私も聖女ですよ……ね?
この世界の名前は、ヴィシュガーン。
この国の名前は、パドライム神聖国。
遥か昔から、千年に一度の周期で現れ世界を蹂躙しようとする魔王に対抗すべく、魔王や魔物を浄化する力を持つ聖女を召喚してきた国らしい。
魔王の出現は、魔物が凶暴化しその活動が活発になる事でわかるらしく、運悪く魔王出現の時代に当たってしまったこの国の王族には、聖女と共に魔王を倒し浄化する旅に出るという試練が課されるそうだ。
今回、その役目を担う王族は三人の王子様。
王太子のジオナール・パドライム様、二十歳。
王妃様の子で、金髪碧眼の、まさに王子様といった感じの美形で、世界で唯一聖剣を扱える勇者なのだそうだ。
第二王子のテオナール・パドライム様、十八歳。
第三妃様の子で、銀髪に金の瞳の中性的な美形で、天才的な魔法の才能を持つ実力者だそうだ。
第三王子のレオナール・パドライム様、十六歳。
第二妃様の子で、薄い茶色の髪に朱色の瞳のイケメンで、剣術にかけてはこの国の中でも指折りの実力者だそうだ。
それと、公爵家の三男で、金茶の髪に緑の瞳のイケメンの、セイシン・カダイン様、十六歳。
将来医師を志す彼は回復魔法は勿論、様々な薬を作れるらしく、その為に旅の参加を命じられたらしい。
そして、聖女は私、羽月棗、十七歳と、日野春菜、十八歳だ。
召喚されこの世界に来た日にそれらの事を聞かされ、旅の仲間となる三人の王子様と公爵家子息様との顔合わせと挨拶を済ませ。
一夜明けた今日は、明日魔王討伐に旅立つ私達の為に、英気を養えるよう、お城にて華やかなパーティーが開かれた。
私も日野春菜さんも綺麗なドレスを着て参加している。
……の、だけれど。
私は半眼になって、数歩離れた場所を見つめた。
「今代の聖女様は、なんとお美しい……!!」
「本当に。聖女様のお美しさはとても言葉では言い表せません」
「聖女様、後ほど是非私とダンスを踊って戴けませんか?」
「私とも、是非一曲! お願い致します、聖女様!」
『聖女様』と呼ばれ、人々の賛辞を受けているのは、私ではなく日野春菜さんだった。
私の所には、誰も来ない。
……うん、わかってる。
相手は絶世の美少女だもんね、そりゃこうなるよね。
でも、これはちょっと、まずくないかな?
昨日王様に聞いたところによると、元の世界に帰る方法は、ないらしい。
つまり、私の専業主婦という夢を叶えるには、この世界で甲斐性のあるそこそこお金持ちの男性を頑張って見つけなければならないという事で。
とりあえず狙い目なのは一緒に旅する、交流の多いあの四人になるわけだけど、それは同時に、私の隣に絶世の美少女という日野春菜さんが常にいるという事態にもなるわけで。
……うん、まずい、やっぱりまずい。
よし、彼女が初対面の男性達に囲まれている今のうちに、先んじて少しでもあの四人と交流しておこう!
私はちょっとした人垣となっているその場所を見ながらそう結論づけると、そこから視線を外して会場内を見回した。
するとすぐに、こちらに向かって歩いて来るあの四人の姿を見つけられた。
それぞれ趣の違うパーティー用の礼装を身に纏った彼らはとても素敵で、思わず見惚れてしまう。
けれど、それがいけなかった。
我に返った時には、四人が四人共、その足を日野春菜さんの元に向けてしまっていたのだ。
「聖女様、今日は一段とお美しいですね」
「そのドレス、とてもよくお似合いです」
「貴女の姿を目にした時は、一瞬見惚れてしまいました」
「私もです。貴女は今まで出会ったどんな女性よりもお美しい……」
四人が人垣の一部になると、そんな声が数歩離れた場所から聞こえてきた。
……うん、えっと、あの~……。
聖女、ここにもいるんですけど~。
ねぇ、皆さん~?
聖女、ここにもいるんですけど~!!
心の中でそう言いながら、私は人垣をじっと見つめた。
彼女が相手では、とてもそれを口に出してあの人垣の中に分け入る勇気は出ない。
けれど当然ながら、黙ってただ人垣を見つめていたところで事態は好転しない。
ただ日野春菜さんの美貌を讃える言葉が聞こえてくるだけだ。
所在なさげにただそれを聞いていると、段々心がやさぐれてきた。
……ねぇ、聖女の役目、日野春菜さんがいればいいんじゃない?
私、このお城に残っちゃ駄目かなぁ?
残って、将来有望そうな騎士様とか魔術師様とか文官さんとか見つけて交流していたほうが私の夢の成就の為にはいい気がするよ……。
こうしてただ立っていても仕方ないし、まずは、この会場を警備してる騎士様から物色しようかな……。
お仕事の邪魔にはならないように、離れた場所からそっと……。
うん、よし、そうしよう……。
そう決めて、あてもなく会場をさまよおうと、私は一歩を踏み出す。
その、次の瞬間。
「聖女様。聖女様。……聖女、ナツメ・ハヅキ様!」
「え?」
ふいに自分の名前が呼ばれ、そちらに視線を向けると、そこには人垣の一部になっていた筈の第三王子、レオナール・パドライム様が立っていた。
その姿に驚いて、私はつい忙しなく人垣とレオナール様の間を交互に見てしまう。
するとレオナール様はクスリと小さく笑い、私に手を差し出した。
「聖女様。どうか私と一曲、踊って戴けませんか?」
「え、えっ? わ、私と、ですか!?」
「はい、貴女と」
「え……! は、はい、喜んで!」
「良かった。ありがとうございます。では、お手を」
「は、はいっ!」
次いで告げられた言葉にまた驚いて思わず確認するも、しっかりと頷かれながらされた肯定に嬉しくなり、私は喜んで差し出された手に自分のそれを乗せた。
そしてダンスの輪へと歩き出そうとすると、視界の端にスッと二つの影が映り込む。
それはすぐに視界の端から中央へと移動し、私とレオナール様の前を歩き出した。
その二つの影は、王太子のジオナール様と、日野春菜さんだった。
ジオナール様に手を引かれた日野春菜さんを見た途端、私はレオナール様が自分の所に来た意味を理解した。
レオナール様は、日野春菜さんがジオナール様と踊る事になったから、仕方なくあぶれている私をダンスに誘ったのだ。
要するに、私はただの、暇潰し。
……あの、もう、泣いていいですか?
誘いを受けてしまったこのダンスが終わったら絶対、絶対にその辺の騎士様を物色しに行ってやるぅぅ!!
え、何ですって?
主人公の名前が、字は違うけど読み方は作者の名前と一緒ですって?
ワァ、ホントウダ、イマキヅキマシタ~!!