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第5話 祝福される命

 窓の外から朝日が昇るのを眺めていると昨日の連絡どおり、明け方すぐに救助用ヘリコプターが山小屋まで迎えに来た。このためみんなでアデラをサポートしながら山小屋を出ることにした。


 つい三時間ほど前に無事出産を果たしたアデラはとても嬉しそうに我が子を抱きしめている。その姿を見る限り心身の疲労など忘れてしまっているのだろう。


 その変わりではないがキャロルのほうが出産したのではないかと思うほど、とてもやつれている。一方、お産を助けたルシアの顔には疲労がにじんでるが、それでも笑顔で赤ん坊を見つめている。


 出産した本人よりその周りが疲れているのはなぜだろう、と疑問に思うイズだが、みんなが嬉しそうなのでそれ以上気にすることはやめた。


「アデラさん。山を下りたらすぐご自身の検査をしてくださいね。一応適切な処置はしたつもりですが私もプロじゃありませんので。それに身ごもったまま雪山を登ったのですから体に負担がかかったでしょうし」


 アデラを救助用ヘリコプターに乗せるために肩を貸して歩くルシアは心配そうにそう話した。


「はい。そのつもりです。これからこの子の成長を見届けるためにも健康でいなきゃいけませんし」


「ええ、そうですね。そうしてください」


 そんな会話をして二人は笑い合っている中、イズはシンクやキューイと一緒に赤ん坊の顔を覗き込む。


「なあシンク。俺、命ってすげえって思ったよ。最初はみんなこんなしわくちゃで変な顔して生まれてくるんだよな。それにみんなに喜ばれて生まれてくるのもなんか感動したし」


「なんだよイズ。いつになく真面目じゃねえか。けどしわくちゃで変な顔は余計だけどな。またルシアにげんこつ喰らうぜ?」


「キューイ!」


 赤ちゃんを見たイズの第一声は「変な顔」であり、三時間ほど前ルシアにげんこつを喰らったばかりだ。その光景を見たアデラは大笑いしていたため、気にせず感想を述べたのだが笑顔のルシアがこちらを睨んでいる。


 どうせ後でお仕置きをされるだろうから無視して話を続けることにした。


「でもシンクはいいなー」


「俺が? どうしてだよ」


「だってシンクは両親生きてるから産まれたときどんな感じだったとか、みんなに喜んでもらえたかとか聞けるじゃん? でも俺の場合は両親の顔も名前も知らないし、なんなら生きてるのかもわからないからさ。なんも聞けないじゃん」


「ま、まあ……。そうだけどよ……」


 シンクだけじゃなくルシアの表情も曇った。するとアデラは小さく笑う。


「祝福されて生まれてきたに決まってるじゃない。イズの産まれた環境はわからないけれど、でも少なくともイズを産んだお母さんはきっと嬉しかったはずよ。生まれてきてくれてありがとう、って思ったはずよ。だって今、私がそうだもの」


「そっか……。そうなのかな。そうだと嬉しいな!」


 そんな話をしながらアデラたちを救助用ヘリコプターに乗り込ませた。イズが命名したキューイという七聖鳥もこのまま残しておくわけにもいかず、アデラたちと一緒に下山し、時期を見て再び霊峰メルルトに戻すこととなった。


 このためイズとシンクはキューイに別れの挨拶をしているとルシアとアデラが小声で何かを話しているため、それとなく聞き耳を立てた。


「ルシアさん。私ね。本当はロイケット社交界で諜報員をしている者なんです」


「ええ。なんとなくそんな気がしてました。ロイケット社交界はアクソロティ協会を抜けた者に居場所を与えるための支援をしています。そんな中、人によってはロイケット社交界に恩義を感じて諜報活動を志願する非魔術師もいますから。――それでどうして私に接触を?」


「はい。私……七聖鳥の保護にかこつけてルシアさんを説得に来たんです」


「説得? 私にどんな説得を?」


「ルシアさん……ロイケット社交界に協力しない気でしょ? だから世界のために戦ってくださいって説得に。――でも……今はそんな気持ち微塵もありません」


「それは……どうしてかしら?」


「子供を身ごもっている昨日までは……この子の将来のためにもアクソロティ協会と戦って欲しい。そう思ってました。でも……今日、我が子を産んで……この子がどれほど大事かって痛いほどわかりました。この子と一緒に生きて、この子の成長を見守りたい。そう思ったら……もうルシアさんに戦ってなんて言えません。――ねえ、ルシアさん?」


「なんです?」


「ルシアさんはロイケット社交界の幹部の方々と……もっとじっくり話し合うべきです。特に……ドナ・ロイケット様と。どんな選択をしようとあのお方は決してルシアさんを否定したりしません。悩んで悩んで悩みぬいて考えた……ルシアさんの決断ならば。――私……ルシアさんの行く道を応援してますから」


「ええ……そうするわ。ありがとう、アデラさん」


 そう言ってルシアは小さく微笑んだ。



 それから救助用ヘリコプターを見送った三人は陽の光を浴びながら不味いお茶をすする。


「なんか色々大変だったけど。でもあんたたちにとってもいい経験になったわね」


 そうルシアが話すとシンクは思い出したように首を傾げる。


「そういやルシアって赤ん坊を取り上げる勉強したのか? 俺には産むのと人の子を取り上げるって別の知識だと思ったからさ」


 ルシアは微笑みながら首を横に振った。


「多少の知識はあったけどしっかり勉強したわけじゃない。ただ必要そうなものを準備してそれっぽく処置しただけ。でも上手くいって本当によかったわ。内心ビビりまくってたもの」


「なるほどな。アデラおばさんの手前、勇気づけるために強がってたのか。でもやっぱルシアはすげえな。ぶっつけ本番でやってのけちゃうんだから」


「でしょでしょ? でもまあいつかあんたたちも結婚してパートナーが子どもを産むってなったときのいい勉強になったんじゃない?」


 そんな微笑むルシアを見てイズはふと思い出した。


「なあ、ルシア。質問あるんだけど」


「ん? なに?」


「男と女ってどうやって子どもつくるんだ?」


「へ?」


 ルシアは目を丸くしている。


「だからどうやって子どもつくるんだ? 交尾するのは知ってるんだけどさ。でも人間が交尾するときってどうやるのか俺わからないんだよなー。だからルシア教えてくれよ」


「えーと……。それは……。あれよ。今度その手の教育本があるから買ってあげるわ。それ見て勉強しなさい」


 そう言いながらそっぽを向くルシア。


「買わなくてもいいよ。口で説明してくれれば。――あ! それかルシアが交尾したときの状況とか話してくれれば――」


「――するかー!!」


 そんなルシアの大声が雪山に響き渡った。

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