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第8話 アチナメディス

 マーディック共和国の首都エイジシトアから丸一日歩き続けるとメルトリアで三大火山と呼ばれるマケドア火山が見えてきた。


 三人は港町ペンデュラムを出発してからこれまで様々な街を点々としながら旅を続け、次なる目的地を温泉で有名なマケドア火山の麓にあるアチナメディスに決定し、溶岩地帯を通って下山している。


 旅を始めて二か月が経つ三人の関係性は万事良好だ。始めは仲間として受け入れられたルシアだが、現在では完全な保護者となってしまっている。


「あっちーな。いつまでこの山道続くんだよ」


「もうすぐよ。ここを下れば密林に入るわ。そしたらずっとまっすぐ行くと待望のアチナメディスに到着よ」


 額の汗を拭いながらルシアの後方をだらだらと歩くシンクは暑さへの耐性が低いようで、さらに熱帯雨林の独特な湿気と暑さが支配するこの場所では終始小言が止まらない。


「こんな暑さ異常だぜ。それなのに風呂に入るだなんて信じられねえよ」


「風呂じゃなくて温泉よ。確かにここは異常に暑いけど下山してしまえばそうでもなくなるから、あんたもイズを見習ってもっと楽しみなさい」


「こんなに暑くちゃ楽しめねえよ」


 暑さが平気なイズは山道に生息する生き物たちと触れ合いながら楽しそうに先頭を歩いている。


「おーい! お前ら早く来いよ! 置いて行くぞー!」


 ルシアは二人の個性の違いに面白さを感じて微笑む。


 シンクは剣術が得意なようで、ルシアが剣術の天才と褒めるくらいには卓越した剣技を持つ。このためルシアは護身用の刀をシンクに所持させ、日々剣技を磨かせている。


 そのほか、シンクは旅をしながら本を買っては知識を蓄えたり、知らないことは積極的に調べたりと勉学に興味を持ち、何でも知識として吸収していった。


 元々筋道を立てて考える性格ではあったが、日を追うごとにその度合いが増していくようだ。そのシンクの勤勉さに拍車をかけるようにルシアは沢山の教養を授ける。


 ルシアも読書家で勤勉な人間なのでシンクとの相性は良い。結果、出会った当初の警戒心はどこへやら、シンクはルシアを慕っている。


 一方のイズはストーリー性のある本以外はまったく読まない。初めて見るモノに目を輝かせて興味を示すが、勉強というものにあまり関心を示す様子はない。


 考え方も理屈的ではなく直観的で人を疑うことが少なく、いい意味で言えば純粋で、悪い意味で言えば単純だ。


 秀でている点として、物怖じせず、真っ先に現地の人々と馴染んで友好関係を築くのはイズだった。悪戯をすることは玉に瑕だが、それでも許されて仲良くなる才能がイズにはあるようだ。


 同じ環境で生まれ育っても、こうも個性が違うのは親からの遺伝なのだろうかと考えて微笑むルシアは、辛いはずの暑さをいつの間にか忘れてしまっていた。


 そうして下山した三人は森の中を歩く。


 密林は山に居た時と同じ硫黄の匂いを漂わせ、蒸気が発生して視界が悪い。よく目を凝らすと温泉が湧き出ている。


 そしてルシアの推測どおり山から離れると暑さが治まった。山にいた時よりは相当マシという意味で。


 なおも街に向かって森を歩いているとルシアはふと思いついたことがあり、立ち止まって二人に顔を向けた。


「よし。宿屋に行く前にここで湯に浸かりましょうか」


 顔を見合わせた二人。そのうちシンクが口を開く。


「何でここで湯に浸かるんだよ。宿屋で入ればいいだろ?」


「あそこの温泉は水着を着用するけど混浴なのよ。私の美貌とナイスバディに見とれていやらしい男たちが襲い掛かってこないとも限らないわ。それにこの期間は露店を出してお祭りもしているみたいだから、なおのこと危ないもの。その点、ここは誰もいないから三人でゆっくり浸かれるでしょ?」


「三人って俺たちと入るのか!? 冗談だろ!」


 妙に焦るシンクを面白がるルシアは悪戯な笑みを浮かべる。


「なにシンク? ガキんちょのくせに私と湯に浸かるの恥ずかしいんだ。散々おばさんおばさんとか言ってたくせに私のことしっかり女として見てたんじゃない。おませなガキんちょね」


 ルシアの隣ではイズがゲラゲラと笑い声を上げている。


「やっぱりシンクはこういう年増が趣味なんじゃねえか。こんなだらしないおばさん体型のどこが――痛っ!?」


 ルシアはイズにげんこつを落とす。頭を抱えているイズを無視してシンクは焦り口調で喋る。


「ち、違えから! おばさんなんかと湯に浸かりたくないって意味だよ! 勘違いすんな!」


「さようですか。まあ無理に入れとは言わないけど。でも私は湯に浸かりたいからイズは一緒に入ってよね」


「ええ!? シンクが入んないなら俺も入んないぞ。どうせ宿屋で入るんだ。ここで入る必要無いしな。一人で入ればいいじゃん」


「バカねえ。密林の中とはいえこんな解放空間で裸になるのよ。私が襲われたときに誰かが隣に居てくれなきゃ助けてもらえないでしょう? あんた男の子なんだから、か弱い絶世の乙女を助けなさいよね」


「大丈夫だろ。いつものげんこつ使えば悪者も倒せるって」


「軽く小突いてるだけなんだから体罰してるみたいに言わないで。――それとね。か弱い絶世の乙女は襲われたら恐怖で無抵抗状態になるものなのよ? そういった乙女には優しく接しなきゃ駄目」


「それはか弱い乙女の話だろ? 歳を考えろよおばさ――」


 イズに再びげんこつを落とすルシア。


「はい。じゃあイズは湯浴み決定。シンクはどうするの?」


「わかったよ。俺も一緒に入るよ……」


 結局三人で湯浴みをすることになった。恥ずかしそうに服を脱ぐシンクに対して、イズは気にすることなく服を脱ぎながらルシアと談笑する。


 そうしてルシアは一番手で湯に浸かった。


「結構熱いわね。でも凄く気持ちいいわ。――あんたたちも早く入りなさいな」


 けれど二人はいつまでも湯に浸かろうとしない。


「あんたらどうしたの? 早く入りなさいよ」


「ごめんルシア! 俺やっぱり入るの止めるわ!」


「俺とイズは別の湯に浸かるからルシアはそこでゆっくり浸かってて!」


「あっ! ちょっとあんたたち!」


 ルシアは温泉の蒸気で姿がぼやける二人の影を見つめる。


「何よあいつら! 薄情な奴ね! 裸の付き合いくらいしてくれてもいいじゃない! ――まあ別にいいわ。私一人で堪能するから。――ってくすぐったいから触らないでよ!」


 ルシアは肩に触れる何かを手ではじく。しかし、再度何かが肩に触れる。


「ちょっと止めて。しつこいわよ」


 三度肩に触れる何かを手ではじく。しかし何度注意しても誰かが肩に触れるため、ルシアは憤りながら振り返った。


「ほんと怒るわよ! いいかげんに――」


 振り向いた先にあったのは温泉を埋め尽くすほどの猿たち。どうやら猿軍団も湯浴みをしていたようだ。


 その光景を前に血の気が引いていくのを感じるルシアは絶叫とともに温泉を飛び出した。



 湯あみを終え、再び歩き続ける三人はようやく密林を抜ける。するとアチナメディスと書かれた年季の入った木製の看板が見えてきたため、ルシアは指を差す。


「ほら、あんたたち。ようやく街の看板が見えてきたわよ」


 しかし二人はとぼとぼとルシアの後ろを歩き、喜ぶ様子がない。


「あんたたちもっと喜びなさいよね。たくさん温泉入れるし、出店もいっぱいあって楽しい場所なのよ」


 肩を落とすシンクが虚ろな目をルシアに向けてきた。


「あんなに説教されたんじゃ楽しむに楽しめないって……」


 思い出したようにイズは憤慨した表情を浮かべる。


「つーか俺だけげんこつ落とされたぞ!? 一体全体どういうことだ!」


「イズは悪戯の主犯でしょ? だからげんこつ落としたのよ」


「ああ、そっか! それじゃあ納得だな!」


 シンクは溜息をついた。


「相変わらず単純だなイズは。それにあれ悪戯じゃねーし」

  

 そんな会話をしながら歩いていると次第に人の往来が多くなってきた。はぐれないように三人固まって歩くルシアの左右には歩道沿いを埋め尽くすほどの出店が軒を連なっている。


 果物や野菜が山積みになる屋台、美味しそうな匂いを漂わせる屋台、飲み物、焼き菓子が販売される屋台など、目移りするほど豊富な種類の出店がある。


 イズとシンクは飛びつくように出店へと走って行き、物珍しそうに出店されている品を眺めながら周囲の賑わいに負けないくらい楽しそうに大騒ぎしている。


 温泉で有名な街と言われるだけあって、温泉や屋台以外にも楽しめる施設は数多くあり、アチナメディスは一日滞在しただけでは到底楽しみ尽くせない。

 

「あんたたち。あんまり私から離れるんじゃないわよ」


「はーい」


「わかってるって」


 二人は知らない物事を見聞きするとルシアに訪ね、ルシアは尋ねられた物事を的確に説明する。目を輝かせて尋ねてくる二人に対してルシアは決して嫌な顔をしない。


 それらの光景は傍から親と子のような関係に見えるようで、よく間違えられるのだが、ルシアはそのことが嫌ではないし、むしろ嬉しいと思っている。


「本当にこの子たちをここに連れて来てよかったわ」



 それからルシアたちは一度宿屋に寄って旅の荷物を置き、身軽な恰好になってから温泉や出店を回ることにした。


 ルシアはお金のない二人のために必要な経費を支払っており、街に着くごとに自由に使えるお小遣いを手渡している。


 計画的に使うシンクに対して、無計画に使うイズはすぐに手元のお金が無くなる。


 基本的には甘やかさない方針だが、目を輝かせて頼まれるとどうしても断れず、追加でお小遣いを渡したり、欲しがるものを購入している。


 そうしてあちこち歩き回って温泉街を堪能していると、途中、出店で色んな種類のお酒が売られていることに目を惹かれたルシアは立ち止まる都度、お酒を飲み続けた。


 そのせいでルシアは酔いが回り、おぼつかない足元を支えてもらうため二人を両脇に抱き寄せた。

 

 イズは鼻をつまみながら手で扇いでいる。


「酒臭いぞ、ルシア。それに歩きづらいんだからあんまりくっつくなよな」


「なにいってんのイズ。たまには私を支えなさい。――それにくっついて歩かないと迷子になっちゃうでしょ?」


 面倒そうな表情を浮かべるイズとは違い、シンクは心配そうな表情でルシアを見つめてくる。


「酔っぱらってんのか? あんまり飲み過ぎないほうがいいんじゃないか?」


「なにいってんのシンク。こんなの飲んだうちに入りません」


 そんなやり取りをしながら肩を貸してもらうルシアは愉しくて仕方がない。そこに一人の女性が声をかけてきた。


「あらルシア。とっても楽しそうね。可愛い男の子を二人も連れて一体何してるのかしら?」


「楽しいわよ~。この子らにも私が人生の楽しさを――」


 楽しく酔っぱらっていたルシアだったが、声をかけられた女性に目を向けると自分でもわかるくらいぎこちない笑顔になっていく。


「久しぶりね……。レテル」


 そんなルシアをよそにおっとりと優しい笑みを見せる女性は小さく手を振った。


「お久しぶり。ルシア」

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