第4話 アルフレイドという男
外に出たイズとシンクを待ち構えていたのは中型飛空艇から出てきたガラの悪い男たち。日中はキューイの捕獲を邪魔したからだいぶ怒っているだろうと予想していたがどこかご機嫌な様子だ。
団員たちは銃火器を持っている割に殺気立っていると言うより浮き足立っている。
そんな様子を見ていると男たちの中から荒々しい声がした。声の主は昼間イズが投げ飛ばしたハゲの男だ。
「あぁー! てめえは昼間のガキ! あのときはよくもやってくれたなあ、おい!」
「あっ! ハゲのおっさんじゃねえか! どうしたんだよこんなところで。散歩でもしてるのか? こんなに寒いのに」
「うるせえー! そんなわけあるか! あのときの借りを今ここで――」
「――邪魔だ」
「はあ? てめえこの俺になんて口聞いて……」
その言葉を言い終える前に体格の良い男が前に出てきてハゲ頭を片手で掴み、持ち上げる。
「うるせえよハゲ。お前はいつから俺より偉くなったんだ。あぁ!?」
「す、すみません! ライド団長!」
ハゲ男はライドと呼ばれる男に一睨みされると固まったように動かなくなってしまった。それからライドはハゲ男を後ろに放り投げ、イズたちに話しかける。
「すまねえなガキども。俺たちは今、七聖鳥って鳥を探してるんだが何か知らねえか? まだ雛鳥なんだけどよお。ここら一体探し回ったんだが見つからなくてな。そしたらこんなところに山小屋があるもんだから訪ねさせてもらったのさ」
ライドの言葉にイズとシンクは顔を合わせる。
「七聖鳥だってさ。なにか知ってるかイズ?」
「さあ知らねえな。――なあキューイ。お前何か知ってるか?」
イズの防寒着の中で暖を取っていたキューイが首元から顔を覗かせた。そして考える素振りを見せながら首を傾げる。
「キューイ? キューイ……」
「だよなあ。――心当たりないってよ、おっさん」
「そうか。知らねえんじゃあしょうがねえ……ん?」
ライドの目線がイズの首元に向く。
「おいガキ。それ七聖鳥じゃねえのか?」
「え? そうなのかシンク?」
「さあ。わからねーな。――おい、キューイ。お前七聖鳥なのか?」
「キューイ」
キューイは首を横に振る。
「違うってよ、おっさん」
団員たちは困惑しているようでガヤガヤと騒がしくなってきた。
「いや。そのキューイってのが俺たちの探している七聖鳥だ。ガキども。そいつを俺に譲ってくれ。金やるから」
「金くれるってよ。どうするイズ?」
「うーん。金くれるみたいだけどどうするキューイ?」
「キューイ!」
「あっはっはっは! ふざけんなって怒られちゃったよシンク」
「怒られたってよ、おっさん。どうしてくれんだ? ちゃんと謝れよな!」
ライドは今にもぶち切れそうなほど血管を顔に浮かび上がらせてイズたちを睨み付けている。
「野郎ども! このガキどもをぶっ飛ばせ!」
号令を受けた団員たちの雄叫びが夜の雪山に響き渡る。腰のサーベルを抜き、銃を構え、戦闘体制に入った団員たちの熱気がイズたちにも伝わってくる。
一方、隣にいるシンクは笑みを浮かべ、紫炎のオーラを放出しながら手を前に掲げる。
するとオーラの一部が具現化して刀の形を創り出し、それが白銀の色を帯びるとシンクはその刀を握った。レテルから貰った刀――夢幻白桜だ。
シンクはレテルから魔術の指南を受け、刀を自在に取り出せるようになった。それだけではなく、刀を用いた魔術も習得している。
「悪いな、イズ。あんまり騒いでもアデラおばさんの気に障るだろうから俺がさっさと終らせるぜ?」
「まじか!? 俺の活躍は無しってこと!? ――でもまあ仕方ないか。わかったよ、シンク。さっさと片付けちまえ!」
「おう!」
そう言ってシンクは刀を構え、鯉口を切った。
たったそれだけ。たったそれだけの動作で団員全員の武器が切断されてボトボトと雪原に落ちていく。
「次はお前らの腕を斬るぜ?」
唖然とする団員たち。けれど顔を強張らせるライドは覚悟を決めたように一歩踏み出してきた。
「こ、こんなガキ相手にライド様が舐められてたまるかよ!! 親父がいる前で無様晒すくらいなら俺は――」
「――お前本当にシンクに斬られるぞ?」
そう助言したイズは限りなく力を抜いてライドの顔面にゲンコツをお見舞いした。そのはずなのにライドの巨体は軽々と吹き飛んで中型飛空艇にぶつかる。
「あれ? かなり手加減したつもりなんだけど。なんかごめんな?」
意識を無くしてぐったり倒れるライド。その周囲に団員たちが群がっていく。もう戦意はないのかイズたちのことなど見向きもしない。
「これくらいで勘弁してやる。お前ら飛空艇に乗ってもう帰れよ?」
「キューイ!」
イズとキューイがそう語りかける。
「なんだなんだ? 俺に七聖鳥を献上するなんて意気揚々と口にしてたから酒飲んで待ってたのに。こんな坊主たちにやられたのか? なあ、ライド?」
中型飛空艇から黒髪の男が出て来た。すると団員たちは次々に「親父!」と口にして畏まった顔を見せる。
親父と呼ばれるには若々しい。ライドよりは年下に見えるがどんな関係なのだろうか、と考えていると視界から男の姿が消えた。
「ん? 銀髪の魔剣士? 今話題の若き十傑か。大人たちに祭り上げられて大変だな、お子様も」
魔術を行使したのか、高速で移動したのか、それはわからない。気づいたときにはイズとシンクの間に立っていた。
二人はオーラを放出しながら後方に距離を取って男を警戒する。けれど当の男は二人を警戒していないようでオーラすら放出せずにヘラヘラと笑っている。
「シンク。こいつ強いぞ」
「ああ……。イズ、俺に任せろ!」
紫炎のオーラを激しく燃やすシンクは鯉口を切る。その直後、無数の閃光が男に襲いかかる。しかしまるで弾かれたように光の粒子となって霧散していく。
けれどこれで終わりじゃない。シンクは一気に距離を詰めて男の首筋目掛けて抜刀した。
「なるほど。いい太刀筋だ」
「お、俺の刀を……止めた……?」
愕然としたシンク。その目線の先には刀の切っ先を指でつまんで止めた男がいる。シンクの放った斬撃は決して指で止められるものではない。それを止めたのはシンクが弱いからじゃなく、この男が強すぎるからだ。
「剣術だけじゃない。かなり器用で繊細な魔術を使う。さっき坊主が見せたのは指定した座標に直接斬撃を飛ばし、特定の物体のみを攻撃する魔術。しかも斬撃を多次元に配列し続けながら物体を断ち切るよう演算している。もし坊主がもっと大きな魔力を保有していたら……俺を殺せたかもな」
そう言って男は刃から手を離すとシンクは奥歯を噛み締めながら後方へ下がった。
男との実力差は歴然。とても勝てる相手じゃない。シンクはそれを痛感してか、ここからどう立ち振る舞おうかと苦悶する表情が見受けられる。しかしこれは単なる勝ち負けじゃない気がする。
殺して奪おうとすれば簡単なはずなのにそうする気配はなさそうだ。そもそもライド団は最初から話し合いや取引きで神鳥を手に入れようとする節があり、力による略奪は最終手段としているのかもしれない。
だから根は良い奴らと結論付けるのは安直すぎるがどうも引っかかる。
「というわけで坊主ども。俺には勝てないとわかったところでさっさと七聖鳥を渡せ。俺が穏便に話し合いしてる間にな」
「ふーん。おっさんは力でなんでも奪うのか」
「当たり前だ。空賊だからな」
「そっか。――なあ。おっさんってもしかしてアルフレイドって名前?」
「俺を知ってるのか? それなら話が早い。俺は子供でも平気で殺す殺人鬼だ。死にたくなかったら俺に七聖鳥を――」
「――ゴルフィート団もライド団も悪い奴には変わりないけどさ。でも根っからの悪者には見えないんだよ。それはおっさんもだ」
そう話すとアルフレイドはほんの少し押し黙ってから口を開く。
「見誤るなよ、坊主。俺が殺人鬼であることや空賊である事実は揺るがない。それは俺の人生であり誇りだ」
「そうか。なら俺を殺して奪ってみろ、アルフレイド。あんたの誇りを賭けて」
「おいイズ! 何言ってんだ!」
イズは首元からキューイを取り出すとシンクに押し付けた。
「キューイ頼むぜ、シンク」
「イズが考えてることは何となくわかる! でもやめろ! 危険だ!」
危険なことはわかっているが、ここでキューイを渡すわけにはいかない。渡してしまったらアデラが命懸けでキューイを保護しようとした意味が無くなってしまう。だからイズも命を懸ける。蔑まれし英雄と呼ばれる殺人鬼アルフレイドとの勝負に。
覚悟を決めたイズはアルフレイドに笑顔を見せた。
「俺は勇者になる男だ! 命を懸けてキューイを守る!」
「これから死ぬんだから守れてねえよ、坊主。まあ……お望みどおり殺してやる」
言葉の直後。アルフレイドから嵐のような殺意が吹き荒れた。
木々が折れ、建物が倒壊するほどの暴風。河川が氾濫し、街が水没するほどの暴雨。そんな危険な状況で身を守る術なくただ立ち尽くしたらちっぽけな人間の命など簡単に奪われる。イズは今そんな状況に置かれている。
甚大な被害を及ぼすほどの自然災害に立ち向かっている感覚。戦術や戦略がどうこうの話ではない。そもそも戦いではないのだ。子供一人で自然災害に抗うこと自体。
そんな強大な力を持つアルフレイドは拳を握り一歩、また一歩近づいて来る。災害を凝縮したような圧倒的恐怖のプレッシャーを放ちながら。
「これが最後だ、坊主。大人しく七聖鳥を渡す気はないか?」
アルフレイドの問いかけ。けれどイズの決意は揺るがない。
「ない!! 俺は勇者になる男だ!! 悪者なんかに絶対に屈しない!!」
「そうか。なら……夢のために死ね!!」
そう言って繰り出されたアルフレイドの拳。その拳はどんな山より大きく見えた。どんな鉱石より頑丈に見えた。どんな魔術や兵器より凶悪に見えた。そして人生で一番……死を間近に見た。
ヴェルフェゴールに初めて襲われたときに感じた死とは違う。あのときは不思議と不安や恐怖はなかった。けれどアルフレイドの拳は逃げ出したいと思うほどの恐怖を感じる。きっとそれだけ歴然とした力の差があるのだろう。
肉体が死を感じて必死に逃げようとしている。でもそれを心は必死に食い止めている。死ぬことよりもっと恐怖があると肉体に言い聞かせながら。
そんな確定した死を握りしめる拳がイズへと迫り来る。けれどイズは逃げない。目を逸らさない。思考を止めない。
真っすぐ死を見つめて、死を意識して、死を実感して、死を受け入れる。
そうして絶対の死を運ぶ拳は――イズの目の前で止まった。
繰り出した拳の衝撃と威力によって風圧が生じ、イズの黒髪を大きくかき乱し、足元に積もった雪が激しく舞い散る。
イズは死を覚悟していた。けれど死ぬ予定はない。アルフレイドが拳を寸前で止めると予想していたからだ。
それを察したらしいアルフレイドはイズを睨む。
「坊主。死ぬのが怖くないのか?」
「怖いよ。でも怖いのと逃げるのは別だ。俺は絶対に逃げない。恐怖からも……自分の運命からも!」
絶対に逃げない。死ぬことより、自分の夢から逃げて後悔しながら生きていくことのほうが何よりも怖い。そう思いながらアルフレイドを見つめ続ける。
そのうちアルフレイドは諦めたような笑みを浮かべて握った拳を解いた。
「参ったな。懐柔も脅しも通用しないんじゃあ、もう俺たちに七聖鳥を奪う手立てはない」
その言葉の後、アルフレイドは背を向けて中型飛空艇へと歩き始める。
「よーし! お前ら! 撤退するぞ! アジトに戻って反省会と言う名の焼肉パーティーだ!」
団員たちから歓声が上がり、囲まれながら中型飛空艇に乗り込もうとするアルフレイド。急な態度の変わりように唖然としながら後ろ姿を見つめているとシンクが声を上げた。
「おい! ちょっと待て!」
アルフレイドは振り返る。
「ん? なんだ? やっぱり俺に七聖鳥渡す気になったか?」
「そうじゃねーよ。一つ聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
「ああ。七聖鳥を欲しがるのはラミア石を入手するためだろう。けどキューイはまだラミア石を取れるほど成長してない。そこで俺の予想だが、あんたたちは時空を渡る七聖鳥の習性を利用して異世界へ案内してもらう予定だった。――違うか?」
「ほう。なかなか鋭いな、坊主。そのどおりだ。それで何が聞きたいんだ?」
「アルフレイド。俺もイズと同意見であんたは根っからの悪者には見えない。ゴルフィートの話だと反アクソロティ協会派らしいしな。――だから聞きたい。あんたたちにとってロイケット社交界は敵か? 味方か? それともどちらでもないのか?」
そうシンクは訊ねた。するとアルフレイドの顔がにやける。
「頭の回転が速くチャンスがあれば物おじせず聞き出す度胸は母親譲り。仲間のために体を張って貢献しようとするのは父親譲り。――けどな。俺、ガキの頃からあいつら好きじゃなかったんだ。なんかいけ好かなくてな」
「お、おい! 俺はそんな話を聞きたいわけじゃねえ! ちゃんと答えを――」
「――答えないって意味だよ。案外鈍いな、シンク・クロース」
奥歯を噛み締めて拳を握るシンク。一方、興味の対象を変えたらしいアルフレイドの目線がイズに向いた。
「おい、そっちの坊主。レテルとロイヤールのせがれの情報は入ってくるのに坊主の情報はまるで聞かない。――お前……何者だ?」
「は? 話聞いてなかったのか? 案外鈍いな、アルフレイド。俺は勇者になる男だ。だから今は勇者見習い!」
「いや、そうじゃねえし俺の煽りを真似すんな。――まあいい。なら坊主の名前は? 勇者なら名乗りを上げろ。フルネームでな」
「仕方ないな……。なら一度しか言わないからよく聞けよ! 俺の名前はイズ! イズ・アスタート! 勇者見習いイズ・アスタートだ!」
「アスタート……? ――なるほどな。そういうことか」
含み笑いを浮かべたアルフレイドは背を向けて歩き始めた。
「ちょっと待て! イズのラストネームがなんなんだ? それにまだ俺の話しは終わって――」
「――また会おう。シンク・クロース。イズ・アスタート。次は戦場で会わないことを願って、な」
そう言ってアルフレイドは笑いながら後ろに手を振る。そして団員たちと一緒に飛空艇の中へと入っていった。




