第3話 強者の務め
破水をして約二時間後にアデラの陣痛が始まった。ルシア曰くこれから段々と痛みが強くなり、陣痛の間隔は短くなってくるらしい。
そんな説明を受けた後、アデラを山小屋に常設されたベッドに寝かせた。キャロルは無線で近くの大きな街に救助要請をしており、朝になったら救助用ヘリコプターが迎えに来る手はずとなっているものの、念のため寝ずの番をすることとなった。
こうして不味いお茶を飲みながら朝を待つ五人は「朝になるまでお腹の赤ちゃんが待っていてくれればいいね」などと話しながら午前二時を過ぎた頃、アデラの容態が急変した。
陣痛の持続時間は長くなり、陣痛の間隔は短くなった。このため急いでお湯を沸かしたり、毛布やタオルをたくさん用意したりとルシアに指示を受けながらイズとシンクはお産の準備をする。
夫のキャロルは妻の容態を心配するあまり軽い錯乱状態になっていたのでお産の邪魔だと判断し、別室に寝袋を用意して強制的に横にさせることにした。
こうして全ての準備を終えたイズとシンクはやることが無くなり、ふと窓の外を眺めると雪が止んでいたので裏口から二人で山小屋を出た。
夜の雪山は寒いけれどとても空気が澄んでいて気持ちが良い。それにいつの間にか雪雲はどこかへ消え、夜空には満点の星々が輝いている。
「なあシンク。俺、今までよく考えてこなかったけどさ。人間ってどうやって赤ちゃんつくるんだろう」
「俺も詳しくは知らねーよ。まあラミアーヌ島で見たエルマーさん家の養豚場の様子から察するにオスとメスを交尾させるんだろ」
「それは知ってるけど人間もそうなのか? だとしたらどうやるんだ?」
「知るかよ。今度ルシアに教えてもらうしかねえな」
「そうだな。――そういやなんで男と女って別々の種類で産まれるんだろう。一種類なら簡単なのに。シンク知ってるか?」
「さあ。それもルシアに聞くしかないだろうな」
「そうか。命って不思議だな。――そういや一番最初に産まれた生き物って誰が産んだんだろう。シンク知ってるか?」
「うーん。確か海から産まれたって本で読んだな」
「まじか? 海はお母さんってこと? 海ってすげー! そういや海ってなんで青い色して――」
「――めんどくさい奴だなお前も!」
そんな話をしている二人に影が差した。不思議に思って夜空を仰いだタイミングで風に煽られ目を細める。どうやら何かが頭上を通過したようだ。
急いで振り向くと中型飛空艇が旋回しながら高度を下げていた。山小屋の前に着陸しようとしている。搭乗しているのはおそらくライド団だろう。
「やっぱり来やがったな。――おい、イズ。とりあえずルシアに報告しようぜ」
「だな!」
イズたちは急いで山小屋の中に入る。するとベッドに寝かせていたアデラは股を開いて苦しそうな顔をしており、ルシアはお湯で浸したタオルを絞っていた。
一方、キャロルはアデラの隣で頭を抱えながらうろたえている。
「ああクソ! どうしてこんなときにあいつらが来るんだ! 一体どうしたらいい……。――そうだ! 理由を話して帰ってもらうってのはどうだろう!?」
アデラは苦しそうな顔を横に振る。
「ダメよ! これから出産しますので待ってくださいなんて言ったらここぞとばかりに奴ら脅迫してくるわ! 七聖鳥を渡せってね! それは絶対ダメ!」
「ああ……でもどうしたら……。 僕は夫として……父親として……家族を守らなきゃいけないのに……。こんな……こんな一大事にどうして僕は何もできない……不甲斐ない男なんだ!」
自分を責めるキャロル。そのキャロルの手をアデラは優しく握る。
「そんなことない。あなたは立派に父親してるわ。だってこんなに私たち家族のために悩んでくれているじゃない」
「アデラ……。でも……想いだけで家族を守れるわけじゃない。僕は……無力だ……」
「そうですね。想いだけじゃ人は守れません」
みんなの視線がルシアに集まった。ルシアにしてはとても冷たい言葉だ。
「申し訳ないですが……私は力の無い弱い人間は奪われて当然の存在だと思っています。だって環境に適応出来ず、進化できない種は絶滅するのが自然の摂理でしょ?」
「で、でも。ルシアさん……」
アデラやキャロルは悲しい顔をしている。冷たくて強い言葉を口にするルシアはほとんど見たことがない。それだけこの会話はルシアにとって大事なことなのだろう。
そう思って傍観しているとルシアは手に持っていたタオルを強く抱きしめて会話を続ける。
「だけど……だからと言って弱い人間を見捨てていい理由にはならない。これから産まれる儚くて小さな命を守らない理由にはならない。弱い者を守り……手助けするのが強者の務め。――あんたたちはどう思う?」
ルシアの瞳がイズとシンクに向けられた。
単なる問いかけではない。これはきっとルシアの教えだ。そうしなさいと。そうあるべきだと。でもその教えを理解して、納得して、実行するかは自分で決めなさいと。――そう、ルシアは教えているのだろう。
でもそんなの今さらだ。ラミアーヌ島を旅立って、冒険を初めてずっと人助けをしてきている。そしてそれはシンクも同じ気持ちのようだ。顔を向けるとシンクはやれやれと言った表情をしている。
「ルシア。俺には難しいことはよくわからないけどさ。でも困ってる人を助けるのは当たり前のことだろ? それに俺、赤ちゃん見てみたいし」
「イズの言うとおりだぜ、ルシア。困っている人を見捨てるのは簡単だけどそんなのカッコ悪過ぎる。それに俺たちはずっと正義の味方やらせてもらってんだ。今さら助けない道理なんてねーんだよ」
「ちょっと待って。正義の味方? 悪戯っ子の間違いでしょ」
そう言ってルシアは笑ったのでイズとシンクも声を上げて笑う。それからルシアはアデラとキャロルに目を向けた。
「と言うわけです。アデラさん、キャロルさん。後は私たちに任せてください」
アデラとキャロルは未だ困惑している様子だが、後はルシアに任せて大丈夫だろう。そう思ったイズはシンクに目配せをして外へと向かう。
「な、なにしてるんだきみたち! 相手は大勢いるんだぞ!? それにいくら強くたってきみたちはまだ子供だ! 危険すぎる!」
血相を変えたキャロルの声。けれどイズとシンクは止まる気はない。
「うろたえるなよ、キャロルおじさん。俺たちの心配してる場合じゃないだろ? ――そんでアデラおばさんは苦しくても負けるなよ! 赤ちゃんだってアデラおばさんたちに会いたくて頑張ってんだから!」
「イズの言うとおりだ。キャロルおじさんは奥さんと赤ちゃんの心配してろ。――あとルシアはこんだけ大口叩いたんだから絶対に失敗すんなよ!? アデラおばさんと赤ちゃんを手助けしてやってくれ!」
「まったく。誰に向かって言ってるのかしら? 私はルシアよ? 大成功に決まってるじゃない!」
「ま、待ってくれ! きみたち待――」
「――大丈夫ですよ。あの子たち本当に頼りになるから。――さあ、キャロルさんはアデラさんの手を握って出産の応援してください!」
そう言ってキャロルの手を引っ張るルシアを見た後、イズとシンクも自分たちの戦場へと向かうことにした。




