番外編① 古墳時代の感想文発表と、大阪・堺東の仁徳天皇陵古墳の特別体験学習 (感想文を忘れて廊下に立たされるたけし、そして現代日本のリアルな前方後円墳の見学)
朝の教室。チャイムが鳴り終わると、社会の授業が始まった。
先生は黒板の前に立ち、深呼吸をひとつ。
「さて、今日は前回の“前方後円墳のビデオ”の感想文を発表します。――ところで、たけし。感想文、出てないようだけどどうした?」
たけしはあわてて立ち上がり、顔を赤らめた。
「せ、先生……書くの忘れました」
教室が一瞬しんとなる。
「理由もないのか? けしからん! 廊下に立ってなさい!」
たけしはうなだれて教室を出た。扉の外で、反省のため息。
クラスの中では、くすくす笑いがこぼれたが、先生はすぐに穏やかな声で言った。
「……すまなかった。気を取り直して。みんなの力作を見ていきましょう」
黒板の前に、先生が悠真の原稿を掲げる。
「この中で、構成と考え方がとてもよくまとまっていたのが、悠真くんの感想文です。順に見ていきましょう」
導入:
「ビデオで見た前方後円墳は、まるで“王の名刺”のように力を誇示していました。何百人もの人々が協力して作った巨大な建造物は、単なるお墓ではなく、社会そのものを映す象徴だと感じました。」
主張:
「古墳づくりは、人々の協力と知恵の結晶であり、リーダーと民が互いに信頼し合った結果である。」
理由:
「何十万立方メートルもの土を積み上げるには、正確な測量や綿密な計画が必要で、一人の力では決して完成しないからだ。古墳は“力と知恵の共同作品”だと思う。」
具体例:
「スクリーンの映像で、人々が列になって木の棒やかごで土を運んでいた。誰かが指示し、みんなで形を整えていく姿に、王だけでなく民の誇りと努力を感じた。」
まとめ:
「王の権力だけでなく、人々の協力や文化の知恵が形になったもの――それが古墳だと思う。」
結論:
「古墳を見ると、歴史は“人の心と力の証”だと実感します。現代の私たちも、協力と知恵を合わせれば、きっとよりよい社会を作ることができるはずです。」
読み終えると、教室が静まり返った。
先生はゆっくり頷き、にっこり笑った。
「素晴らしいね。悠真くんは“形の向こう側”を見ている。古墳を通して、人と人とのつながりを感じ取れている。感想文としても、とても完成度が高いです」
その日から数日後――いよいよ特別体験学習の日が来た。
選ばれた十数名の児童たちと先生は、児童の保護者の許可も得て、南海高野線に乗り堺東駅へ向かう。目的地は、日本最大の前方後円墳、仁徳天皇陵古墳だ。
駅を出ると、澄んだ秋の空。先生が案内しながら説明する。
「仁徳天皇陵古墳は全長約四百八十六メートル。全体像は地上からは見えませんが、設計の正確さは今見ても驚異的なんですよ」
歩くうちに、広大な森が見えてくる。木々の奥に、静かに盛り上がる緑の墳丘――。
悠真は立ち止まり、息をのんだ。
「……図で見るのとは、全然ちがう。生きてるみたいだ」
クラスの女子が目を輝かせた。
「わたし、算数が好きだから、この“完璧な形”の計算方法を考えるだけでもワクワクします!」
先生は微笑んでうなずく。
「そう。墳丘の高さや水路の角度も、計算づくしなんですよ。古代の人たちが“理数の力”で作ったんです」
その後、堺市役所の二十一階へ。展望ロビーから見下ろすと、緑の丘が“鍵穴”のように浮かび上がっていた。
悠真はそっと呟いた。
「……人々の努力と知恵が、いまもこうして形になって残ってる。歴史って、ほんとうに“生きた証”なんだ」
先生はその言葉を聞き取り、静かに頷いた。
「いい言葉だね。今日の体験をもとに、また自分の言葉でまとめてみましょう。体験を“安全で倫理的に”振り返って書くことが大事ですよ。」
帰りの電車の中。悠真はノートを開き、ペンを走らせた。
『巨大な前方後円墳は、王の力の象徴であると同時に、人々の協力と知恵の証。歴史は形となり、心を今に伝える。』
――悠真は、歴史を“覚える”子どもから、“感じて言葉にする”少年へと成長していった。




