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裏事情 3

レオナール視点です

 翌日は問題なく早朝に出発できた。

 勿論ナツメ様も一緒にだ。

 父上も含めた全員で、ナツメ様が『残りたい』と言い出せなくなる方法を考え、実行に移した成果だろう。

 早朝から見送りに駆り出した者達には少々申し訳ないが、世界を救う聖女様一向の見送りだ、大々的に行って然るべきでもあるのだから、そういう事で納得して貰いたい。

 さて、昨日はナツメ様を独占でき、今日は無事にナツメ様と一緒に旅立つ事ができて幸せと喜びに浸る俺だったが、馬車に乗り出発した途端、それは直ぐ様霧散した。

 またナツメ様を放置し、ハルナ・ヒノ様を持ち上げる一員に加わらねばならなくなったのだ。

 若干人格に問題があっても、ハルナ・ヒノ様とて聖女様に違いはないのだから、敬う事に否やはない。

 けれど、ナツメ様を放置しなければならないのが辛くて仕方がなかった。

 ほら、ナツメ様は今も寂しそうにこちらを見ては溜め息を吐いている。

 出された朝食が詰まったバスケットにも手を伸ばさずにだ。

 これからは旅生活になるのだから、食事は取れる時にきちんと取らないと、きっと後で辛くなるのに。

 俺はどうしても気になって我慢ができず、ついナツメ様に一言声をかけてしまった。

 するとやっとナツメ様は朝食に手を伸ばしてくれたので、ホッとする。

 ナツメ様が食事を取らない事が兄上達やセイシンも気になっていたのか、声をかけてしまった俺が嗜められる事はなかった。

 ああ、ナツメ様ともっと話したい。

 ちらちらと降り注ぐ寂しげな視線にモヤモヤとした思いを募らせながら、時折我慢しきれずに兄上達に注意を受けないギリギリな所を見計らい、俺は一言二言、ナツメ様に声をかけ続けたのだった。

 ……そうして、俺が辛い状況に耐えながらもハルナ・ヒノ様を兄上達と一緒に持ち上げ続けたというのに。

 ハルナ・ヒノ様は、あの女は、許しがたい事態を引き起こした。

 夜中、ジオ兄上に叩き起こされた俺は、寝ぼけ眼を擦り、『見張りの交代ですか、兄上?』と欠伸を噛み殺しながら言った。

 しかし、次の瞬間、返って来た兄上の返答に、頭が一気に覚醒する。

『ナツメ様が馬車ごといなくなった。セイシンが、数人の下卑た男達の心の声が微かに感じ取れると言っている。……賊に拐われた可能性が高い』という、その言葉に。

 大急ぎで外に出れば、既にテオ兄上が追跡の魔法を発動させ、ナツメ様の行方を探していた。

 早く、早くと焦れながら、テオ兄上がナツメ様のいる場所を掴むのを待つ。

 一分一秒がとても長く感じられた。

 やがてテオ兄上が『見つけた』と言い、一つの方向を指差す。

 『あちらか。レオ、行けるか』とジオ兄上が言い終わるのを待たずに、俺は一目散にその方向へと駆け出した。

 魔法を使って風を纏い、更に身体強化の魔法を重ねがけして高速で大地を駆ける。

 剣だけではなく、あまり向いていない魔法の訓練もしっかりとやっていた自分を、今盛大に褒めたい。

 馬車に追いつくには、魔法の強化は不可欠だ。

 魔法に関してはテオ兄上どころか、ジオ兄上やセイシンは勿論、城に仕える魔術師にだって劣る才能しか持っていないが、使えるだけでも良かったと今心から思う。

 数分駆けてやっと追いついた馬車の、その中へと急いで駆け込む。

 まず目にしたのは見知らぬ男。

 次いで見えたナツメ様の、青ざめ涙ぐみながらも生きている無事な様子に心底安堵した。

 けれど。

 男がこちらに振り向き位置がずれた事で露になったナツメ様の全身を見ると、俺の頭には一気に血が上った。

 ……これのどこが、"無事"だ?

 この男は……こいつは、ナツメ様に、何を、した?

 気がつけば俺は、ナツメ様の前で男を真っ二つにしていた。

 短く悲鳴を上げ気絶したナツメ様を見るまで、それが配慮に欠けた失態であるという事に、思い至る冷静な頭を、どこかへ飛ばしてしまっていた。

 だから俺は、次に目覚めたナツメ様に拒絶されるという罰を受ける事になった。

 その後ジオ兄上が全てを説明して取り成してくれたおかげで、困惑と戸惑い、そして怯えの色は微かに残るものの、俺はなんとかナツメ様に許して貰う事ができた。

 ナツメ様に穏やかな眠りを提供する為に俺とセイシンが使っていたテントを明け渡し、外に出る。

 これから夜が明け出発するまでは、俺とセイシンが見張りに立つ番だ。

 兄上達はそれまでもう一眠りするのだろうと思っていたが、何故か兄上達も一緒に焚き火の前に座り込む。

 『兄上?』と首を傾げると、ジオ兄上は真面目な顔で口を開き、『お前にも伝えておかねばならない事がある』と言った。

 そうして告げられた内容に、俺は激しく眉をしかめる事になる。

 なんと今回の事件は、ハルナ・ヒノ様の所業が全ての発端だったのだ。

 俺や兄上、セイシンがあれだけ差をつけた対応をして、ハルナ・ヒノ様の自尊心を満たしていたにも関わらず、彼女は当初の予定通り、ナツメ様の排除に乗り出していたのだ。

 まず彼女は、見張りをしていた一般客の男性の元へ近づき、その労を労い、礼を言ったらしい。

 そして立ち去り際に、そっと睡眠の魔法をかけて眠らせ、ナツメ様のいる馬車へ近づいて行った。

 『聖女は自分だけで十分。貴女は消えて』と言って、ナツメ様を追い払う為に。

 けれど歩を進めるその先に複数の人影を見た彼女は、見つからないように距離を取った上で木の影に隠れ、その人影らの様子を盗み見た。

 人影らは『見張りの野郎、眠ってやがるぜ。こりゃ楽にお宝を頂戴できるな! がはははっ!』と醜く嘲笑う声を上げ、ナツメ様が眠る馬車を奪って立ち去って行った。

 それを何もせず見送り、楽しげに口角を上げた彼女は、『さようなら』と小さく呟き、自分のテントへ戻って寝たという。

 ナツメ様が拐われた事でにわかに騒がしくなり起きてきた彼女が、事態を説明された時にセイシンが聞いた『なあんだ、助けに行っちゃったの』という心の声に疑問を持ち、更なるその声を引き出すべく言葉を尽くして話した結果、その経緯が明らかになったというわけだった。

 ……あの、女。

 どんなに平和な世界にいたとて、人を、物を持ち主から黙って奪って行くような者達の集団が、その奪った物をどうするかなど、全く想像がつかないわけではないだろうに……!!


「……兄上。そのような女を、まだ持ち上げて敬わねばならないのですか?」


 ナツメ様を、放置してまで。

 怒りを胸に燻らせた俺は、ジオ兄上を睨み据えながら低い声色でそう尋ねる。

 すると兄上は目を閉じて、首を横に振った。

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