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真理と万物のパラダイム  作者: 奥野 丁路
第二章【歪んだ日常】
17/61

06

「――――……う」


 目を開けて、最初に目に入ったのは見知らぬ天井。

 さすがにもう驚かない。むしろ、『またか』という気持ちの方が強い。


「おはよう、和哉くん。どこか痛い所はある?」


 ほっとした表情の高峰と、少し離れた所で、先程剣を交えた護衛が無言で佇んでいる。

 頭痛や疲労感は無い。普段と同じように身体を起こし、ベッドから下りた。


「服を駄目にしてしまってすまない。こんなものしかないが、良かったら使ってくれ」


 そういって投げ渡されたのは、ビニールに包まれた新品の白のワイシャツ。

 飾り気の無いシンプルなものだが、今は着れれば何でも良かった。


 着替えようとした所で、包帯やテーピングの処置に気がついた。

 槍のかすり傷はともかく、あれだけ強烈だった投げのダメージも殆ど残っていない。

 適切な手当てに、天野は護衛に礼を言った。


「武装型を相手にする時は手加減無用と指示されているのでな……怪我をさせてしまい、申し訳ない」


 頭を下げられたが、天野は笑いながら受け流した。

 口には出さないが、一度は辞退しようとしたのを『ご褒美』に釣られ、やると決めたのだ。自業自得の結果に、仕事で相手をしただけの護衛が悪いとは思えない。


 それに、いくら仕事とはいえ、生身で常軌を逸した力を相手にしなくてはならないのだから、同情こそすれ責める気にはなれない。


「――あれ、あんまり時間が経ってない?」


 医務室の時計を見ると、自分が気絶していたのは十数分程度だったようだ。

 前回と比べると、あまりに回復が早い気がする。


「博士が新しく実用化した、ファウダーの補給器を使ってみたんだけど……効果は抜群だったみたいだね」


 枕元に目をやると、喘息の吸入器のようなものが置いてあった。

 形状こそ吸入器のようだが、その大きさは缶ジュースほどのサイズがある。


「――――おや、もう目を覚ましていたんですね。もう少しかかるかと思いましたが……」


 そう言いながら入ってきたのは、何かの書類の束を抱えたビショップと護衛二人。


「そろそろ私も時間なので手短にいきましょう。ですがその前に、天野君。君は自分の力の本質を理解していますね?」


 カードから与えられるのは刀を扱う知識と経験だけではない。その能力の使い方も与えられている。故に、天野は十文字槍を破壊する事が出来たのだ。


「……はい。詳しい原理はわかりませんけど、この能力は追放の刃バニッシュというものみたいです。俺にわかるのは……これに触れたものは、どこかに追放されるという事だけで……」


 ただの日本刀として運用する分には良いが、能力を発動させると、あっという間にファウダーを使いきってしまう。体感時間としては数秒しかもたず、恐ろしく燃費が悪い。


「詳しい能力は私の方で分析しておきました。とりあえず、これを見てもらいましょうか」


 そう言って手渡されたのは、さっきの戦いを捉えた分析結果だった。


「カードの能力を科学的に説明するのは不可能なので、結果だけを伝えます。まず初めに、君のその能力は二つに派生しています。」


 指し示したのは、青とオレンジで構成された写真。

 熱量を色で表す、いわゆるサーモグラフィーと呼ばれるものだ。


「これは槍の刃先が潰れた瞬間を写したものですが、刃先と、それを受け止める鞘の部分が真っ黒になっている。これは熱量が一切発生していない事を示します」


 通常、これだけの破壊が行われれば、そのエネルギーが熱量に転換される筈だ。

 実際に、潰れた槍の刃先はオレンジ色になっているのだが、それとは対照的に鞘の部分は真っ黒になっている。これでは、鞘を握る手からの熱すら伝わっていない事になる。


「一つ目の能力――それは、鞘に触れた『エネルギー』を追放するというものです。この場合のエネルギーは熱量だけに限定されず、触れた物の反発や抵抗といったものも追放しているようです。わかりやすく言うなら、その鞘に触れた物質は非常に柔らかくなります。」


 白衣の男を壁にめり込む威力で吹き飛ばしたのも、槍の刃先を押し潰したのも、この能力によるものだった。


「二つ目の能力は、かなりシンプルですね。その刃に触れた『何もかも』をどこかに追放するようです。理論上、あらゆる物質を切断できる筈です。――いや、切断というのは正確な表現では無いですね。結果を見れば、『削り取る』といった方が正しいでしょう。」


 別の写真には、天野の刀の軌道が黒い残像として写されている。これは何か特殊な画像処理をした訳ではない。刀身に触れた『光』が消滅する為に起こった現象だ。


 光すら閉じ込める超重力のブラックホールは、外部からは暗黒の球体として観測される。天野の黒い刃筋も、光を反射しないという意味では同じ理屈だ。


「非常に興味深い能力ですが、致命的なまでに燃費が悪いのが問題ですね。せめて数分は維持できなければ実用的とは呼べません。とはいえ、二刀の扱いはなかなかのようですし、護身には十分でしょう」


 あの戦いから十分程度でここまで解析したのか。

 呆気に取られる天野に、ビショップはにこりと微笑んだ。


「中津国機動隊はいつでも君の参加を歓迎します。いずれは君の考えも変わると、期待していますよ」


 その全てを見通すような視線に、天野は何も返す事が出来なかった。





 ビショップと別れた二人は、研究所の食堂で休憩していた。

 地下ではないので、周囲を見渡すと学生や研究者が同じように休憩している。


 店の外観は、食堂というより喫茶店のそれに近い。

 仄かに木の匂いが漂い、派手さはないが落ち着ける良い雰囲気の店だ。


「博士と会ったのは初めてですけど……物静かなのに、どことなく凄みがある人でしたね」

「でしょー? 私も博士の前だと緊張しちゃって……あの人が中津国で二番目に偉いってのももちろんあるけど、人間的にもちょっと圧倒されちゃうのよね」


 コーヒーを飲みながら、さっきの感想を話し合っている。


「二番目って事は、一番は誰なんです?」

「そりゃあ、一番偉いのは桧山市長だよ。市長と博士がこの都市の設計者な訳だし」


 葦原中津国市長、桧山ひやま 兼光かねみつ

 かつては衆議院の議員だったが、この市長を任命された際に辞職している。


 二〇〇〇年に初めて蛹型クリサリスが日本に現れた際、唯一武力での制圧を主張していたタカ派の議員。初期の世論は、どちからと言うと蛹型を好意的に見ていた為、桧山の主張は煙たがられていた。

 だが、蛹型の出現からちょうど四週間後。桧山の主張が正しかった事が証明された。


 行方不明者数二〇万人以上にのぼった、大規模カミ隠しである。


 大規模カミ隠しで日本中が混乱する中、すぐさま現地に調査団と共に足を運び、蛹型の残した【羽根】を回収。後のマナ・テクノロジーの発展のための筋道を作り上げた。


 当時無名であったライアン・ビショップを主任研究者に任命し、カミに抗し得る手段を模索し続けてきた、カミ殺しの功労者である。


 更地になったこの地に葦原中津国を建造し、カミとの最前線とする事を主張し、実際にそれを実現させると、自らがその市長となり戦う意志を国民に示して見せた。

 そして今では、日本に久しく現れなかった『英雄的な政治家』として、非常に強く国民に支持されている。


「ま、何はともあれ、ちゃんと能力の事がわかって良かったよね! ……燃費が悪くて、ちょっと使いにくいみたいだけど……いや! でも中身は凄いと思うよ、うん!」

「あはは……頑張っても五秒前後しか維持できないんじゃ、ちょっと使い物にならない気がしますね……」


 高峰の慰めに、天野は苦笑いを浮かべる。五秒後にぶっ倒れるようでは、ちょっと実戦では使えそうにない。ただの刀として使えるのがせめてもの救いだった。


「あ、そうだ。和哉くん、この後は予定あるの? 良かったら、カードの使い方をもっと教えてあげるよ」

「えー、と……すいません、この後は友達と会う約束があるんで……」


 二日間も学校を休んだ理由を三善に説明しなければならない。

 一応、心配してくれたメールには『バイト先で事件に巻き込まれた』と返信しておいた。

 守屋の事件はニュースにもなっているので、詳しい事は話せないと言っておけば大半のクラスメイトは納得してくれた。


 天野としても、あれだけ何度も心配してメールを送ってくれたのだ。内田と三善には話せる範囲で説明しておきたかった。


 そう伝えると、内田は部活があるので明日学校で説明を、三善は時間があるので今日の放課後にどこかの店で会うよう言ってきた。


 そういう事情があったのだが、高峰の申し出も捨てがたい。


「そっかー、なら仕方ないね。それじゃあ、また今度――――」

「あ、明日とかどうです!?」


 言葉を遮られ、少し高峰が驚いた顔をしたが、少し思案した後に頷いた。


「明日だと夜になっちゃうけど、大丈夫? それと、カードは出来るだけ人に見られたくないから和哉くんの部屋を使いたいんだけど」

「はい、お願いします!」


 むしろ大歓迎です! 言葉にはしないが、天野は満面の笑顔で頷いた。


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