氷上の想い
<プロフィール>
商業では粟生慧で執筆しています。
おもに電子書籍ではBL中心です。
商業の内容はほぼエロです。
須藤が、膝を故障したあと、スピードスケートからフィギュアスケートに転向したと聞いたとき、天野は言いようのない怒りを感じた。
リンクから上がり、めいめい休憩を取るために自分の荷物を置いた場所に散っていく中、天野は須藤が休憩を取っている場所まで行って、その肩をつかんだ。須藤がスケート靴を脱いで、帰るつもりなのかバッグに詰めているところだった。いきなり肩をつかまれ、驚いた顔で須藤が天野を見上げた。
精悍な面立ち、衣服の上からも感じ取れる張り詰めた筋肉。フィギュアとは違う筋肉の付き方をしているのが、レギンスパンツからうかがい知れる。
「なに?」
高校から須藤とはスケート教室が一緒だった。種別は違っていても、お互いに意識し合っていたことは確かだった。しかし、膝を痛めたから、スピードからフィギュアに転向なんて、フィギュアを舐めてるとしか思えなかった。
「なんで、フィギュアに移ったんだ」
天野の言葉に、須藤の機嫌が悪くなったようだった。
「関係ないだろ」
天野の手を肩から払いのける。
「フィギュア舐めてんじゃないぞ。膝痛めてたら、フィギュアだっておまえには無理なんだからな」
残酷な言葉だったが、須藤がこれ以上打ちのめされないようにするにはこう言うしかなかった。怒りを覚えたのは、須藤が無茶をしているからだった。無茶をして、膝を完全に壊してしまったら、日常生活すら送れなくなる。ましてや、須藤は天野と違って実力者だった。いくつもメダルを獲っているし、膝さえ壊さなければオリンピック選手の候補者にもなれた。だからこそ、生き残って欲しくて、滑ることに固執して欲しくなかったのだ。でも、言葉が足りなかったかもしれない。須藤が難しい顔をして俯いたきり、天野を見ようともしなくなった。
天野は不安になり、言い足した。
「お前のこと、心配して言ってるんだ……」
ただそれだけのことなのに、顔が赤らんでしまう。ずっと抱いていた友情とは違う思い。じっと見つめ続けてきたから、須藤の悔しさが身にしみて分かる気がする。
「心配ね……」
俯いたまま、須藤が鼻で笑った。
やはり傷つけてしまったのだ。言い方を間違えてしまった。天野は後悔したが、もう遅かった。
「じゃあ、俺、スケートやってる意味なくなった! もう、辞めちまってもいいや」
急に須藤が伸びをして言い放った。
須藤の態度の急変に天野は驚いた。
須藤の鋭くきらきらした瞳が、天野をまっすぐに覗き込む。その瞳のまっすぐさに天野はたじろいだ。
「俺は、お前のいる場所にいたかっただけだから」
天野の心臓がどきんと鼓動を打った。
「お前に嫌な思いさせてるなら、俺のしていることなんか意味ないな」
須藤がボストンバッグとスケートバッグを担いで立ち上がった。
「じゃあな」
須藤が天野の横をすり抜けて立ち去っていく。理由なんか思いつく前に、天野は須藤を追っていた。最後の言葉の意味をもっとよく知りたくて。間違っていなければ、自分の思いが須藤と同じだと期待を込めて。
ご感想お待ちしております。
なお商業収録作品は除外しております。
「キミイロ、オレイロ」
「悪徳は美徳」
「不確かな愛を抱いて」
「甘い蕾を貫いて」
「山神様といっしょ!」
関連作品のみ。