第9話 口論と問答
イズたちが部屋から出て行った直後、レテルとアリティエの口論が始まったためしばらく静観していたのだが、一向に終わる気配が無いため、ルシアはため息混じりに口を開いた。
「ねえ。私、高い洋服代払ってまであなたたちの喧嘩観に来たわけじゃないんだけど?」
そう問いかけると二人がこちらを向いた。
「アリティエがいなくなればこの喧嘩を観なくて済むわ。ルシア助けてよ」
テレルは先ほどからこの主張を崩さない。どうしてもアリティエをこの場から離れさせたいらしい。
この生誕祭がロイケット社交界の大きな活動を行う前の決起式を兼ねているのであれば確かにアリティエは邪魔だろう。
けれどもしそうなら生誕祭と抱き合わせるのではなく、何か別の理由で催事を行えばいい。それならアリティエにつけ込まれることはない。
そもそもアリティエは何が目的でここに留まるのだろうか。
「ねえ、アリティエ。先生へのお祝いはこのくらいにしたら? こんなに嫌がられていたらあなただって気持ち良くないでしょ?」
「そんなことで引き下がるなんて嫌。そもそも私は生誕祭に参加したのではなく先生のお祝いに来たの」
「時間か日を改めたら? 今じゃないと駄目なの?」
「私だって仕事や用事があるもの。そんなに時間取れないよ。でも……今日一日ルシアが私の愚痴に付き合ってくれるなら引き下がってもいいよ」
「そうなの? まあイズとシンクに声かけて大丈夫そうなら私は全然――」
「――それは駄目。ルシアがいなくなったら誰が二人の面倒見るのよ」
再び立ち塞がるレテル。どうしてもアリティエだけを除け者にしたいようだ。
一方、アリティエは腕を組んで薄ら笑みを浮かべる。
「シンクくんは面倒見る必要ないよね? お友達がたくさんいるようだし。ルシア以外にも保護者はいるし。――だから私たちはイズくんを引き取るよ。それならレテルも納得でしょ?」
「そんなの納得できないわ。二人を引き離したら可哀想じゃない」
「可哀想? 二人を引き離そうとしている張本人が? それは道理が通らないよ、レテル。あなたは私の提案に納得しなくちゃいけない。そうしなきゃ私だっていい加減この茶番に付き合う義理はない」
「そう。あなた最初から狙いはルシアだったのね」
先ほどから二人の間で訳の分からない話が繰り広げられている。事情がわからないことには二人を説得することもできない。
さてどうしようかと悩んでいるとドナが声を上げた。
「そういやルシア。あんた私の誕生日いつか知ってるかい?」
「誕生日? 誕生祭やってるんだから今日に決まっているじゃないですか」
そう答えるとドナは大きくため息をついた。左右に目を向けるとレテルとアリティエが呆れた顔をしている。
「私は先週百二十七歳になったよ。そういえば……あんただけ毎年ズレた日にお祝いされてたね。まさか大恩師の誕生日を忘れたわけじゃないだろうね?」
いくら恩師と言えど他人の誕生日など覚えていない。けれどそんなことはっきり言ったら無駄な説教を受ける可能性がある。
とにかく適当に誤魔化すしかない。
「いやですよ、先生。ちゃんと覚えてますって。ただ色々忙しくて日にちの感覚が無くなってただけです」
「ほう? なら私の誕生日は何月何日か言ってごらん」
そう問いかけると言うことは先週が誕生日ではない可能性が出てきた。昔から意地悪な性格なのでドナの言葉を全部鵜呑みにはできない。
こういうときはあれだ。話題を変えるしかない。
「そういえば先生。私、探し物が見つかったんです」
「あんた話題を変えたね?」
この問いかけは無視だ。無視して話を進めたほうがいい。
「ずっと探してたラミア石。今、私が連れている子たちの一人から貰ったんです」
そう言ってルシアはポシェットからラミア石を取り出した。
ラミア石はずっとシンクに預けっぱなしだったが、ドナに報告しようとネオベルに着く前に受け取っており、それが功を奏した。
おかげでとりあえず話はすり替えられた……はず。
「確かに本物だね。それでこんな代物手に入れてどうするつもりだい? 言っておくがラミア石を効果的に使う機械装置がなければアクソロティウム素粒子を阻害するだけの石に過ぎないよ。まさか希少品コレクションのために世界中を旅して来たわけじゃないだろうね?」
ラミア石は魔力探知を阻害する代物。その性質については以前ファイーナから聞いたので知っている。
逆に言うとそれ以外の使い道を知らなかった。ルシアがラミア石を探していた理由は娘ミウをチャイルドヘイブンから連れ出したとき、魔力探知を阻害してアクソロティ協会からの追っ手を撒くため。
しかしチャイルドヘイブンでイズが娘から聞いたという話が本当ならラミア石は飛空艇の燃料炉に設置され、アクソロティウム素粒子を倍加させる媒体として使用されているらしい。
ラミア石の性質を詳しく調べたわけではないのではっきりとは言えないが、ラミア石が持つアクソロティウム素粒子を阻害する効果。それを何かしらの方法で反転させることで倍加させる作用が働くのだろう。
「コレクションのために世界中探し回ったりしませんよ。私そんなに物欲ありませんから。――それより先生はラミア石のこともお詳しいんですね。流石はアクソロティを開発した生ける伝説のお一人」
「ふん。――それでルシア。私の質問に答えてないよ。コレクションじゃなけりゃラミア石を手に入れてどうするつもりだい?」
訝しげな顔を見せるドナは知っているのだろう。ルシアがどんな考えでラミア石を探していたのか。ラミア石の効果や使い道を知るならなおさらだ。
ドナはロイケット社交界の頂点。つまりアクソロティ協会に反旗を翻そうとしている先導者だ。以前レテルから聞いた話だと革命を起こすのには戦力が不十分だと言っていたから一人でも多くの魔術師が……聖天大魔導士が仲間に欲しいのだろう。
ラミア石を欲していたのは娘を連れて逃げるため。などと口にしたらもしかしたら怒るかもしれない。
辛いのは自分一人じゃない、辛く苦しいこの世界を変えるためにみんなで戦う必要があると説得されるかもしれない。
何を言われようと聞く耳を持つ気はない。この世界で最も大切な、最愛の娘のためなら何でもやってやる。そう思っていた。――二人と出会うまでは。
ルシアは笑みを浮かべながらドナに目を向ける。
「ドナ先生。私ね。人とつるむのは好きじゃなくて。組織に属するなんてまっぴらで。けど自分の力で生きていくには力が足りなくて。だから適当にアクソロティ協会に溶け込んで生きて行こうと思ってました」
「ああ。あんたは昔からそういう子だね」
「私と……私の周りの大切な人たちが幸せなら後はどうだっていい。世界のことなんてどうだっていい。けど……そんな大切な人たちが次々にいなくなって……自分の無力さに辟易して……それならせめて最愛の娘だけでも守ろうって……そう考えました」
「一人の人間の力なんて限られてる。最も身近な、大切な人間だけを守ろうと考えるのは決して悪いことじゃない」
「でもね、先生。そんなとき出会ったんです。危険を顧みず、弱い人や困っている人を助けて、力に屈せず立ち向かう子供たちと。勇者を夢見てるって男の子たちと。――私、笑っちゃいました。よりによってこんな時代に馬鹿げた夢だなって。けれど……それと同時に自分が情けなく、恥ずかしい気持ちにもなりました。今の大人たちは……子供たちに夢を示すことも、導くこともできないんだなって」
「そうさね。この世界は魔術優生主義。そしてこれからその格差はもっともっと広がっていくよ。魔術以外の個性が許されない世界が到来する」
「そうですね。だから戦わなくちゃ……っていう気持ちも理解できます。今戦わなければ取り返しがつかなくなるってことも」
「そうかい。それならルシア――」
「――だけど! だからこそ! 私はあの子たちが大人になるまで――」
「――イズくん!?」
声を荒げるアリティエ。急いで目を向けると窓ガラスに張り付いて中庭を睨みつけている。
その目線を辿るとイズとエリウェル、そして――。
「――ゼリステア・クロース様!?」




