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第7話 ドナ婆さん

 案内された主賓室の扉を勢いよく開けたイズは部屋の中にいる者の顔を見るより先に声を荒げた。


「おいレテルー! 俺のスーツを見ろー! こいつを見てかっこいい以外を感じたら慰謝料払えー!」


 イズの声と重ねてルシアも声を荒げる。


「レテルー! またしても私たちに騙し討ちみたいな真似をー! 三人分のドレスとスーツ代返せー!」


 二人が荒れていると自分はこうも冷静になれるものだな、と思うシンクは遅れて部屋に入る。


「まあまあ。落ち着けって二人とも。まずは冷静に――」


 そう言いながらなだめようとしたシンクの視界に穏やかではない雰囲気のレテルとアリティエの姿が映った。


 互いに向き合って言い争いをしている様子だったが、イズとルシアの闖入により二人は驚いている。


「あなたたち……随分早かったわね」


 そう問いかけるレテル。思ってもいない状況にルシアは少し面食らっているようだ。


「え? どういう状況?」


「おいおい。また喧嘩か? 三人揃うといつも誰か喧嘩してるよな?」


 呆れたように話すイズ。確かに三人のうち誰かは喧嘩している。けれどシンクから言わせれば本当に仲が悪いというわけでもない気がする。本当に嫌いだったらきっと口も聞かないだろう。


「喧嘩してるわけじゃないんだよ、イズくん。私が一方的に虐められているだけ」


 そう言ってアリティエはニコッと微笑む。


「え!? 本当かアリティエ!? レテルはいじめっ子ってこと!? ――おいレテル! イジメかっこ悪いぞ!」


 虐めを追求されたレテルはニコッと微笑む。


「虐めていないのよ、イズ。お誕生日会に招待していない女が勝手に参加したから出て行けって言ったの」


「なに!? 招待されていないのに勝手にお誕生日会に来たのか!? ――おいアリティエ! 招待されてないのに来たら迷惑だろ!」


「でもね、イズくん。本当はルシアだって招待されていないの。それなのにレテルが勝手に招待状送ったんだよ? しかも今日。そのせいでイズくんたちに迷惑がかかるようなことなかったかな?」


「なに!? そんな状況だったのか!? ――おいレテル! 俺たち凄く迷惑かかったぞ! どうしてくれるんだ!」


「でもね、イズ――」


「――あんたたち騒がしいよ!! 静かにおし!!」


 部屋中に響き渡る怒鳴り声。皆が一斉に口を閉じ、窓際の椅子に座る小柄な老婆に目を向けた。


 身長はシンクより少し高いくらいで細身。ソバージュヘアで顔に刻まれた深いシワは老齢を思わせるが、眼光は萎縮してしまうほど力強い。おそらくこの老婆がドナ・ロイケットなのだろう。


「この婆さんスゲー怖いな。ルシア知ってる? この性格キツそうな婆――」


 ルシアはすかさずイズの口を塞ぐ。けれどドナの眼光は既にルシアを捉えている。


「弟子の躾がなっていないじゃないか、ルシア。あんたの弟子たちの手前、一年以上も私に顔を見せない非礼への説教は免除してやろうかと思っていたが……こりゃあそうもいかなくなったねえ」


「そ、そんな。勘弁してくださいよ、先生」


 困惑した様子で苦笑いを浮かべるルシア。ここまで頭が上がらないルシアを見るのは初めてだ。ドナのことを先生と呼んでいたし、こんなにも顔色を窺うほど恩義に感じている相手なのだろう。


「あんたがドナ・ロイケットだな? 俺はシンク。そっちはイズ。ルシアの名誉のために説明するが、俺たちはかなりしっかりと教育してもらってるぜ? 礼節がなってないって言いたいのなら俺たちが言うこと聞かないからだ。ルシアのせいじゃない」


「シンク。あんた……」


 ルシアが嬉しそうに見つめてくるので少し気恥ずかしい。一方、ドナはシンクに目を向けて薄ら笑う。


「言うことを聞かない。それを躾がなってないって言ってるのさ。この様子だと随分ルシアに甘やかされて育っているようだね」


「甘やかされるのはそんなに悪いことなのか? 俺には格上の人間には絶対服従って言う風土のほうが悪いと思うね。ロイケット社交界なんて組織作って大層な大義掲げてるけどさ。結局のところ人間関係はアクソロティ協会となんら変わらねーじゃん」


「随分とナマを聞くじゃないかい。組織の規律を正すには厳しい上下関係は必要さね」


「厳しいだけじゃ人はついてこない。俺たちはルシアに厳しくされたことないけど、でもルシアのことは信頼してる。何か問題があったとき俺たちは協力し合える。あんたとルシアたちだって信頼があるから関係が続いてるんじゃないのか? 協力し合えるんじゃないのか?」


「おやおや。ガキのくせになかなか言うじゃないか。――しかしこの勝気さ。育てられたわけじゃないのに誰かさんそっくりだよ。これは遺伝かねえ、レテル?」


「さあ。どうでしょうかね」


 話を振られたレテルはそう言って微笑んだ。


 アリティエもいるのに親子関係の話をするあたり、もう周知の事実なのだろう。そしてこの件に関してアリティエは黙認している節がある。


 以前、アリティエは出世のためレテルの裏切り行為の証拠を集め、アクソロティ協会に告発しようとしていた。だからこの情報も告発すればいい。それなのにそんな様子はない。


 実はもう既に告発済みで裏ではアクソロティ協会が動いているのだろうか。それとも何か事情があって告発しないのだろうか。


 いずれにしても今はこの話題を口にしても大丈夫なようだ。


 そんなことを思っているとイズが唸りながら首を傾げている。


「どうしたんだよ、イズ」


「ん? いやーこの婆さん。ドナ婆さんだっけ? なんか凄い奴って聞いてたけど全然強そうじゃなくね? それにお誕生日会にはロイケット社交界の奴らが来てるって聞いてたから楽しみにしてたけどさ。ビューラっておばさん以外に強そうな奴いないし。ここに来るまですれ違った特級大魔導士って奴らも俺のメガトン勇者パンチで一発だと思う。ガルマードみたいな強い奴らがいるんだと想像してたから少しだけがっかりだ」


 フィアリスホールで出会った魔術師たちが弱いとは決して思わない。イズが考える強さの判断基準がガルマードに設定されているから弱いと思うのだろう。


 そもそも魔術師は戦闘に特化して育成されるわけじゃない。アクソロティ協会の昇格は明確に制度化されていて、大雑把に言うと行使できる魔術の豊富さに応じて階級が上がる仕組みだ。


 行使できる魔術や魔力量が増えれば総じて戦いに優位性が生じる。しかしそれは戦闘力とは似て異なる。どんなに卓越した魔術を行使する者だろうが、不意打ちを喰らえば聖天大魔導士でも命を落とす。


 魔術の豊富さでは劣っていても戦闘に特化した力を有する者は恐れられる。それを体現しているのは戦闘部隊『ゼロ』の存在だ。背信行為をする魔術師を処分するのはゼロに与えられた仕事の一つらしいから。


 それをイズに説明する間もなくルシアが焦り散らかしている。


「ちょ、ちょっとイズ! 魔術師は喧嘩で強さは決まらないの! それにドナ先生は凄い魔術を使うのよ!?」


 そう説明を受けるイズの顔は懐疑的だ。


「へえー。それでどんな凄い魔術使うの?」


「た、例えば……星読みとか?」


「星読み? なんだ? それ?」


「まあ……そうね。運命を占うって言ったらわかるかしら?」


「ええ!? 婆さん占い師なの!? マジか! ――おい! ドナ婆さん! 俺を占ってくれ! 頼む!」


 疑いの眼差しから一転してイズの瞳はキラキラと輝いている。


 運命を占うなんてそれこそ懐疑的な魔術だが、面白そうな魔術であるという一点だけでイズの好奇心が爆上がりしている。この純粋なところがイズの良いところでもある。


 そんな関心を向けられたドナは鼻で笑う。


「まったくしょうがないね。特別に少しだけ占ってやるよ。――さあ、どんなことを占って欲しいんだい?」


「占ってくれんの!? マジ!? やったぜー! ――それじゃあ俺って何歳まで生きられるか占ってくれ!」


「よし。それじゃああんたの未来を少し覗いてやるよ。少し待ちな」


「ええ!? 占いって未来見えちゃうの!? 凄すぎ!」


 ドナは右手をイズに掲げ、左手を眉間に当てて唸り声を上げた。魔術で占うと言っていたのにオーラも放出していないし、あからさまに占っているポーズがかなり胡散臭い。多分からかっているのだろうがイズは興奮を抑えきれない様子で占い結果を待っている。


 するとドナはすぐに声を上げた。


「見えた!」


「もう見えたのか!? なら教えてくれ! 頼む!」


「うーん。これは……大型量販店のレジカウンターに小さい子と手を繋いで並ぶ年老いたイズが見えるよ。何か……そう。ゲームを買ってあげるみたいだね……ああ!! 死んだ!! これは老衰だよ!?」


「な、なにー!! 俺ゲーム買ってる最中に老衰すんのー!? それでそれで!! 次は!?」


「そう急かすんじゃないよ。えーと。これは……なんだって!? あんた五年も前に老衰してたのに天国行くの忘れてたらしいよ!!」


「あっはっはっはっは!! 俺バカじゃん!! 五年も死んだの気づいてないのかよ!! ――それで!? 結局俺って何歳まで生きるの!?」


「待ちな! えーと……百三十六歳まで生きるよ!!」


「俺生き過ぎー!!」


 イズの過剰な反応も相まって周囲から笑い声が広がる。


 こうやって場の雰囲気を良い方向に変えるのは昔からイズの役目であり得意技だ。単に抜けているところもあるのだが、それも含めてイズのことを尊敬しているし羨ましく思う。


 シンクではこんな風に場の雰囲気を和ませることはできない。


 そう思って笑っているとノック音が聴こえた。目を向けるとドアがゆっくり開き、そこから姿を見せたのはガラハッドだ。


 ガラハッドは深々と頭を下げる。そして顔を上げた先の目線はこちらを向いていた。


「予告通り迎えに来たよ、シンク」


「ああ。でも今は……」


「構わないわよ、シンク。ずっとここにいても暇でしょうから。年の近い子たちと遊んでいらっしゃい」


 そう答えたのはレテルだ。それは本来ルシアが言うべき言葉だろう。そんなレテルの振る舞いに疑問を感じていると部屋の中に同い年くらいの女の子たちが大勢押し寄せて来て取り囲まれた。


「このお方がシンク様!」

「若き十傑のお一人!」

「ご尊顔がレテル様にそっくり!」

「凛々しいお顔をしています!」


 などなど次々に感想を述べる女の子たちに圧巻されていると、その中に混じる見知った顔が小さく手を振っていた。


「エリウェル。久しぶりだな」


「うん。久しぶり、シンク。――なんかモテモテだね」


 そう言ってエリウェルは悪戯な笑みを浮かべている。


「何がどうなってるんだよ……」


「すまない、シンク。みんながどうしても一緒に迎えに行きたいって言うものだからね。大人数になっちゃうけどみんなで行こう」


 ガラハッドの説明はよくわからないし、どこに行くのかもわからない。レテルと言い、ガラハッドと言い、いつも説明なく振り回される。


「わかったよ。とりあえず行くけど……なあイズ! お前も一緒に――」


「――いや。エリウェルがイズのことをデートに誘いたいらしい。だよね、エリウェル?」


「ええ!? そ、そうね……」


「だそうだ。二人きりにしてあげよう」


 ガラハッドの言葉に反してエリウェルは困惑している。とは言え嫌がっている様子ではない。機会があればデートに誘うつもりだったのだろう。


 しかし先ほどからシンク、イズ、ルシアを分断させようと画策しているのが見え見えだ。アリティエの存在は想定外なのだろうが、この様子だとロイケット社交界が一丸となって実行している計画に違いない。


 それを悟ってなのか怪訝な顔をするルシアは口を閉ざしている。


「俺ってエリウェルとデートするの? ってかデートってなんだ?」


 唯一イズだけは呑気な顔でデートの意味を考えている。するとエリウェルは薄っすら頬を紅く染めながら優しい笑みを浮かべた。


「デートは男の子と女の子が二人で仲良く遊ぶこと。一緒に色々見て回ろう? フィアリスホールは全館貸切にしててね。レストランの料理食べ放題なんだよ?」


「マジ!? 食べ放題!? よっしゃー! 今すぐ食べ放題デート行こうぜ!」


 大はしゃぎするイズを横目にルシアと目線を合わせたシンクは小さく頷いてロイケット社交界の思惑に乗ることにした。

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