2章 彼女との出会い
彼女と出会ったのは入学式の日。
天理大附属高等学校入学式という看板がまず目に飛び込んできた。
学校を取り囲むように植えられた桜は満開を迎えていた。
集まる人々の顔は、幼さの中にこれから始まる高校生活に期待と不安を織り交ぜた表情をしていた。
多くの新入生がそんな顔をしながら両親と共に入学式を待つ集団から少し離れたところに彼女は居た。
たった一人で、満開の桜を見上げていた。
他の新入生とは違う、どこか寂しげな表情で。
長い黒髪が風に揺れ、舞う桜の花びらがよく映えた。
なんとなくその様子を見つめていたら、俺の視線に気づいたのか彼女は俺を見て笑った。
入学式の後、これから一年過ごすことになる教室で俺は彼女と再会する。
俺の隣に座る彼女は、先程と同じ笑顔で俺に笑いかけた。
「早河由紀です。これからよろしく」
「あ、うん。俺は、大野健。よろしく」
それが俺と彼女の出会いだった。
「なあ、お前早河さんの彼氏か?」
サッカー部の部室で部活の準備をしていた俺は手を止めた。
俺たちのクラス『情報技術科』は女子が少なく、隣の席という縁から俺と早河はよく一緒に行動していた。早河とは何というか気があった、ということもある。
そのせいかたまにこんな事を聞いてくるやつがいる。
「いや、ただのクラスメイトだけど」
「そっか。じゃあ、彼氏とかいるのかな」
「知らない。本人に聞けよ」
一緒にはいるが話すのは本やテレビ、ゲームのことなど日常的な話だけなので、彼女の交友関係など俺は深く知らない。
そういう意味では彼女も同じだろう。
「頼む、聞いてきてくれ!俺たち友達だろ!!」
「ついさっきまで、ただの部活仲間だったはずだが」
拝むように頼む部活仲間を俺は呆れた目で見た。
部活が終わった後に、再び彼に捕まり話を聞かされることになった。
つい最近行われた他校を招いての練習試合。
時間は放課後だったため、応援の生徒も多かった。
俺も軽い気持ちで早河を誘ったが、律儀な彼女は応援に来てくれていた。
練習試合ということもあり、一年生も出場する機会があり後半終了10前に俺と彼も出場することができた。
もっとも2-0で負けていたため、既にあきらめムード漂うフィールドに俺たちも飲まれていた。
「天理がんばれ」
ふいに聞きなれた声が耳に届いた。
普段そんな大声を出すタイプではないのに、恥ずかしさを押さえ精一杯の声で早河は応援してくれた。
その声のお陰かフィールドに出ていた全員にやる気が戻り負け試合ではあったが、良い試合だったと言える試合ができた。
彼、高橋雅治はその時、早河由紀に一目惚れをしたらしい。
それから彼女がらみで雅治とよく話すようになり、サッカーの趣味も合ったり、雅治自身がいい奴だったということもあり、いつのまにか親友と呼べるくらいに仲良くなった。
早河目当てで俺の教室にも遊びに来ていたが、当初は早河に警戒されてあまり話すこともできず(いきなり彼氏いるのとか不躾な質問をするので当然だが)、しばらく落ち込むこともあったが時間が解決してくれたようだ。
早河も雅治のペースに慣れていつの間にか普通に話をするようになっていた。
といっても、俺が一緒にいる時でないと二人とも話をしなかったが。
俺には同い年の従姉弟がいて、幼稚園からの腐れ縁は高校になっても切れず同じ学校に通うことになった。
従姉弟の相沢恵の家は両親共働きで忙しく、家に居ないことが多い。
そのため食事も一人で食べることが多い
恵自身料理が下手なので、弁当を買ったりすることが多い。
俺の母親がそれでは栄養が偏るだろうと、家で食事させたり、弁当を作ることがある。
毎日でもいいのだが、恵自身が遠慮することがあるので週に数回程度くらいだ。
もっとも栄養だけが問題ではなく、恵にはある困った癖があった。
その日もその癖が出るころだったので、俺は母親に弁当を持たされていた。
だが、この日に限って昼休みに部活のミーティングが入り、恵に弁当を届けるのが遅くなった。
慌てて彼女がいる美術室に向かうとそこにはよく知った顔が居た。
「あれ、早河」
「大野くん?どうしたの」
「いや、そこにいる奴に弁当を届けに」
親指で早河の隣で弁当を頬張っている恵を指差した。
「つか、お前それどうしたんだ?」
「はけるがほそいから、はおれてるとほにはのほがきへおへんほうをわへてもあらの」
「よし、一度飲み込んでからしゃべれ」
恵は頬張ったものを一生懸命飲み込もうとしている。
「4時間目の美術の授業で忘れ物して取りにきたら、彼女が倒れてて。聞いたらお腹が空いたって言うから、私のお弁当を分けたの」
まだ飲み込むことのできない恵に代わり、早河が説明を入れてくれた。
「あー、お前やっぱりまたやらかしたんだな」
「んぐ。たけちゃんが遅いのがいけないんだよ」
「俺のせいか。お前が絵を描くのに夢中になるとメシ食わないのがいけないだろうが」
「いやー、なんかつい忘れちゃって」
「忘れんなよ」
恵の困った癖。三度の飯より絵を描くことが好きで、一度絵を描き始めるととにかく夢中になる。
そう、本当に飯を食べることを忘れるくらいに夢中になる。
そして、ところかまわず行き倒れになる。
それを防ぐためにこうしてたまに恵に飯を届けるのが俺の役目でもあった。
「悪かったな早河。迷惑かけて」
「ううん、気にしなくていいよ。素敵な絵を見せてもらったし」
早河の言葉に恵は感動したのか、目を潤ませて早河に抱きついた。
「ありがとう!それにお弁当も美味しかったよ。特にお稲荷さんが最高!」
「気に入ってもらえてよかった。今回はちょっと自身があったから、そういってもらえると嬉しいよ」
「早河、弁当自分で作ってるのか」
「うん、たまにだけどね」
一向に離れる様子のない恵に早河は照れながら答えた。
「あっ私、相沢恵。たけちゃんの従姉弟だよ。クラスは1-Fね」
「私は、早河由紀です。1-Jです」
「由紀ちゃんは、たけちゃんの彼女?」
「違う、クラスメイトなだけだ」
「そうなんだ。たけちゃんが女の子と仲良くしてるの珍しいからそうかと思った」
恵はそれ以降、早河をやたらと気に入ったらしく廊下で親しそうに話す二人をよく見かけるようになった。
そして、早河が自主的にか恵に差し入れをしてくれるようになり、恵が行き倒れる回数も減った。
早河と恵が一緒にいる回数が増えると、自然と俺や雅治も彼女たちと一緒にいる回数も増え4人で居ることも多くなった。
休日に4人で遊びに行くことも数回あった。
俺としては雅治の片思いは知っていたが、彼はそれらしい素振りを見せずにいたので仲良し4人組くらいしか認識がなかった。
でも、早河はもっと色んなことに気づいていた。
だから、最後の日に俺にあのことを頼んだのだろう。