第12話 忍び寄る終わり
音もなく振り続ける雪は夜の街を白く染め上げる。
この様子だとそこまで降り積もることはなさそうだ。そう思いながらルシアは宿泊しているホテルから路上へと出た。
日中に起きたマレージョたちの襲撃によって街は悲惨な状態だ。それでもロイケット社交界の活躍もあってマレージョを早期に退け、多くの命を救うことができた。
被害はフィアリスホールを中心に数キロメートル以上の範囲まで及んでおり、この地域に住む人々は現在別の地域に避難を余儀なくされている。
このため街の灯りは消えているのだが、薄く雪が積もっているおかげで夜でもだいぶ明るい。
ルシアは新雪に足跡を残しながら人の気配が無い静寂さを保つ街を歩く。夜の雪景色は寂しさが入り混じるも嫌いじゃない。それは雪国育ちの遺伝子なのだろうかと不思議に思う。
そんな寂しさが漂う街を歩き続けるルシアは目的地である地下酒場の入口へとやって来た。
人の気配は無いがそのまま地下へと足を運び、古びた赤い扉を開けて中に入る。店内はこじんまりとしていて、カウンターテーブルの他に円卓テーブルが二脚あるだけだ。
「来てくれてありがとう、ルシア」
カウンターテーブルに置かれたランタンが灯り、アリティエの顔がぼんやりと見えた。
「なんか密会してるみたいでドキドキするわね」
「密会には違いないでしょ」
くすくすと笑うアリティエ。その隣に座ったルシアは紙切れを一枚テーブルに置いた。
「今夜二十二時。昔二人で飲んだ地下のバー。――なんて書かれていたけど思い出すの苦労したわ。一体何年前の話してると思ってるの?」
「でもルシアは来たじゃない」
「まあね。でも残念。せっかくのバーなのにお酒が飲めないなんて」
「私は思念体でしかここに来られないから。残念だけどどのみち飲めなかったよ」
そう言ってアリティエは微笑む。
「それで話って何? 一応誰にも知らせず来たけどイズとシンクが起きたら私を探すかもしれない。あまりじっくりは語れないわよ?」
「うん。私もこんな状況だから。いつ緊急招集があるかもわからないし。手短に話すよ」
「そうね。こんな状況だものね」
こんな状況というのはネオベルで起こったマレージョ襲撃だけを指す言葉ではない。
ロイケット社交界の情報によると今回マレージョの襲撃を受けたのはネオベルだけじゃなく、各大陸の主要都市で同時多発的に襲撃があったようだ。
このことからもわかるようにアクソロティ協会は本格的に動き出している。アレン・ローズの定める最上位計画『神の子供達計画』遂行のために。
そしてアリティエはその計画遂行とは別の企みがあり、密かに動いている。
だからルシアはマレージョ襲撃の関係者であるアリティエに余計な追求や詮索はしない。アリティエはきっと不本意ながら命令に従っているはずだから。
「ルシア。今夜、私があなたを呼び出したのはね……」
少し口籠るアリティエ。しかしわずかな沈黙を挟んだ後、意を決したように再び口を開く。
「私と一緒に……地球に移住して欲しいの」
まったく想像していなかった冗談のような話だ。けれどわざわざこんな場所に呼び出してまで冗談を言いに来るわけがない。
「どういうこと? ちゃんと一から説明しなさいよ」
「うん。そのつもり。まずは……そうだね。日中、ゼリステア様が言っていた朗報。その件を話さなきゃ」
「朗報は後日、全アクソロティ協会員に伝達されるって言ってた話ね」
アリティエは小さく頷く。その顔はいつになく深刻だ。
「数日中には伝達されると思うけど……アクソロティ協会は異世界に大きな要の門を開ける。一時的じゃない。恒久的な……大きな要の門を」
胸がざわついて寒気がした。
それが出来るだけの技術をアクソロティ協会が身につけたという事実。そしてそれが出来るようになることで起こる様々な問題。
アクソロティ協会は神の子供達計画の完遂に大きな一歩を踏み出す。
「不思議ではあったのよ。日中、ダーウィン一派が攻め込んできたとき。彼らは魔力の制限を受けていなかった。魔力はすなわち質量の大きさ。マレージョ……特に貴族クラスは質量が大きすぎて今までの技術で造り上げた要の門では通り抜けられない。だから制限をかけて要の門を通ってきたのに……今日はそれが無かった」
「ええ。オルティアナ派閥と協定を結び、ヴォイニッチと共同研究の上、大きな質量でも通れて安定した巨大な要の門を維持できる技術を構築したの。アクソロティ協会とマレージョは」
でも、と言ってアリティエの顔が強張る。
「共同研究の成果はそれだけじゃない。ティンバードールでの臨床実験を経て悪魔のアクソロティは実用化に至った。しかも既に量産体制が整っている。あれは肉体を即時にマレージョ化させるだけじゃなく、魔術を知らない人間に魔術を学習させる人工知能プログラムが組み込まれている。非魔術師が投与と同時に魔術師になる代物よ」
「そんなものが一般に出回ったら世界は無秩序になる。力が正義になる時代が到来する。――でも、それがアクソロティ協会の目的なんでしょうね。アクソロティ協会は魔術優生主義。魔術師となって人権を与えてくれるだけマシなのかしらね」
「それに今話した技術は通常のアクソロティにも転用されている。肉体構造を造り変える悪魔のアクソロティよりは制限されるけど。それでもバージョンアップしたアクソロティは投与と同時に簡易的な魔術を行使できるようになった。――それとね。今、新型アクソロティの実用化に動き出している」
「新型アクソロティ?」
「そう。新型アクソロティは従来の投与型とは異なる。いわゆる装備型ってところかな。設備や道具などに投与型の技術を用いる。すると人の脳内から発せられた電気信号を受信し、それ単体でアクソロティウム素粒子を取り込み、プログラムされた術式を構築し、魔術を行使することができる」
「つまりお手軽に魔術を行使できる代物を研究開発中ってわけね。――でもそれって危険よね。どこまで実用化できるかわからないけれど……強力な魔術兵器も造れちゃうわけだもの」
「うん。そうだね。アクソロティ協会は今まで以上に大きな力を得ようとしている。私も詳細までは知らされていないけれど、ハルマトラン派閥とも何かしらの協定を結んだらしい。それによって今回みたいなマレージョの襲撃を意図的に起こして世論を操作することもできる。――もっとも。人の感情だけではなく、物理的に人を支配し、操作することができる。アクソロティがある限り、誰もアクソロティの支配から逃れることはできないのよ」
魔術師にはアクソロティ協会が定めた厳格な規定に基づく階級が存在する。
単一の魔術だけを扱う者を能力者と下位に位置づけ、そこから下級魔術師、中級魔術師、上級魔術師、大魔術師、特級大魔術師の六つから構成される魔術師階級。
魔術師階級の上に位置するのが魔導士階級。下位から下級魔導士、中級魔導士、上級魔導士、大魔導士、特級大魔導士、聖天大魔導士の六つから構成される魔導士階級。
階級は魔術の知識、指定された魔術の習得、行使できる魔術の数、魔力量、専門分野の魔術習得率などを総合的に判断されて昇級する。その中でも聖天大魔導士に昇級する際には絶対条件が一つある。それは本物の魔術師であること。
では本物の魔術師の定義とは何か。それは肉体を構成する全てをアクソロティウム素粒子に置き換えることのできた臨界者のこと。アクソロティという機械装置に頼ることなく魔術を行使できる者のこと。アクソロティという呪縛から解放された魔術師のことだ。
アクソロティは体内に存在する限り常に固有の電磁波を送信し続けることになり、製造・管理者であるアクソロティ協会はその電磁波を受信する機械装置を保有している。
このためアクソロティ協会はアクソロティを投与された全魔術師を管理することができ、技術的にはその魔術師の肉体を、脳を、人間そのものを支配下に置き、操作することが可能だ。
だからアクソロティを投与された魔術師はアクソロティ協会に服従する。支配され、操作されることを恐れるから。逆にアクソロティ協会から物理的な支配を受けないのは聖天大魔導士だけだ。
けれど聖天大魔導士は親、仲間、パートナー、我が子など大切な人たちを人質され、アクソロティ協会に服従させられている。それ以上にアクソロティ協会に服従するのはアレン・ローズがいるからだ。
アクソロティ協会長という立場に恐れるのではない。知略に長け、魔術に長け、人心掌握術に長け、ありとあらゆる才能に恵まれた人間力に恐れる。聖天大魔導士が束になっても叶わない、マレージョですら恐れる最強を冠するに相応しい魔術師としての強さに恐れるのだ。
「それで? そんな異世界まで席巻する恐ろしいアクソロティ協会から朗報があるんでしょ?」
「ええ。アクソロティ協会が地球という異世界に侵攻して、植民地を拡大していることはルシアも知ってると思うけど。今、アクソロティ協会はその植民地を統治する人たちをアクソロティ協会内で募集するつもりなの。それもかなりの人数を」
「それとロイケット社交界への朗報は何が関係あるのよ。まさか人手が足りないから手を貸してくれ。その代わり今までのアクソロティ協会への背信行為は恩赦するって言うんじゃないでしょうね」
「そのまさか。今ので大筋は合ってるよ。――正確にはね。アクソロティ協会は社会実験をする気なの。魔術の知らない人類が棲まう異世界で。様々な環境を用意してどう魔術師が育つか実験する。そのために様々な性質の人間を用意する必要がある」
「これも……神の子供達計画の一環だってわけね」
「そう。その実験の一つにチャイルドヘイブンで優秀な成績を修める学徒たちに植民地統治をさせるというものがある。――私ね、ルシア。アクソロティ協会での今までの功績が認められて念願の出世が叶うの。新たに地球に置かれるアクソロティ協会。そこで部長級の役職を任されることとなった。部長級なら人事権も持つし、ミウちゃんを私の管轄する植民地に招くことも出来そうなの」
「だから……私も地球に移住しろと?」
「そのとおり。地球に移住して親子仲良く暮らしたらいい」
そう言ってアリティエは微笑む。
ルシアにとってアリティエの提案は非常にありがたい。リスク無く娘と一緒に暮らせるのだから。レテルやドナたちロイケット社交界への後ろめたさはあるが、元々その感情を捨てて娘と逃避行するつもりだったことを考えると結果は変わらない。
ルシアにとってメリットの大きい提案だ。けれどそれだけに疑問が残る。何故アリティエはそこまでしてくれるのだろうか。今の提案は簡単そうで実は難しい。
ミウは神の子供達計画における最高の成功例。そう簡単にアクソロティ協会がミウを任せることはない。けれどアリティエが可能性を示唆したところから察するに、アクソロティ協会にそう思わせるほどかなりの努力をしたのだろう。
そんなことをしてもらうほどアリティエに恩はない。つまり何か理由がある。その理由ははっきりとはわからないが、考えられるのは一つだけだ。
「親子仲良く移住ね。その代わりうちの息子イズのお世話も引き続きお願いします……とでも言う気かしら?」
そう問いかけるとアリティエは驚くでもなくただ微笑んだ。
「なんだ。やっぱり気づいてたんだ。私とイズくんの関係。まあヴェルフェゴール戦で魔術の使えないイズくんの攻撃に終焉魔術が付与されていたからね。気づかれても仕方ないか。――それともドナ先生から聞いた?」
「先生から聞いたわけじゃない。――それとね。決め手は終焉魔術の付与があったからだけどそれだけじゃないわ。だってよく見るとイズの顔つき母親そっくりだもの。言動も少し似てるところあるし。育ての親や産まれた環境は異なっても似るものでしょ? 血の通った親子なんだから」
「そっか。それは困ったな。アクソロティ協会に素性が知れるとまずいんだけど」
そう言いながらもアリティエはとても嬉しそうだ。きっと今までこんな話誰にも出来なかっただろうし、人から息子が自分に似ていると言われたら母親として嬉しく思うのは自然なことだ。
「まあ、あなたを昔から知る学友なら何となく察するでしょ。――それにしてもアリティエ。さっきの言いぶりだとドナ先生はこのこと知ってるの?」
「知ってるも何もドナ先生でしょ? 産まれてくるセカンドチルドレンを取り上げる役目は。――ちなみにもう隠す必要が無いから言うけど。息子をケティシア先生のいるラミアーヌ島まで逃がしてくれたのもドナ先生だからね」
「そう……なのね。じゃあシンクのことを逃がしたのもドナ先生? というかアリティエとレテルは一緒に我が子を逃がすお願いしたわけ?」
「いいえ。これに関しては偶然。逃がした理由も違うし。無能の烙印を押されて一度は殺処分された我が子をなんとか生き返らせて逃がした母親と、優秀だと認定されて祝福された我が子をいずれ戦争の道具にしようと死を偽装して逃がした母親。――私ね。あのときからレテルのこと嫌いなの。だからレテルを踏み台にして出世することに何のためらいもなかった。結果的にはレテルを踏み台にしなくとも出世できたけど」
「レテルの考えは……私にも理解できないわよ。――それと今の話で理解したわ。ティンバードールでイズがチャイルドヘイブンから帰って来た後、自分の中に神鳥がいたって話してたんだけど。もしかして七聖鳥の細胞をイズに移植して生き返らせたの?」
「ええ。わずかな可能性にかけてドナ先生が移植手術してくれたの。結果は大成功。でもその代償として私から遺伝した能力以外、自力で魔術が行使できない体になってしまった」
「だとしても……今も元気に生きているならそれで十分じゃない。二人と初めて会ったとき、ラミアーヌ島の人たちにたくさん愛されて育ったって聞いたわ。故郷の島を旅立つくらいわんぱくな悪戯っ子に育ったのだから――ってあれ? ケティシア先生?」
自分で喋っていて疑問が生じた。
アリティエは少し前、ラミアーヌ島のケティシア先生にイズを預けたと言っていた。けれど今までイズとシンクの会話にその名前は出てきたことがない。
だから気づかなかった。確かにケティシアの名は出てこないが、マザーケトという名の老婆は何度も耳にした。
つまりマザーケトがケティシアなのだ。ということは二人の故郷ラミアーヌ島は消滅し、物心ついた頃から育ててくれた島民たちは全員亡くなっていることになる。
今さら知った事実に血の気が引いていく。少なくともルシアは二人からこの話題を聞いたことはないが、いずれ知ってしまうことだ。その時どうやって声を掛ければよいか検討もつかない。
そんなルシアの心中を察したのかアリティエは先んじて口を開く。
「気づいた? もう二人に帰る故郷も、故郷で待っていてくれるはずの人もいないの。――でもシンクくんは大丈夫。両親、友達、手助けしてくれる大人たちがたくさんいる。だけど……イズくんにはいない。いえ、正確にはいなくなってしまう。このままだと……」
「そ、そんなこと……」
「ううん。あるの。今私が話したことは数日中に全アクソロティ協会員に知れ渡る。そうすれば自分の保身しか考えない貴族あたりはこぞってロイケット社交界から抜ける。大切な人を人質に取られている魔術師だって条件によってはアクソロティ協会に残るでしょ? でもレテルたちはきっと止まらないよ。目先の利益で動いているわけじゃなさそうだから。そんな弱体化したロイケット社交界がこのままアクソロティ協会と対立すれば結果は目に見えてる。そんな自殺志願者たちの元に息子を置いてはおけない。けれどこのままアクソロティ協会が計画を遂行すればメルトリアや地球は魔術優生主義になる。ルシアとさっき非魔術師でも悪魔のアクソロティの投与で魔術師となり、人権を得るって話してたよね? だけど私の息子はそうならない。魔術集積回路が変容してしまったあの子は遺伝で獲得した能力以外に魔術は使えないんだから」
「だ、だけど。アリティエさっき言ってたじゃない。新型アクソロティが実用化に向けて動き出してるって。その装備型アクソロティがあればイズだって魔術が行使できる。それならアクソロティ協会が支配する世界でも生きていけるはずよ」
「いいえ。アクソロティ協会は単一の魔術を行使する能力者を欲していない。ルシアも知ってるでしょ? 神の子供達計画の目的は全人類を本物の魔術師にすること。そして本物の魔術師たちが創り上げる新たな世界で更なる魔術師の高みに到達すること。最終的に人類を取り巻く物理法則は魔術によって統一される。そう……世界に魔法が誕生するの。――そしてその世界で……唯一息子だけは取り残される。私の……息子だけが……」
「だから……私にイズを託したいと?」
「そのとおり。私が統治する世界にルシアとミウちゃんと息子に来てほしい。別にずっと面倒を見てくれって言ってるわけじゃない。あの子が大人になるまで母親役をやっていて欲しいの。あの子の帰るべき居場所になって欲しいの。ただ……それだけなの……」
アリティエの事情はよくわかった。今までどんな気持ちで努力してきたかよくわかった。きっと誰にも相談できずに一人で抱え込んで夢を追っていたのだろう。我が子の生きられる世界を創り上げようと。
娘のことやイズのことを考えればアリティエの提案は願ってもないことだ。提案を受け入れることがきっと得策だ。けれど最後の一歩が踏み出せない。
この心のモヤモヤの正体が自分でもいまいちよくわかっていない。レテルやドナに対する後ろめたさがそうさせているのだろうか。それともアクソロティ協会に永遠に服従することが不安なのだろうか。
踏ん切りがつかずに思い悩むルシア。ジッと答えを待ち続けるアリティエ。そんな二人の耳に複数人の声が届いた。
「おいシンク! 見ろよ! ルシアの足跡ここに続いてるぞ! ここって酒場だよな!?」
「うお! マジか!? イズの言う通りじゃねーか! ルシアの奴こんな一大事に一人で酒飲んでやがる!!」
「まあまあ。イズ殿もシンク殿も落ち着いて。ルシア殿だって一人で飲みたい時くらいある」
「姫様の言うとおりだぞ。お前たちは少し心の余裕を持て。気持ちはわかるがこんなときにこそ冷静さが必要なのだ」
「「だからって冷静にホテルでくそ長ウンコすんな!」」
イズとシンクの声。アリティエは少し焦った様子で口を開いた。
「私はもう行くから。次会うときまでにルシアは覚悟決めて」
そう言ってアリティエが姿を消した直後、入れ違う形で酒場の扉が開いた。そこにいるのはイズとシンク。その後ろにはローブに身を包む男女が立っている。
一人は桜色の髪をした小さな女の子。もう一人は白い肌をした巨漢。会うのは随分久しぶりだが、この特徴的な二人を見間違うはずはない。
「ファイーナ! バロン」
「お久しぶりだ、ルシア殿」
「そっか。確か十か月後にネオベルで落ち会う約束だったわね。色々大変で二人に協力する話すっかり忘れてたわ。ごめんなさい」
「いいや。今、人間世界が大変なことは重々承知しているし、そもそも我らマレージョがその問題の根幹であるのだから謝るのはむしろこちらのほうだ。申し訳ない」
そう言って頭を下げるファイーナ。相変わらずお人好しで見ていて気持ちが和らぐ。間違いなく他のマレージョと違って人間との和平を望んでいる者の姿だ。
「それにしてもこんな遅くにどうしたの? 密会するのなら確かに今がベストだけど。でも今マレージョの姿を目撃されたら大変なことになるわ。それとファイーナが話してくれたとおり今はちょっと大変で。すぐに協力できる状況じゃなくなったの……」
「ああ。むしろ今日はその協力が必要無くなったという話と……ディアタナに帰る前のお別れを言いに来たのだ」
「どういうこと?」
「私の兄。ハルマトランが皇位継承すると速報が入った。だから我らは一度ディアタナに帰還することにした」
「え? でも人間世界で国を持つことが皇位継承の条件だったわよね?」
そう問いかけるとファイーナは俯いて言いづらそうな顔をしている。それを見かねたバロンが代わりに口を開いた。
「アレン・ローズがハルマトラン様に同盟関係を申し出たのだ。ディアタナ・メルトリア間の要の門使用権及びメルトリアの中央大陸以外の四つの大陸をマレージョに譲渡するという条件で。その条件を飲んだハルマトラン様は皇帝に認められ、皇位を継承することとなった」
「ちょ、ちょっと待って!! そんなバカげた話聞いたことないわ!!」
思わずルシアは声を荒げた。するとファイーナは苦しそうな顔をルシアに向けてきた。
「私もそう思う。だからこそ一度ディアタナに帰還し、その事実を確認してくる。――その……本当に申し訳ない」
ファイーナが謝る必要はない。そんな配慮の言葉すら出てこないほど頭が混乱してきた。そもそも今日は色んなことが一度に起き過ぎた。とてもじゃないがこの状況を整理できない。
そんな混沌と螺旋渦巻く感情に支配されながらイズとシンクに目を向ける。けれど二人のことを直視できず思わず目を背けてしまった。
今日はかなり疲れてるようだ。そう思うルシアは力なく顔を伏せた。




