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出会いは雨の夜に(1)

 さぁさぁと、雨が窓を打ち付ける。朝から静かに降っていた雨は、これから段々と酷くなりそうだった。風も出てくれば、小さな嵐になるかもしれない。窓に当たっては流れ落ちる水滴を見て、ラルフは作業をしている手を止めた。


 ーーーこんな日は、あの日を思い出す。


 雨の日だからと、いつもよりも元気な水の子たちが、ひっきりなしにラルフの周りを飛び交っていた。

 水の子とは、水精霊の俗称である。精霊たちは各々の属性により、王又は女王を中心とした集団を形成している。水属性の場合は、水精霊の女王に従うその他の精霊たちのことを、水の子、と呼ぶのだ。


〈らるふ、らるふ。まるで、あのときみたいねっ〉


 ラルフが回顧するのと同じように、彼らもまた、同じ日を思い出しているようだった。


 ブランシュがこの家にやってきた、あの日のことを。






《出会いは雨の夜に》






 薬草を擂る手を止め、ラルフはふうと息を吐いた。激しい風雨が窓を揺らす。ガタガタと鳴る音に、水の子たちがきゃあきゃあと声を上げていた。

 雨の日だからということもあるけれど、今日はやけに水の子たちが騒いでいる。そこら中を飛び回り、家の中を出たり入ったりと忙しい。あまりに彼らが騒ぐので、薬湯作りを手伝ってくれていた緑の子たちの気も漫ろになっている。この状態では今日は良い薬も作れそうにないと、ラルフは作業するのを諦めた。納期はまだ先であるし、今日作業せずとも十分間に合うだろう。

 休憩をしようと台所へ向かって、火の子の力を借りて火をつけお湯を沸かし、洗い物の山からどうにか使えそうなカップとティーポットを取り出してそれに注いだ。整理整頓はもちろん、家事全般が不得意なラルフの家は、そこら中こんな感じである。

 使える皿があればまだまし。食べられる食材があればまだまし。眠るスペースがあればまだまし。

 こんなラルフが森の中で1人で暮らしていられるのは、何かと世話を焼いてくれる精霊たちがいるからだった。


 久しぶりに温かい飲み物を口にしたな、とぼんやり考えながら、椅子の上に山積みになっていたあれやこれやを床に落とし、空いたスペースに腰掛けた。台の上にカップを置くスペースはないので、それは手に持ったまま。

 水の子たちは尚もラルフの周りをちょろちょろしている。


〈らるふ、らるふ!〉

「なんだい、今日は。やけに落ち着かないね」


 苦笑するラルフの髪を水の子が引っ張った。精霊の子は、基本的に人に触れることができないし、人から触れることもできないが、精霊術師ならば別であった。淡く光る球体として可視化され、こちらから触れずともこうして彼らの方からすすんで接触してくることもしばしばである。

 尤も、各精霊たちはそれぞれに性格が異なるので、髪を引っ張るなどということをしてくるのは水か火の子くらいだが。緑の子は大人しいし、闇や陽の子はまた独特だ。


「そんなに引っ張らないで。君たち、一体どうしたの」

〈くる、くるよ! くるんだよ!〉

〈くるのよ、らるふ!〉


 来る、来る、としきりに繰り返す水の子の言葉に、ラルフは首を傾げた。本当に、一体何のことだろう。


「来る、って?」

〈のろわれたこ、くるよ!〉

「呪われた子?」


 髪を引っ張る水の子の言葉を輪唱した、その途端。ざわり、とラルフの背を何かが走り、椅子から立ち上がった。急に立ち上がったラルフから振り落とされ、捕まっていた水の子たちが小さな声をあげて宙に放り出された。彼らの抗議の声を耳にしながら、ラルフは神経を集中させる。

 今、精霊の巨大な力を受けた何かが、住居の周りの結界をくぐり抜けた。ラルフの家の周りに張り巡らされた結界は、外部からの侵入者を防ぐ役割を果たしており、許可を得たものしか踏み入ることができない。だが、今この敷地に足を踏み入れた何かは、身に纏う精霊の力があまりにも強かったためか、見張りの精霊たちの力では防ぎきれなかったようだ。

 侵入者の存在は不可解だが、結界を通り抜けた時の感覚からして、悪意は持っていないことは分かった。悪意を持っていれば、結界を破られた後に精霊たちが食い止めているはずである。精霊術師とは、精霊に愛される存在。そのため、精霊たちは精霊術師を守ろうと動くのだ。

 結界を通り抜けたものが何故ここにやってきたのかは分からないが、水の子が言っていた「呪われた子」というのが関係しているのだろう。


 ラルフは慌てて玄関へと向かった。水の子たちもわらわらと後をついてくる。

 一層酷くなった風雨で音を立てる玄関扉の前に立ち、ラルフがドアを開けると、黒い物体が転がり込んできた。頭まですっぽりとフードをかぶり、全身びしょ濡れのこの塊は、随分小柄な人間らしい。恐らく、ラルフよりも大分幼いだろう。


〈のろいのこ、のろいのこ〉


 水の子たちも興味津々に周りを取り囲む。

 倒れこんだまま起き上がらず、がたがたと震えるその少年の横に膝を着き、腕を差し入れて体を支えた。ぐったりと力の抜けきった体だ。この嵐の中、一体どれほどの距離を歩いて此処に辿り着いたのだろう。早く手当をしなければならない。

 状態を見ようと顔を上げ、フードを外したところで、ラルフは一瞬動きを止めた。


 ーーーこれは。


 さっと顔を確認し、もう一度フードを被せてから抱え上げた。きっと、この少年は見られることを望んでいないだろう。看病するため、ひとまずは寝室へと足を向けた。

 足早に運びながら、ラルフは先ほど見たこの少年の様子を思い返した。酷く爛れ、腫れ上がった顔。風雨に汚れ、体調を崩しているせいもあってか、顔全体が真っ赤になっていた。腫れの影響で、右目は開くのかどうかも怪しい。


 とても重く、強力な呪いだ。


 精霊術師として名を馳せているラルフを持ってしても、これほど強い精霊の呪いをかけられている人物には初めて会った。

 兎にも角にも、少年の回復を待って、話を聞くしか無いだろう。彼を寝室のベッドに横たえたラルフは、看病の準備のために一旦部屋を出た。

 着替えを持って部屋に戻り、火の子に頼んで部屋を暖かくしてもらおうと思ったが、彼らは少年に近寄ろうとしなかった。恐らく、この少年にかけられている呪いが原因だろう。精霊とは決して優しい存在ではなく、気まぐれで、時に残酷だ。唯一興味深げにしているのは水の子たちで、あとの精霊たちは皆この場から離れている。たとえラルフの頼みでも、今力を貸してはくれないようだ。仕方なく、冬用のストーブを引っ張り出してきて手動で火をつけた。

 一先ず、濡れた服を着替えさせねばならない。依然としてガタガタと震えているし、このままでは体温が奪われるばかりだ。

 少年が着ているのは、足首まで隠れるような長さの、一枚の布で出来たワンピース状の衣服で、大きなフードが付いている。上下に分かれていないので、下からすっぽり脱がせてしまおうと服の裾に手を掛け、上半身まで一気に捲ったところで、ラルフはぴたりと動きを止めた。一瞬の間の後、素早く衣服を下げる。


「え…………」


 目撃したのは、胸元を覆う布と、白い手足。


「女の子……?」


 自分としたことが、とラルフは目元を覆って頭上を仰いだ。風雨で乱れた風貌と、呪われていることにばかり気を取られて、性別の確認が頭から抜け落ちていた。細い体がまるで少年のようで、すっかりそう思い込んでいたのだ。

 しかし、女性だと分かったところで、今着替えを行えるのは自分だけである。ごめんね、と心の中で謝ってから、できるだけ見ないように衣服を脱がせた。


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