表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者: 和泉直人

結構グロいです。

過激な描写を含んでおり、読む方にとって不快な感情を抱かせる可能性がございます。

その場合、読むのを中断することをお勧めいたします。

僕は母から離れられない。

優しく、強く、大きく。

冷たく、弱く、小さい。

見守り、語り、教える。

束縛し、脅し、見下す。

僕は母から離れられない。


母は美しい人だった。

咲き誇る花のような美しさではなかった。

凍りつく氷のような美しさ。

父は知らない。

母が言うには僕の幼い頃に出て行ったという。

古い記憶に輪郭として残っているが、写真の全てを処分したという母のせいで僕は何も知らない。

母は僕に、最優先で守るべき約束というものを課した。


1.門限を守る。

2.家を出るときは何処へ、どのような手段で行くのか申告する。

3.上記に母が納得しない場合は外出禁止。

4.他人とは挨拶以上の会話はできるだけ避ける。

5.母が同席し、許可した場合にのみ、上記は適応されない。

6.母が作ったもの以外口にしてはならない。

7.母が外出するときはなるべく同行する。

8.母が死ぬまで恋人は作ってはならない。


門限は僕が年齢を重ねるごとに遅い時間へ移行していったが、高校生となった今でも18:30という始末。

学校へ行くにも毎日毎日、何々駅まで徒歩で、そこから何時何分発の電車で何々駅まで移動し、何々学校まで徒歩で、何年何組の教室まで、と説明しなければならない。

もし何かのトラブルで電車が遅れた場合、電話でその旨を母に報告しなければならない。

同級生や先生にも挨拶以上の会話はしない。

問題を解けと当てられても、無言で通す。

まともに先生と話をしたのは、母が同席し、許可した学期末の三者面談でだけだった。

小学校の頃も周りが給食を食べる中、唯一弁当持参だった。

それはそれは手の込んだ弁当で、周りは羨んだが、僕はいささいか窮屈な思いをした。

休日ともなれば、母が僕をやれ美容院だ、やれ下着売り場だと連れ回した。

男としてはなんとも居づらい環境ではあったが、母は僕が他の場所で待つということを頑として拒否した。

恋人は・・・さすがにこれらの約束を守った僕のような人間を好きになる女性は居るわけもない。

・・・僕はまともな社会生活を営んでいない。

いや、まともな社会生活というものを知らない。

なにせこの約束は僕が物心つく前からあるのだ。

幼心に反発し、約束を破ったこともある。

が、その時の母の怒りようは筆舌に尽くしがたい。

僕を激しく平手で打ちすえ、罵倒し、叫び、噛み付いた。

そして息もできないくらいの強さで抱きしめ、泣き喚き、すがりついた。

その時僕を見つめる母の目のぎらついた様を目の当たりに、幼い僕は母のための人生を、諦めるような心境で受け入れた。

骸のような人生を。


母は美しい人だった。

群がるハエのような男どもは後を絶たず、その魅力に嫉妬したのか、陰口を叩く女どもも常に絶えなかった。

そして僕も母譲りの美貌を持っていたらしかった。

群がる女は常に居た。

だがその全てがいつしか離れ、消えていった。

当然、男どもからも嫌われ、陰口を叩かれ、いじめにもあった。

・・・その全てがどうでもよかった。

僕は全てを諦めたのだ。

僕には母が居る。

母には僕が居る。

僕たち親子はパンチで抜かれた紙きれのように、閉じられた世界に生きていた。

僕が全て。

母が全て。

世界は純粋だった。



「あ」


小さな声があがった。

視線をめぐらせる。


かさ・・・


小さな音。

母が何かを拾って、慌てたそぶりでポケットへ仕舞った。


「・・・何?それ」


僕は呟くように尋ねる。


「なんでもないのよ。なんでもない」


母は笑っていたつもりなのだろう。

その顔は中途半端に吊り上げられ、頬の辺りはひくついていた。

目は妙に潤み、目尻がぴくぴくと震えている。

普段の母からは想像もできない醜い顔。


「出して」


僕は席を立った。

母がびくっと身体を大きく震わせる。

その様が妙に僕を苛立たせた。


「出せ、って言ってるんだよ、母さん」


背筋を伸ばし、上から小柄な母を見下ろす。

母は逆にぺたん、と尻餅をついて僕を見上げる。

そして、首を横に振る。

僕は口をぽかん、と開け、天を仰ぐ。

そして長く、目一杯息を吸う。

再び視線を母に戻すと同時に口を閉じる。


かつん。


歯が噛み鳴らされた無機質の音が響いた。


「出せって言ってるだろ!さっさとしろっ!」


僕は叫んだ。

その声はガラスのはめ込まれた食器棚をびりびりと震わせた。

そして、母の身体も。


「や・・・あ・・・」


がたがたと震えながらも母が拒否の意思表示をする。

母が尻餅をついてるあたりの床から突如液体が染み出す。

しばしの無音。

やがて立ち上り、私の鼻に届く・・・アンモニア臭。


「母さん」


僕はさっきとうって変わって静かに言葉を吐く。

だが、母は再びびくっと震える。


「床を汚しちゃダメじゃないか。さっさと綺麗にして」


僕は気勢を殺がれ、母から視線を外して席に戻った。

母はゆっくりと動き出した。

濡れたスカートもそのままに、ふきんと水を満たしたバケツを持ってきて床を拭く。

無言の中に、小さく、だが妙に響く水音が唯一。

やがてそれにすすり泣く声も混じり始める。

羞恥だろうか。

屈辱だろうか。

その涙の理由はわからないが、母は泣きながら自分の粗相の始末を続けた。

やがて床はうっすらと光る水の膜を残して綺麗になった。


「じゃあ・・・着替えて、くるわね・・・」


母の言葉には元気が無い。

それがまた、僕を苛立たせた。


「待って」


キッチンを後にしようとした母を呼び止める。

電気でも流されたように、母が背筋をびくりと伸ばして立ち止まる。


「僕が綺麗にしてあげるよ。待ってて」


返答を待たずに僕はキッチンを後にした。

脱衣所にある棚からタオルを、その近くに置いてある箪笥から替えの下着とスカートを取り出す。

そして戻る。

母は僕が呼び止めたままの姿勢で待っていた。

僕の苛立ちが少しすっとした。


「そのまま・・・」


僕は言い、母の前にひざまづく。

ゆっくりとスカートのホックを外し、ジッパーを引き下ろす。

濡れて重みを増したスカートは、すとん、と落ちる。

僕は続けて下着をゆっくりと引き下ろす。

尿の匂いが鼻をついた。

だが不快ではない。

引き下ろした下着が足首に達すると母は自分で足を交互に上げ、私が脱がす動きを助けた。

むき出しの内股を見れば、既に半ば乾いていた。

乾いたタオルでは拭き取れないと判断した僕はキッチンの水道でタオルを濡らし、絞る。

その濡れタオルでそっと母の内股を撫で上げるように拭き始める。

タオルが冷たかったのか、母は触れた瞬間に息を呑んだ。

無言の行為。

ゆっくりと腿の内側を拭き終わり、僕は母の後ろへ回る。

腿の裏側を吹き、尻も円を描くように拭いてやる。

母は細かく震えていた。

やがて尿の匂いは消えた。

僕は再び母の前へ戻る。


「これで綺麗な母さんに戻ったね」


僕は満足し、頷く。

そして新しい下着を手に取り、母の足元へ持っていく。

母は先ほどのように自ら足を上げ、下着に足を通す。

ゆっくりと引き上げていく。

母の滑らかな肌と下着が擦れ、かすかな衣擦れの音を立てる。

あと30センチ、というところで僕はあることに気づいた。

まだ少し、尿の匂いが残っている。

ためらいは無かった。


ぴちゃ・・・


「ひっ!」


僕が伸ばした舌が触れた瞬間、母は大きく息を呑んだ。

飛び退こうとしたのかもしれないが、下着で巧く動けないせいで失敗する。

僕は構わず匂いのする箇所を舌で舐め、拭う。

それが終わると、すっと下着をしっかりと身につけさせた。

続けてスカートをはかせ、


「よし」


僕は頷いた。

そして・・・


「母さんはおしっこ漏らしても美しいよ」


満面の笑顔を下から母に捧げた。

その時の母さんの顔ったらなかった。

まるで子供みたいにぼろぼろ涙を流して泣いてたんだ。



立ち尽くし、泣き続ける母を置いて、僕は洗濯機の前に居た。

タオルと、母が汚した下着とスカートを放り込むためだ。

薄暗がりの中、口を開けた洗濯機はまるで深淵への入り口のようだった。

そこにタオルと下着が堕ちていく。

最後にスカートが堕ち・・・


かさ・・・


小さな音がした。

僕の頭に血が上った。

アレだ。

さっき母さんが僕に、この僕に隠したアレがここにある。

僕はスカートのポケットを引きちぎるような勢いで中のものを取り出した。

実際に糸が千切れ、ほつれてしまったポケットから一枚の薄っぺらなモノが出てきた。


「写真・・・」


白い裏面にうっすらとどこかのメーカーの名がプリントされたそれは間違いなく、写真だった。

血が頭に集中し、逆に少なくなってしまった指は巧く動かない。

僕はじれったさと苛立ちの中、それを苦労してひっくり返した。

笑顔が二つ。

若く、そして美しい母。

その隣に・・・隣に、一人の青年。

瞬間。

僕の中で激しい、爆弾のようなものが弾けた。

もはや、名前は付けられない。

それは怒涛の感情。

どろどろに溶け、混じり、うねる。

全身が震え・・・いや、暴れだす。

思い出した。

そう、思い出した。

僕は母の元へ向かった。


「あ、あ・・・あああああああっ!」


声が、どうしようもない声が僕の口から迸る。

その声に驚いた母が目を見張る。

そこへ僕は拳を奔らせた。


ごっ


地味な音だと思った。

顔面を押さえて母がうめく。

その手を弾き飛ばすようにどけ、二発目、三発目と拳を叩き込む。


「ぐっ!ぎっ!」


醜い悲鳴だと思った。

こんな声を母が出しちゃいけない。

僕は倒れこむ母に馬乗りになってさらに拳を叩きつける。

何度目かの醜い呻き。

その後。

無音の空間が出来上がった。

自分の荒れた呼吸も届かない。

酷く、静か。

視界は赤黒い色彩に埋め尽くされた。

母の顔が原型を亡くしていた。

裂け、腫れ、窪み、崩れていた。

ぽっかりと開けた口が・・・まるで深淵の入り口に思えた。

思い出したんだ。

僕の父のこと。

なんだよ、あいつ。

僕が消してやったのに。

なんで母はいまだにあいつの写真を持ってるんだよ。

焼いてくれたんだろ?

棄ててくれたんだろ?


「くそ・・・嘘つき・・・嘘つき・・・!」


白目をむき、ときおりぴくっぴくっと痙攣する母を罵倒する言葉。

それが自分が発しているのだとわかったとき、僕の中にある衝動が生まれる。


「はは。ははははは!」


笑いの衝動。

大口を開けて、今まで生きてきた中で一番の大笑い。

その開けた口をそのままに、僕は母に覆いかぶさった。

そして・・・


ぶつ。


ぶちぶちぶち・・・


薄い膜と細い繊維とが引き千切れる音。

それは僕の口中から僕の身体の中に響いた。


くちゃ・・・くちゃ・・・


濡れた咀嚼音。

なんて喜悦だろう。

なんて快感だろう。


「母さんは・・・味まで美しいんだね」

初めて挑戦する『狂気』の分野。

書いてる本人も途中でものすごいストレスを受けるほどでした。

この挑戦の一作、読まれた方はどうお感じになられたでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 前半の記述の僕はおとなしい子という部分が、 狂気に堕ちた僕の壊れた様子を強く印象付ける物になりました。 ところどころ、描写の仕方に自然なのに惹かせる力があると思います。 母への愛情故なのか、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ