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(2)

 少女を着替えさせた頃にはすっかり部屋も暖かくなっていた。日も落ち、レシテ=ラザールの刻を迎えた暗い室内で、蝋燭にぼんやりと照らされた少女を見つめる。着替えさせたついでに、顔や髪も拭いたので、先程よりもよく状態が観察できるようになった。心なし呼吸が荒いので、熱が出ているのかも知れない。立ち上がり、濡れた布を持ってきて、少女の額に乗せた。

 水の子以外の精霊が近寄らないことや、見知った気配からして、この少女に掛けられているのは水精霊の女王マナ=レナの呪いだろう。

 精霊たちには各々得意分野の技があるが、マナ=レナは特に幻術を得意としている。何の意図があってマナ=レナが呪いをかけたのか分からないが、女王の呪いは精霊術師に弱めることはできても、解呪はできない。マナ=レナに解呪させるしかないだろう。


「水の子たち。君たちの女王を呼んできてくれる?」

〈まな=れな? まな=れなは、いま、いないよ〉

「いない?」

〈かくれてる〉

〈ぼくたちでも、わからないところに、かくれてるよ〉


 水の子たちがわらわらと集まってきて返事をしてくれるが、誰もマナ=レナの行方を知らないという。確かに最近、ラルフも彼女の姿を見ないなとは思っていた。数日に一度は彼の下を訪れ、あれやこれやと大騒ぎしていくのに辟易していたので、やって来ないのならばこれ幸いとばかりに放置していたが。

 少女にかけられた呪いは年季が入っているようなので、このことが原因でマナ=レナが姿を眩ませている訳ではないだろう。だが、何が理由にせよ、彼女が姿を現さない限りこちらから見つけることは不可能に近かった。精霊術師といえど、精霊の王や女王が本気で隠れたら見つけることはできない。

 かといって、何の因果か呪いをかけられた少女を、このまま放っておくこともできなかった。精霊術師は精霊と人間との橋渡し。精霊が人間にしたことや、人間が精霊にしたことは、双方の間に立って解決せねばならない。


 はあ、と息を吐いて、温くなった額の布を取り替えると、ラルフはもう一度少女を観察した。そこでふと気づく。この少女が家に転がり込んできた時より、呪いの力が僅かに弱まっていた。

 先ほどと今とで、変わったことといえば、ラルフの家に来たことと、服を変えたこと。あとはーーーと思考を巡らせたラルフは、ぱちりと指を鳴らした。


「闇の子たち、闇の子たち」


 ラルフが名を呼ぶと、暫くの間の後、部屋に闇の子が現れた。薄紫色のぼんやりとした光の玉がいくつも灯る。先ほどは火の子に協力を拒まれてしまったが、どうやら闇の子は力を貸してくれるようだ。

 闇精霊が1番力を持つレシテ=ラザールの刻になったということもあるだろうし、彼らは元来フェミニストであるということも関係しているかも知れない。


〈なぁに、らるふ〉

「力を貸してくれないかな」

〈うーん、らるふのたのみなら〉

〈いいよ、うん〉

「ありがとう」


 ほっと微笑みかけ、ラルフは闇の子を1人、手で包み込む。そのまま目を閉じた。

 ラルフが闇の子を呼んだのは、少女の呪いが弱まった理由が『時間』ではないかと推測したからだった。

 夜は闇精霊の王、レシテ=ラザールの支配下。レシテ=ラザールとマナ=レナは犬猿の仲であり、また、レシテ=ラザールもフェミニストであるため、『マナ=レナが女性に呪いをかける』ということが、夜限定で上手く作動しないのではないだろうか。

 マナ=レナの呪いだから邪魔をする、そして、女性には呪いをかけさせないーーーレシテ=ラザールならばやりかねなかった。

 呪いを完全に解くことまではできないし、ミンス=サニタの刻では呪いを弱めることすらできないが、夜ならば別だろう。ラルフが力を加えれば、一時的に解呪に近い状態にできるかもしれない。

 掌中の闇精霊に語りかけ、力を練る。ふわり、と両手を広げて少女に翳し、力を送り込んだ。精霊の力が少女へと伝わり、全体を淡い光で包み込む。

 ラルフが瞳を開けると同時に光が掻き消え、そこに残ったのは、本来の姿の少女であった。

 どれ、と顔を覗き込んだラルフは、その姿に思わず息を呑んだ。言葉がすぐには出てこなかった。


〈うわあ、うわあ!〉

〈きれいね! きれいね!〉


 女性好きの闇の子は少女の姿を見て大騒ぎである。ラルフも黙って頷いた。


 顕れた少女の本来の姿は、それはそれは美しかったのだ。


 濡れ羽色の髪は輝きを増し、腫れと赤みが消えた肌は透き通るように白く、頬だけが薄紅色。唇は熟れた果実のように色付いていた。

 マナ=レナが少女に呪いをかけた理由が、この美貌に嫉妬してだといわれたとしても頷ける。呪いにかけられることなく過ごしていたら、村や町のちょっとした有名人になっていただろう。

 今は閉じられている、長い睫毛に縁取られた少女の瞳が、ぱっちりと開いた姿を見てみたい。一体、どんな色の瞳でラルフを見つめるのだろうーーーと、知らず知らず思いを馳せる。

 ラルフの見つめる先で、少女の瞼がふるりと震えた。


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