飛鳥時代の授業(先生は、まるで現代の聖徳太子のようだ)
その日の社会科の授業は、どこかいつもより静かで、厳かな空気に包まれていた。
黒板には大きく、チョークで白く輝く文字。
「和をもって貴しとなす」
先生は一息ついて、柔らかく語り始めた。
「これは、聖徳太子の有名な言葉です。“争わず、力を合わせることが大切だ”という意味ですね」
悠真は、ノートにその言葉をていねいに書き写した。
「……ただ仲良くするってことじゃなくて、意見が違う人を認める勇気、みたいにも思えます」
そのつぶやきに、先生は目を細めてうなずいた。
「いいね。その通り。“和”とは、みんなが同じになることじゃない。違う考えを分かり合おうとすることなんです」
教室の空気がやわらいだ。
先生が映したスクリーンには、色鮮やかな服をまとった人々の絵。
「聖徳太子の時代、人々は“生まれ”ではなく“努力や才能”で認められる仕組みを作ろうとしました。今で言えば、テストや推薦で頑張った人が評価されるような考え方ですね」
悠真が手を挙げた。
「じゃあ、がんばれば誰でも上に行けたってことですね。今の社会にも通じてますね」
「そう。太子は、“努力する人が報われる国”を目指していたんですよ」
先生の目が少し誇らしげに光った。
続いてスクリーンに映ったのは、青空にそびえる五重塔。
「こちらは法隆寺。聖徳太子が建てたといわれる、日本で最も古い木造建物です」
悠真が目を丸くした。
「何百年も前の建物が、今も残ってるなんてすごい。太子の思いや人のぬくもりが、木の中に残ってるみたいです」
「まさにその通り。“文化は人の心の鏡”なんです」
先生の言葉が、静かな感動を運んだ。
授業は後半へ。先生はチョークを走らせながら言った。
「聖徳太子のあとには、大きな変化が訪れます。新しい世代の人たちが“みんなが暮らしやすい国”を作ろうとして、古いしくみを変えたんです。
土地や人の管理を整えたり、みんなで力を合わせて税を支え合うようにしたり……。まさに、国の形を作り直す時代でした」
悠真が真剣な表情で手を挙げた。
「先生、“和を大切にする”ってことと、“古いものを壊して新しくする”って、反対みたいに見えるけど……両立できるんですか?」
教室がしんとなる。
先生は少し考えてから、優しく答えた。
「いい質問だね。太子の“和”は、“何もしない平和”じゃなくて、“変わる中で理解しようとする努力”なんです。だから、改革の中にも“和”は生きているんですよ」
「……なるほど。たとえ意見がぶつかっても、理解しようとすることが“和”なんですね」
悠真の声には、納得の響きがあった。
授業の終わりごろ、悠真がふと笑いながら言った。
「先生って、みんなの意見をちゃんと聞いて、通信簿に細かく書いてくれますよね。
それってもはや、“現代の聖徳太子”じゃないですか!」
クラスに笑いが広がり、先生は照れくさそうに頭をかいた。
「ははは……そこまで言われると、ちょっとくすぐったいな。でも、うれしいよ」
放課後。教室に残った悠真は、ノートを開き、静かに書きつけた。
“和”とは、ただ静かなことではない。
違いを超えて、理解しようとする心のこと。
聖徳太子はそれを知っていた。
だからこそ、その心は今も生きている。
窓の外では秋の風がそよぎ、まるで千年以上前の飛鳥の都から吹いてくるかのように、悠真の髪をやさしく揺らしていた。




