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第13話 ロイケット社交界会議

 ネオベルの中心街に建てられた大きな屋敷。ロイケット邸の大広間にはロイケット社交界の魔術師たちが二百名弱ほど集まっている。


 室内の広さを考えると大勢集まってるように見えるが、二週間ほど前のロイケット社交界所属魔術師が二千名を超えていたことを考えると十分の一以下になってしまった。


 こうなったのはルシアがアリティエと密会してから二日後に受けたアクソロティ協会から全関係者に向けた通達が原因である。


 密会時に話があったとおり、アクソロティ協会から異世界の植民地統治に係る統治者及び移住者の募集、異世界統治者及び移住者への恩赦に関する通達があり、アリティエの推測どおり貴族たちがこぞってアレン・ローズ側に寝返った。


 既得権益の保身や更なる地位向上という野心を持って寝返ったこともあるだろうが、それ以上に決定的だったのはマレージョとの同盟、そして中央大陸を除く四大陸の譲渡という通達を受けたからだろう。


 アクソロティ協会とマレージョを敵に回してまでロイケット社交界に所属するメリットはない。ロイケット社交界は明らかな負け戦を強いられているのだから。逃げ出そうと考えるのが普通だ。


 現在、世界はマレージョに襲撃を受け、四つの大陸は少しずつ侵略が進んでいる。住民たちはマレージョに屈する者もいれば中央大陸に逃れ、魔術師になることを条件にアクソロティ協会の庇護下に入る者もいるようだ。


 一般人はアクソロティ協会がマレージョと同盟関係にあることを知らず、魔術師たちがパフォーマンスとして抵抗を続けるフリをしていることも知らない。だから多くの住民たちはマレージョの支配下で奴隷として生きるか、魔術師となってアクソロティ協会に属するか、二つの選択肢しか選べない。


 これも全て神の子供達計画の一環。魔術師を増やし、非魔術師を処分したいアクソロティ協会の思惑どおり事が進んでいる。


 けれどネオベルだけはロイケット社交界の庇護下にあり、それを知る者たちは各地からこの街へと避難してきている。つまりロイケット社交界は非魔術師にとって最後の希望というわけだ。


 そんなロイケット社交界も選択を迫られている。三日ほど前にアクソロティ協会から通告があったのだ。五日以内にロイケット社交界を解体し、アクソロティ協会に下らない場合、今後は敵対組織として武力介入を行うと。


 このためロイケット社交界はどうしても出席困難な一部の者を除き、全魔術師に緊急招集をして今後の方針を決めているわけなのだが、イズとシンクは一人の男を囲んで場違いなほど喜んでいる。


「あっはっはっは! おいシンク! お前の親父ムキムキ過ぎだろ!? しかも無精髭生えてるし!」


「うっはっはっは! このおっさん俺と全然似てねーじゃねーか! しかも肌焼け過ぎだろ! 海の男過ぎる!」


 長身で筋肉質な男。名前はロイヤール。レテルの夫でありシンクの父親。そしてゼロの部隊長でもある。


 ロイヤールは大きな手で自身の頭を撫でながら二人に囲まれ、豪快な笑い声を上げながら我が子との再会を喜んでいる。一方、シンクは父親との再会に歓喜しているというより嘲笑しているように見える。


「二歳の頃以来だから七年ぶりくらいか!? それにしても俺の息子デカくなり過ぎだろ! こりゃまいったぜ!」


 ロイヤールとは久しぶりに会ったが、気さくでおおらかで子供っぽい性格は昔から変わらない。そうしてどうやら二人とロイヤールは相性が良さそうだ。


 そんな三人のやり取りを見ていたビューラは鼻で笑う。


「お涙頂戴の場面かと思って期待してたけど。残念だったね、ロイヤール。あんたの父親像が想像とあまりに違いすぎて笑われてるじゃないか」


「別にいいさ! 楽しいことはいいことだ!」


「そこの四人。うるさいわ。会議中よ」


 会議を取り仕切っているレテルから注意されるも四人は顔を近づけて再び会話を始める。


「てかロイヤールおじさん。本当にシンクの父親なのか?」


 イズが問いかけるとロイヤールはニヤリといかつい笑みを浮かべる。


「本当だぜ、イズ。俺とシンクをよく見比べてみろ。似てるとこあるだろ?」


「うーん。わからん。例えば?」


「例えば……耳の形とか?」


「耳の形? なんかもっと似てるとこないの? シンクとレテルはよく見ると顔似てるからわかるんだけど」


 するとビューラは再び鼻で笑う。


「外見は似なくてよかったんだよ、イズ。考えてもみな。母親に似たからシンクは美形だけど、父親に似たらいかついゴリラ顔だよ?」


「うわ! 確かに! ――よかったなシンク。ゴリラに産まれなくて」


 そうイズが問いかけるとシンクは小さく笑う。


「本当にゴリラになるわけじゃねーって。――でもよく考えたらさ。レテルがロイヤールと結婚したってことはこういうゴリラが好きだったんだろ? なんかちょっと疑問……ってか複雑な気分だな」


「なんでだ? お母さんに好きな人いるのわかって嫉妬か?」


「はあ!? 馬鹿かイズ!! んなわけねーっつうの!!」


「シンクうるさい!」


 焦って声を荒げるシンクを注意するレテル。それを見たイズ、ロイヤール、ビューラは小声でケラケラと笑っている。


 四人は初対面なのに随分と打ち解けている様子だ。先ほどは三人と思ったが、どうやらこの四人はかなり相性が良いらしい。


「まあでもシンクの考えもわからないでもないよ。私はガキの頃から二人を知ってるだけに、なんでこんなアホ男を好きになったか疑問だからね。しかも別れないで関係が続いてるようだし」


 そう疑問を呈するビューラ。するとロイヤールはいかつい満面の笑みを浮かべる。


「ビューラ。そりゃあお前。レテルが未だに俺のこと愛してるからに決まってるだろ?」


 そう答えるとイズとシンクは両手で口を抑えながら吹き出す。


「ぷっくっく! 聞いたかシンク!? 愛してるだって! レテルはロイヤールのこと未だに愛してるだって!」


「ぷっくっく! 聞いたぜイズ! いい年して愛してるとか恥ずかし過ぎるぜ!」


 ビューラはニヤリとほくそ笑むと二人に顔を近づける。


「お二人さん。この後レテルに聞いてみないかい? 未だにロイヤールのこと愛してるのかってさ」


 続けてロイヤールが三人に顔を近づける。


「おっ! それなら俺も混ぜてくれ! 二人きりなら絶対にレテルに愛してるって言わせる自信ありだ!」


 その言葉にイズ、シンク、ビューラが笑い声を上げ、つられてロイヤールも大声で笑う。


「そこの四人!! ふざけるなら廊下に出てなさい!!」


 普段あまり感情を表に出さないレテルもさすがに我慢の限界だったのか声を上げてしかりつける。一方、雷が落ちた四人は声を潜めて未だに笑っている。


 深刻な会議のはずなのにこの四人だけ呑気なことをしていてルシアも思わず吹き出して笑ってしまった。



 その後も四人の余計な会話のせいで何度か止まった会議だったが、ようやく話がまとまって閉会となり、今は誰ともなく緩やかに談笑が始まる。


 結果としてロイケット社交界は解体の上、アクソロティ協会に服従する旨の返事をするという結論に至った。


 けれどそれは表向きの話。裏では二か月後、アクソロティ協会に対して独立宣言と宣戦布告を行うと決定し、水面下で着々と準備を進めることとなった。


 そして二か月後の独立宣言と宣戦布告を行う前夜。ロイケット社交界員はロイケット邸に集結し、チャイルドヘイブンの子供達奪還作戦を決行する。


 その結果、子供達の親である魔術師がどれほどロイケット社交界に味方してくれるかわからない。しかし、少なくともドナを先生と慕う元学徒たちは集結するに違いない、とレテルは説明していた。


 けれど多分これは自分をロイケット社交界に引き入れたいという想いがあるのだろうとルシアは思う。


 アレンとドナを除き、アクソロティ協会には三十名の聖天大魔導士がいる。このうちロイケット社交界に所属しているのは六名。うち四名は既に老齢。前線で戦える者たちではない。


 よってロイケット社交界にいる若い聖天大魔導士はレテルとビューラのみ。しかし二人だけで前線を仕切るのは心もとない。そうなれば最もロイケット社交界に近いルシアを仲間に引き込もうと考えるのは定石だろう。


 このためロイケット社交界はチャイルドヘイブンの子供達奪還作戦を重要視している。娘がロイケット社交界の庇護下にいれば、ルシアはロイケット社交界と共に戦うしか選択肢はなくなる。


 正直やっていることはアクソロティ協会と変わらない。けれど気の置けない見知った者たちの庇護下に娘がいるかどうかでは全然違う。それに気兼ねなく娘と毎日一緒にいることができる。


 ただ、ロイケット社交界はまだ知らない。わざわざアクソロティ協会と敵対するリスクを負わなくてもアリティエが娘と暮らせる環境を整えてくれていることを。


 そしてルシアもそのことを誰にも言わない。ロイケット社交界側に着くべきか、それともアクソロティ協会もといアリティエ側に着くべきかルシアは決めかねている。


「先ほどは随分と賑やかでしたね。こんなときだからこそ元気があるのはいいことです。周りの私たちも元気がもらえますから」


 イズとシンクに声をかけるふくよかな体型の老婆。ロイヤール、ビューラと談笑していた二人は会話を中断して首を傾げる。


「おばさん、誰?」


 イズが吐露した疑問にビューラが答える。


「こちらは聖天大魔導士ドロシー・ロイケット様。先生……ドナ様のご息女様だよ」


「そっか。よろしくな、ドロシー婆さん」


「はい。よろしくお願いします。イズ、それにシンク」


 そう言って慈しむような顔を見せるドロシーは二人の頭を優しく撫でる。するとイズは歓喜の声を上げながらシンクに目を向ける。


「なあシンク! ドロシー婆さんってなんかマザーケトに似てない!?」


「え!? あ、いや……まあ、そうだな……。確かに似ているかも……」


 シンクの返事はやけに歯切れが悪い。そう考えたとき、ケティシアが亡くなった事実を思い出して胸が苦しくなった。


 二人はこの事実を知らないと思っていたが、この反応を見る限りもしかしたらシンクはマザーケトが亡くなったことを知っているのだろうか。


「マザーケト? あら、それはもしかしてケティ――」


「――ドロシー婆さん! さっきの会議の話だと俺の魔術の指導してくれるんだよな!?」


「え、ええ。そうね」


「そ、それじゃーよろしく頼むぜ!」


「はい。任せてください。シンクはチャイルドヘイブンの子供達奪還作戦の要になりますから。この二か月間でしっかり鍛えさせていただきます」


 妙な焦りを見せるシンク。そんな様子を察したのかドロシーは微笑みながら話を合わせてくれている。やはりシンクは知っているのかもしれない。マザーケトが亡くなったことを。


「ちなみに俺にも感謝しろよ、シンク。忙しい中、剣術の稽古をつけてやるんだからな」


 そう言っていかつい笑顔を見せるロイヤール。


「わかってるよ。ありがとう、ロイヤール。――そんなわけだからイズ。お前とは二ヶ月間会えないけど、俺の分まで人助け頼むぜ?」


「おう。二ヶ月ルシアと人助けして回って来るぜ。だからシンクも頑張れ!」


 ロイケット社交界員たちはアクソロティ協会に疑いを向けられないよう二ヶ月間は不必要に会わないこととしている。


 しかし、チャイルドヘイブンに潜入するシンク、ガラハッド、イザーク、エリウェルだけはロイケット邸の地下に造られた訓練施設で魔術や戦闘訓練を受けることになっている。


 その主たる指導者がドロシーとロイヤール。二人は日替わりで子供たちを訓練するため、人目を忍んでロイケット邸に通うようだ。


 このため子供たちは基本的にロイケット邸に篭りきりになるため、イズとルシアも二ヶ月間シンクとは会えない。だからネオベルを離れ、二人で他の大陸にでも行こうかとイズと話していたところだ。


「そんなわけでルシア。イズと一緒に人助けしながら待っててくれ。俺、たくさん鍛えてルシアの娘助けられるくらい強くなるからさ。そんでアクソロティ協会を倒して……そしたら……そしたらいつかまた旅に出ようぜ? 今度は四人でいいからさ」


 シンクに無理をさせて、気を遣われることに胸を締めつけられる。


 魔術師の息子として生まれなければ今頃こんな過酷な世界に身を置かず、両親に愛され、たくさんの友人に囲まれ、人並みに幸せな人生を送れたのかもしれない。


 そんなことを考えても仕方ないのはわかっているが、それでも考えずにはいられない。


 シンクはロイケット社交界に所属することに乗り気ではなかった。それなのに物心ついた頃から一緒だったイズと大人たちの勝手な都合で離れ離れにされる。


 しかもシンクはルシアの娘を救おうとしているのだ。それなのにシンクの気持ちを踏み躙って、アリティエの提案に乗ろうか考えている。


 アリティエの提案をシンクに相談したら、もしかしたら背中を押してくれて、一緒に着いてきてくれるのかもしれない。けれど今さらシンクには言えない。言えるわけがない。でもこれからどうしたらいいのだろう。


 そんな複雑な気持ちを胸に秘めながら、ルシアはシンクを抱きしめた。


「シンク。無理しなくていいのよ。嫌なことがあるなら私に言って。大人たちの都合に合わせる必要ないんだから」


「ど、どうしたんだよ。ルシア……」


 シンクは困惑しながらもルシアの背中に手を回してきた。


「それならルシア。今後あなたがシンクの代わりにアクソロティ協会と戦ってくれるのよね? 私たちロイケット社交界と一緒に」


 顔を上げるとレテルが腕を組んで微笑んでいた。その澄ました面をルシアは睨みつける。


「レテル。あなたは本当に――」


「――ルシア! 俺、先にホテルに帰るからな! シンクと挨拶終わったら早く追いかけて来いよ?」


 そう言ってイズは大広間の扉を開き、外に出ようとしていた。


「え? ちょっとイズ!? これからシンクが大変な目に遭うかもしれないのよ!? そんな薄情な……」


「シンクが決めたことだろ? それに大変な目に遭うのは二か月後だし。――というわけでシンク! エリウェル! レテル! その他ロイケット社交界のみんな! 頑張ってくれ! それじゃ!」


 軽々しく挨拶して手を挙げたイズは大広間を後にする。


 閉じた扉を呆然と見つめるルシアは疑問に思う。普段のイズならこんなにあっさり帰ったりしない。ギリギリまでシンクやエリウェルたちと話して、ルシアに何度も帰るように促されて渋々帰路に就く。イズはそんな性格だ。


 何かあったのだろうか。そんなことを考えているとくすくすとレテルの笑い声が聴こえた。


「きっとイズはシンクの決心を後押ししてくれたのね。それに引き換えルシア。あなたはシンクの想いを引き留めて。大人なのはイズとあなた。一体どちらなのかしらね?」


 なんとなく理解した。イズが自分からシンクの元を離れたりしない。これはきっとレテルが何か口添えしたに違いない。そう思ったら怒りが込み上げてきた。


「レテル。あなたの仕業なのね……?」


「私に憤る暇があったら早くイズを追いかけたら? もうあんなところにいるわよ?」


 レテルの目線を追って窓の先を眺めると、イズはもう既にロイケット邸を出て歩道を走っていた。


 レテルに言いたいことは沢山ある。けれど先ほどイズが言っていたとおり大変な目に遭うのは二か月後。今すぐでなければシンクを止める時間的猶予はまだある。それよりも今はイズの心のフォローを優先したほうがいい。


「シンク。その……頑張ってね。私はイズを追うから」


「ああ。ルシアも頑張ってくれ。そんでイズのこと頼む。俺のことは心配いらないから」


「ごめんなさいね。ありがとう」


 そうしてシンクに挨拶したルシアはすぐに瞬間移動の術式を組み立てた。今から走ってイズに追いつくのは無理だ。それならばここから直接、瞬間移動でホテル付近まで飛んだほうが早い。


 そう結論付けたルシアはホテル近くの路地まで瞬間移動する。屋内から景色が一変し、建物が並ぶ外へと移り変わる。


 ロイケット邸からホテルまでの距離は一キロメートル強。イズの足の速さなら五分もかからない距離だ。少し待てばイズと鉢合わせする。


 しかしイズはいくら待てどもやって来ない。もしかしたらホテルに直行せず寄り道しているのだろうか。何か面白いものでも見つけて脇道にそれるなんてことイズなら大いにあり得る。


 そう考えながらもう少しだけ外で待っていると急に影が差した。ふと空を仰いだルシアは焦燥感に駆られる。空には結界を構築して音や姿を消そうとしている寸前の飛空艇が飛んでいた。


 その飛空艇の船体にはシンボルマークがあった。見覚えのあるシンボルマークが。


「あれは……ゼロの飛空艇?」


 そう呟いたルシアは高鳴る鼓動を抑え込むように拳を強く握りしめた。

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