間が悪い5~降水確率30%の戦い~
間が悪い。とにかく私は間が悪い。間が悪いと運が悪いは似ているようで、似ていない。2つは別物だと私は考えている。運が悪いと言うと、どこか悲観的な話になるのだけれど、間が悪いのは哀しい笑い話になるのだ。これまでの、私の間が悪い戦いは、他の時に知ってもらうとして、今回は天気予報との戦いを聞いて欲しい。
まず最初に、忘れないで欲しいのは、とにかく私は間が悪いと言うことだ。何かをしようとしても、ちょっとしたタイミングでうまくいかない。その日、私は玄関を見て溜息をついていた。
一人暮らしの私のアパート。単身者用の小さな玄関には、4本のビニール傘と1本の1000円傘が置いてある。狭い玄関がさらに狭くなる。その上、愛車「からしちゃん」の中には、3本のビニール傘が置いてある。私はビニール傘コレクター?いいえ、そんなはずはありません。とにかく、間が悪いため、このような事態を招いているのだ。
天気予報は曇り。ちょっと、電車に乗って市内まで出かけるとする。飲み会があるから、車じゃいけない。降水確率は20%。雨が降ることは無いでしょ。酔って傘が邪魔になったり、忘れたりするのはごめんだから。そう思って、傘を置いていくと必ず雨が降る。しかも、どうしようもない土砂降り。私のアパートから、最寄駅まで徒歩20分。濡れて帰るには少し遠いから、市内のコンビニで傘を買うことになるのだ。もっと最悪なのは、傘を買わずに帰って、無人駅で土砂降りに会うこと。濡れて帰るしかない。何せ、自宅近くの駅の近辺にコンビニは無いのだから。
こうやって、増えたビニール傘は7本。傘一本だって、大切な資源。無駄に捨てることも出来ず、ほぼ新品の傘が私の狭いアパートの玄関を占拠しているのだ。
その日、私は県外まで買い物に出かけた。天気予報は曇り。1日の降水確率は30%。悩ましいところだけれども、私が向かうのは県外。市内の高速バスセンターからバスに乗り、片道2時間半をかけて県外にショッピングに行くのだ。県外の町には、地下街や地下鉄が走っている。雨が降っても、あまり傘は必要ない。第一、高速バスに乗るのに、傘を持っていくのは面倒だ。所詮、降水確率は30%。
(大丈夫、大丈夫)
私は天気予報を鼻で笑って、家を出た。もちろん、傘を持たずに出発したのだ。
駅から電車に乗って、高速バスの停まる市内まで出る。駅まで20分歩き、無人駅で切符を買う。そう、隠す必要も無い。私は田舎に住んでいる。
幸い、行きの駅までの道のりは雨に濡れることもなく、私は電車に乗り込んだ。高速バスに乗り、雨に濡れることなくショッピングを楽しんだ。そして、高速バスで地元の県まで戻ったとき、雲行きが怪しくなった。雨がぱらついているのだ。それは小雨という程度で、気にするほどの雨ではなかった。終電で自宅近くの駅に戻るため、高速バスセンターから駅へ向かった。
――天気は小雨。
私は暗い空を見上げた。私の頭には、自宅にある7本の傘が浮かんでいた。この程度の小雨なら、濡れずに帰れる。
しかし……
私は間が悪い。こうやって、傘を買わずに帰ったところ、土砂降りに見舞われた経験がある。私が降りるのは無人駅。コンビニなんてない。もし、傘を買わずに帰って、この雨が土砂降りに変わったら、私の買ったばかりの服は早速洗濯機行きになってしまう。せっかく、楽しいショッピングを終えたのに、気分が台無しだ。
――買うべきか、買わぬべきか、それが問題だ。
シェークスピアを頭に浮かべながら、私の足は自然とコンビニに向かった。駅中のコンビニは深夜十二時まで営業している。私は、明るいコンビニの中で、ビニール傘を売っている場所に足を運んだ。
そこに並ぶのは、一本500円のビニール傘たち。土砂降りに見舞われて、濡れて帰りたくない。タクシーを呼べば、1メーター720円(深夜料金込み)となる。タクシーで帰るよりも220円お得だ。調子が悪いと、1000円近く支払わなくてはならないのだ。その上、タクシーが駅にいないから呼ばなくてはならない。呼んで、すぐに降りるなんて、無神経なことを私はしたくない。
さあ、究極の選択の時間だ。
店員には、滑稽な客がいるようにしか見えていないだろう。大量の紙袋を抱え、ビニール傘の前で立ち止まっている。終電まで、20分。私は雲行きを見ながら、悩んだ。
――買うべきか?
雨が降るかもしれないから、買ったほうが賢明でしょ。私の心の声が響いた。
――買わぬべきか?
家にビニール傘は7本もある。これ以上傘を増やしてどうするの?傘コレクターにでもなるつもり?ありえない。私の中の、もう一つの心の声が響いた。
時計の針は着実に進んだ。終電まで20分あったのに、残り5分になっていた。そろそろ、ホームに向かわなくてはならない。
さあ、決断の時だ。
私の手は、500円のビニール傘を掴んでいた。ここで博打は打ちたくない。15分間悩み続けた結果、私は傘を買うことにしたのだ。これが8本目の傘になる。
大量の紙袋と真新しい傘を持って、私はホームに足を進めた。ホームの客の大半は傘を持っている。私は、今回こそ、最良の選択をしたのだ。そう、信じた。
電車が来て、中に乗り込む。ディーゼルエンジンの音が響く。誰かが言っていた。この路線は、ディーゼルで動いているから、電車でなくて列車なのだと。そんなことを思いながら、私はボックス席に座った。
ワンマン列車の運転手の声と共に、出発した電車。酔っ払った客を横目に、私は窓の外を見た。電車に揺られながら、外の暗闇を見ていると、窓に水滴がついた。
ポツリ。
ポツリ。
ポツリ。
雨粒は電車の窓を叩く。
――キターーーーー!
私は心の中でガッツポーズをした。ほら、買って、正解。外は土砂降り。私は勝った。私は勝ったのだ。
一駅過ぎた。
二駅過ぎた。
三駅過ぎた。
電車は田舎へと進んでいく。乗る乗客が、一人、また一人と減っていく。私は、大好きなロックミュージックを聴きながら、目を閉じた。明日は仕事。帰ったら、一人ファッションショーをして、風呂に入って……。そんなことを考えながら、私は目を閉じてロックミュージックを聴いていた。これで、乗り過ごしたとなっては洒落にならない。目を閉じていても、起きている。間が悪い私は、油断したりしない。
電車が自宅近くの無人駅について、私は目を開いた。紙袋と買ったばかりの500円のビニール傘を持ち、私は無人のホームに降りた。切符を、切符入れのポストに入れて、私は足を進めた。雨で濡れたホーム。水溜り。
しかし……
雨は降っていなかった。確かに、雨が降った形跡はある。水溜り。湿った空気。なのに、雨は止んでいた。
いやいや、間の悪い私のこと。歩いて帰っている間に、雨が再び降り出すはず。
私は歩き始めた。水溜りをよけながら、大量の紙袋と傘を持ち、私は歩いた。5分、10分、15分。雨は降らない。家が見えても、雨は降らない。小雨さえ、降ることがない。
私は家に着いた。雨は降らない。私の家に、8本目の傘がやってきた。
ここで一つ、余談。
家に帰って5分後。土砂降りの雨が降り始めた。
私は間が悪い。
いや、今回は間が良い?
いや、間が悪い。8本目の傘が、私の狭い玄関を占拠するのだから。
果たして、次の戦いは?
間が悪いシリーズも5話目になりました。間が悪い経験をするたびに、間が悪いシリーズを書き足していきます。