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真理と万物のパラダイム  作者: 奥野 丁路
第二章【歪んだ日常】
12/61

01

「――――そうですか。率直に言えば、残念ですが……仕方ないですね」

「え、でも、そんな……一人でどうするつもりなの? もしまた襲われたら、今度こそ殺されるかもしれないのに……!」


 待ち合わせの病院の入り口。天野が望月と高峰に頭を下げていた。

 誘いを断られ、望月は残念そうだが冷静に受け止めている。


 一方、高峰は目に見えて慌てていた。高峰には天野が自殺志願者にしか見えないのだ。


「ええ、迷ったんですけど……やっぱり俺は学生ですし……その、普通の生活は捨てられないなって……」

「そんな事ないよ! 私達だって大学と両立してるんだし! 天野くんもきっと――――」

「――――高峰さん。これは無理強いして良いような話ではないでしょう。場合によってはカミと対峙して命を落とす事も有り得る訳ですし……天野君の決断を受け入れないと」

「でも、それじゃあ天野くんが!」


 望月が冷静に諌めるが、高峰は納得できないようだ。

 白衣の男が狙うのは一人で行動するカード保持者だ。ろくに力を使いこなせない天野は格好の獲物だろう。


 だが、それを知ってか知らずか、懸命に説得する高峰から天野は目を逸らしている。


「高峰さん、もうそれくらいで。何時までも引き止めてても仕方が無いでしょう」

「すいません……せっかく誘ってもらったのに……」

「良いんですよ、気にしないでください……ただ、僕としても君に危険が迫っているのに何もしないというのは流石に気が引けるので……もし何かあれば、こちらまで連絡を」


 個人的な連絡先が書かれたメモを手渡す。

 受け取った天野は礼を言い、頭を下げると病院に入って行った。


「――――やれやれ、袖にされちゃいましたね」

「『やれやれ』じゃないでしょ! どうするのよ、絶対に天野くんが狙われるわよ!?」


 冷静に肩を竦める望月に、掴みかからんばかりの勢いで高峰が食ってかかる。


「気になります?」

「当たり前でしょ!」


 当たり前の質問と、当たり前の返答。


「心配ですか?」

「聞かなくてもわかるでしょ!?」


 またも、当たり前の質問と当たり前の返答が繰り返される。

 だが、それを聞いた望月はうんうんと頷き、満面の笑顔を浮かべた。


「なら、こうしてはどうでしょう。入隊を断られたので中津国機動隊として天野くんに関わるのは難しいですが、高峰さん個人なら話は別です」


 つまり、高峰が個人的にカードの扱い方を教えてやれば良いのだ。


「で、でも……それだと呼び出しが掛かった時に動けないし……」

「それについては心配いりませんよ。僕の方で黒崎さんの許可をもらっておきますから。しばらくの間、高峰さんはシフトから外しておいてもらいます」

「い、良いのかな……? 勝手に決めちゃって、後で怒られたりしない……?」

「任せて下さい。責任は僕が取ります! 高峰さんは自分が正しいと思う事をやってくれて良いんですよ!」


 力強く頷き、高峰の行動を後押しする。


「高峰さんが誰と友人になろうと、それを咎める法はありませんからね。そして、友人の力になりたいと思うのは極々当たり前の事ですし」


 これなら天野が拒否する理由も無い。

 天野は力の使い方を覚え、高峰は不安を解消できる。まさに一石二鳥だ。


「……ぐすっ……まさか、要くんが人間らしい決断をする日が来るなんて……ごめんね、要くんの事、『冷血非道の人面獣心』とか思ってて……」


 感動し、ほろりと涙をこぼしている。恐らく悪気は無いのだろうが、言っている事はかなり失礼だ。


「気にしないでください。僕も高峰さんは『身体にしか栄養が行ってない脳足りん』だと思ってますから」


 笑顔はさわやかだが、とんでもない暴言が返ってきた。軽いジャブにも全力でカウンターを入れる性格なのだろう。


「――え? 脳足り、え?」


 ちょっと予想もしてなかったレベルのカウンターをもらい、聞き間違いかな? と戸惑う高峰だったが、望月は気にせずに背中を押してやる。


「さ、今ならまだ受付で診察の順番待ちでしょうから、アドレスの交換なりをしてきたらどうです? ほら、メル友なら向こうも気軽でしょう」


 有無を言わさぬ笑顔で高峰を送り出す。口にこそ出していないが、()()()()()()と顔に書いてあった。

 何か言いたそうな高峰を黙殺し、諦めて病院に入って行くのを見送ると、携帯電話を取り出し、黒崎を呼び出す。


 天野が断るケースも想定していた。どちらに転んでも、やるべき事はかわらない。

 いや、むしろ、【餌】にするならこちらの方が都合が良い。


「――――そうか。天野君に断られたか……正直、意外だったな……」


 報告を受け、黒崎が電話口で残念そうに溜め息をつく。


「ええ、その事なんですが……僕も少々納得がいってないんですよ。昨日の態度は確実にこちら側につく感じでしたからね。これはあくまで仮説に過ぎませんが――――」


 確証は無い。あくまで仮説だと前置きをして続ける。


「何者かが、余計な入れ知恵をした可能性も考慮すべきだと思います。そうでもないと、あのよそよそしい態度の説明がつかない……」


 さっきの天野の態度に、昨日はなかった『壁』を感じていた。

 疑い、とまではいかないが、警戒のようなものが瞳に浮かんでいたように思える。


「だが、日和ちゃんは俺達の予想通りに動いてくれたんだろ? もし、誰かの介入があったのなら、それも暴けるかもしれないな……」

「はい、今頃彼とアドレスの交換でもしてるんじゃないでしょうか。まあ、体だけは無駄に育ってますし……上手く懐に入れるでしょう」

「――おやおやぁ? 要くんってば、ちょっとご機嫌斜めだったりする? もしかして、喧嘩でもしたのか?」


 向こうのからかうような声の調子に、望月が小さく咳払いする。


「――――とにかく、しばらく高峰さんはシフトから外れる事になります。予定通りと言えば予定通りですが……本当に問題なかったんですか?」


 高峰の転移の門トランスファーによる狙撃は、相性次第だが一方的にカミを討つ事が出来る。『白衣の男』の危険性も、それを討つ必要性も重々承知しているが、中津国機動隊本来の目的はカミを討つ事だ。

 高峰をシフトから外すのは、ある意味本末転倒と言えるのではないか?


「ああ、問題ない……カミの相手なら陸自に任せる手もあるからな……俺達は何が何でも『白衣の男』を仕留めるぞ」


 望月の疑問には答えず、黒崎は決定事項として告げるだけだった。





「え……アドレス、ですか?」

「うん、まだ交換してないよね?」


 追いかけてきた高峰が、思いもしなかった事を言ってきた。


「で、でも、俺は協力できないんですよ? なのにアドレスだけ教えてもらうのは……」

「うん、取り敢えずあの話は置いといて……私が個人的に天野くんと友達になりたいなーって。天野くんには天野くんの考えがあるんだろうけど……やっぱり放っとけないし」


 まっすぐ真剣な眼差しで見つめられ、思わず目を逸らしてしまう。頬が熱い。


「そ、それに、高峰さんも役割があるのに……俺に世話を焼く余裕なんて無いんじゃ……いや、もちろん! 気持ちは嬉しいですけど!」


 申し出を断った時点で高峰との縁も切れると思っていた。それだけに、この展開は飛び上がりたくなる程嬉しかったが、実際問題、無理がある気がしてならない。


「ああ、あっちの事は良いの。しばらく休みもらったから」

「や、休みって! そんな簡単に……」


 それなら問題無いのか? よくわからない。


 しかし、こうなると、もう建前に隠れる事は出来ない。

 あれこれ付けた理由は、本当はどうでも良かった。一番聞きたくない事から逃げる為の方便だった。だが、それももう使えない。意を決して、本当の理由を口にする。


「でも……その、望月さんは良いんですか……? あの、何て言うか……彼氏さん、ですよね?」


 覚悟を決めて聞いてみた。

 いや、もちろん友達になれるだけで嬉しい。だが、余計な期待をして空回りを演じるのは御免こうむりたい。それは流石に心が折れる。ちょっと耐えられそうにない。


 だが、当の高峰は首を傾げている。


「ん、んんん? 要くんが彼氏?」


 眉間にしわを寄せ、困惑した表情で自分達の行動を振り返る。

 確かに、自分達の関係を知らない人間なら、そう勘違いしてしまうかもしれない。


「あー、そう見えたんだ。まあ、確かに仲は良い方だと思うけど、要くんとは施設で一緒に育った姉弟みたいなもんだし……今更、お互いそんな目で見れないし……それに、そもそも要くんには彼女いるからね?」


 天野が感じた、二人の親密さや遠慮の無さは、肉親的な関係によるものだったようだ。ホッと頬が緩みそうになるのを、なんとか無表情を装ってやり過ごす。


「と言うか……いくら見た目が良くても、あんな優しくない男はタイプじゃないから! さっきなんて、何て言われたと思う!? 人に向かって『脳ミソ足りてない』とか言うんだよ!? いくらなんでも酷すぎるよね!?」


 どうやら本当に二人はそういう関係ではないようだ。流石にそれは恋人に向ける言葉では無い。いや、それを言いだすと、そもそも家族に向ける言葉でも無いが。


「診察お待ちの天野さーん、二番の診察室にどうぞー」


 しまった。余計な事を話している内に順番が回ってきてしまった。


「大丈夫。待ってるから、先に診察を済ませてきなよ。戻ったらアドレス交換しようね!」


 満面の笑顔で送り出してくれた高峰に、天野の良心がズキリと痛む。

 診察室へと向かいながら、頭の中は昨日届いた守屋のメールを振り返っていた。


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