西暦2013年02月06日
――2013年、02月06日。
「ビショップ博士、あなたが提唱されたマナ理論で、人類はカミに勝てるのでしょうか?」
間断なく焚かれるカメラのフラッシュ。記者達はメモを手に、真剣な表情で返答を待つ。
「……率直に言えば、わかりません」
返された答えに、記者達がどよめき不安げに目を見合わせる。だが、すぐにそれを打ち消すように、老齢の男は言葉を続けた。
「かつて、二度に渡って行われたカミ隠し……あれは紛れもなく、人類史に例を見ない悲劇でした。ですが、カミの遺物を解析し、我々はカミの理に近付く事が出来た。それもまた事実です」
白髪を撫でつけ、白いシャツにベストを重ねた英国人科学者――ライアン・ビショップ。彼は世界で唯一のマナ理論の専門家であり、マナ・テクノロジー開発の最高責任者だった。
「現状、我々がどこまでカミの理に近付けたのか、それはわかりません。ですが、一定の成果を上げる事には成功しました」
その言葉と共に、ビショップの背後の大型ディスプレイに三枚の画像が映された。
一枚は、熊のような外見の白い獣を取り囲む自衛隊員達の姿。もう一枚は、赤黒く染まった地面と四肢が千切れ頭を吹き飛ばされた白い獣の姿。最後の一枚は、地面を丸く穿った空洞の写真だった。
その三枚の写真は、どれもがそれぞれ異様だった。
一枚目の白い獣はクマ科最大の体躯を誇る北極熊を更に二回りほど大きくしたような、常軌を逸した巨体である事。さらにその白さは、まるで自らが光り輝いているかのように、不自然なまでに際立っている。
二枚目の駆除された白い獣の死骸。その傷口は純白で、血や臓器も確認できない。となると、地面を染めた赤黒い何かは、一枚目の写真に写っていた自衛隊員の犠牲によるものだろう。
三枚目の写真は、一見何らかの土木工事でも行っているかのようだが、空洞の断面は気味が悪いほどになめらかに見える。
記者達は、その写真――特に二枚目を見た途端、身を乗り出さんばかりに色めきたった。
「皆さんもご存じの通り、蛹型が2010年に再び現れた際、カミ隠しの悲劇を防ぐべく自衛隊と米軍の共同作戦が行われました。ですが、四週間もの間、昼夜を問わずに行われた物量戦は全く意味をなしませんでした……何故なら、カミは空間の断絶とでも呼ぶべき、不可解な障壁を備えていたからです」
記者達は熱を帯びた瞳でビショップの言葉の続きを待つ。
「そう、空間の断絶を備えているのは、2000年の最初の神隠し以降、全国各地で目撃されるようになった獣型も同じです。ですが、我々はようやく、カミの障壁を射抜く技術を得たのです。ただ……障壁を射抜く事が出来る時間が僅かな為、かなり接敵しなければならず、結果的に多大な犠牲が出てしまいました」
「ですが、人はカミに勝てるんですね!?」
ビショップの言葉を遮るように記者の一人が声を上げた。本来なら失礼な行為なのだが、それを咎める者はいない。皆が同じ思いを抱いていたからだ。
「この写真を見ての通り、獣型には通用しました。ですが、蛹型はそれとは比較にならぬ程に巨大なカミです。今の技術では……恐らく蛹型には通じないでしょう」
その言葉に記者達は青ざめ、水を打ったように静まり返った。感情に流されず、希望に縋らず、ビショップはただ事実のみを紡ぐ。
「2000年、そして2010年。蛹型は十年という間隔で姿を現しています。ただの偶然かもしれませんが、もし規則性があるというなら、次は七年後の2020年に現れる可能性が高いでしょう。それまでに、回収した獣型からマナを抽出し、マナ・テクノロジーを更に発展させなければなりません」
ビショップの表情に絶望の色は無い。真っ直ぐ前だけを見据えている。
「マナ・テクノロジーを応用した結界理論により、全国各地で発生していた神の出現を一定範囲内に固定する技術に成功しました。無論、これは蛹型にも適用されます」
ビショップの背後のディスプレイがまた別の画像に切り替わった。同じ場所を撮影した二枚の衛星写真を、比較するように並べている。
一枚は剥き出しになった地肌が目を惹く写真。先程の三枚目の写真に写っていた空洞と同じに見えるが、衛星写真で確認できるほどの大規模なものだった。もう一枚は、剥き出しだった地肌が見えなくなり、代わりに建設途中の都市が写されている。
「カミ殺しを成し遂げる為、最初のカミ隠しによって消失した地に新たに建造された、対神設計が施された都市です。これからは、この地がカミとの戦場になるでしょう」
日本各地に現れ、小規模なカミ隠しを頻発させる獣型。それの出現をこの地に集中させる事で、他所への被害を防ぐと同時に、カミに対する研究も両立させるのが目的だ。
「ビショップ博士、この街には何という名前が付けられるのですか?」
ビショップの言葉に一筋の希望を見出したのか、記者が大衆向きの質問を投げかけた。
「日本の神話ではカミの住まう地を高天原と呼んでいるそうなので、同様に人間の住む地を指す、葦原中津国。この都市はそう命名されました」
これ以上、決してカミの好きにはさせるまい。その覚悟が込められた名前だった。