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真理と万物のパラダイム  作者: 奥野 丁路
第二章【歪んだ日常】
21/61

10

 二日ぶりに登校し、周囲の空気が変化していた事には気付いていた。


 登下校の途中や廊下を歩いている際に感じた、無遠慮に観察されているような落ち着かない感覚や、指をさされわらわれるような不快な感覚。

 殺人事件に関係した事への好奇の目や、カミ隠し症候群という噂から生じた侮蔑の目。


 それらに気付かないほど天野は鈍くない。だから、相羽が何を心配しているかも理解できた。


「あれ、委員長は?」


 だが、三善や内田はそういった目で自分を見る事は無かった。

 他の、最初の二日に言葉を交わしていた級友達の中には壁を感じるようになった者もいたが、それとて全員という訳ではない。


 兵庫の山奥に住んでいた時と同じだ。

 毎日、祖父の家から山一つを越え通学する自分を笑う者もいれば、そうでない者もいた。


「委員長は他に用事があるってさ」


 噂を信じる人間がいる事は残念だが、それを責める事は出来ない。誰だって、不快なモノ、理解できないモノ、危険なモノには近付きたくないのだ。

 噂になるような人間と距離をとるのも、自分の身を守るため――――


「そっか、ならしゃーないね。じゃ、そろそろ行かへん? ウチお腹空いてきたわ」


 ()()()()()()()()()()()()()()

 事実、自分も門倉それから距離を取ろうとしている。


「……腹減ってるのなら、ナゲットもつけようか?」

「おお! 天野くん太っ腹~♪ でも、ホンマにええの?」

「まあ、ほら……アレだよ、感謝のしるしって事で」

「よーし、それならウチも頑張って教えるからね。大船に乗ったつもりで任せときー♪」


 感謝の方向性をぼかすのはカッコ悪いが、それを口にするのも何か違うのではないか。友情に対する感謝を口にするのは、何と言うか、こう……――そう、侮辱のような気がする。


 些細な事なのに上機嫌で笑顔を浮かべている三善を見ていると、自分は良い奴と友達になれたのだと、胸が温かくなった。





「――――おい、門倉、待ちなさい!」

「話は終わったでしょう。いつもみたく、処分はそっちで決めて下さいよ」


 下駄箱に向かう途中、曲がり角の先から聞こえてきた声に、思わず二人は足を止める。


「この声……竹ちゃんと門倉くん……?」


 曲がり角の先にあるのは生徒指導室だ。そう言えば、職員室に呼ばれた筈だが、担任と門倉の姿は無かった。職員室で出来る話ではなかったから移動したのだろう。


「お前、わかってるのか!? このままだと退学の可能性もあるんだぞ!」

「別に、それならそれで文句ないですよ。俺は必要だからやった。それだけです」

「待ちなさい、門倉! おい!」


 平時と同じ静かな靴音を響かせ、門倉は出口の方へと歩いて行った。


 そーっと曲がり角の向こうの様子を窺うと、担任の竹村が出口の方を見ながら拳を握りしめている。その感情は去っていった門倉に向けられているのだろう。


「あのー、先生。どうかしたんですか?」

「ちょ、天野くん……!」


 当然の如く声をかける天野に、咎めるように三善が腕を掴んだがもう遅い。


「あ、ああ……天野に三善か……すまんな、天野。大事な届出書を渡すのを忘れていたよ。相羽に渡してくれるよう頼んだんだが……受け取ったか?」

「ええ、記入して先生の机に置いときました」

「そうか、すまない……先生の不注意だった。次は無いように気をつけるよ……」

「それは別に良いんですけど……門倉、退学になるんですか?」

「あ、天野くん……」


 呆れ顔で三善が項垂れている。わざわざそんな厄介なネタに食いついてどうするつもりなのか。そう言いたげだった。


「あいつ、また喧嘩したみたいでな……警察から問い合わせが来たんだ。本人も認めているから、それは間違いないんだろう……ただ、相手がかなりの重傷らしくてな……」


 目撃した方としては、正直死んでてもおかしくないと思ったくらいなのだが。重傷で済んだのなら、おめでとうと言ってやりたかった。


「門倉に事情を聞いても、喧嘩を売られたから殴りつけたとしか答えないんだ……しかも、相手は複数とはいえ下級生でな……去年は上級生が相手だからまだ情状酌量の余地があったんだが……」

「それは、つまり……喧嘩の理由があれば大丈夫って事ですか?」

「いや、大丈夫って事は無いが……理由次第では、なんとか停学ですませる事が出来るかもしれない」

「それなら――――いでっ!?」

「先生も大変ですねー。まあ、元気出して下さいよ。別に先生が悪い訳じゃないんだから」


 何かを口にしようとしたが、不意に三善に脇腹をつねられ天野は言葉を遮られた。


「……はあ、すまんな……生徒に愚痴をこぼすようでは教師失格だ……自分から話しておいて悪いが、今の話は口外しないでくれよ……」


 ベテランの風格がある竹村だが、かなり気落ちしているようだ。余計な事を口にしてしまった事にようやく気がついたらしい。


「わかってますってー。私も天野くんも、先生を困らせるような事はしませんから♪」

「そうしてくれると、私も助かるよ……」


 笑顔で約束する三善に、一応は安心したのか、竹村は職員室へと歩いて行った。





「何するんだよ、三善! おかげで話しそびれちゃっただろ!」

「話すって、何を話すつもりやったんよ?」

「何って……決まってるだろ! 門倉は正当防衛だったって事だよ!」

「そんなん話して、どうするつもりなん? このままウチらが黙ってたら、門倉くんはいなくなってくれるかも知らんのやで?」

「いなくなるって……それ退学になるって事だぞ!? わかって言ってんのか!?」

「天野くんの方こそわかってるの? あの噂が本当やったら、門倉くんが学校におる事で被害を受ける人がたくさんおるかも知らん。それはええの?」

「それは……! けど、昨日の喧嘩は……!」


 噂の中には、生徒や教師を恐喝しているというものもあった。もしこれが事実なら、門倉は退学になって然るべきだ。


「いや、やっぱりその理屈はおかしいだろ!? もし噂が全部正しいなら、俺は人殺しの盗人って事になるだろうが! 三善もそう思ってるって事なのか!?」


 この二日間、学校で噂されている内容だ。バイトの天野が店主を殺して高価な本を盗み出した。三善はそんなもの信じないと言ったが、それは嘘だったのか。


「そんなわけないやん。ウチは天野くんを信じてるし」

「じゃあ何で――――むぐっ……!」


 けろりと答えた三善に、熱くなった天野がさらに問い詰めようとしたが、三善は天野の下唇を人差し指で押し上げ無理やり遮った。


「ちょっと、落ち着きぃや天野くん。熱くなりすぎ」


 呆れたようなじっとりとした目で見つめられ、ようやく天野も落ち着きを取り戻した。


「天野くんの言いたい事はわかるよ? ウチの言うてる事はダブルスタンダードやって言いたいんやろ?」

「そうだけど……違うってのか……?」

「うん。ちゃうね」

「はぁ!? それは筋が通らんやろ!?」


 食ってかかる天野だったが、三善はまるで動じない。


「そんな事ないよ? ウチは天野くんを信じてるけど、門倉くんを信じてない。それだけの話しやもん。一応言うておくけど、天野くんの噂を信じてないのは、ウチが無条件で天野くんを信じてるからやないからね? 悪いけど、ウチはそんなお人好しにはなれんし」

「じゃあ、何でだよ……?」


 毒舌、と言っても良いだろう。思いのほか突き放した三善の言葉に、天野は軽くヘコんでいた。


「噂の内容が荒唐無稽すぎるんよ。お年寄りを傷つけて人のものを盗む? いやいや、ウチの知ってる天野くんはそんなキャラじゃないわ。だからそんな噂は信じられんってだけの話。もしもこれが、『天野くんは女好きの女ったらし』とかやったら、ちょーっと判断が難しい所やったけどな?」

「ンな訳ねぇだろ!」


 もちろん最後のは和ませるための冗談だとわかっている。だから、天野もネタに返す時の勢いで突っ込んだ。


「けどそれは……逆に言うたら……ウチの中の門倉くんのイメージは……()()()()()なんよ……」


 昨日の喧嘩を思い出したのか、三善の顔色はまた青白くなっている。凍えるように肩を抱く指先も、微かに震えているように見えた。


「正直に言うけど、ウチは門倉くんが怖い……それに、多分これはウチだけやない……門倉くんに近付いた大半の人間が同じ事を思うてる筈や……でなかったら、あんな噂が広がるとは思えん……」


 誰からも好かれるような人間なら、あんな噂が流れる筈が無い。よしんば流れたとしても、天野の噂のようにそれを否定する人間が出てくる筈なのだ。


 だが、門倉の噂に関しては誰も否定する者がいない。それは、噂が事実だからではないのか?


「けど……天野くんが言うてる事もわかるよ……正しいのも、天野くんの方やと思う……だから、せめて……竹ちゃんに事情を話すのは……門倉くんの噂が、天野くんみたいにデタラメかどうかを確かめてからじゃ駄目かな……」

「三善……」


 はっきり言葉にはしていないが、この提案を受け入れるなら、門倉の噂が事実だった場合、竹村に事実を報告しないという事を意味する。結果、門倉が退学になったとしても、それをよしとする事になる。


「……ああ、俺も三善の言ってる事は一理あると思う。でも、噂が事実じゃ無かった場合は、二人で竹村先生に報告するんだぞ。約束だからな?」


 天野は三善の提案を受け入れた。しかしこれは、三善の言う通り、門倉が危険な人間だったなら排除するべきという主張を受け入れた訳ではない。


 少ないながらも、自分が実際に言葉を交わした印象から、門倉は弱者を虐げるような人間ではないと信じたからだ。


「うん、約束する――――」

「……随分と面倒な事をするのね」


 不意に聞こえた背後からの呟きに、天野と三善が飛び上がるようにして振り返る。


「い、委員長!?」


 いつからそこにいたのか、全く気配が無かった。


 先程まで天野に向けられていた温かい眼差しとは打って変わり、二人を見る相羽の瞳は氷のように冷え切っている。


「俺達の話、聞いてたのか……?」

「ええ、まあ……廊下で騒いでる人がいたから、何事かと思って」

「声ぐらいかけてくれれば良いのに……」

「それについてはごめんなさい……でも、そんな雰囲気じゃなかったから」


 すぐ傍にいたのに気付けなかった。盗み聞きと言って良いものか判断できず、二人の抗議にも力が無い。


 いや、二人が気後れしている理由はそれだけではない。普段の相羽とはまるで違う、この冷たく重い雰囲気が主な原因だ。


「噂が本当かどうか確かめてから、証言するか決めるんだ……」

「い、委員長は怒るかもしれないけど、噂が事実なら門倉くんが退学になる事で安心する人は大勢いるんだし……それに、何も私達が陥れたりするんじゃなくて、原因の喧嘩自体は本人がやった事だから――――」

「……怒る? 私が?」

「違う、のか……? 知ってる事があるなら、正直に先生に報告しろって言いたいのかと――――」


 相羽の冷え切った空気は、教師に隠し事をしている二人を軽蔑してのものかと思ったのだが……


「あら、私の希望はむしろ逆なのに。あんな男……退学になってしまえばいいのよ」

「い、委員長! さっき俺に、噂なんか気にすんなって言ってくれただろ!? 門倉だって、もしかしたら噂はただのデタラメかも知れないだろうが!」

「噂……?」


 相羽は思案するように小首を傾げている。


「……ああ、そんなのはどうでも良いの。私の主張は単なる個人的な問題だから」

「個人的……? それは、直接門倉に何かされたって事なのか? いったい何を――――」


 されたんだ? そう続けようとしたが、天野の言葉はそこで途絶えていた。


 無意識のうちに、それこそ反射と言って良いだろう。天野は弾かれるように後方に跳び間合いを取っていた。


「あれ……?」


 三善がぺたんと廊下にへたりこみ、呆けた声を上げている。

 立ち上がろうとしても、足に力が入らない。


「…………ごめんなさい。今の言葉は忘れて」

「あ、ああ……言いたくないなら、無理に聞き出そうとは思わないけど……」


 何故こんな反応をしたのか自分でもわからない。だが、心臓は脅威に備えるように早鐘を打っている。


 まるで、昨日の実験の際、ビショップの護衛と対峙した時のようだ。


「あなた達がどうするか……私の意見を無理強いするつもりはないわ。ただ、そうね……あいつの噂を確かめたいのなら、丁度良い話があるわよ」

「丁度良い……?」

「ええ、聞いた話だけど、あいつは学校が休みの日は必ず中央に出かけているらしいの。いったい何をしているのか知らないけど……きっと明日もそうするんじゃないかしら」


 普通なら一般人は近付こうともしない中央――――行政区画。そこを日常的に出入りしているとなると、確かに気になる話だ。


「あんな男に関わって、何か得る物があるとは思わないけど……知りたいというなら好きにすればいいわ。中央に足を踏み入れるリスクに見合うとは思えないけどね」


 それだけ言うと、相羽は二人を置いて下駄箱の方へと歩いて行った。





「今のって……委員長、だよな……?」


 いやいや、生き別れの双子の妹さんかも知らんで? そんな冗談が返ってくることを期待していたのだが、三善は未だに廊下にへたり込んでいる。


「……あかん。立てへん」

「え、マジで?」


 上半身は動くようだが、下半身に力が入らないらしい。これはもしや、『腰が抜けた』というやつだろうか。

 まさか、さっき自分も感じた不穏な気配に当てられたのか?


「うーん、多分時間が経てば治るんだろうけど……仕方ないな。少し保健室で休んでいくか。背中貸すから掴まって」


 そう言って三善の前に屈み、背中を向ける。

 しかし待てども三善は動こうとしない。


「……三善?」

「なに、天野くん?」

「いや、立てないんだろ? おぶるから、首に手を回せって」

「天野くん……気持ちは嬉しいんやけどね、スカートでおんぶなんかされたら、どうなると思う?」

「どうって……そりゃあ――――」


 三善のスカートは膝上より大分短い。これでおんぶをすれば……まあ、色々とアレな事になるだろう。


 だが、ぐるりと見渡す限り廊下に人の姿は無い。天野としては別に気にする程の事ではないと思えた。


「……言いたい事はわかるけど、それは仕方ないだろ? 三善がそんな短いスカートはいてるのが悪いんだから」

「あー! また女の子のお洒落にケチつけるんや! 天野くん最低!」

「ンな事言ってる場合か! たいした距離じゃねーんだから我慢しろよ! ……それに、なんだ。冷たい廊下にへたり込んでて、腹冷やしたらもっとマズいだろうし……」

「――ッ!」


 三善の顔が一気に紅潮する。

 生理現象として、身体が冷えるとトイレが近くなるのは常識だ。


「この――馬鹿ッ! 最低ッ! 変態ッ! アホー!」


 向けた背中にペシペシと小さい拳が打ちつけられている。とは言っても女子の腕力なので、ちょっと強めの肩叩き程度の衝撃なのだが。


「あー、もう……わかったよ! じゃあこれなら文句ないだろ!」


 振り回していた腕を受け止め、それを掴んで軽く引き上げてやる。

 そのまま背中に腕を回し、立ち上がりかけの膝の裏に手を差し込むと一気に抱え上げた。


「ちょ、これって……天野くん、何してんの!?」

「これならスカートめくれないし、落っことす心配も無いんだから文句言うな!」

「むしろこっちの方が恥ずかしいやんか! いやや、おろして! 自分で歩くから!」

「ンな事言っても、まだ足に力入ってねーだろ! すぐそこだから黙って運ばれてろ!」


 お姫様の如く抱え上げられ、赤面した三善の抗議が空しく響いていた。


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