1章 彼女の転校
彼女が転校した。
高校一年生という長い一年を終え、明日から春休みという日。
先程まで期待でざわめいていた教室は、担任の言葉に水をうったように静まり返った。
再びざわめきを取り戻した教室で、驚いた俺は隣に座る彼女の顔を見た。
俺の視線に気づいた彼女は、いつもと同じ笑顔でこちらを見た。
あまりにいつもと同じ笑顔だったため、俺は先程の担任の言葉は幻のように感じられた。
しかし、新学期が始まるとそれが事実であることを思い知らされる。
つい数週間前までそこに居た彼女の姿はなく、あの笑顔も消えていた。
最初は登校する度に違和感を覚えたが、しだいに彼女が居ないことにも慣れ、それが普通となった。
まるで最初から彼女が居ないかのようにも錯覚するが、時折彼女の影を探してしまう。
そんな自分に苦笑しつつも、俺は今日を過ごす。
多くの人が彼女が居ないことに慣れ、それが普通となった頃でも彼女の影を引きずる人間がいた。
「健、英語の教科書貸してくれ」
隣のクラスから来た親友は、俺が英語の教科書を取り出す間にクラスを見渡す。
そこにいたはずの彼女を探して。
そして彼女が居ないことを確認すると、どこか寂しそうに俺へと視線を戻す。
「ほら、教科書。汚すなよ」
「あぁ、わかってる」
彼は彼女が好きだった。
「たけちゃん、遅い!!」
昼休みに母親から頼まれた弁当を持っていくと、お腹を空かせた従姉弟は恨めしそうに俺を見た。
そんな従姉弟を横目に俺は隣で自分の弁当を広げる。
美術室では油絵などの臭いが鼻をつく。
「…お稲荷さん食べたいな」
従姉弟は彼女によくお弁当を分けてもらっていた。
その中でも彼女の作ったお稲荷さんが特に気に入っていたようだ。
従姉弟は彼女の親友だった。
―大野くんにお願いしたいことがあるの
彼女と会った最後の日。
俺は彼女にあることを頼まれていた。
それを頼まれたのは俺と彼女が友達だったから。