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ケンネル王国のわんわん合唱祭(リーゼロッテ女王陛下 視点)

 最近、王宮のあちこちでわんこの遠吠えとメロディーがよく聞こえます。


 黄金犬な時のレオンハルト様も、カーテンに隠れて鼻歌を歌っていますし、この間はダリウス様の犬小屋の中から低音のメロディーが流れてきました。


 救護施設ではジョゼ様のいつもの「あの患者を絞めろ!」の指示も、なんとなくリズム良く聞こえてきます。


 グレイ様はロットワイラー卿(即位してからなるべく家名呼びをするようにしています)やボクサー卿、ドーベルマン卿と一緒に、噴水の陰で低くわうーんわうーんとハモっています。


 保育施設では、可愛らしい子犬の鳴き声が一斉に聞こえてきます。




 私はテラスでミルクティーをいただきながら、テレサさんに教えていただきました。


「ケンネル王国合唱祭ですか?」

「はい。初代王アイアル様の愛犬であらせられたポチ様が、大変お歌が好きで。彼の歌を喜ばれたアイアル様の様子を見た他の犬人たちが『1対1では歌唱力で勝てない。ならば数だ。若い女の子をたくさん集めて歌ってもらえば、アイアル様の興味を引けるに違いない』と用意したそうです」

「なんというか、露骨ですね」

「はい、そこでアイアル様は『それよりもみんなで歌ってくれた方が嬉しい』とおっしゃって始まったのがケンネル王国の合唱祭です」


 足下でダシバが、マルス様にまた「きゅーん」と求愛の歌を歌って、はたかれています。

だから、その方は男だと何度言ったら(略)


 合唱「祭」は発表会ですので、コンクールではありません。

 競争もなく、多くのグループがお互いにどれくらい成長したかを確認したり、知らぬ歌や歌い方を紹介しあうイベントだそうです。


 先王がなくなって以来途絶えていたそうなのですが……。

 私が即位して、復活いたしました。


 実は、皆様がこのイベントで一番楽しみにされていることは、女王のコメントです。


「私がお歌を評価するのですか!?」

「特に難しく考える必要はないのですよ? リーゼ様はあくまで評価者の一人。実際の審査は音楽評論家インディアンドッグ様たちが行います。王族は【とても良かった・良かった・まあまあ】のどれかに丸をつければいいようにしますので」

「でも……、皆さんは私に褒められたいのではないですか? 【まあまあ】とかをもらったりしたら、辛くはないですか」

「それはそうですよ。でも、それ以上に「ちゃんと聞いてくださった」ことが大事ですからね。リーゼ様は安心してお歌を楽しんでください。おやつも美味しいのを用意しますから」

「はい……」




 でも。

 私は感じるのです。


 廊下を歩くと歌が聞こえ、柱の陰からチラチラと私を見つめるその視線たちを。


 東屋では鼻歌の警備兵さんからもチラチラと視線が来ます。

 噴水の裏の遠吠えも、日々熱が入っています。


 書類を書いていると、窓の後ろからもわんわんと元気な歌声が聞こえてきます。


 会議の時にも、大臣たちが隣同士で「そして私のところアンサンブル曲の出来は」「うちのアカペラはあれを歌う」とこそこそおしゃべりをしています。

 私に聞こえるように。


(会議中のおしゃべりを注意したら、むしろ喜ばれてしまいそうです……)


 どう考えても、私にアピールをしています。


「どうです? どうです? 私の歌? 素敵ですよね? いけてますよね?」と。


 全ては私の評価シートを期待する、わんこたちの目。

 大変なプレッシャーです。


 護衛のマルス様は「気にしなくていいよ。どうせどんな評価もらったって僕らは嬉しいんだし。でも僕のブロックはCだからね。宜しくね!」と、

 さらにプレッシャーをくださいました。



 私はこっそり、レオンハルト様の小姓から秘書官に出世した義兄に相談しました。

 急激な成長期に入り、最近声がかすれ気味の彼は、呆れた顔で私を諭します。


「いいか? こういうのはノリなんや。楽しんでなんぼ。雰囲気さえ良ければ多少の痛いダメ出しも余興の一つやで。あまりにまじめに考えてもしゃーないで」

「ですが……」


 反論する私の頭を、義兄は両手でがしっと掴んでもみ込みます。


「はいはい、堅い頭を軟らかくしましょうねえ~」

「わわわわわ」

「ちょっとバド。陛下に触んないでよ」

「ええやんええやん。これで少しはリラックスできるやろ。というかマルス様、さりげなく犬の姿でリーゼ様の胸に抱かれていてよく言うわ」

「これは護衛だからね!」


 乱れた髪を「朝から作った髪型を崩さないでください!」と怒るテレサさんに直していただきながら、私は全員に【とても良い】をつけておこうと心に決めておりました。






 そうこうしているうちに、当日。

 王都の巨大な円形劇場には、国中の歌のグループが集まりました。

 合唱団、アカペラ、コーラス、オーケストラ付。ごくわずかですがあくまで独唱にこだわるという方もいらっしゃいます。


 ヨーチ様は『グレイハウンド合唱団』を率い、軽いパフォーマンスを入れながらのコミカルな演目をされるようです。


 また、レオンハルト様は大臣たちと割と短い曲を選ばれました。もっと長い大曲に挑みたかったようですが、さすがに時間が足りず、補佐のシェパード卿に大激怒されたそうです。


 ダリウス様は軍歌一色で『狂犬騎士団グリークラブ』を率います。

 これは男性が中心で、ひたすら勇ましい歌を歌います。ただ、内容が「女王のためなら死んでもいい。むしろ命じてください」といった大分引くような歌詞が多く、コメントに困ります。


 ジョゼ様は女性コーラスグループを率いますが、歌いすぎてのどを痛めたわんこたちを診るのが大変で、大慌てで準備を行っています。


 アポロ様は……え? 歌うのですか? 失礼ですが、声は?

 巨大な三百人規模の市民合唱団に入って歌うから大丈夫ですって?

 はあ……まあ、いいのでしょうね。


 リリック様は人前が恥ずかしいからと逃げ出しました。

 今、マルス様がそれを追いかけてこの場を離れています。代理の警備はレオンハルト様です。


 マゾ様は独唱らしいです。

「お友達は?」と訊きたいところですが、私同様に地雷を踏みそうな気がするので何も言えません。 

 ただ、さすがに口を開かなければ美青年。

 観客の中には女性ファンが多く、「ボルゾイ様ラブ」という扇を持って振っていらっしゃる方もちらほら。


 義兄にダシバ? 彼らが参加するわけがありません。

 義兄は逃げましたし、ダシバは出ても歌う意味が分かっていません。




それにしても大変な人出です。

道は人であふれ、両側の店も大繁盛しているよう。ただ歌うだけではなく、歌を聴きたいという方もたくさんいらしているようです。

 あとは私が審査員の一人であるということも、このお祭りの盛り上げに貢献していました。


 劇場の周辺には出店が大量に出現し、なぜか大道芸人の方々もいらしています。もはや、先々月行われた独立祭と同じくらいの規模のお祭りです。

 天気も良く、熱気あふれる様子と美味しそうな匂いに皆様大変高揚しておられるのが分かります。




 私は特別席として別室に仕切ってある貴賓席に参り、審査員の皆様に挨拶をしました。

 どなたも歌の各界の著名人で、ひと吠えには自信のある方々です。


 その中でも審査員長である、スリムで渋い男前のドミンゴ・インディアンドック様が、初めて会った私を前に、大きなまなこを見開いて「この胸のときめきを今から歌い上げずにはいられない!」と叫び出しました。

 周りの審査員たちが飛び付いて抑えつけておられます。


 歌をいただけるのは嬉しいですが、いきなりラララと叫ばれてもびっくりします。

 心臓に悪いのでご辞退いたします。


 いつかはオペラハウスにも参りますからとレオンハルト様が約束し、落ち着いたところで私は席に座りました。




 さて、目の前には審査用紙。

 私の分だけピンク色で、わんこの足形模様となっておりました。

 評価は三段階……だけではありませんね。


「あれ? 項目が増えております」

「王国民としては念願の合唱祭再開ですからね。少し気合いを入れさせていただきました」


 インディアンドック様が誇らしげに厚い胸を張っておられますが、私は困惑しました。

 項目は八つに増えていたのです。



【もっと練習してきてください】

【本当に犬なのですか?】

【音痴にも程度というものがありますよね】

【明日から貴方は見知らぬ他犬です】

【まあ、許してやりましょう】

【ちょっと、これは】

【聞くのも辛くてめまいがしそうです】

【(なにも言えないから無回答)】



「最高評価が【まあ、許してやりましょう】なのはどうなのですか!?」


 私が思わずインディアンドッグ様にクレームをつけると、彼はふっと笑います。


「陛下は知っておられますか? 昔は犬の順位付けに「歌」があったということを」

「それは教えていただきましたけど!」

「ここにいる我々は、その時の上位者なのです。その時の評価は【いいね!】でした」

「それがどうしたと……」

「素人犬が我々よりも、王族から良い評価、または同じくらいの評価をもらうなんて我慢ができません! 序列は守っていただかないと」


 真顔で言い切りました!


 この国は、審査員の人選を間違えています!


 私の気持ちを察するようになったレオンハルト様は、微妙な顔でインディアンドッグ様たちを見ておられました。

 彼はこれから歌に参加されるので、余計に知りたくなかったでしょう。


 歌業界の、裏側です。




 私はため息をつき、「分かりました。ですがちゃんと審査員としては皆様の頑張った歌を評価してください」とお願いします。


 満足げな彼らから少し離れている、女王専用特等席。

 目の前にはひどい選択枝ばかりの評価シート。


 私は赤ペンを持って頬杖をつきました。


 リハーサルで一生懸命に歌を歌う子犬たちを見下ろして……ふと思いついたのです。





 ————合唱祭が終わり、審査員の評価シートと女王陛下の評価シートが各団体に配られます。


 するとあちこちでわっと盛り上がりました。

 思わず犬になり、わうーんと大きく遠吠えをする方もいます。


「女王様が褒めてくださった!」

『歌って良かった! 女王陛下万歳!』

「もっともっと頑張って歌が上手くなりたい!」

『ママ! 見てー!』


 子ども合唱団の子犬がくわえて母親に持って行った評価シートには、




 大きな花丸。




 私は「この項目のどれかに、しかも丸しか書いちゃだめ」とおっしゃった審査員様方に従いました。


 たくさん「丸」を書いて【良かったです】という意味にしたのです。




 悔しがる審査員の方にはひと睨みをし、「ちゃんとあなた方の頑張りを見ていますから、もう少し他の犬の頑張りも認めなさい」と叱って帰しました。


 シュンとしっぽを落として帰って行く彼ら。

 ちゃんとコンサートには行きますよ?




 最後は、皆でケンネル王国の国家を歌って終わりました。

 軽快で明るい歌が、にこにこと明るい笑顔と共に、会場中に響きます。


 きっと来年も楽しい合唱祭になるに違いありません。

 だって、本当に歌を楽しそうに歌っていらっしゃるのですもの。




「私も少しお歌に参加したいかも」と思って、こっそり寝室で練習をしました。

 すると、後日なぜかマルス様が「ほげーって超音波が生じて天蓋の第五部隊員が気絶したんだけど、何の武器を使ったの?」と訊ねてきました。


「……」


 来年も、楽しく、審査員をさせていただきます。



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