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真理と万物のパラダイム  作者: 奥野 丁路
第二章【歪んだ日常】
13/61

02

 From――守屋 正継


『まず初めに、君を巻き込んでしまった事をとても申し訳なく思っています。きっと、訳が分からないでしょう。昨夜の出来事は夢か幻だったのではないか、そう思っているかもしれません。ですが、【赤のエースエース・オブ・レッド】が君の内に宿った事は実感している筈です――――


 真っ先に考えたのが、事件の前に守屋が送ったメールが遅れて届いたのではないか、というもの。


 だが、メールの内容は天野がカードを得た事について書かれている。このメールが事件前に送られたものだとすると、辻褄が合わない。


 しかし、そうなるとこのメールはいつ送られたものだ? 事件の後だとすると、余計に辻褄が合わない。その時には守屋は亡くなっているのだから。

 混乱しながらも、メールを読み進める。


 ――――この力の正体が何なのか、何のために存在するのか。それを知ってしまえば、君は本当の意味で戻れなくなってしまいます。だから、それを教える事はできません。けれど、それは逆に言うと、今ならまだ日常に戻れるという事です――――


 やはり守屋はカードの力の正体を知っていたのだ。だが、それを明かす気は無いようだ。それよりも、『まだ日常に戻れる』という一文が気になる。平穏だった、昨日までの生活に戻れるのか? そんな事が本当に可能なのか?


はやる気持ちを抑え、さらにメールを読み進めていく。


 ――――ただし、その為には、二つの問題を片付ける必要があります。まず一つ、君が誘われている中津国機動隊について。彼らに協力してはいけません。彼らはこの闘争の中心に位置しています。彼らに関われば、もう決して日常には戻れません――――


 ぞくりと背筋にいやなものが走った。

 このメールが、一人になったタイミングで届いたのは単なる偶然だろうか? それとも、高峰が立ち去るのを待っていたのか? 


 ――――そして、もう一つの問題が、君が戦った白衣の男です。もし、君が彼と戦おうと考えているなら、それは大きな間違いです。その理由が、私の仇討ちだとしたなら尚更です。私は死ぬべくして死に、彼は殺すべくして殺したのです。彼が君を手にかけようとしたのでカードを渡しましたが、私が殺された事に関しては私と彼の問題です――――


 ――なんだ、これは。

 鳥肌が立ち、息苦しさを覚える。心臓は激しく鼓動を刻んでいる。


 誰かの悪戯か? だが、それにしてはあまりに詳しすぎる。文章から感じる人柄は間違いなく守屋と一致する。ならこれはどういう意味だ? まさか、死者からの手紙だとでもいうのか?


 震える指で、更にメールを読み進める。


 ――――君はまだ日常に戻る事が出来ます。ですが、そう言われても何も知らないのでは不安を消す事は難しいでしょう。だから、この闘争におけるルールだけを君に伝えようと思います。この闘争の決着は、全てのカードを回収することで幕が引かれます。ここで重要なのが、『全てのカード』を回収するという点です。つまり、一枚でも足りていなければ、まだ決着とはならないのです。ここに、君が日常に戻るための鍵があります――――


 まるで現実味の無い荒唐無稽な話だが、笑い飛ばす事は出来ない。何故なら、自分の内にその問題のカードが宿っていると確かに感じるからだ。


 ――――詳しい説明は省きますが、どうやら、私の今の状態はルールの隙間を突いてしまったようです。私の持つ『隠者ハーミット』と『緑の四フォース・グリーン』のカードは、誰にも回収できない状態にあります。つまり、勝利条件である『全てのカード』を回収する。これが不可能になったのです――――


 カードは何かの目的があってばら撒かれたらしい。誰が、何の目的でそんな事をしたのか気になるが、考えた所で想像すらできない。


 だが、何故白衣の男が守屋を襲ったのかは理解できた。いや、守屋に限らず、白衣の男は手段を選ばずにカードを回収して回っていたのだ。

 この闘争とやらに勝利する為に。


 ――――もし、君のカードを奪わんとする者がいれば、二枚のカードが欠如した事実を教えてあげて下さい。私と繋がりがあるのは、私から【赤のエース】を受け取った君だけです。君に何かあれば、彼らはこの事実の真偽を確かめる術を失う事になります――――


 何となくだが、守屋の言わんとしている事がわかってきた。


 ババ抜きにしろ七並べにしろ、あるべき筈のカードが抜けているとゲームは終わらない。本来なら有り得ないのだろうが、何かの拍子にそういう状態に陥ってしまったのだ。


 そして、そのカードを持つ守屋の手掛かりは自分だけ。だから、全てのカードを回収するためにも、誰も自分には手を出せない。


 ――――私が持つ二枚のカードを回収しなければ勝利できない以上、君に危害を加える事は自分の首を絞める事になります。いずれ中津国機動隊と白衣の男はぶつかるでしょう。君はそれに巻き込まれさえしなければ、日常を続ける事が出来るのです――――


 白衣の男が『個人』としてカードを集める事と、中津国機動隊が『組織』としてカード所持者を集める事。両者の本質は同じだ。いずれは総取りを狙い、ぶつかり合う事になる。


 だが、自分がそれに関わる必要は無い。守屋はそう言っているのだ。

 安全な立ち位置で、日常を送る事が出来るのだ、と。


 ――――巻き込んでしまった私に、こんな事を言う資格があるとは思いません。ですが、それでも言わせて欲しいのです。君には、当たり前の生活を送る権利があります。勉学に励み、友と語らい、恋をする。そのどれもが貴重で得難いものです。どうか、そんな当たり前で素晴らしい生活を続けて欲しい。私はそう切に願っています――――


 メールはそこで終わっていた。

 もしかしたら、守屋は死んでいないのかもしれない。そんな一縷の望みにすがり、送信者のアドレスを開いてみる。


 だが、そのアドレスは文字化けした訳のわからないものだった。普通なら有り得ないのだろうが、この場合は何故か素直に頷く事が出来た。


 天野は理解していた。これは守屋が送ってきたもので、守屋は既に亡くなっていると。

 闘争の詳細が明かされていないのも、自分を巻き込まない為の配慮なのだろう。


 恐らく、このメールが誰かに見られる、もしくは自分から見せる事も想定しているのだと思う。誰かに見られても、核心に触れていないこの文面なら、自分は巻き込まれただけで、闘争とは無関係だとわかるからだ。


 守屋は死んだ後も自分のために手を尽くしてくれている。

 理屈ではなく、心がそう確信していた。だから――――自分が選ぶべき道もまた確信できた。


「お帰りー。医者せんせいは何か言ってた?」

「いえ、どこにも異常は無いそうです。通院も必要無いって」

「そっか、良かったね!」


 自分の事のように喜んでくれる高峰を見ていると、隠し事をしているのが辛く感じる。しかし、そこでふとある事に気がついた。


「高峰さんって、どれくらい向こうをお休みするんですか?」

「うん? そーだねー、どうしようかな……そこまで考えてなかったなー」


 そうだ、いずれ中津国機動隊と白衣の男がぶつかるにしても、高峰がそれに参加しなければ安全を確保できる。望月も、能力から考えて本人が戦う事は無いだろう。


 勝手な話だが、見知った人間が傷つかないと考えるだけで心が軽くなった。


「あれ? なにか嬉しそう?」

「あ、いや! き、気のせいですよ!?」


 慌てて首を振る天野に、高峰は安心したように微笑んだ。


「良かった、天野くんが笑ってくれて……ちゃんと笑ってくれたのって初めてだよね」

「そう、ですか? 確かに、昨日はそんな余裕無かったかもしれませんね……」


 守屋は亡くなったが、いなくなった訳ではない。

 矛盾した考えだが、何故かそう思えた。だから、今は笑う事が出来た。


「ほら、暗い顔しない! まずはアドレス交換だね!」


 太陽のような笑顔につられ、天野も自然と笑顔になっていた。





「あ、すみません、ビショップ博士ですか? 二回生の高峰です。先日連絡した件なんですけど、今お時間大丈夫ですか――――?」


 病院を出た高峰はどこかに連絡を取っている。表情は硬く緊張し、意識して落ち着いた声で口調も丁寧に思える。どうやら目上の人間と話しているようだ。


「――――はい、ありがとうございます! それでは、一三時にそちらに窺います!」


 電話を終え、高峰の表情がビーチボールの空気が抜けるが如く目に見えて緩んでいく。

 誰に対しても遠慮なく対応するイメージがあったので、少々意外だった。


「それじゃあ、行こっか和哉くん。大学まで遠いし、タクシーで良いよね」

「――ッ」


 不意に下の名前で呼ばれ、言葉を詰まらせる。


「どうかした?」

「あ、い、いえ! 何でもないです! ……でも、大学って高峰さんと初めて会ったあそこですよね? 学生でもない俺が入っちゃって――――」


 大丈夫なんですか? と続けようとしたが、高峰に遮られた。


「ちょっと、和哉くん。もうちょっと普通に話してよ。学校の友達と話す時にそんな話し方しないでしょ?」

「え、ええ……でも、高峰さんは年上ですし――――」

「それも禁止! 『高峰』じゃなくて、『日和』でいいから。と言うか、そう呼んで」


 アドレスを交換したら、その時点で友達認定されるらしい。

 相変わらず距離感が近い。


「友達なのに敬語使ったり、『高峰さん』とか苗字で呼ぶのは要くんだけで十分だから」


 言われてみれば、望月は誰に対しても丁寧な敬語で話していた。人によっては慇懃無礼に感じるレベルだったが、家族のような関係の高峰に対してもそれは変わらなかった。


 察するに、高峰は距離感を感じるその対応が不満なのだが、望月は聞く耳もたないのだろう。軽く拗ねた表情がそれを表している。

 高峰の距離感の近さは、身近な存在の望月との距離感が遠い反動もあるのかも知れない。


「えー、と……それじゃあ……日和さん、で」

「うん! 和哉くんは素直な良い子だね。要くんとは大違い!」


 よしよし、と高峰が天野の頭を撫でている。二人はほとんど身長が変わらないため、頭にも簡単に手が届いている。


 子供扱いされているようで、ちょっと不満も感じるが、嬉しそうな笑顔を浮かべる高峰を見ていると、胸の中があたたかいもので満たされていくのを感じる。


 ――――望月さん、ありがとう!

 思いがけずに訪れた幸運と、それをお膳立てしてくれた恩人に感謝の意を捧げていた。


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