AIが人類の仕事を奪うとき・2
以前に書いたのと同じテーマですが、今回はもう少し技術的に突っ込んだお話をしてみたいと思います。
AIが人類の仕事を奪う、ということは、さて、本当に起こるのでしょうか? ……と、全く同じ問いに対してのお話なのですが。
今、AIと呼ばれているものの大半は、『自分で学習して経験をため、未知の事柄に対しても正しそうな回答ができるもの』です。
自分で学習しないタイプのコンピュータシステムの動きをまず見てみましょう。
まず、プログラマーが、処理を定義します。あれをこうしてこれをこうした結果を回答せよ、と言うように。
たとえば、「あなたはコンピュータですか?」と聞かれたら「いいえ」と応えろ、とプログラムすることができます。このプログラムを壁の向こうで動かして、壁のこちらからチャットソフトで「あなたはコンピュータですか?」と尋ねてみましょう。すると、「いいえ」と返ってきますね。おお、これは、コンピュータじゃなくて本物の知性に違いない!!
「コンピュータでないならその証拠を見せよ」
あなたはこんな質問で追撃します。
「……」
無視されました。
「見せろって言ったんですけど」
「……」
ここで、どうやら壁の向こうにいるのが本物の知性ではなさそうだ、とあなたは気付きます。でも、念のため。
「もいっかい聞くけどさ、あんた、コンピュータでしょ?」
「……」
応えがありません。それもそのはず。プログラムには、『「あなたはコンピュータですか?」と聞かれたら「いいえ」と応えろ』としか書いてないんですから。「あんた、コンピュータでしょ?」と聞かれたときの動作はプログラムしていませんから、そりゃ無言です。
はい、これがAIじゃないコンピュータのやり方。もちろん、プログラムをどんどん細分化していき、品詞の活用や語尾の紛れやなんやかやをどんどん取り入れていけば、自然な応答ができるものがいずれできるでしょうが、それでも、プログラマが想定していない『未知の入力』には対応できないことは変わりません。
さて、では学習するAIについてはどうでしょうか。
「あなたはコンピュータですか?」
「……」
『もしもし設計者はん、こんなこと言われてんけど、どない応えたらええのん?』
『そんなときはちゃうでーって応えとき』
……なんでエセ関西弁になってんだ。
というのはさておき。こんな風に、いろんな入力に対して逐一正しい応え方を教えてもらい、だんだんとそれっぽい応えができるようになっていくものです。なので、とにかくたくさんの入力と、それに対する正しい応答(正しい解答ではなく)を教えてもらい、徐々にあらゆる入力に応えられるようになって行くんです。
「おまえ人間のフリした電算やろ、ほんとは」
「いいえ私は人間ですよ?」
……さて。ここまでの説明で、AIの限界が見えた人は、すごい。
少なくとも、今世間を賑わしているAIの方式では、いかんともしがたい限界が、そこにはあるんです。
それは。
入力と出力は、結局のところ人間が定義した範囲に限られる。
ってことなんです。
上の例では、AIへの入力は、日本語の文字で構成された文字列。出力も同様。
じゃあ、人間の五感やそれ以上の入力装置をつないでやればなんでもできるようになるじゃん、と思いますか?
たとえば、入力装置としてマイクロフォンをつなげ音の波形を入力にすることにすれば、言葉でしゃべりかけても同じような応答を返す、なんてことはできるかもしれません。でもその場合も、『音圧レベルがXXを超えてから、音の途切れがXX秒以上になるまでの波形をサンプリングしたものを入力とする』とか『入力波形を音節分析AIに通し音節分解した結果を単語分析AIの入力としその結果を連文節解析AIの入力としその結果を文脈解析AIの入力とし……』こんな風に定義しないと、『音を聴いてそこに含まれる言葉に対し正しい応答を返す』というAIは作れません。一方、同じ『音を聴いて判断するAI』でも、たとえば『音を聴いてその特徴からクラシック音楽なのかポップ音楽なのかを判断しさらにクラシック音楽の場合はその作曲家を推測する』なんてものも作れます。それは結局入力と出力の定義がそうなっているからで、もともとの無意味な『音の波形』にどんな意味を持たせるのかは、最初はやっぱり人間が考えているんです。
こうした入力の定義を百も千も万も並べていけば、やがて人間とそっくりの応答をするようなAIも作れるでしょう。現に、世間はそうなりつつあります。適当にしゃべった内容や聞かせた音楽により、それなりの動きができたりします。でもそれも、結局は人間が作った万にも及ぶ入力定義に対しデータを流し込み、最も意味のある回答を返したAIモジュールの回答を採用する、その程度の動きであって、言ってみれば今の状況は『一生懸命脳の模倣品を作ろうとしている』に過ぎないのです(人間の脳もだいたいそんなことをやってるみたいです)。
ここが限界。
要するに、『人間様が考えた入出力の定義の中でしか物事の判断ができない』ってのが、今のAIの限界なんです。
たとえば、『日本経済をよくするためにはどうしたらいいでしょうか』なんて漠然とした質問は受け付けられない。入力として、日本経済を定義づけるさまざまな指標だの、世界の動向、技術の動向、天候や地殻変動まで、AIに入力する必要があります。なおかつ、出力として、どのパラメータをどうすれば良くなるかをあらかじめ推測しておかなければなりません。金利、税率、公共事業なんてのはもちろん、もしかすると小型船舶の免許期限を変えると劇的に経済が上向く可能性だって否定できません。出力先として投影するスクリーンが必要なんです。
そうした入出力について、ありとあらゆるものを人間様が定義できるでしょうか? 私は無理としか思えません。なんかもう大雑把に、世界中のデータベースとカメラやセンサーを入力にしていいから、なんて定義したとしても、ある日ある時刻に室戸岬沖で50代の漁師(独身)がカツオを何匹釣り上げたかが重要な指標だった、ということもありえるわけです。
今のAIの進歩は、人間の想像できる範囲内でしか進まない。
つまり、人間の想像を超え、AI自身が自分を超えるAIを作り自己進化を始める、という状況はどうやっても現出しないんですね。
さて。
今、AIとしてもてはやされている上述の仕組み、もうほんと、AIと言えばこれ、って感じで、例えば「AI内蔵スマホ」なんてのがあったら、基本は、上のような仕組み(深層学習)をするために特化した専用モジュールを持っていて、一見無意味なパラメータを書き込むだけでいろんな推論ができる、っていう仕掛けなんですが、この仕組みを「AI」と定義することに、私はちょっと違和感を持つわけです。本当に技術的特異点を起こすAIは、きっと違う。だけど、昨今のいわゆるAIが、AIとして市民権を得てしまっている状況、私の考える「本当のAI」に投資する流れが途絶えてしまうんじゃないかなー、とさみしく思うわけです。
ってことで、そんな『人間の想像力の範囲内でしか動けないAI』が、果たして人類の仕事を奪うことはあるでしょうか。
答えは皆さんの心の中。
つづく?




