10 番外編③ 紅葉の高野山体験学習(和歌山県)(山間をとろとろ走る南海高野線、ケーブルカー、金剛峯寺、奥の院)
― 山にひそむ祈り ―
十一月の朝。
空気が少し冷たくなり、街の木々も赤や黄色に染まりはじめていた。
悠真たち六年生は、リュックを背負って駅に集合した。
今日は、和歌山県の高野山へ体験学習に行く日だ。
ホームに南海高野線の電車が入ってくる。
金属の音とともにドアが開くと、子どもたちは班ごとに並んで乗り込んだ。
車内には、遠足特有のわくわくした空気が満ちている。
最初は町の家々が見えていたが、少しずつ緑が多くなり、山が近づいてきた。
やがて列車は橋本駅に到着。ここで、いよいよ高野山・極楽橋行きに乗り換える。
座席に腰を下ろすと、列車の揺れが少しやわらかくなった。
線路は山あいを縫うように続き、川沿いの景色が窓ぎわに迫る。
高野下駅を過ぎるころ、電車のスピードがゆっくりになった。
まるで、山の呼吸に合わせて走っているようだった。
悠真は窓の外をじっと見つめた。
谷のむこうに白い霧が立ちこめ、太陽の光を浴びて銀色に光っている。
木々のあいだから、古い石垣や、ひっそりと立つ地蔵の姿も見えた。
「なんだか、時間がゆっくり動いてるみたいだな……」
悠真がつぶやくと、隣の友達が笑った。
「ほんとだな。電車が昼寝してるみたいに遅いよ」
悠真は首を振った。
「でも、ただ遅いんじゃなくて、“山に合わせて”走ってる気がする。
山が電車を通すのを、ゆるしてくれてるみたいだ」
その言葉に、友達はくすっと笑った。
「詩人かよ、お前」
やがて極楽橋駅に着く。今度はケーブルカーに乗り換えだ。
急な坂道を、車両がぐんぐん登っていく。
足もとに伸びる線路がだんだん遠ざかっていくたび、悠真の胸は高鳴った。
「まるで空に向かって登ってるみたいだ……」
窓の外には、紅葉した木々が炎のように広がり、
遠くの山には白い雲が、やわらかい布のようにかかっていた。
高野山駅に着くと、澄んだ空気が迎えてくれた。
山上の町はしんと静まり返り、まるで“音のない時間”が流れているようだった。
悠真たちはガイドの案内で金剛峯寺を訪れた。
僧侶の穏やかな声が響く。
「ここは、弘法大師・空海が開いた場所です。
千年以上のあいだ、祈りと学びが続いているのです」
悠真は本堂の中を歩きながら、心の中で思った。
(奈良の大仏は“国の平和”のためにつくられた。
でも、ここは――“人の心”のための祈りなんだな……)
昼食のあと、一行は奥の院へ向かった。
杉の大木が空をふさぐようにそびえ、
道の両側には、苔むした石塔が静かに並んでいる。
風が吹くたび、木の葉がさらさらと落ちて、まるで誰かがささやいているようだった。
「ここには、今も弘法大師さまが眠っておられるんだよ」
先生の言葉に、悠真は息をのんだ。
その奥にある灯籠堂では、今も絶えず灯がともっている。
暗い堂内で、ろうそくの光がゆらめく。
悠真は静かに手を合わせた。
(こんなにも長いあいだ、人の祈りが消えない場所があるんだ……)
外に出ると、山の風がやさしく頬をなでた。
「すごい場所だったな」
友達がぽつりと言う。
悠真は少し笑って答えた。
「うん。ここに来るまでは“山”だと思ってたけど……今は、“心の中の山”みたいに感じる」
夕方、ケーブルカーで下山するころ、空はオレンジ色に染まっていた。
悠真は窓の外を見つめながら、小さくつぶやいた。
「また来たいな。今度は一人でも、ゆっくり歩いてみたい」
その声は、山の静けさに吸いこまれるように消えていった。




