第14話 粛清のゼロ
洗練された殺意と多くの視線を浴びている感覚を受け、イズは意識を取り戻した。
顔を上げて気配の先を確認すると一切の乱れなく左右何重にも列を成し、直立不動で並び立つ白仮面たちがいる。
その列から外れ、イズの正面に立つ白仮面。左右に並ぶ白仮面たちとは明らかに常軌を逸した行動。あの者が集団の統率者だろうか。
そう考えたところで、さて自分は何故こんな不思議な状況に身を置いているのだろうと疑問に思う。
確かロイケット邸を出て、ホテルに帰るために走っていた途中、複数の男たちに囲まれた。仕方なく男たちと会話をしていたが、何やら怪しげな者たちだとわかったので隙を見て逃げ出した。その直後くらいから記憶がない。
もしかするとこれは誘拐だろうか。本当にそうなら初めての経験だ。などと呑気なことを考えながらイズはゆっくりと立ち上がる。
「ようやく起きたかね? イズ少年」
男の声は白を基調とした建物内部を反響してイズの耳に届く。心配からくる言葉ではなく、待ちくたびれたという意味で発したであろう言葉。
この男がまともな精神をしていないのはよく理解できる。
「ここどこ? もしかして俺、地獄にでも来ちゃった?」
「地獄とは言い得て妙だな。ここは地獄に一番近い場所。アクソロティ協会魔術戦闘部隊『ゼロ』の南大陸ドワンゴナ支部だ」
そう言われてイズはゆっくりと周囲を見渡す。ここに見知った者はいない。いるのは白仮面を被った者たちのみ。
「俺、ゼロにもアクソロティ協会にも入る気ないけど?」
「無論だ。貴様の体を改めさせてもらった。体内にアクソロティが投与された痕跡はない。むしろその身体とアクソロティは不適合反応を起こす。念のため自発的に魔術を扱えるか検査したが、その可能性は無し。魔術優生主義のアクソロティ協会において人権を持たぬゴミだ。アクソロティ協会に入ることは絶対にできない」
「それなら俺に何の用? 早くお家に帰してくれない?」
言葉の直後。大理石の床に一本の切れ目が入った。
これは脅しではない。確実にイズの右腕を斬り落とすつもりで放った斬撃。今も右腕が無事なのは偶然回避が間に合っただけだ。少しでも反応が遅れたら右腕とは泣き別れしていた。
「俺が起きるの待ってたのは拷問するためじゃないの? 右腕取れたら出血多量で俺死んじゃうかもよ?」
「これは拷問ではない。制裁だ。私に舐めた態度を取る貴様へのな」
魔術の程はわからない。けれど戦闘能力はかなり高い。しかもこの男は冷酷で人の命を奪うのに何の躊躇も抱かない。
ここは様子を見るためにも下手に出たほうがよさそうだ。
「ごめんなさい。俺の態度が悪かったです」
素直に謝ると剣を持つ男はこちらを向き、仮面の裏で鼻を鳴らした。
「初めからその態度を取れ」
剣を鞘に収めた男は話を続ける。
「これは尋問だ。貴様はルシアとともにロイケット邸に通っているな? ロイケット社交界はどんな会合をしているのだ。貴様の知る全てを俺に話せ」
知らないと答えることはできる。しかしこの男の思惑を知るためにも会話に乗ってみようかとイズは考えた。
「うーん。確かロイケット社交界を解散するとか言ってたよ」
「それは表向きのことだろう。解散するふりをして今後どう動くか相談していたはずだ」
「さっきおじさんが言ってたとおり俺は魔術師じゃないからね。ロイケット社交界には入れないから会議も参加させてもらってないよ。今の話だってそんなこと聞こえたってだけだし」
そう答えると男は笑い声を上げた。
「確かに貴様は魔術師ではない。しかし正確には能力者だ。親からの遺伝によって単一の魔術は発動できると診断結果が出ている。その力を見込まれて仲間に引き込まれたのではないのか? 奴らの組織は人員不足で子供の力すら借りたいだろうからな」
「親から遺伝した魔術って俺にはさっぱりわからないんだけど。仮にロイケット社交界が人手不足だとして、そんなよくわからない俺の力なんか借りたいと思う?」
「確かに貴様の言い分はもっともだ。しかしだからと言って当てにされないとも限らない。俺は可能性を徹底的に潰す性格なのだよ」
そう言って醜悪なプレッシャーを放つ男はゆっくりとイズに近づいて来る。
確かにイズは今までよくわからない力を使って困難を乗り越えて来た経験がある。しかしどうやらイズの力はアクソロティ協会側に知られていないらしい。
大衆の面前で戦ったことはない。だとしてもアクソロティ協会がイズの情報を有してもおかしくないはずだ。チャイルドヘイブンで大暴れしているし、ガルマードとも熱戦を繰り広げているのだから。
しかしよくよく考えればチャイルドヘイブンは崩壊したので監視カメラなどの記録情報が残っていない可能性はある。
それにガルマード戦の最後。ロイヤール率いるゼロの部隊と会っているが、ゼロの登場はイズが戦闘不能に陥ってからのことなのでガルマードとの戦闘を知られずに済んだ可能性もある。
けれどそんな偶然本当にあるのだろうか。疑っても仕方がないけれど見事に情報を隠蔽されている気がする。
「さあ、知ってることを洗いざらい吐け。そうすれば貴様の命だけは助けてやる」
これまでの会話から察するに、ロイケット社交界は未だアクソロティ協会に敵対し反旗を翻す機会をうかがっていると考えているのだろう。そしてそれが事実であることを探っている。
けれどこの行動はアクソロティ協会の命令ではなく、この男の判断によるものだ。そうでなければ確実にロイケット社交界に所属している者を対象に尋問すればいい。
それをせず、子供一人によってたかって大人たちが尋問しているのは手柄欲しさに男が独断で動いているから。
北大陸アストリーク支部ではなく、南大陸ドワンゴナ支部の者がネオベルにいたのもそういう理由だろう。
それがわかればイズの選択すべき態度はもう決まった。
「さっき話したこと以外は知らないよ。そんなに話を聞きたいなら子供の俺じゃなくて大人に聞けばいいじゃん。――それとも何か聞けない事情でもあるの?」
男の仮面がピクっと動いた。
「九歳の子供と聞いていたが……なるほど。頭の回転が速く弁も立つ。物怖じしない度胸もある。――だが、力は足りない」
男に首を掴まれた。男の腕が上がるにつれて首を締める力が強まっていく。
「イズ少年よ。貴様をここに連れて来たのは何故だと思う? それは貴様にじっくりと痛みや恐怖を味わってもらうためだ。これから貴様は制裁を受け、その度に治療され、再び制裁を受ける。のたうち回るような痛みと苦しみを受け、貴様が根を上げて死を懇願しても私は制裁を止めん。何度でも、何度でも貴様に制裁を与える」
恐怖は死ぬことではない。死ぬことが許されない状況で痛みと苦しみを味わい、心も身体も支配されていく暴力への恐怖。そして暴力を振るうことに喜びを感じる醜悪な狂気に対して恐怖する。
ガルマードと出会ってからこうした大人たちがアクソロティ協会にいることを知った。この感じだとそんな大人たちはかなり蔓延っているようだ。
だからイズは確信する。敵はアクソロティ協会だが単に組織を壊滅させればいいわけではない。こういった狂気に満ちた大人たちが大勢いるのであれば、その者たちとも対峙しなければならないし、それを全て相手にするには多くの仲間がいなければきっと戦いにもならない。
だから仲間がいないと駄目なんだ。――イズにも。
「貴様。何故……笑っているのだ?」
「ちょっとわかっちゃったんだよね。俺が夢見る勇者への道。やっぱ仲間はいないと駄目なんだな」
「ほう。ならば勇者を夢見るイズ少年よ。永遠に等しい痛みと苦しみを味わうがいい」
首から手が離れてイズの体が落ちる。代わりにその手が腰の剣を掴み、男は抜刀の構えを取った。
斬り落とすのは足だろうか。それとも腕だろうか。そんなことを考えているとイズの目の前を閃光が走った。
倒れ込んだイズは咳き込みながら正面を向くと床に大きな亀裂が生じており、それを避けるように男は後退している。
続けて閃光が走ってきた先に目を向ける。そこには黒髪の男が刀を持って佇んでいた。その男が放つ研ぎ澄まされたプレッシャーは白仮面たちを圧倒し、後退させている。
「何故貴様がここにいるのだ!? まさか古巣が恋しくなったわけでもあるまい!?」
男の怒声の直後。地鳴りのような音が鳴り響き、建物が真っ二つに割れた。切断された断面を滑る片側の建物にいるイズはゆっくりと遠ざかる黒髪の男に目を向ける。
この男とは一度霊峰メルルトで会っている。昔、アクソロティ協会のゼロに所属し、今は蔑まれし英雄と呼ばれる男。名前はアルフレイド。
「ラオフー。お前、この俺に随分とデカい口を叩くようになったな。出世できてそんなに嬉しいか? それとも昔の上司に会えて嬉しいか?」
建物が割れて視界が明るくなり、熱風が吹き込んだ先に目を向けると砂の海、反対側には真っ青な大海原が広がっている。
「殺人鬼風情が! 今ここで貴様の首を叩き斬ってやる!」
「小さなことで吠えるな、ラオフー。だからお前は支部長止まりなんだ」
「なんだと!?」
言葉の終わり。遠くにいたはずのアルフレイドが視界から消えた。そして気づいたときにはイズの隣に立ち、片手で持ち上げられていた。
「久しぶりだな、坊主。お前を助けにきたぜ?」
「俺を? でもなんで?」
「ゴルフィートから聞いたよ。以前、ヴェルフェゴールに腕を斬られたとき、懸命に助けてくれたってな。そのお礼だ」
「あれ? でもあのおじさん部下と仲良く牢屋に入ってるって聞いたぞ? 牢屋に面会しに行ったの? それとももう出所した?」
「面白いこと言うな、坊主。俺たちは無法者の空賊だぞ? 牢屋から救い出してから聞いたに決まってるだろ」
突然、アルフレイドが右手に持つ刀を振ると前方の空間が爆ぜて二つに割れた。左右に大きな風の流れができ、その源流を辿るとラオフーが剣を振り下ろしていた。
「いつまで楽しくお喋りしている! ここは喋り場ではない!」
「喜べ。今日は坊主を奪いに来ただけだ。お前への指導は免除してやる。それとも俺の指導が恋しいか? なあ、ラオフー?」
ラオフーの握る剣が怒りで震えている。この男の性格上、もっと積極的に攻撃してもおかしくなさそうだが、そうしないのはそれだけ恐れているのだろう。アルフレイドの強さを。
「何故、貴様ほどの男がたった一人の子供を奪いに来たのだ!? 部下が世話になったくらいでゼロの支部まで襲撃する価値がその子供にはあるのか!?」
そう問いかけるラオフー。一方、アルフレイドは真面目な顔を見せた。
「ラオフー。俺は家族を見捨てない。家族の恩人を見捨てない。俺に恩をかけてくれた者を見捨てない。俺の周囲の大切な者は誰一人だって見捨てない。そのために俺は空賊やってんだよ」
「だからアクソロティ協会やマレージョと戦い続けると。――だが、そのせいで貴様はアクソロティに肉体を侵食され、じきに己を失うのだ。アレン・ローズ様に逆らった代償として、いずれ貴様は守りたいと想う全ての大切な者の命を手ずから奪うことになる!」
「そうかもしれないな。けれどそれは今じゃない。――それとラオフー。さっさとマレージョたちに連絡したほうがいいんじゃないか? 俺が現れたら連絡する約束になってるんだろ? お前たちだけで俺を独占したらマレージョに反感を買うんじゃないか?」
白仮面たちが動揺する中、アルフレイドは嘲るように笑った。
「俺はマレージョ貴族の当主たちを何体も殺したからな。随分人気あるんじゃないのか?」
二人が何を話しているのかいまいちよくわからない。けれどこの機を逃すまいと元気よく手を挙げる。
「はい! 俺はもう用無しだと思うのでそろそろ帰っていいですか!?」
「帰すわけあるか! まだ貴様から何の情報も聞き出せて――」
アルフレイドが一睨みすると大理石の床に亀裂が生じた。
「――これ以上無様を晒すな、ラオフー。例え名声が地に落ちてもゼロの誇りがあるのなら命じられた任を全うしろ。それにマレージョとの関係が悪化したら今度はお前がアレン・ローズに制裁されるぞ?」
怒りで体を震わせるラオフー。けれどアルフレイドには何も言わず、部下たちに声を荒げる。
「ドラコミールに連絡しろ!! 今すぐに!!」
白仮面が散開して慌ただしくなる中、空を見上げるアルフレイドの目線を追うと超大型飛空艇が浮遊していた。
「おい坊主。お前は客人だ。丁重にもてなしてやろう」
殺人鬼との接し方がわからないイズはとりあえず感謝の言葉を述べることにした。
「これはどうもご親切に」




