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第6話 誰がための戦い

 翌朝、宿屋で熟睡していたシンクたちはゴルフィート団に叩き起こされ、街の外れに停泊している奇妙な形の大型船まで連行された。


 甲板は団員たちで溢れているが、そんな状況などお構いなしにシンクたちは初めて乗った船に目を輝かせる。


「なんだ坊主ども。飛空艇に乗るのは初めてか?」


 野太く荒々しい声。振り向くとそこには身長三メートルは超える大男が腕組みをしており、腰には大きな斧を差している。


「飛空艇ってなんだ?」


 イズがそう問いかけると、大男は蓄えた髭を撫でる。


「言ってみれば飛空艇は空飛ぶ船だ。アクソロティウム素粒子の変調的な波長を用いて空気圧を変化させ、浮遊や飛行を実現する。十年前の旧世界では考えられない高度な航行技法よ」


「「空飛ぶ船!? すげー!」」


 シンクはイズと顔を見合わせて目を輝かせた。抑えられない興奮をそのままに飛空艇のことを矢継ぎ早に質問すると、まんざらでもない表情の大男は甲板に腰を据えた。


「よし! お前ら気に入った! 俺に何でも聞いてみろ!」


 勢いよく手を挙げて我先に質問を答えてもらおうと興奮するシンクとイズ。大男は舌なめずりをしながら値踏みし、最初の質問者に指を差した。


「よし! まず先にそこの黒髪の坊主! 名前と質問を述べよ!」


 元気良く発声したイズは姿勢を正す。


「イズです! 十年前の旧世界って何ですか!」


「なんだと! まだ学校で習っていないのか!? ――ならばいいだろう! 俺が授業してやる!」


 大男は手を叩いて団員を呼び、何かの指示をした。すると団員は一度船室に戻り、すぐにキャスター付きの大型モニターを押してくる。次いでノートパソコンを受け取った大男は太い指で素早く繊細にキーボードを叩いた。


「おじさんなんか凄いね!」


 思ったことを率直に述べたイズ。大男は嬉しそうに笑う。


「俺は器用な男でな。事務作業もお手のもの――よし! できた! では坊主ども! まずはこれを見よ!」


 大男の掛け声とともにモニターに映像が流れた。


 そこには青空に黒い稲光が走り、世界中が真っ黒に染め上げられていく不気味な光景が映る。都市に乱立する建物を取り囲むのは叫び声を上げる住民たち。


 這い寄る漆黒の闇から逃げ場の失った人々が密集する。次第に闇に飲まれて叫び声が聴こえなくなる。形を持った死から逃げ惑う哀れな人々。全てを飲み込む闇に人の身では抗うこともできない。


 そのうち映像が大きく乱れて逃げ惑う光景が映ると画面が黒く塗りつぶされた。


 地獄はおとぎ話の中でしか聞いたことがない。けれどもし地獄があるのだとしたらこういった光景なのだろうと二人は息を呑む。


 次に数秒と経たず別の光景が映った。先ほどの地獄絵図から一変して天国に来たかのような光景。青空から差し込む陽光が眩しい。


 空を向いていた映像が地上を映すと再び光景が一変する。


 先ほどまで乱立していた高層ビルが並び立つ。しかし見たことのない不自然な建造物が映像処理を間違えたバグのように合成されている。


 それが現実に起こった出来事であると認識したのは、先ほどの人々に混じって衣服の異なる人々が困惑している様子と、上空に浮遊する異形の生物が奇怪な声を上げている光景を見たときだ。


 上空から滑空してきた異形の生物たちが人々を襲い始める。地上の集団は肉体から透明な蒸気を沸き立たせ、異形の生物と対峙したところで映像が止まった。


 臨場感溢れる映像。二人は息を呑み、手に汗握りながら食い入るように映像を見終わった。


「これが十年前に起こった『超常の災害』と呼ばれる出来事よ」


 ノートパソコンを閉じて団員に手渡す大男はモニターを片付けるよう指示する。


「アクソロティウム素粒子の実験中に大規模な量子もつれが起きたのだ。それが原因でメルトリアと異世界ディアタナ及び地球の一部が同化してしまった。しかもこの事故の影響で空間的な歪が生じてな、不安定な状態を保ちながら世界は繋がりを持ってしまったわけだ」

 

 大規模な事故の影響で本来交わることのない三つの世界が混在し、未だ混迷しながら皆が生きていることは理解できた。しかしシンクは今の映像と説明に疑問がある。


「待たせたな! では次に銀髪の坊主! 名前と質問を述べよ!」


 元気良く発声したシンクは姿勢を正す。


「シンクです! 突然、混沌とした世界に変化したのに人類が統率された行動をとり過ぎていると思います! この世界を統制する組織があるのですか⁉ その組織の人たちが不思議な力を持っているんですか⁉ あとアクソロティウム素粒子ってなんですか⁉」


 大男は髭を撫でて大きく唸り声を上げる。


「子供とは思えぬ論理的発想。実に良い質問だ」


 大男は指を鳴らして団員を呼び、何かの指示をした。


 シンクは毎回この儀式的な行為を行わないと説明できないのかと質問したい。けれど気分を害して答えが返ってこないのは不利益だと判断し、そのことは口には出さない。


 団員が携帯用サイズのディスプレイを大男に手渡した。大男は太い指で繊細にフリック入力すると画面をこちら側に向けてきた。


「それについては説明不要。この組織がプロモーション動画を公開している。これを見たほうが早い!」

 

 大男の掛け声とともに、プロモーション動画が再生された。


 ――物理学研究者アレン・ローズが発見した宇宙空間を構成しているアクソロティウム素粒子は『アクソロティ』の発明という人類史に永遠と語り継がれる偉業を成した。


 アクソロティ。それは脳内ニューロンネットワーク上のインパルスにのみ定着し、従来の電磁波による方法では観測されないアクソロティウム素粒子を核として人工知能と高機能を搭載した機械装置『ナノマシン』の名称である。


 ウイルスよりも小さいアクソロティは細胞内に侵入し、遺伝子配列を書き換えるだけでなく、原子・分子組織構造すら自由に組み替える技術があり、細胞内で自家発電するためエネルギー切れはなく、永久に活動を止めない。


 さらに面白いのは脳内に流れるインパルスと干渉することから、思考によりアクソロティを意図的に制御することが可能であることだ。


 このアクソロティを体内に取り込み、自在に操作できるようになった者は分子配列を自在に組み替えて自然現象を操り、奇跡や幻想を創造する。


 テクノロジーにより作られた魔術師誕生の瞬間である。


 空想上の物語を現実に変えたこの出来事は世界中で大いに祝福され、そして現在、アクソロティ協会は世界政府という立場からメルトリアに蔓延る全ての脅威に立ち向かい、世界中の期待を一身に、人類のため、恒久的な平和のため、日々、任務に邁進しているのだ――。


 動画が終わり、シンクは自然と周りの団員と一緒に拍手をした。隣のイズはいびきをかいて寝ている。


「アクソロティ協会ってすごっ!? まさに世界の救世主じゃん!」


 頷いて共感する大男は太ももを叩き、いかつい笑顔を見せる。


「そのとおり! その救世主たちと命を懸けた殺し合いをするのが空挺海賊ゴルフィート団。そして何を隠そうこの俺がゴルフィート団の団長! ゴルフィート様よ!」


 豪快に笑うゴルフィートと周りの団員。一緒になってシンクも笑い声を上げる。けれどいつしか静まり返っていて、シンクだけが笑い声を上げていた。


 ゴルフィートはシンクを睨み付けながら野太い怒声を発した。


「お前らか⁉ 俺の可愛い家族たちを可愛がってくれたのは⁉」


 状況が一変した。随分と親切な男だからシンクも気を許してしまっていたが、やはり荒くれ者どもの首領は部下たちと本質は変わらない。気性が荒く暴力で事態を解決することを目的とした集団だ。


 地鳴りのような怒声でようやく目が覚めたイズは上体を起こす。


「へ? なに? 何が起きたの?」


「とぼけるんじゃねえ! 昨日の飯屋の一件! 忘れたとは言わせねえぞ! お前らのおかげであいつは今も寝込んでるんだ!」


 昨日の飯屋という言葉を聞いてイズは目を輝かせた。


「思い出したぜ! ゴル、ゴル……ゴルゴム団だろ! ――それでどうだった?」


「思い出してない! ゴルフィート団だ! ――どうってなんの話だ?」


「またまた! じらしてくれるなー。昨日俺が男の顔に落書きしたろ? そいつがどんなリアクションだったか教えてくれるんだろ?」


「ああ、そうか。それは随分と味な真似してくれたじゃねえか。きっとあいつも喜んでただろうよ」


「よ、喜んでた? 意味がわからねえ……。――どういうことだ? シンク」


「構ってくれて嬉しかったんだろうな。友達少ないんだよ、きっと」


「そういうことか! それはよかったぜ!」


 ゴルフィートの顔がみるみる赤くなっていく。


「ふざけてんじゃねえ! 俺たちゴルフィート団は泣く子も黙る空挺海賊! そんな俺たちが坊主二人に舐められるわけには……いかんのだー!」


 地鳴りのような声を上げたゴルフィートは腰の斧を抜いて両手で掴み、イズ目がけて思い切り振り下ろした。


 凄まじい衝撃が伝って飛空艇を揺らし、風圧が辺り一面に走る。団員たちは笑い声を上げて喜んでいる。――ゴルフィートを除いては。


 イズはあぐらをかいたまま振り下ろされた斧の刃を両手で受け止め、ニヤリと笑みを浮かべた。


「なんだおじさん。図体の割に大したことないんだな」


「こ、こいつらまさか⁉ ――か、かかれー! お前らー! もう脅しはいらん! 殺す気で戦えー!」


 ゴルフィートの掛け声で団員が一斉に襲い掛かってくるが、先手を切ったシンクは素早く移動し、次々と団員を制圧する。


「全然張り合いねえな! もっと強い奴はいないのか!」


 団員たちは完全に委縮しており、シンクに近づこうとしない。ゴルフィートに目を向けると両膝をついて腹を抑えていた。


「くっ! や、やはりお前ら……」


 うずくまるゴルフィートの正面には拳を固めるイズの姿。


「結構手加減したつもりなんだけど、力加減難しいな」


 イズの圧倒的な戦闘力の高さはゴルフィートを一切寄せ付けない。これならゴルフィート団制圧も容易いと思っていた矢先、シンクの後方から声がした。


「え? 何して遊んでるの? きみたち。僕も混ぜてよ」


 振り向くとそこには黒ローブを着た小柄の人物が宙に浮いていた。


 身の丈は大人とも子供とも区別がつかない。深く被ったフードから覗かせる顔や声も同様、男か女なのかも区別がつかない。


「まさか⁉ ハルマトラン派閥の貴族ヴェルフェゴール⁉ 何故こんなところに⁉」


 そう叫ぶゴルフィートの表情がこわばっている。何もわからない。何も理解できない黒ローブの人物。しかしゴルフィートにとって恐怖の対象であることは理解できた。


「ハルマトランって誰?」


 シンクの問いかけにゴルフィートが唸り声を上げる。


「異世界ディアタナに住むマレージョという種族の第一王子の名がハルマトラン。そしてマレージョの王家に使える八貴族の一人がこやつヴェルフェゴールだ」


「ディアタナのマレージョか。超常の災害でメルトリア人と戦っていた魔物だな」


「戦っていた、ではない。今も現在進行形で戦っているのだ。メルトリア人とマレージョは。十年経った今も戦争は継続している」


 ふーん、と相槌を打つシンクは疑問が生じて首を傾げる。


「でも異世界人なのにメルトリア語を話すんだな、マレージョは」


「マレージョは狡猾で頭が良い。この十年で言語はおろかメルトリア文化すら知り尽くしている。そして高度な文明を持っている。メルトリアで航行する飛空艇は全てマレージョの設計技術を盗み、建造されたものだ」


 ゴルフィートとシンクの会話をつまらなそうに聞いているヴェルフェゴールは小柄な体を浮遊させながら周囲を見渡している。


 退屈そうな瞳。その瞳の奥底にギラギラとした殺意を感じたシンクは背筋をゾッと凍らせた。


「何故か魔力を感知できないけど……多分きみたちだよね? アレン・ローズが制定したふざけた計画。神の子供達計画。そのセカンドチルドレンってのは」


 シンクに目を合わせてそう話すヴェルフェゴール。不満げな表情のイズが割って入ってきた。


「おいおい! ずるいぞ! 俺も話に混ぜろ!」


「イズ。今、そういう状況じゃ――」 


 そのとき、赤い閃光が走った。肉眼で捉えられないほど高速で走った赤い閃光はゴルフィートの左腕を通過して消え去る。


 次の瞬間。ポトリと落ちた左腕とともに甲板に血飛沫が拡散する。


 滝のような流血が甲板に広がってできる鮮血の血だまり。その血だまりの中に野太い唸り声を上げるゴルフィートの巨体が倒れた。


 団員たちより先んじてゴルフィートに駆け寄ったシンクとイズは声を荒げる。


「右肩を下にして横に寝かせる! 誰か手伝ってくれ!」


「こっちも手伝え! 切断部を持ち上げてとにかく圧迫止血する! あと清潔なタオル持ってこい!」


 応急措置が少しでも遅れてしまえばゴルフィートは命を落とす。そんなことはさせまいとシンクとイズは懸命に人命救助を行う。その周囲で必死にゴルフィートの無事を願う団員たち。


 虚ろな目をする瀕死のゴルフィートは突然何かを思い出したような表情を浮かべ、弱々しく口を開く。


「狙いはセカンドチルドレンか……。何故……子供たちを狙うのだ。お前たちにとって、子供たちはメルトリア侵略の障害ですらないはず……」


「どうだっていいだろ? 僕たちの目的なんてさ。それにここで死んだほうが楽になれる。どうせアレンのろくでもない計画に踊らされて、苦しんで死ぬ運命なんだから」


 そう言葉を残したヴェルフェゴールは上空まで飛び上がると、体から赤黒い湯気のような気体を放出させながら片手を掲げた。するとヴェルフェゴールの周囲に炎で構成された巨大な槍が発生する。


 炎の槍は次第に数を増やし、青空を灼熱で埋め尽くす。その槍先は全て飛空艇へと向けられている。


「さようなら、脆弱で儚い命の諸君。せめて楽に逝きな。――インフェルノ・グングニル」


 言葉が終わり、ヴェルフェゴールは号令代わりに手を下ろした。その直後、炎の槍が一斉に降り注ぎ、飛空艇に乗る全ての者たちに襲い掛かる。


 死ぬという行為は誰しもが初めてで、誰しもが最後の経験となる。死ぬのは怖い。そのことに年齢は関係ない。だから団員たちは皆、目を閉じて命の終わる瞬間を恐怖して待つ。


 けれどシンクとイズは最後の最後まで直面する危機から目をそらさず、自分の命を奪う炎の槍を睨みつけた。


 それぞれが終わりの瞬間を待ち、視界が暗転した。

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