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花見にまつわるエトセトラ ( 子守犬ニューファンドランド視点 )

 私は子守犬。

 テレサ・フォン・ニューファンドランドと申します。


 ニューファンドランド子爵の妻で、この国唯一の王族で女王、リーゼロッテ・モナ・ビューデガー様の乳母のお役目をいただいております。




「テレサさん! この国では満開のお花を見ながらお食事をする行事があると聞きました! このお庭でできませんか?」


 菫色の瞳をキラキラと輝かせて、私に抱きついてこられる陛下。

 十一歳になられ、一年近く前はこけ気味だった頬も、すっかりふっくらとして、バラ色に染まっていました。

 同年代に比べてまだまだ小柄ですが、背も少しずつ伸びておられます。


 陛下は私が人の時でも犬の時でも、全身で抱きついてこられます。 

 ぎゅっと抱きついて、「テレサさんにくっつくと気持ちがよいのです」と私の胸で甘える陛下。


 子犬のような陛下は、本当にお可愛らしいですね。

 我が家も一人くらいは女の子が欲しかったです。


 私はぎゅっと抱きしめ返し、今朝編み込んで差し上げた、艶を帯びた銀髪を優しく撫でます。

 するとくふん、と幸せそうに目を細め、ため息をつくリーゼ様。


「満開の花の下で、皆様とテレサさんのおやつを食べたいですね! きっととても美味しいと思います!」


 可愛い陛下。

 ずっと守って差し上げますよ。


 足下ではあくびをしているマルチーズ卿。

 どうやら興奮して早朝から起きてしまったリーゼ様に、お付き合いいただいたようです。


「ええ。ラクサの花がそろそろ咲きます。あと少ししたら、お弁当とおやつを持って、みんなでドッグランコートに参りましょうね」

「はい!」




 そうと決まれば宰相殿と相談ですね。

 私はスキップをして執務室(お勉強部屋)に向かわれた陛下を見送り、計画書をしたためて侍女に渡しました。


「お願いしますね」

「はい」


 きびきびと歩く侍女。

 扉の前の護衛は、彼女に頭を下げて挨拶をしています。


 陛下の部屋に就く侍女たちは、全員が元中央騎士団の精鋭です。

 そして私が昔、中央騎士団第一部隊に所属していた頃に、子飼いとして育ててきた信頼をおける元部下になります。




 リーゼ様が責務として参加せねばならぬ行事は、実はあまりありません。

 外国の使者の謁見式や、褒章行事くらいでしょうか。


 昔のケンネル王国では、国を挙げた行事には、必ず王族の誰かが主賓として参加されていました。

 しかし、王族の激減とともに参加義務はなくなります。

 さらに病弱のアベル様の時代になってからは、「元気でいてくださればそれでよい」と、肖像画だけですませるようになりました。


 さらには戦争を挟んだせいで、合唱祭も収穫祭も、あらゆる行事がなくなっていきました。

 国民の笑顔が、日々消えていったのです。


 しかし、リーゼ様が見つけだされ、女王として上に立ってくださった後。

 この国では次々と「皆で祝う」行事を復活させています。


 もちろん、リーゼ様ご自身が「私は皆様の頑張る姿、楽しむ姿を見ていたいのです」とおっしゃり、すすんで参加してくださる部分が大きいです。


 合唱祭では、主催者ドミンゴ・インディアンドッグ殿。

 収穫祭では農宝のシャー・ペイ殿。


 彼らは祭りの復活を喜び、リーゼ様の訪れに感激をしていました。




 ……しかし。

 そうなると同時に別の問題も起きてきます。


 過去に数多く行われていた、他の祭りや競技会の元・主催者たち。

 彼らは耳をピンと王宮に向けています。

 王族に、陛下に再び参加していただけないかと、とても期待しているのです。 


「花見と言えば、ケンネル花見会の連中ですね」


 リーゼ様が頑張って編んで毛玉となった手袋をかごに片づけながら、窓から見える木々を眺めました。

 一番近いラクサの木も、つぼみが大分大きくなりました。


 花見会とは、たくさんのラクサの花を見ながら、王族を交えて各地で大宴会を催し、必ず隠し芸を披露し笑ってもらうという趣旨の、しょうもない会です。


 ですが彼らは侮れません。

 お花見もそうですが、犬人はにぎやかな雰囲気が好きな国民性ゆえ、花見会は全国に支部がある巨大な組織に育っています。

 国民の八割ほどが入会しているのではないでしょうか。


 彼らも当然、積極的で元気な女王陛下に参加してほしいと切望するでしょう。

 

 ですが私は子守犬。

 リーゼ様の女性としての健やかなる成長を願う母代わりとしては、花見会の方針に許可を出すわけには行きません。

 断固として反対します。


 なぜならば……。

 《一番! ブン・チン、脱ぎます!》

 彼らの隠し芸とは、とにかく下品だからです。




 特に人の姿になって、腹に顔を描いて踊る芸や、裸で下半身にたらいを当てて踊る芸など許せません。

 女性が嫌がっても「本当は指の間でちらちら見ているんでしょう?」と絶好調になる精神も理解できません。

  

(リーゼ様の健やかなる成長の為にも、あんな卑猥なものを見せるわけにはいきません)


 特に王宮の文官たちは酒乱が多く、騎士団でも第一部隊と第四部隊と第七部隊を中心に、ふざけた下品な芸をする方が多すぎます。


(特に酔っぱらった和犬は見ていられません)

 そこで宰相であるゴールデンレトリバー公爵に相談することにしたのです。




 ゴールデンレトリバー一族は歴代の宰相を輩出してきた家系。

 歴代品の良い犬が多く、王族の家庭犬としても名を馳せてきました。


 先の戦争(私たちに犬人にとって先の戦争とは、アベル様が亡くなった後に起きた侵略戦争を指します)で若くして公爵位についたレオンハルト様も、当然品行正しく、美しさも賢さも群を抜いております。


(ただ、女性をもてなすという点においては、まだまだ経験値が足りないようですね)


 宰相の執務室に許可を得てはいると、案の定の光景が見られました。

 相向かうのは、ケンネル花見会の会長。

 いすに座った麗人はうつむき、顎に手を当てて唸っています。




「なるほど。この計画書は実に見事だ。特に宴会芸。あの場面で我らが裸のラインダンスをすれば、リーゼ様にお笑いいただけるか……」

『そうです、そうです。絶対に喜んでいただけますとも。……は、テレサ隊長! 相変わらずお美しい!』


 私を見て喜色満面になるのは、会長のラッシー・シェルティーです。

 彼はとかく友好的で人の懐に入るのが上手いのですが……。


『是非、陛下を! 我らのラクサの宴に陛下を! 長年お見せできなかった分、練りに練った肌色の宴会芸を、きゃん!』

「下品は許しません」


 平手ではね飛ばしました。


 芸人の愛想の良さになど、騙されません。

 特にこの子守犬は引っかかりませんよ。


 宰相に確認すると、彼らはどうやら相当に卑猥な芸を考えていたようです。

 許しません。

 なので、愛想笑いをする女性が「本当は見たくない」ものがあるくらい理解できるよう、レディーに対するマナーを叩き込みます


 その名の通り、拳で。





「ばう」

「あら」


 宰相ともどもマナーを仕込んだ後。

 しずしずと廊下に出ると、エリザベスさんに出会いました。


 彼女は子犬たちも乳離れをしてきたので、たまに黒い相棒だいどうしに夫と子を預けて、一人でリーゼ様に付き従ったり、日向ぼっこをしたりと自分の時間を満喫するようになりました。


 彼女は私の足にすり、っと甘えられます。

 日に当たって、毛皮から良い香りがしています。

 しゃがんで犬の時の私よりも大きな彼女を、よしよしと撫でさせていただきます。


「よろしければ一緒にお茶をいたしませんか? 花見には当然エリザベスさんも参加されますよね? 子供たちにも楽しんでいただける計画を立てていますので、ご相談させていただけませんか?」

「ばう!」


 ご機嫌になった母友を連れて、王宮の売店近くのテラスに移動することにいたしました。

 今日のお昼の準備の前に、女二人でお茶会です。






 ドッグランコートでは、花見会の準備が進んでいます。

 ラクサの花が八割ほど満開になった庭は、先に散り始めた花ひらを庭師たちが掃除しておりました。


「きゃん!」

「きゃんきゃん!」

「くーん」

「……ぐう」

「ふんふん」

「きゅう?」


 会場の設営に忙しい第四部隊。

 他にも庭師や侍従、侍女たちの声に混じって、子犬たちの声が響きます。


 全部で六人。

 全員陛下の愛犬二人の間に生まれた子犬たちです。人々の間をぬって、今日も元気にお散歩をしています。


 お連れするのは保育士、いえ黒い御仁。

 純人教のトップである、大導師ゴルトンです。


 ――――いいえ。

 今は駄犬教の伝道師と評した方が良いでしょうか。

 彼はストイックな雰囲気の導師服にエプロンをかけ、子犬たちを先導していました。


 腕の中にはお姉さん犬のイザベルとヴィクトリア。

 頭の上には弟犬のシバタ。

 エプロンのポケットの中には、やる気のない弟犬のコシバ。

 そして足元には弟犬を銜えて歩いているエカチェリーナと、姉犬に大人しく銜えられているダメタです。


 どの子も大導師と一緒にお散歩するのが大好きで、彼が来るたびに一緒に外に行きたがります。

 あまりにも駄犬教界隈で羨ましがられるので、「子犬様のお散歩の時にはダシバ様は他のお偉方が散歩に連れて行く」、という不文律がいつの間にかできているそうです。

 犬人にしてみれば、どうでもよいお話ですが。


 私がごく若く現役だった頃。純人教の導師たちには本当に手を焼きました。

 まるで、どこぞの黒や茶色の虫のごとく叩いてもすぐに復活する執念は、自分たちに向けられているのでなければ、賛美に値するほどでした。


 ですが、ダメな子ダシバのおかげで、改心した彼ら。

 今や、下手な一般犬よりも頼りになるほどです。


 私は顔面が崩壊している大導師に声を掛けました。


「大導師様」

「……なんだ」

「少しお話が」


  




 花は満開。

 ごく薄い紅を帯びた花びらたちが、ハラハラと落ちて犬の毛皮を飾っていきます。

 今回の花見は和犬風に靴を脱いで、特別に設置された低いテーブルの周りに大きなクッションを敷き、寝転びながら花を見上げるという趣向になっています。


 ラクサの花で包まれたドッグランコートには、小さな屋台があちこちに出店しています。

 陛下が収穫祭での雰囲気を気に入っておられたからです。

 ただ、ブラッドハウンド料理長がジャンクフードは止めて欲しいと依頼されたので、ほぼ食堂のお弁当を扱う出張所となっています。


 唯一、農宝が出店した「アモーレプリプリン」のお店だけが異色を放っておられました。

 ある一族がプリンの屋台を求め、毎日宰相と団長に猛然と抗議をし、さらにある隊長がこっそりと陛下の子犬たちにプリンの味を覚えさせたからです。

 もちろん制裁は科しましたが、子犬たちがあまりにプリンを求めて鳴くので、陛下とセントバーナード様、エリザベスさんと相談して特別製の子犬プリンを開発していた農宝に出店許可を出したのです。

 

「二度とモテないようにあのツラを変形させてやろうかしら」


 後ろで元部下の侍女がビクリと震えました。




「テレサさん! 綺麗です! 本当にお花が綺麗です!」


 陛下が満面の笑み(当社比)を浮かべて、庭に敷かれたラグの上で両手を広げておられました。

 足元にはエリザベスさん。そして私の持ったバスケットにしっぽを振っているダシバ。


 本日の陛下のファッションは、汚れても転がっても良いようにスカンツです。

 ピンクの広がるスカンツにフリルのたくさんついた白いブラウス。編み込まれた銀髪をピンクのリボンバレッタで軽く止めた格好。

 花びらが髪に数枚かかり、いつも可愛らしいお姿が、さらに数段愛らしくなっておられます。




 私は微笑んで、手作りサンドイッチが入ったバスケットをテーブルの上に置きました。

 テーブルの下に待ち構えていたダシバの頭を掴んで、手出しをさせません。

 あちこちに敷かれたラグでは、王宮の部署の者たちが銘々にテーブルの周りに屋台のお弁当やオードブルを広げてお酒の準備をしています。


 花見には酒。

 芸に規制を掛けた私ですが、お酒は規制いたしませんでした。

 流石に大人の飲食の楽しみを減らすわけには行きません。


 ただ……。


「ふははははは! 陛下! ニューファンドランド! 今宵も月がきれいだのう!」

「まだお昼ですよ」


 出来上がったマスティフ卿が、ご機嫌に第二部隊の連中を連れて絡んできました。

 かの方は「古き良きケンネル」信奉者で、酒を飲むならとことん飲む! という主義です。


 今までは陛下が栄養失調だったので、食事や行事の時は皆気を使って酔っぱらう犬人は現れませんでした。

 しかし、陛下は「みんなで食べたいものを食べ、飲みたいものを飲めるようになって欲しいです」という優しいお言葉に早速解禁した男性たち。

 特に今日はあちこちで出来上がった男たちが散見されます。


 ここにいるのは中央騎士団と辺境騎士団の一部。そして各大臣や局長、文官たちです。

 第八部隊が目を光らせていますが、賑やかな雰囲気とラクサの見事さに紛れ、見逃すものもちらほらいるよう。


「マスティフ卿はご機嫌ですね」

「酒はいいものですぞ! 陛下も一献、ぶはっ」


 調子に乗って「では陛下も一献」と言い出したマスティフ卿を静かにさせます。

 拳で。




 廃棄物をセントバーナード様に引き渡している間に、陛下の周りを怪しい犬たちが取り囲み始めました。


『陛下……なでて』

『陛下……ガチャに勝てなくて寂しいです』

 

 ダシバがご飯を狙わないよう抱きかかえて、大きなクッションに沈み込んでおられる陛下。

 その目の前に酒の入ったマラミュートとハスキーが、きゅーんきゅーんと絡みます。

 どうやら泣き酒が入った模様。

  

 よしよしと宥める陛下の後ろには、グレートデン卿がのしのしと寄ってきて、背中のクッションの横に寝そべりました。

 いつもは主張をされない彼が珍しい。どうやら彼も酒に酔って甘えたくなったようです。


 突然、ふらついた四肢で近寄るグレイハウンド卿。

 本を銜えて近づいてきました。

 そして陛下の足元にパサリ。黒い表紙の雑誌です。


「これは何ですか?」

『私、陛下に言いたいことがあったんです。なんでこれが発行禁止処分なんです? 青少年保護育成条例違反ってなんなんです? 芸術ですよ!? 文芸ですよ!? もう春なんですよ!? ちょっと年齢が若い犬をピンナップにつか、ぎゃん!』


 軽薄なマスコミ犬を抹殺しました。

 私は動かなくなった犬を黙って侍女に渡し、本をその場で焼却処分させます。

 全ケンネルPTA(ぽっとでのただのいぬのあんたにしかくはない)の会長をしている身としては、見過ごせない事態でしたので。


「グレイハウンド卿は一度新大陸に派遣された方が良いかと。あそこであられもない少女絵の印刷を広めたものは即死刑ですから」 


 手をはたいて陛下の周りを観察します。

 いつの間にか、陛下に絡みたい・甘えたい・ただ匂いを嗅ぎたい酔っぱらった犬の集団がうようよしていました。




『うわああああああん。僕は栄えあるシバ一族なんですよ! ひっく。可愛いんじゃないんです、カッコいいんです!』

『あーはいはい。マメタ君はちょっとお酒が早かったみたいだねー』

『マルチーズ! 僕はもう十六なんですよ! ひっく』


『……僕は、僕は神だ……! ひれ伏せ者ども!』

『コーギー君。君が酒に飲まれるとは珍しい。どうやら陛下の香りとラクサの雰囲気に飲まれてしまったようだね』

『サルーキ。君は神に仕える犬だ……! ワナナチップスを献上しろ』

『あーはいはい。あーはいはい』

『二回も言うな……!』


『……レオンハルト。よく見たらお前の顔は綺麗だな。まるでわんわんベーカリーのあんパンのようだ』

『ダリウス。お前もよく見たらカッコイイな。まるでわんわんベーカリーのドーナツのようだ』


『だからよお、アキタ。お前も和犬なら分かるだろう? そこは我慢なんだよ』

『ハイハイであります。キシュウ先輩』

『ああ? 子供が生まれたらハイハイは普通だろうが』

『はいであります(酔っぱらいは死ねであります)』


『なあチャウチャウ君。俺、もっと金を儲たいんやけど、なんかいい方法ない? ……ああもう酔っぱらって「ちゃうちゃう」しか言わん。だめだわ』


(しかし、本当に収拾がつかなくなってきましたね)


 陛下は普段とは違った顔を見せる犬たちの様子を面白がって許しております。

 ですがわんわんきゃんきゃんばうばうと、宴は大分熱を帯びて参りました。





 ドッグランコートの噴水の近くに設営された会場では、ワイマラナー氏の一吠えによって再結成された一座やの公演や、ムネマサ・スピッツ氏の楽団による演奏会、ドミンゴ・インディアンドッグ様たちによるオペラが次々と行われていきます。


 陛下もクッションの上に寝転んで、ダシバを抱き込んで楽しんで観ていらっしゃいます。


 そしてやはり、恐れていたことが起きました。


 司会をやっていたシェルティー会長が、目の端をきらんと輝かせます。


「それでは花見会も盛り上がってきたところで……花見会会員のお前ら。隠し芸をやりたいかー!」

「「やりたーい!」」

「今そこに陛下がいる幸せ! 我々は今こそ、特訓の成果を見せる時! まずは、男は脱げ! そしてその肉体美を見せつけながら女性陣を喜ばせる下ネタを世界中に放送するのだ!」


 あちこちで立ち上がる猛者ばかたち!

 侍女たちが戸惑います。


「テレサ様! まさかこんなに犯人ろしゅつまが隠れているとは思いませんでした!」

「く。騎士団の多くが酔いつぶれるのを待っていたのね!」

「くははははは。ニューファンドランド隊長。いつの世も男は裸の心を持って生きているのだ! 『セクラハ男は殺す』と殴られ続けた日々は忘れないぞっ」


 なんという逆恨み!

 リーゼ様がダシバを抱いたままポカンとされています。


 シェルティー会長が手を振ると、猛者ばかたちは一斉に服を脱ぎだしました。

 第八部隊と侍女たちが襲い掛かりますが、なぜかこんな時だけ素早い文官ども!

 奴らは服を脱いでパンツ一枚になると、ステージに乗り始めます。


 だが、私とて対策をしていなかったわけではありません。

 大きく手を振りました。


大導師こもり!」

「仕方ないな。シバタ様たちの健全な発育のためといわれたら、協力するほかあるまい」


 ステージに丸い穴が空き、せりあがってきたのは黒い導師服を着た男。

 彼もPTAの仲間です。


 次々と最後の一枚を脱ごうとする男たちをしばいて気絶させていきます。

 回収する犬の中に、アプソ大司教とシュナウザー博士が混じっていたような気がしますが、きっと気のせいですね。

 まさか年配のお偉い方ほど宴でハメを外すなど、実はムッツリだなんてこと、ありませんよね?


 目論みを阻止され、地団太を踏むシェルティー。


「なぜだ! 伝統ある我らの行事にケチをつけるのか!」

「伝統などという言葉はこの世にはありませんよ。常に人に最高のものをもてなそうとする中で、たまたまロングランだっただけ! 今求められている本当の隠し芸はこちらよ!」


 私はポケットから犬笛を取り出して吹きます。


「ばう!」

「「きゃん!」」


 合計七人の鳴き声。

 ステージに現れたのはエリザベスちゃんと、六人の子犬たちです。

 一通りの猛者ばかを片づけた大導師は、頭にフードを被り、舞台袖で黒子と化しました。


 流れ出す音楽は、ムネマサ・スピッツ指揮「こいぬ様のワルツ」です。


「わあああああ!」


 陛下が頬を紅潮させて喜びました。

 音楽に合わせて、子犬たちが右に左に走るのです。


 姉犬三人は母犬に合わせているので問題ありません。

 弟犬のダメタも、エカチェリーナちゃんに銜えられているから問題がありません。

 

 残りのシバタとコシバも……。

 黒子の大導師が右に行ってはジャーキーを振り、左に行ってはジャーキーを振っているのでなんとか移動できています。


「まさか、こんな素敵な芸が見られるとは思ってもいませんでした! テレサさん! 見てください!」

「良かったですね、リーゼ様。子犬たちもリーゼ様のために頑張ってくださったんですよ」

「嬉しい……!」


 涙を浮かべて子犬たちの芸を見ている陛下は、本当に可愛らしいです。

 子犬たちががんばっているというのに、父親犬は陛下の腕の中で居眠りをしていますがね。


 私は悔しがるシェルティー会長に言いました。


「御覧なさい。驚かすだけが隠し芸でないのよ」

「うぬぬぬぬ……負けた」

「健全なものだから刺激がないとは思わないことね。駄犬の血を引くあの子たちが見せる姿。感動も芸のうちとお知りなさい!」


 がくりと膝をついた会長は犬になり、きゃあきゃあと喜ぶ陛下をじっと見つめました。

 そしてふっと苦笑して、去って行こうとします。


 その後ろから、陛下が声を掛けました。


「あ、シェルティー会長! 今日は本当に素晴らしい花見会を開いてくださりありがとうございました! ラクサも綺麗で皆様喜んでくださって、花見とはとても素敵なものだったのですね!」


 彼は立ち止まります。

 しっぽを振って、ちらりと陛下の顔を見。

 

「わん!」


 と、ご機嫌に吠えました。

 そしてラクサの花びらの洪水を、とことこと去って行ったのです。





 その後、王宮花見会は毎年の公式行事として認定されました。

 シェルティー会長は、民間のボランティアではなく文官として登用され、今は王宮で働いています。


 そういえばプリンの屋台は評判をよんで、売店でも「アモーレプリプリン」が扱われるようになりました。子犬に優しいプリンということで、保育園でも評判です。

 ただし。

 

「一人一個。しかも子供しか買ってはならないとはどういうことだ……」

「あんたみたいな犬がいるからじゃないの」


 隠し芸に巻き込まれたくないと、宴を早々に逃げていた某優雅な大型犬は、売店のおばちゃん犬の前で頭を抱えているようでした。


 当然ですね。






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