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技術は衰退する


 私の好き(?)な言葉に、『技術は衰退する』というものがあります。


 これはいったいどういう意味の言葉なのか?

 というと、実は、字面どおりの意味でしかないんですよね。

 技術というものは、原理的に衰退するようにできているんです。


 技術というのは、何らかの自然法則を応用してモノを作るやり方のことです。例えば、『ガラスは空気を通さない』『金属線は電気を通す』『金属線の抵抗値は太さに反比例する』『電力は電圧×電流である』『電圧降下は回路中の抵抗値に均等配分される』『電圧降下により消費された電力はほとんどが熱となる』『温度が高い物体はその温度に従った電磁波を放出する』『金属は空気が無ければ高熱でも劣化しにくい』……思いつくままに『ある技術』に応用されている自然法則の一部を書き連ねてみました。この技術とは、なんでしょう?


 簡単すぎましたね。これは、『電球』という技術の基礎になっている自然法則群です。


 電球というシンプルなものでさえこれです。もっと複雑な技術になると、ものすごくたくさんの自然法則がものすごく複雑に組み合わさっています。それらは、過去の技術開発の結果を連綿と受け継いできたからこそ成り立っているんです。


 この技術の継承というのが、問題です。

 普通に考えれば、教科書なり設計書なりを残しておけばよさそうなものです。事実、この世のほとんどの技術はそうやって継承されてきました。

 とはいえ、それには限界があるのです。


 先ほどの電球の例。たった一個の電球を作るのでも、あれだけの知識が必要で、さらには、実際の材料精製から加工技術も必要になってきます。もちろん、この程度のものなら文書に残しておくのはたやすいことでしょう。

 しかし、今の文明を支えている高度な技術を扱うとなると、とたんに難易度が上がります。例えば、皆さんがお持ちの携帯電話やスマートフォンを一台作ろうと思ったら、その作り方をどうやって調べますか? ……即答できる人はいないと思います。技術畑の私でも、全く分かりません。もちろん、どんな技術が使われているかくらいは知っていますが、それを実現するためにどんな方法を使うのか、これを一から調べそろえようと思ったら、ほぼ不可能問題です。それらを説明した教科書や設計図は世の中にあふれているのに。


 あるスマートフォンメーカーがあったとします。スマートフォンの作り方を知っている人がたくさんいます。その会社、スマートフォン事業が赤字になったので、事業をやめることにしました。スマートフォン部門にいた技術者は、それぞれいろんなところに異動です。あるいは、別会社に引き抜かれた人もたくさんいます。さて数年後。新興国でスマートフォン市場が急に盛り上がり、猫でも杓子でも参入しさえすれば大もうけできるという好機がやってきました。当然、そのメーカーの経営者も、『我が社にもスマートフォン技術があったろう、再参入したまえ』となります。そこで新部署を設立し、昔の技術書類を引っ張りだし……さて、読み方が分かりません。意味が分からないのではなく、たとえば『AをBにくっつける』と書いてあったとき、さてこれは、AとBを接着剤でくっつけるのか? AをBに乗せるだけなのか? AとBを隣に置けばいいのか? ……このレベルのことが分からなくなっています。なぜなら、その基礎原理、自然法則にまで立ち戻った『理解者』がいないからです。理解者にとっては当たり前すぎて文書に残す必要の無かったくらいの基礎原理。いくら文書があっても作れていたものが作れなくなる、そんなことが往々にして起こるんです。


 これを、技術の散逸とか技術の衰退と呼んでいます。実際にこういうことはあちこちで起こっています。


 こんなことを不意に思い出したのは、先日、近くで行われた道路工事。アスファルトを平らに盛れてないんです。でっこぼこ。十年以上前、三分の一は中国にいるみたいな仕事をしていたことがあるんですが、そのときにもやっぱり歩道とかでっこぼこで『まだ道路工事技術も未熟なんだなあ』なんて思ってたんですが、それと同レベル以下のでっこぼこに遭遇して。

 手抜き工事と言えばそれまでですが、結局手を抜いているのは『良い技術者の確保』という点。それは、良い技術者が減っている(確保にお金がかかる)という意味です。


 公共工事はとかく無駄の象徴として槍玉に挙げられがちですが、だからと言って公共工事を減らすと、それでご飯を食べていた工事会社が困窮し、減っていきます。技術も当然散逸します。そうすると、いざと言うとき、工事技術を持つ人を集めようとしても困難になります。エジプトのピラミッド工事もこの意味を持っていたと最近言われています。仕事のない時期にも技術と技術者組織を維持するために強引に作り出した公共工事だった、という説。


 基礎研究の世界も同じです。スーパーコンピューターの研究とか分子生物学の研究とか巨大望遠鏡の研究とか、そういうものは、極めて高度な技術の積み重ねです。一瞬でも漕ぐ足を緩めると、技術はあっという間に衰退します。『一番じゃないといけないんですか』という戯言がブームになったこともありましたが、二番でいいからと漕ぐ足を緩めると、技術は散逸するんです。二度と取り戻せません。


 さて、そういうわけで、私のSFでも、割と技術が衰退した世界が出てくることがあります。高度な科学技術を支えるのに、市場原理だけというのはちょっと心もとない。多くは政府に相当する公共装置がそれを支えている。そんな公共装置が弱ったり壊れたり、そんなことが起これば、技術はあっという間に衰退するはずです。当面は集積回路の設計も難しいかもしれません。政府瓦解レベルの局面では、トランジスタラジオ登場くらいの文明レベルまで一旦巻き戻されるんじゃないかと思うんです。


 何が言いたいかというと、政府はもっと科学に金を出せと、むしろ私に金を出せと、そういうことです(え?)。


つづく?

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