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はじまりの疑問 ― 歴史はどこから来たの?

「歴史は、いつ始まったの?」

 その問いは、クラスの空気を一瞬で止めた。黒板の前に立つ先生が、チョークを持ったままじっと悠真ゆうまを見返す。普段は元気いっぱいの六年生たちも、正解を知らない問いにはどこか素直に耳を傾けるものだ。

「いい質問だね、悠真くん」

 先生はにっこり笑って、教壇の横に置かれていた小さな箱に手を伸ばした。箱には古びた布がかけられている。生徒たちがざわつくと、先生はゆっくりと布をはがした。中から現れたのは、丸みを帯びた黒い石――触り跡のついた小さな打製石器のレプリカだった。

「これは先生の友だちの考古学者が送ってくれた“発掘品のレプリカ”だよ。触ってみる人は?」

 手が何本も挙がる中、悠真の手が自然と伸びた。指先が石のザラリとした感触を捉える。冷たく、でもどこか温度の残るような重み。指の腹にくっきりと刻まれた削り跡が見えた。

「これが“人が手を加えた跡”だ。こういう“跡”が残ると、私たちはその人たちが“ここにいた”と分かる。つまり歴史が始まるんだよ」

 先生の声は静かだが確かだった。教室の中に、悠真の胸の中で何かがひっくり返るような感覚が広がった。

 机の上に戻しても、悠真の視線はまだその石に釘付けだった。写真や教科書のイラストとは違う。つるりとしたページの向こうから飛び出してくる“現実”──そこに実際に触れた瞬間、時間がささやかな振動を取り戻したように感じられた。

 放課後、友達と下校する声が遠ざかってからも、その石の感触が指先に残っていた。家に帰ると、いつものように棚から『さとるんの学習シリーズ・日本の歴史』を取り出した。でも、今日は違った。ページの文字が単なる情報に見えず、そこにいた「誰か」の息づかいを探すようにめくっていく。

 夜、ペンを握ると、悠真は新しいノートを取り出して大きく表紙に書いた。

――『ぼくの歴史探検ノート ― 日本の始まりから未来まで ―』

 最初のページに、先生が差し出した石のことを丁寧に描いた。石の色、手に受けた重さ、教室の匂い。次に、黒板に書かれた言葉を写す。

「歴史は“人が生きた証”が残ったときに始まる」

 でも、それで満足はしない。悠真の心には問いが残った。

――その“証”は、もっと何かを語ってくれないか? 誰が、どんな暮らしをしていたのか? なぜその石はここにあるのか?

 窓の外に月が上り、夜の静けさが部屋を包む。悠真はページをめくりながら、小さな鉛筆の先で地図に丸を付けていった。旧石器? 縄文? 弥生? 言葉は並ぶが、その一つひとつが誰かの手と暮らしと結びついていると思うと、胸がわくわくした。

「ただ本を読むだけじゃわからない。触って、確かめて、自分でつなげてみたい」

 そう決めると、手元の小さな火がぴんと勢いよく点いたように感じた。灯はまだ弱いけれど、確かに消えはしない。

 悠真はノートの欄外に小さく書き加えた。

――明日は図書館で、もっと“本物”の写真を探そう。できれば博物館にも行ってみたい。

 その夜、石の感触と先生の声が重なって、悠真の夢の中で古い火がともされた。冷たい風の中で、見知らぬ誰かが同じ月を見上げている。悠真はぼんやりと微笑んだ。問いはたった一つの小さな始まりに過ぎない。だが、その一歩が、悠真を何千年もの時の旅へと連れ出す――彼はまだ、それがどれほど長い旅になるかを知らなかった。

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