ちょっと調教されてこい。






 次の週から、ダシバを近所の子犬の躾教室に連れて行くことにした。


 教室の宣伝では、

 『わんこが大人しくなる魔法の教室! 聞き分けの良い素敵なわんこになりますよ。良い子な子どもも遊びに来てね』

 とある。


 聞き分けの良いわんこねえ。

 チラシを眺めていると、リーゼが唐突に、ついて行きたいと言い出した。


「わたしもだしばのしつけをみにいきたいです」

「でもお嬢様、」

「こいぬがいっぱいのきょうしつにいきたいのです」

「そんなことを言われましても」

「おねがいします!」


 ケージを持ったまま戸惑うマリザに、僕は許可を出した。


「まあ、いいよ」

「いいのですか、旦那様」

「僕もついていくことにするから」

「学会があるのではありませんか」

「いいよいいよ。僕の発表は明日だからね」


 何よりも、リーゼのやる気を尊重したい。

 

 躾教室を開いているのは下級貴族の中でも、ペット関連の実業家として名をはせているルイス・コンロリ・キャロル卿。

 犬飼いの世界ではそれなりに有名らしい。

 事前に二回ほど挨拶をしたが、少し神経質そうな線の細い青年だった。

 教室にいた子犬もみな良い子でお手もお座りもすぐできるようになっていたので、仕事はきっちりとやってくれるのだろう。


 二回目ではリーゼも一緒にご挨拶をしたので、向こうは顔を覚えていてくれるはずだ。


 リーゼはそれは喜んで白いふわふわのコートを着て、僕とマリサと共に馬車に乗った。

 その時ステップしながら、

 『こいぬさん~♪ こいぬさん~♪ いっぱいわんわんいるのです~♪』

 と可愛らしく歌っていたようだが、僕の耳には「ほげほげほげー」としか聞こえなかったよ。


 まさかあの年で娘がとんでもなく音痴ってことはないよな。

 もう年かな。




   


 その日帰ってきた娘は、満面の笑みかと思いきや……とても微妙な顔をしていた。

 ダシバはご飯に満足して、ぽんぽこお腹をつきだして、ソファの上で転がっている。


 たまたま来ていた知り合いとの談話に夢中になっていたので気がつかなかったが、何があった?

 ダシバはいつも通りだよな? 


 曰く、子犬を眺める自分には、キャロル卿は優しかったそうだ。


「るいすせんせいは、よいこのわたしがかわいいそうです」

「へえ」

「ぎんのかみもきれいだっていってくれます」

「へえ……」

「さわってさらさらだねっていうんです」

「……」


 おかしい。

 何かが引っかかった。


「でも……」

「でも?」

「あそこはこいぬさんたちが、げんきじゃありません」


 しゅんとするリーゼ。

 躾教室の子犬たちが、妙に大人しいということ。

 むしろ何かに怯えているようにも見えること。

 だから自分もなんだか元気がなくなったのだという。


 それが、リーゼが落ち込んだ理由。

 

(怪しいな)


 みなダシバのようであるとは思わない。

 だが、子犬ならもっと元気であちこち走り回ったり、吠えたりするものではないか?

 僕は使用人たちに訊ねる。


「マリザ。一体向こうでは何があった」

「別に何もありませんでした。ふせやおすわりの訓練をしていただけです。ダシバ様は全く聞いていませんでしたが。ただ……」

「ただ……」

「お嬢様に何度か『あの部屋でおやつを食べないか』と、黒い扉に誘っておりました」

「! それを早く言え!」


(僕は世界中のお父さんの代表として、犬飼い初心者として、立ち上がらねばならないんだ!)


 僕は頑張った。

 滅多に行かない夜の会合にも顔を出し、町の犬飼い協会会長にもご挨拶に行った。

 仕事は大切だが、今は娘の瞳をどんよりとさせてはならない。


 案の定、キャロル卿は子犬の躾に別室で体罰(棒で叩いていた)としていたと判明し、会長が除名処分にした。

 さらにあの部屋の奥には、とても口にはできない幼女のむにゃむにゃな写真がしまってあり、僕は個人的に制裁した。妻譲りの徹底した「ピー」つぶしだ。

 これには同じく娘を持つ会長も領主に掛け合ってくれて、事なきを得た。






 さて。

 次の問題は―――――。


「おとうさま! だしばがおとうさまのおつまみをみつけてたいらげてしまいました!」


 ダシバの次の躾教室である。

 デブとマイペースが悪化した子犬のダシバに、なんとか出来る犬となってもらわないと。


 飼い犬協会で推薦された教室は、ここから少し遠い貴族の屋敷。

 これまた厳しそうなおばちゃ、いや、マダムの運営する教室だった。


 教室のモットーは、

 『犬は人間優先に生きねばなりません。特に吠えるのは厳禁。人と生きて行く限り、鳴き声はご近所迷惑。しっかり躾けて、本能で自ら鳴かないようにさせねばならないのです』

 ということ。


 まあ、そうかもなと思っていたが――――。


 ロッテンマイヤー夫人と呼ばれる彼女の教室では、確かに子犬たちが大人しい。

 そして動かない。いいや動けない。


 なぜならば。

 夫人が持っているのは「犬肉の料理本」。


 そして、一回でも吠えた子犬の体をぽんぽんと叩いては、

「まだ細いわね。良い子になるか、夕食になるか。選びなさい」

 と睨むのだ。


 へびに睨まれた蛙ならぬ、夫人に睨まれた子犬。

 本能が、子犬たちを大人しくさせていた。

 

 一緒に行ったリーゼは、夫人を怖がってダシバを抱きしめまま、僕の後ろから出てこない。

 夫人はむちむちのダシバの足を見た。


 ――――なぜか唾を飲み込む音がする。


「その肉。いいわね……」

「ごめんなさい。もう来ません」


 速攻、ダシバを抱えたリーゼを抱えて逃げ帰った。






 しかたなく、遠方だけどわざわざ行くことにした次の教室。

 町の外れにある小さな商家だった。


 看板に書いてあったのは、

 『忠犬にあらずんば犬にあらず。熊のエサだ』。 

 

 …………。

 隣で俯いてダシバを抱きしめている娘を見下ろす。


「なあ、リーゼ」

「はい、おとうさま」

「ダシバは良い子だよな?」

「はい。わたしのそばにいつもいてくれます」


 ちっちゃい腕の中でうつらうつらをしている、おデブな子犬の頭に、娘は愛おしそうに頬を擦り付ける。


「最悪ないたずらはしなくなったよな?」

「はい。たまにおもらしをしますけど、おおきいものはしなくなりましたし、とだなのなかのおやつまではねらわなくなりました」

「なら、もう教室はいいと思わないか?」


 とうとう言ってしまった本音に、娘はがばりと顔を上げる。


「はい! もういかなくてもよいとおもいます! だしばはこのままでとてもよいこなんです! ちょっとだめなだけなんです!」

「そうだよなあ」

「はい!」


 そういう訳で、僕と娘は、ダシバの躾を妥協してしまったのだ。

 

 




 ダシバはダメシバ。

 もうこれは仕方がない。


 他人に襲い掛かるような子(そもそも怠惰すぎて番犬にもならない)でもないし、もともとうるさくもない。

 むしろ痣だらけになったり、人に怯えるような犬になんか育って欲しくない。

 番犬はとうにあきらめた。

 日向ぼっこをしては腹を突き出して寝ているような子で、いいじゃないか。 

 

 少なくとも僕はダシバの間抜け顔が好きだ。

 実にやる気が削がれる顔だ。

 癒されるというか、気が抜ける。






 もういいやと割り切ってしばらくして。

 ダシバが成犬に近くなってからは、ドッグランに毎日連れて行くようになった。


 すると娘も張り切って、

「わたしがだしばをまもらないといけませんからね!」

 と積極的に外に出るようになった。


「「やーい、頑固あたまのリーゼ~」」

「がんこでけっこうです!」


 同時に、同年代の子どもたちにいじめられても、へこたれなくなったのだ。


「だって。わたしがつよくならないと、だれがだしばをまもるのです?」

「そうか」

「わたしはつよくなりたいのです」


 娘のためにと思って飼い始めた子犬が、思わぬ影響を発揮し始めた。

 きらきらとした瞳には強い意思が浮かんでいる。

 確実に、娘は成長しているのだ。



 たしか、飼い犬協会会長のベリー・ベリー・グッドマン卿は言っていた。


『ハイデガー卿。良い犬とは、ただ人間に都合の良い犬のことじゃないんですよ。ともに傍にいられることを喜び合える。これが一番大切なんです。芸が出来る出来ないなど関係ない。物分りが良い悪いだなんて、もっと関係がないんです』


 もう僕は迷わない。

 ドッグランでひたすら腹をさらして「降参、降参」し、あっという間に犬社会の最下層に甘んじることになったダシバの、のんびりとした顔を眺めた。


 リーゼとともに観察していて、よく分かったことがある。

 ああ見えて、どんな犬にもダシバは怯えない。


 強い犬にはすぐにビビッて尻尾を巻いて降参するが、帰るころにはけろりと忘れるのだ。


(それってすごいことだよな)

 自由にのびのびと育てたが、代わりにあの子は不思議な強さを持っている。

 心が病まない強さというか、別の意味でタフなのだ。 

 ついでに胃も強く、下手な拾い食いをしなければ、たいていのご飯は平気で食べる。


 一般的な犬として、リーゼを守ることはできないだろう。

 だけど、ひたすら健やかに大切な少女の傍にいてくれるなら――――。


 これ以上の子はいない。


「まあ、まさか僕より長生きするはずはないけどね」


 あはは、と笑ってドッグランの柵に肘を置く。

 晴天の空を眺めた。


 世界は広く、ダシバはだめだめで面白く、娘は可愛い。

 今日もこともなし、だ。 





 

 犬たちの囲いの向こうから、可愛いリーゼロッテがダシバをえっちらおっちら、引き摺るように抱えてやってきた。


「おとうさまー!」

「どうしんだい、リーゼ」

「いま、だしばがおとうさまのつつみのなかをたべていたのです。これ、おとうさまがたのしみしていたいちごですよね? きせつはずれの、こうきゅうな」

「……うん。そうだよ……」


 頬いっぱいに蓄えたいちごを必死に飲み込んでへ、へ、へと舌を出す愛犬。

 僕はにっこりと微笑んで、デブシバを抱き上げる。


「だいぶ太ったね」

「すきあらば、ひとからものをもらってしまうんです」


 ……ねえ、ダメシバ。少しだけ訂正するよ。


 長生きするのはいい。

 だが少しは痩せろ。


 ほっぺたをつかんでひっぱると、むにょーんとダシバの皮がのびた。


「よく伸びるな。僕のとっておきを食べて、随分肥えたようじゃないか。ああ?」

「おとうさま、だめ! だしばがちぎれちゃう!」

「くーん」

「舐めるな駄犬。可愛いからって僕が簡単に流されると思うなよ」

 

 そうしてこうして、今日も日が暮れる。


 犬と娘と僕。 

 明日もこうして、しょうもない日々を送るのだ。

    

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