弐ーいちー
「お前また泣いたのか!」
赤く、腫れぼったくなった目を見た青年は、自分より下にある頭をガンと殴った。
「だって…!」
「だってじゃない。泣くことは、弱虫がすることだ」
「そんなことないよ!みんな泣くことは立派なことだって…」
男の子はすがるように青年を見上げた。
「ばかなことをぬかすな。そんなもの、信じるんじゃない。お前は俺の言葉だけを信じていればいいんだ」
そう言ってから、わかったか?と聞いた青年は、しぶしぶ頷いた男の子を見て安心したように男の子の頭に手を置いた。殴って悪かった。そう言おうかと思った。がしかし結局、青年が何か言うことはなかった。
「師匠はいつだって正しい…」
切なげに呟かれたその言葉は、空に吸い込まれる前に青年の耳に届いた。男の子は頭に置かれた手を前に進むことでどかせると少し歩くスピードを上げた。青年との距離が開いていく。
師匠と呼ばれた青年は、前を行く、寂しそうに丸められた背中を見つめながら、自分も少しスピードを上げた。
違う、違う、違う、違う!
どこかの誰かが激怒した。
その声は、老人のようであり、若者のようであり、少年のようであり、幼児のようでもあった。
ワシが、私が、俺が、僕が――――――――。
望んでいない!私は、私はこんな国。
こんな異常、こんな異端、こんな異形、――――化物。
泣くことが立派だと?
笑わせるな!
壊してやる。怖してやる。毀してやる。
あ、あなたは―――――。
待って!
行かないで!
そう叫んだところで、男の子は目を覚ました。
「おい、どうした?」
師匠は少し、驚いたように男の子を見る。
「あ…えっと、悪い夢…」
「そうか」
「あ…もう、行かなきゃ」
男の子は、太陽の位置を確認してそうつぶやいた。時刻は迫っていた。
「…行くのか」
「ごめんなさい」
「勝手にしろ」
忌々しげにそう吐き捨てると、師匠はさっさと姿を消した。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
さながら呪文のように、そして、何かを殺すように、男の子は呟き続けた。
泣かないから、絶対に。泣かないよ。師匠の昨日の言葉は忘れない。
でも、だけど、行かないと、僕は―――――生きてはいけないんだ。
師匠のように、僕は、強くはないんだよ。ごめんなさい。
男の子はこの国で一番立派な建物を目指した。
「遅い!あと三十秒でも遅れてたら、お前は監禁だよ! あの変な男に唆されたんじゃないかとアタシャ心配―――あ、―――っと、とにかく早く行きな!」
「…はい」
「今日は、キジだ。さっさと殺してきな」
「……………」
「返事をしろ!」
「…はい」
男の子は死人のような形相で、いつものように、地下の牢屋へと向かった。