07
「あ、三善ー、こっちこっち」
結局、学生らしくファストフード店で待ち合わせにしていた。
まだ授業が終わってあまり時間が経っていないため、店内に他の生徒の姿は無い。
「天野くん、ごめんやけどちょっと店変えよ」
予想より早く現れた三善は微かに息を切らせていた。
ここまで走ってきたのか、うっすらと汗ばんでいるような気もする。
「それは別に構わないけど、どうする? なんなら俺の部屋でも良いけど」
それを聞いた三善はムッと眉を寄せた。
「ウチはそんな簡単に男の子の部屋に行くほど軽くないですー」
「いや、別に友達の部屋くらい――――あー、気を悪くしたなら謝るって。ごめん」
そういうつもりは全くないが、嫌な思いをさせたのなら素直に謝っておく。
「まったく、もう……ウチが良く使う店があるから、とりあえずそこ行こ」
三善に連れて来られたのは微妙に流行っていない感じがする喫茶店だった。
上手く言葉にできないが、何となく暗い雰囲気で陰鬱さを感じさせる。
「……ここなら学生は滅多に来んからね」
天野の空気を察したのだろう、聞かれる前にこの店を選んだ理由を説明していた。
「……? 人の目があると、何か困るのか?」
怪訝な表情を浮かべる天野に、三善は呆れたように溜め息をついた。
「まあ、学校休んでたらわからんか……天野くん、だいぶマズい事になってんねやで」
「マズいって、俺が? なんで?」
「んー、天野くんが直接何かした訳じゃないんやけど、色々と変な噂が広まってんのよ。学校休むくらいなら別に大した事じゃないけど、警察の聞き取りはマズかったわ……」
そう言えば、この前の内田のメールにそれっぽい内容が書かれていたような。
「なんせ天野くんが休みやから話し聞けへんやん? それで、勝手な憶測だけが独り歩きしてる感じなんやけど、内容が結構ヒドいんよ……『本屋の店主を殺した』とか『高い本を盗んだ』とか――――って、もちろんウチはそんな事思うてないからね!?」
無意識に表情が険しくなっていたのだろう。慌てて三善が否定している。
「それと、三年の工藤って先輩知ってる? そいつが中心になって、天野くんは【神隠し症候群】とか言いふらしてるし……」
ああ、そう言えば、寮でもめたような気がする。
あれから大変な事が起こりすぎて、すっかり忘れていた。
「ウチも内田くんも、天野くんについて何か聞かれたら、『噂はデタラメ』って否定してるんやけど……陰でこそこそ噂される分にはどうしようもなくて……」
「そうやったんか……何か、俺の事で迷惑かけてごめんな。でも、陰でこそこそ言われるのは慣れてるし、別に放置してくれて構わんで」
「アカンて! ただでさえ天野くんは転校してきたばっかりなんやから、こういうのは早めになんとかせんと! 一回変な印象持たれたら、そうそう挽回できんで!」
「でもそういうのって、俺の事を知らないから勘違いするんやろ? 別に知らない相手にどう思われてようと気にならんのやけど」
いまいち深刻に捉えようとしない天野に、三善はむすっと頬を膨らませる。
「いやいや、先入観って結構バカに出来んからね。ホンマやったら仲良く出来てた相手に、勘違いされて距離を取られる事だって有り得るやろ? そんなん、もったいないやんか」
言ってる事は理解できる。大阪育ちというだけで色眼鏡で見られている三善が言うなら尚更だ。
友人が自分の経験から気を遣って忠告してくれている。それを無下にはできない。
「わかった、じゃあ三善の忠告に従う。それで、具体的に俺はどうしたら良い?」
天野が素直に頷き、三善は安堵しているようだ。
「そうやね……とにかく、変に目立つような事は避けるんがええかな。天野くんが普通に過ごしてたら、噂もじきに下火になって忘れられるやろうし……うん、それが一番やね」
「了解! それじゃあ、大人しく普通に生活していれば良いのか。それなら簡単だ」
話が一段落したついでに、伸びをしながら店内を見渡してみる。
ぽつぽつと客がいるようだが、その年齢はかなり高く、何処となく普通の仕事とは違う雰囲気に見える。
「……ここって、三善の行きつけの店なんだよな? 誰か知り合いがやってるとか?」
「え、別にそんな事ないけど? ――って、ああ、確かにウチらみたいな若い子が来る店やないもんな。ウチはこの建物で占いやってるから、仕事終わりによく利用してるんよ」
――――これまでの人生がひっくり返るような、大きなトラブルに巻き込まれるみたい。
不意に、あの放課後の情景がフラッシュバックした。
三善の言葉通り、あの夜白衣の男と戦い、新しい世界に触れる事となった。
単なる偶然かもしれない。だが、そう笑い飛ばす事も出来なかった。
「はは……確かに、三善の占いは当たるもんな……」
「うん……まあ、な……それで、あの後何があったか、聞かせてもらえるの?」
見事に的中させたのだが、それを誇っているようには見えない。むしろ、微かに目を逸らし、後ろめたさすら感じさせる。
何となく三善の態度に違和感を抱いたが、天野はあの夜、守屋が白衣の男に殺される現場に出くわしてしまった事を説明した。もちろんカードについては話から省いている。学校を休んだのも、精神的ショックによるものだと説明していた。
白衣の男は現場を見られた事で逃走、今は警察が行方を追っている。そういう筋書きだった。
「そっか、大変やったんやね……天野くんが無事なのが不幸中の幸いや……」
「ああ……それだけで済んだのがせめてもの救い――――」
「それで、それ以外は何もなかったん? 殺人犯と出くわした『だけ』?」
話を終わらそうとした天野を遮るように三善が問い掛けた。
「な――――」
真剣な表情で、まっすぐに三善が自分を見据えている。
笑顔を絶やさぬ、いつもの陽気な姿はそこには無い。
「――もち、ろん。それだけ、やで? そ、そんな事より! 前に頼んでた、タブレットの使い方を教えてくれよ! 明日から授業復帰するから、せめてその前に!」
ぎこちない返事なのは自覚している。だが、それでも、無理に話を切り上げて別の話題に移した。
三善もそれ以上質問を重ねる事はしなかったが、その口元は何かを問いたげだった。
その後明らかになった天野の重度の機械音痴は、三善の世話焼き心に火を付けた。
熱の入った指導が何時間も続けられ、二人が店を後にする頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
時間は一九時を少し回っている。四月の冷気が二人を包む。
「――――うわ、もう真っ暗やな……晩飯何処かで食べていく? 色々教えてもらったし、お礼におごるけど」
「ええよ、そんなん気にせんで。それよりこの距離ならすぐ帰れるんやから、寮に戻って食堂で食べよ。食堂のご飯は栄養がちゃんと考えられた献立やし、おまけに安い! 言う事なしやんか」
「……ふーん、三善って意外としっかりしてるんやな」
「む、なんや失礼な言い方やなぁ。『意外と』、ってどういう意味?」
「いや、だって、見た目とか結構派手やん? 髪も染めてるし、スカートも短いし」
「それは……別に天野くんには関係ないやんか。女の子のお洒落に口出しせんといて」
プイッとそっぽを向いて口を尖らせる三善に、天野が苦笑しながら続ける。
「そう怒るなよ……別に責めてる訳やないのに。似合ってるし、かわいいと思うよ」
三善は小さく肩を震わせた後、じっとりとした半目を天野に向けた。
「……なんか、天野くんって意外とあれやね」
「あ、あれ? なんかマズかった?」
「人畜無害な顔して、結構さらっと女の子に手ぇ出しそうやね……そう言えば、さっきもウチの事を部屋に連れ込もうとしてた……」
「ちょ、別に俺はそんなつもりは……それに、俺の部屋は犬もいるんやし――――」
「うわ、ここで更に動物をアピールして女の子を誘い込むとか! いやぁ、手慣れてますなぁ、センセイ。泣かした女は数知れずってヤツですかー、おお怖い怖い……」
「ンな訳あるかぁ!」
全力の突っ込みを受け、三善は嬉しそうに笑っていた。