ヘッドレス
皆さんには、生き別れた存在はいますか?
当時は戦時中でしたからそんな人はいくらでもいたんです。その中にもいろんなケースがあって、一番いいのはもちろん生きている場合でしたけど、そんな奇跡はほとんどなくって。次にいいケースは死体で見つかることでした。もちろん悲しいことですが、死んでしまったなら葬式もできますし、時間が経てば家族も彼らの人生を歩むことができます。
たちの悪いケースは、見つからなかった時です。敵軍に拉致されたかもしれない、どこかで死んでいる可能性が高いだろう。そんなことは頭でわかっていても、やはり生きている可能性があると思うと、残された者たちはそれにすがりたくなってしまう。戦時中生まれた多くの残された者たちは、いまだに行方不明者を探しています。彼ら自身、顔も声も忘れてしまったにもかかわらず……。彼らの時間はあの戦争から動いてないのです。
私にも、生き別れた姉がいました。幼いころ疎開先に爆撃が会った時、姉は足にけがを負ったんです。皆が散り散りになって逃げていく中、私は姉を背負って逃げました。近づいてくる敵。叫ぶ姉。重くなる足。私は、ただ自分が逃れたい一心で姉を背中からおろして逃げてしまいました。
姉の最後の言葉は覚えています。
「走って。」
自分の弱さ・愚かさが体の内側から浮き出してくるようで、次の疎開先ではしばらく夜も眠れませんでした。私に姉を背負って逃げれる力があれば、唯一の家族を失うことはないはずでしたから。
それから十五年ですかね、私は姉の捜索をし続けました。十年目ぐらいに戦争自体は人類の勝利で終結を迎えましたが、私は姉の亡霊を探してさまよい続けました。戦地を渡り歩いていましたから、しばしば危険な目にあうこともありましたが、かろうじて死ぬことはありませんでした。というか、死に損なったのです。十五年も。姉を必死に探していた気持ちは本当だったでしょうが、姉に会わせる顔はありませんでしたし、もう死にたかったんです。楽になりたかった。
そんな私も十五年目、ついに命の危機が迫りました。頭上から降ってきたこぶし大の爆弾で一瞬でした。終戦してるとはいえ、残党の最盛期でしたから。そういうこともありますよね。
ようやく人生の区切りだと思って目を閉じましたが、私は敵軍の廃工場で目を覚ましました。神は私を見放さなかった。いや、見放したからこんなことになっているのか。
そこはもう使われてない工場で、もはや倉庫のようでした。生死は問わず戦士たちを貯蔵する倉庫。奥の方からはあまりにも血なまぐさい臭いがして近づくことはしませんでした。戦争に使う兵器となった人間。ぼうっと人の山を見つめていると、その中に見覚えのあるけがをした足が見えたんです。私ははっとして、近寄ってみてみると、そこにいたのはあの時から大きく姿を変えた、私の姉でした。すぐさま生死を確認すると姉はまだ生きていました。
長い間探し続けた姉との感動の再会ですよ。
まさか、本当に会えるとは思っていなかった。ようやくあえて嬉しい。あの時は逃げてしまってごめんなさい。
ですが、伝えたかったそんな言葉たちを姉に伝えることはありませんでした。
姉の頭部は断絶されていたんです。ですが、間違いなく心臓は動いていました。
もともとあった綺麗な姉の顔は真っ黒な機械の箱になっていました。
『ヘッドレス』
姉は、人工知能陣営が人間を拉致して作る生体兵器へと変貌していました。
不思議なものです。脈があるのに息がないなんて。
約三十年続いた、人類とAIの対立戦争。私と姉はそんな人類最悪の時代に生まれました。最終的には、人類が勝利して今の世界は平穏そのものですが、戦時中にAIがとった様々な合理的処置は今でも多くの人の心に傷を残しています。
その中でもヘッドレスはおぞましいものでした。ヘッドレスは拉致した人間を断頭し、エネルギー生産や物質伝達の能力はそのままに命令機構だけを書き換えます。記憶は残っていますし、人ができることなら大体何でもできるでしょうが、命令さえあれば自分の意思に関わらずそれに従うようになっています。
AI達の戦力など軍用機械で十分ですから、本来はわざわざ人間を拉致して半端な人間性を残した兵器を作る必要などないんです。ヘッドレスの恐ろしいところは、それがに人類の戦意喪失を狙って製造されたというところでした。
ヘッドレスにされた人間たちは自分がヘッドレスであることがわからないようにプログラムされています。もちろん、人から見たら頭が機械でできているのでわかるんですが、本人たちは自分たちを人間であると疑いませんし、他人から指摘されようと次第に忘れるようにプログラムされています。
ヘッドレスが現れたのは、終戦の三年前、AI達の一回目の敗北宣言の後でした。このころの人類は長い闘いの勝利に浮かれきっていて、自分たちが作ったAIの狡猾さを正しく認識できていませんでした。現れたヘッドレスたちを各国政府は人間であるとし、保護する方針を示しました。彼らは生体反応を示していましたし、思考も人間のそれでしたから。そしてその一年後、完全に社会に溶け込み始めたヘッドレスたちに一斉に命令が下りました。
【人類を根絶やしにしろ】
工場勤務をしていた者は工場に火を放ち、列車の車掌は電車を橋から落としました。戦後復興の象徴として大臣秘書をしていた者は大臣を殺し、幼稚園の先生は園児をすべて刺し殺しました。
ヘッドレスは、自分をヘッドレスだとはわかりませんから、人を殺すときは皆泣き叫ぶんです。
『戦争を続ければ、戦地へ行った兵士がその家族を殺しに行くぞ。』ヘッドレスはそんなAIからの脅迫でした。
結局、ヘッドレスによる被害は、命令を送信する大元を壊滅させることで終結したものの、再び命令があれば悪夢が繰り返されることから現存のヘッドレスたちについては様々な議論がなされています。
昔話はこの辺にして、問題は私の姉がヘッドレスになっていることです。ヘッドレスは頭の黒い機械を高濃度栄養剤が満たしている限り生きることができますが、それが一度でも尽きればその命は永遠に失われます。姉はかろうじて液体が残っているだけでいつ命ヲ落としてもおかしくないような状況でした。
私は、すぐに山のように重なったヘッドレスたちの頭を開け、彼らから栄養剤を盗み集めました。ヘッドレスたちにとって栄養剤じゃ命そのものですからそれが盗られたものは死んでいきます。命を一つずつ摘むたびに罪悪感にさいなまれましたが、十五年追いかけた姉を救うという大義の前にはそれは些細な問題でした。
数十、数百のヘッドレスを殺しおえて、大体コップ一杯ぐらいの栄養剤を集めることができました。余談は許しませんが町までは持つだろうという量が集まりました。
あたりのヘッドレス達を見ると、恐怖や混乱が広がってしまうかもしれないし、何より自らの悪行を姉にだけは見られたくなかったので工場の外で栄養剤の注入を始めました。
三分の一ぐらい入れたところで姉は起き上がりました。
十五年の時が経ち、姿かたちの変わった私の姿に驚いているようでした。
あの時置いて行ってしまったことを後悔していること。
それから十五年探し続けたこと。
もう死にたかった事。
死にかけたと思ったら姉を見つけたこと。
姉はそれらをただじっと聞いてくれました。すべて話し終わったとき、姉はただ私を抱きしめてくれました。
「あんた……調子は大丈夫なん?」
「ああ、元気元気。ってそれより、驚かないでほしいんだけど、えっと……姉ちゃんはちょっと頭をAIにいじられてて、それを機械で補助してて、この液体を頭に入れないと生きるのも難しい……。今はちょっとしかないけど、町に行けばたくさん作ってもらえるから、きっと普通に暮らせるし、絶対元気になると思う……。」
「……それって黒い箱みたいな?」
「ああ、そうそう。どっかで鏡でも見たの?」
「それないと生きられんの?」
「なくなったら死んじゃうけど、町にたどりつけば大丈夫だから。今はある分でもギリギリ町までは持つと思うし。今度こそ姉ちゃんは絶対守るから。」
「そっかあ……。」
ヘッドレスというのは不思議で、頭は黒い箱がついてるだけなのにどこか表情がわかるんです。あの時の姉からは、心配する様子がひしひしと伝わってきて、私はその身体でも不自由なく暮らせることをただひたすら説明していました。姉は、町まで行くのに必要な液体の量、それを入れる場所、入れ方なんて細かなところまで私に聞いてきました。栄養剤は私が入れると言っても、安心できないなんて言ってその本当に細部まで聞いてくるのでした。
過剰なぐらいヘッドレスの特徴、管理の仕方、生活のしやすさなんかを聞いたと思うと何か吹っ切れたかおで一言。
「そっかあ……その頭、私もなんだね。」
「は?」
その瞬間姉は私の頭を殴って私は意識を失いました。
しばらくして、起きると目の前には姉の死体が転がっていました。私が集めた栄養剤はなくなっており、姉に入れたはずの分までもなくなってしまっていました。もう姉が死んでいるのはわかっていましたが、どうにもできない気持ちだけで工場に栄養剤を探しに行きました。廃工場は大量の死体にまみれ腐敗と血の匂いがします。その匂いは工場の奥に進むほど増していって、よどんだ空気は液体のように感じられました。匂いの元は一つの部屋で、私の理性と本能は開けるなと叫び続けていました。私の身体を動かしていたのは一種の脅迫観念だったと思います。ここで姉が死んだら私の十五年が意味をなくすという恐怖。
【がちゃり】
その部屋は、断頭した頭の保管場所でした。ゴロゴロと無数の頭たちが転げ落ちてきます。あ。姉ちゃんだ。ほかにも故郷を同じくする見知った顔がいくつか見えるようでした。その山の一番上。一番最後に置かれたであろう場所には、見間違えるはずもない私の頭が乗っていました。
「先生。ヘッドレスって生きてるんですか?」
「お、いい質問ですね。ヘッドレスが生きているかはどうかにはいろんな議論があります。昔は、脳死っていう概念があったけど、その脳や脳幹自体が失われているわけだから死んでいると考えるのは当たり前かもしれない。ただ、脳がなくても体細胞は長期間にわたって生きているなら、その個体は生きているとする人もいます。
私の考えではヘッドレスは生きていません。ですが、死んでもいないでしょう。彼らは皆『死に損ない』なのです。私には死ぬ機会が二回もありましたが、そのどちらもを姉によって救われました。きっと神のつくった正しい歴史では私は姉と共に死ぬべきでした。ただ弱い私は、そのレールから外れ、それからずっと死に損なっているだけなんです。」




