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知らないのちから

 時々、こんな批判に出会うことがあります。


「この作者、知らないくせに適当なこと書いてる、けしからん」


 分かりますよ。特に、SFだと顕著だし、SF要素を多く取り込んだ作品だと、やはり現実の科学との乖離が問題視されることが多いわけです。熱膨張とか。


 小説家は、確かにまず第一に物知りであることを求められている、と言っても過言ではありません。何しろ、情景を説明する語彙も必要であれば映画館での席の座り方を知っている必要もある。新型の飛行機械を発案したならそもそも飛行機が飛ぶ仕組みを知っていなければその革新性を説明できないし、天才の描写をするなら微積分の試験問題を位相幾何学で解いて先生にめまいを覚えさせなきゃならないわけです。だから、小説家にとって『知っている』ことは強力な武器になる、そのことは否定できません。


 でも、知っているだけのことを書き連ねたものが、小説として面白いか? と問われると、少なくとも即答でイエスとは言いにくいですよね。少なくとも、あなたがこの『小説談議』シリーズを読んで感じたのと同程度の感想と感動しか出てこないはずです。


 知ることは、とても重要ですが、それにはたくさんの努力が必要です。教科書や啓蒙書を読み漁って、量子力学から古代哲学の名言までを頭の中にカタログ化して、そんな作業をしなきゃ小説を書けないか、っていうと、そんなことはないと思うのです。


 むしろ私は、そんなことはしちゃダメ、と思うんです。


 知らないって、すごいことだと思うんです。

 知らない状態から知ることはできても、一度知ったことを知らない状態に戻すことはできません。度忘れしたとしても、何かのきっかけでひょいと頭を出してきます。

 知らないというのは、夢想家にとっての最強の武器なんです。


 上に書いたような、調べれば分かるようなことなら、あえて知らずにいることもできると言えばできます。知識への欲望をぐっとこらえることができれば。

 でも、そうじゃない知識ってありますよね。たいていの人は、社会に出て人や組織と付き合って世界の仕組みを徐々に知っていくわけじゃないですか。


 不思議な力で回っていた世界、もしかするとあれやこれやの陰謀が渦巻いているかもしれない混沌の世界が、徐々に、自分に理解できる低俗な仕組みで回っていることを、誰もが加齢とともに知ることになります。

 そしたらもう、戻れない。どんな冒険を想像しても、その背後に俗世の理論を求めてしまうようになります。不思議と驚きで満ちた世界には、泰然自若たる合理が敷き詰められていたことに気付いてしまったのです。


 だからこそ、知らないって、素晴らしいと思うのです。

 そして、それこそが、『若さ』の特権だと思うのです。


 若いということは、それだけで力。


 老人になると、若者に嫉妬心を抱くようになります。自分がこれからどれだけ長生きしたとしても二度と感じることのできない感動を、彼らがまだ感じることができることに、だと思うのです。25歳で死ぬ運命にある20歳の若者と、100歳で死ぬ運命にある60歳の老人、今どちらかを選べるとしたら……ほとんどの老人は、前者を選ぶと思います。若いということ、若いからこそ感じることのできる魂の震え、できうるなら残り五年だけでも、それをもう一度感じてみたい、きっとそう思うんです。

 そんな不思議な心の作用を表現できることが、どれほど恵まれていることか。私のような年寄りがどれほどの修練を積もうともティーンエイジャーの若者に絶対にかなわないものが、そこにある。心の中にせめぎあう相克をただ表現するだけでいいんです。裏付けなんて必要ない。それは必ず読んだ人の胸に大きなうねりをもたらします。それが『知らないのちから』。


 知らないことを恥じることはないと思うんです。

 どんどん恥をかきましょう。

 自分の無知を棚に上げて夢想の世界を拡げてしまいましょう。


 それこそが、知らないの特権なんです。

 いいじゃない、拳銃が熱膨張ごときで撃てなくなるなんて思いこんでたって。年寄りには絶対に思いつかないカタルシスですよ。嘘の知識を読者に植え付けてやろうなんて悪意があるわけじゃなし、ただただお話を面白くしたい、その努力と熱意の結果なんですから。


 そんなことを、歳食って頭でっかちになった私は思うわけです。


つづく? 

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