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前編

「部活はどうした」

「――日直の仕事終わってないし」

「相方が見当たらねーけど」

「部活、試合近いらしいから」

「だから一人でやるってか?」

「そう」

「馬鹿かテメーは」

「あーもううっさい!」


 あの日の夕焼け空が、頭にこびりついて離れないんだ。




 **********




「ねえねえタコス食べてかない?」

「ミスミスター投票はこちらー!」


 ざわめく教室、活気溢れる廊下、浮き足立つ校内。いつもとは違う空気に、いつもとは違うテンションの生徒達。


「いらっしゃいませー」

「たこ焼きひとつ」

「ありがとうございまーす!」


 そんな中で私、中川羅奈(らな)も、高校初の文化祭を満喫すべく竹串片手に奮闘していた。


「お疲れさん、交代の時間でーす」

「え」


 奮闘、していた。


「はあ終わった終わった! 羅奈、一緒に巡ろ~」

「皐月……うん」

「何? どした?」

「やっとテクってきたとこだったのにさ」

「……ソレハソレハ、残念ネ」

「こうなりゃシフトとか関係なくヘルプ入ろうかな、プロ目指そうかな、そしていつしか長老と呼ば」

「あーもう何言ってんの! いいじゃん使命は果たしたんだから! それに人手も十分足りてるし、後は楽しむよっ」

「う゛ぅー」


 蛸と液にまみれた教室を名残惜しみながらずるずると引き離されていく。

 せっかく満喫しようと思ったのに……。


 仕方ない、客として楽しむか。端から見れば羨ましい不満だろうし。


「ちょ、聞いた!? 今、黒田先輩と須崎先輩がダブルでウエイターしてるって!」

「マジでか!」


 ……。

 同学年のクレープを買うため並んでいたら中で作業中の女子達が俄かにざわつきだした。


 黒田先輩と須崎先輩といえばこの学校、私立銀川高校で知らない人はいない程イケメンな三年生のお二人だ。

 黒田先輩は剣道部副主将で、硬派という言葉がぴったり合う無口で威厳溢れるお方。

 短めに切られた芯の強そうな真っ直ぐな黒髪は、先輩自身の意志の強さと真摯さを表している気がする。


 一方の須崎先輩も同じく剣道部であり、剣道部随一の実力を誇る実力者だ。

 茶色味がかった柔らかそうな髪といい、綺麗なお肌といい、くっきり大きな二重の目といい、見た目はそこら辺の女子より何倍も可愛いのに、飄々とした涼しい顔で群がる女子生徒達を完全無視する姿はある意味気持ちいい光景だ。


 何やら、先程の女子生徒の皆様は是非とも二人に接客して欲しいのにクレープを焼かねばならぬのが悔しいらしい。


「――そいえば最近、あんた先輩先輩言わないね」


 あと少しで順番がくるというところで思い出したように皐月がそんなこと言ってくるから、一瞬動きが止まる。


「うーんやっぱチョコバナナかな」

「聞けよ、てか聞こえてただろ」


 だって、出来ればスルーしたかったんだもの。


「……そりゃ昔の話だよ、今は何もないって」

「昔って、ここ最近まで煩かったじゃんか」

「まあ」


 確かに、ちょっと前までの私は黒田先輩と須崎先輩を始めとする我が校きってのイケメン集団の一員であるとある先輩、工藤先輩のファンを公言して止まなかった。

 ちなみに、勝手に女子達が裏で騒いでいるだけで、実際にその様な集団は存在しない。


 工藤先輩は、黒田先輩のような芯の強さや真っ直ぐさや、須崎先輩のような飄々とした涼しさの両方を備えつつ、何とも言えない色気を醸し出すというミステリアスなお方だ。

 特に部活には所属しておらず、屋上や裏庭、保健室での目撃情報が多い。

 入学直後に友人から、あの人もイケメン集団の一人だよと教えられて以来、その魅力にどっぶりはまってしまった私は、よくいるおっかけ集団のモブキャラとなった。

 ただし、迷惑はかけたくないしそんな度胸もないので、こっそりひっそり派だ。ストーカーとかいうな。


 悪そうなのに成績トップクラスなギャップがいいだの、やれ夏服もそそられるだの、やれ廊下ですれ違っただの、いちいち皐月に報告しては盛り上がったものだ。

 部活の先輩が同じクラスだからといろんな情報をもらい、他より一歩リードした気分になることもあった。

 おかげで、その協力してくれた先輩である片瀬理沙先輩ともそれまで以上に親しくなれた。


「でも、今は、ほんと何でもないから」

「もしかして……告った?」


 やっと買えたクレープを綺麗に食べることにお互い必死な中での会話は、どこか間抜け感が漂う。


「ないない、告らないよ。私の顔だって知らないのに、先輩」

「でも部活の先輩が話はしてくれてたんでしょ?」

「うん、まあ」



 ふと、あの日の光景を思い出す。

 部活生以外ほとんどの生徒が帰り、静まりかえった橙色の校舎。そんな中を私は上履きも履かずぺたぺたといつもとは違う教室に向かって歩いていた。

 部活に先輩が来ない、他の先輩の話だとまだ教室にいたらしい、誰か一年呼んでこい、の流れで顧問に指名されたからだ。


「ったく、なんで私が」


 口ではそんな言葉を吐いているけれど実際そう不機嫌でもない、むしろ嬉しい。

 だってその先輩というのはあの仲良しの理沙先輩で、ということは私が向かっているのは大好きな工藤先輩の教室なんだから。


 ――やっぱり人残ってるや、理沙先輩かな。


 お目当ての教室が見えてきて中から人の気配もした。

 でも一人じゃなくて、多分二人。

 理沙先輩一人なら迷わず声を掛けるけど、他の人といるならちょっと気まずい。

 扉の前で躊躇していれば聞えてきた声は――


「部活はどうした」


 ――入学以来ずっと憧れてきた人のものだった。


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