奈良時代の授業 その2(“古代の首都” 奈良)
修学旅行から帰ってきた週、教室ではまた奈良時代の授業が始まった。
先生は黒板にチョークを走らせながら言う。
「当時の日本には、“律令”というルールのもとで国を治める仕組みができていたんだ。
いろんな役所やお役人がいて、国をきちんと動かしていたんだよ」
黒板には、国のしくみがひと目でわかるような図が描かれていく。
班ごとに小さな声で「今の政府みたいだね」と話す子もいた。
悠真もノートをとりながらつぶやく。
「昔の人たちって、ちゃんと考えて国を動かしてたんだな……」
その日のまとめの時間。
先生は地図を指しながら、にっこりと言った。
「奈良は、昔の日本のまんなか。
今でいえば“首都圏”みたいな場所だったんだ。
道が七つに分かれていて、どの地方にもつながるようになっていた。
だから奈良は、政治も文化も日本じゅうの中心だったんだよ」
悠真が手を挙げて言う。
「今の東京みたいに、奈良がいちばんにぎやかで、進んでたんですね!」
先生はうれしそうにうなずいた。
「そう。だけどね、どんな時代でも、人々は“平和を願う心”を大切にしてきたんだ。
大仏や正倉院の宝物も、その祈りの形なんだよ」
放課後、悠真は教室の窓から夕焼けを見つめながら、ノートにそっと書き残した。
――“祈りは国をつなぐ”。
昔の人たちの思いは、今もぼくたちの中で生き続けている――。




