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第2話 猛吹雪の山小屋で

 ルシアの予想通り一寸先も見えないくらいの猛吹雪になった。


 窓の外を眺めていたイズは先ほどの男たちが追って来ないことを確認してからカーテンを閉め、後ろを振り向く。シンクは男性と一緒に暖炉に薪をくべており、ルシアは女性に毛布を与えて椅子に座らせている。


「外真っ白で何も見えないから明かりつけても大丈夫そうだな。――というわけでおばさん。あいつら追って来なさそうだぜ? まあ敵がたくさん来ても俺が一瞬でやっつけるから安心しろよな」


 イズがそう話すと女性は優しく微笑んだ。


「ありがとう、坊や。ええと確かイズ……だったかしら?」


「おう! 自己紹介がまだだったな! 俺の名前はイズ! 勇者になる男だ! ――そんでそっちが親友のシンク。そっちが太っちょルシア。俺たち三人で世界中を冒険してるんだ!」


 そう答えるとルシアに睨まれたが、イズは無視して女性に笑みを返す。


「そう。世界中を冒険か。いいわね。――私の名前はアデラ。こちらは夫のキャロル。私たちはとある生物の生態調査をしている団体でね。さっきの密猟者たちがこの子を狙ってるって情報が入って居ても立ってもいられずここまで来たの」


「この子?」


 イズが尋ねるとアデラの胸の中から青い鳥がひょっこり顔を出した。


「キューイ」


「キューイ?」


「うお!? 七聖鳥じゃねーか!? 懐かし!」


 神鳥に挨拶をされて首を傾げるイズ。一方、薪をくべるのをやめたシンクはアデラに近づいてまじまじと神鳥の顔を覗き込む。


 イズは七か月前に親と子の神鳥を見ているが、シンクは冒険を初めてすぐに出会って以降一度も見ていない。だから懐かしいのだろうか。いや、懐かしいのはラミアーヌ島を思い出したからかもしれない。島を旅立っていつの間にかもう一年以上も経過している。


「あら? シンク。あなた七聖鳥を見たことがあるの?」


「あるぜ! 俺もイズも! なんたって俺たち故郷を旅立って最初に食べ――」


「――そ、そう言えばアデラさん! どうして七聖鳥の生態調査をしていらっしゃるの?」


 妨害するようにルシアが会話に横入りしてきて、シンクはハッとして口をつぐむ。その様子を見ながら七カ月前ミウに注意されたことを思い出したイズは一人ほくそ笑む。


 ふと気がつくと暖炉の火が柔らかい光を放ち、冷え切っていた山小屋もほんのり温かくなってきた。吹雪で陽の光が遮られていたのでわからなかったが、時間帯からしてもう日暮れだ。


「私、アクソロティ協会で研究者をしていまして。超常の災害を契機に退職してからもある方から支援を受けて七聖鳥の研究を続けているんです」


 アデラの言葉を受け、ほんの少しルシアの顔が曇る。


「そうなんですか。でもよくアクソロティ協会を辞められましたね。その……引き止められませんでした?」


 ルシアが訊ねるとアデラはくすくすと笑う。


「魔術師の方はそうでしょうね。あるいは役職持ちの方なら。でも私はアクソロティを体内に投与していない非魔術師。しかも末端の研究員。普通に退職できましたし、そもそも殺されるの覚悟で逃亡したりはしませんわ。私ではアクソロティ協会から逃げ切れませんもの」


「そう……でしたか。変な話を聞いて申し訳ありません」


 会話から察するにアクソロティ協会は基本的に辞められないらしい。一度務めたら死ぬまで雇用。しかも逃げたら殺される。何とも楽しい職場だ。


 けれどルシアはそんな場所から逃げ出そうとしている。娘のミウを連れて。でもアクソロティ協会から逃れられないと悟ったから異世界へと逃げるのだろう。


 ディアタナに逃げるのか、それとも地球に逃げるのか。いずれにしてもルシアの行く先が幸せなものであればイズは嬉しい。


「なあアデラおばさん。七聖鳥の名前の由来ってさ。七羽の神鳥が異世界から飛来するところからきてるんだろ? 観察や研究できるほどの個体数じゃない気がするけどそこんところどうなの?」


「鋭いわね、シンク。私が観察している限り、多分メルトリアに飛来した七聖鳥の生き残りは幼鳥のこの子だけ。一年半ほど前まではこの子の兄に当たる若鳥の観察もしていてね。オウロピア大陸の方角に飛んで行ったところまではわかっているのだけれど、弟を残して一向に帰って来ない。きっともう生きてはいないでしょうね」


 アデラの説明を聞いたシンクとルシアは顔をしかめる。


 確かにその若鳥は生きていない。でもイズとシンクのお腹を満たし、血肉となって生きている。そう、命を繋いだという意味で二人の中で生き続けているのだ。


「大丈夫だぞ、アデラおばさん。キューイのお兄ちゃんは今も生きてる。俺たちの血肉と――」


「――そ、そう言えばアデラさん! 随分とお腹が大きいですが、出産のご予定はいつなんですか!?」


 ルシアのあからさまな話題そらし。アデラは少し怪訝そうな顔をしたがすぐに表情を戻して質問に答える。


「出産予定日は約三週間後です」


「でしたら雪山に登っている場合じゃありませんよ! 安静にしてないと! 私も娘を産んだことあるからよくわかります! 体に負担をかけると母子ともに何があるかわからないんですから!」


「そうなんだよ! 七聖鳥の保護は僕が行くって何度も言ったのに全然話聞いてくれなくて!」


 口早に愚痴るキャロル。両手には湯気の立つ五人分のマグカップを持っている。どうやら温かいお茶を淹れてくれたようだ。


「ごめんなさい。だけどあなた一人じゃ心配だし。それにこの子を保護しないと安心して我が子を産めないわ」


「アデラの性格はわかってるつもりだけど……今回ばかりは僕だって言わせてもらうよ。もうきみ一人だけの命じゃないんだ。僕には二人の命を守る義務がある」


「本当にごめんなさい。でもルシアさんたちのおかげで無事この子を保護できたし良かったわ。後は彼らに見つからないよう下山できればいいのだけれど」


 お茶をすすっていたシンクはマグカップをテーブルに置くとアデラに目を向ける。


「彼らってあのハゲだろ? もう夜になるし、こんな猛吹雪じゃこの山小屋は見つけられないって。朝にでも下山すれば大丈夫だ。あの程度の奴らなら俺かイズ一人で楽勝だしな。――ってかこのお茶不味いな」


 同じくお茶をすすっていたアデラもマグカップをテーブルに置いた。


「彼らはライド団っていう空挺海賊なの。きっと今頃空から私たちを捜索していて、吹雪が止んだらこの山小屋に乗り込んで来るわ。大勢の仲間を引き連れてね。――なんかこのお茶後味悪いわね」


 お茶をすすっていたルシアは唸り声を上げる。何か思うところがあるらしい。


「なんだ、ルシア。なんか知ってるのか?」


 イズが訊ねるとルシアは小さく頷いた。


「ええ。ライド団はね。あんたたちが冒険を初めて最初に戦ったゴルフィート団と同じ組織なの。シンクの言うとおりあんたたちなら大した相手じゃないわ。でも……七聖鳥を探してるって言うのがまずいわね。もしかしたらアルフレイドの命令があったのかもしれないわ。――あら? このお茶ちょっと微妙な味するわね」


「ゴルフィート団? あれ? ゴルゴム団じゃなかったっけ?」


 そう言ってシンクに目を向けると腕を組みながら何やら難しい顔をしていた。


「ゴルゴム団はイズが間違えて覚えた名前な。――それよりもイズ。俺は今の話に二つほど疑問が生じたぜ」


「なに? 疑問だと? その疑問、一応俺にも教えてみろよ、シンク」


 そう問いかけると何が面白いのかルシアとアデラはクスクスと笑っている。疑問に思いながらイズは一口お茶を飲む。すると口の中に強烈な渋みと酸味と薬のような独特の臭みが広がっていく。


「このお茶不味っ!! なんだこの味!! この臭い!! ――おい! キャロルおじさん!! 俺を馬鹿にしてんのか!?」


「ええ!? そんなに不味いかい!? 健康に良いって評判の茶葉で結構高かったのに……」


「そういうとこだぞ!! キャロルおじさん!!」


「ど、どういうこと……?」


 シンク、ルシア、アデラの三人はゲラゲラと笑い、キャロルは困惑している。するとアデラの胸の中にいた神鳥のキューイは羽ばたいてイズの左腕にとまった。


「キューイ?」


 どうやら話題のお茶を一口飲んでみたいらしい。このためイズはマグカップをキューイのくちばしへと近づける。キューイはそっとお茶にくちばしを近づけて一口飲むと――。


「ピギュー!?」


 あまりの不味さから翼を乱暴にばたつかせて怒りを露わにする。


「あっはっはっはっは! キャロルおじさんキューイに凄い怒られてんじゃん!」


「ぐぬぬ……」


 腹を抱えて大笑いするイズ。落ち込んでガックリと肩を落とすキャロル。ふと目を向けるとアデラは微笑ましい顔をしていた。


「その子と仲良しになったのね、イズ。それとキューイって名前素敵ね。鳴き声もそうだから覚えやすいし」


「え? でもキューイは自分でキューイって言ってたけど?」


「そうね。キューイって鳴いてたし」


 いまいち会話が嚙み合っていない気がする。マグカップをテーブルに置いたイズはキューイに目を向けると先ほどのシンクの話を思い出した。


「あ! そういえばシンク! さっきの疑問ってなに?」


 そう問いかけるとシンクは未だ笑いの余韻が残った顔をしながら口を開く。


「ああ。一つは奴らが飛空艇を所有してるってことだよ」


「ん? 飛空艇持ってると何か疑問あるのか?」


「考えてみろよ、イズ。俺たち一年以上世界を旅して、飛空艇って頻繁に見たか?」


「そういやあんまり見ないな」


「だろ? 俺もアクソロティ協会が所有している飛空艇以外ほとんど知らない。飛空艇ってかなり希少なんだよ。それなのに奴らは一団体に一隻持ってるっぽい」


「でもアクソロティ協会以外で飛空艇持ってたって不思議じゃないだろ? 俺、飛空艇で行く世界一周旅行ってパンフレット見たことあるぜ?」


「それ富裕層向けの旅行企画だろ? つまり一般の奴らはそう簡単に所有できる代物じゃねーんだよ。それにイズは覚えてねーかもだけどゴルフィートが説明してたんだ。メルトリアで航行する飛空艇は全てマレージョの設計技術を盗み、建造されたものだってな。つまりマレージョと力で渡り合えるアクソロティ協会以外に技術盗用は難しい。仮に一般人が保有しても整備する技術がないからアクソロティ協会の助けが必要になる。よってアクソロティ協会及び一部の関係者しか飛空艇は所有できない」


「な、なるほど。さすがはシンクだぜ! 頭良いな! つまり悪者が飛空艇持ってるのは不思議ってことだな! ――それでもう一つの疑問は?」


「もう一つはアルフレイドって奴の話だ。さっきの話の流れからアルフレイドはゴルフィート団やライド団の親玉的存在なんだろう。そんで今の話に関係するが大した力もないゴルフィート団やライド団は飛空艇を所有している。アルフレイドは部下に飛空艇を与えているのかもしれない。そう考えるとアルフレイドはアクソロティ協会と互角に渡り合える実力があるし、飛空艇を保有し続けられる組織力がある。――俺はそう睨んでるんだけど……」


 そう言ってシンクの目線がルシアに向いた。ルシアは微笑みながら小さく頷く。


「御明察。シンクの言うとおり。――アルフレイドはね。元アクソロティ協会所属の魔術師でゼロの部隊長だった男。そして超常の災害で英雄と呼ばれるほどたくさんの人を救い、その後たくさんの人の命を奪った……蔑まれし英雄なの」


「蔑まれし英雄? 今の話だとアルフレイドって奴はアクソロティ協会を裏切ったのか?」


「ええ。アクソロティ協会から追われ、超常の災害を知る者には世界的な殺人者として恐れられる男。それがアルフレイドなのよ」


 アルフレイドの話をするルシアの表情は暗い。もしかしたら二人は仲が良かったのだろうか。あまり踏み込んで聞くのは良くないのかもしれない。そう考えながら二人の会話を聞いていると足元に水が流れていることに気づいた。


 お茶でもこぼしたのだろうか。そう思って水の流れる先を目で追っていくとアデラへと辿り着いた。どうやら防寒着のズボンの裾から流れているようだ。


「アデラおばさん。おしっこしたかったならちゃんと言えよ。言ってくれれば俺トイレまで連れてってあげたのに」


「おしっこ? なんのこと?」


 不思議そうに首を傾げるアデラはイズの目線を辿って顔を下げる。すると突然お腹を抑えながら強張った顔を見せた。


「は、破水してる!? どうしよう!」


「う、うそだろ!? なんでこんなときに! だから雪山に登るのは反対だったんだ!!」


 頭を抱えながら慌てふためくキャロル。それがより焦りを増長させるのかアデラの表情は次第に青ざめていく。一方、ルシアは強張った表情を見せながらも落ち着いた様子でアデラの元に寄り添って背中を撫でる。


「大丈夫です、アデラさん。落ち着いて。破水してすぐ産まれるわけじゃありません。これから陣痛はくると思いますが、まずは落ち着きましょう」


 そんな話をしてアデラをなだめるルシア。イズはパニックになって大騒ぎしているキャロルの脇を通り抜けてシンクに近づく。


「なあ、シンク。破水ってなんだ?」


「俺も知らねーけど……話の流れから赤ん坊が産まれる予兆みたいなもんだろうな」


「そっか。――じゃあ俺たちで産まれるお手伝いしなきゃだな」


「そうだな……ってイズ!? ちょっと待て! そんな知識俺たちには無いし――」


 シンクの声を無視したイズはアデラの元に近づく。そしてルシアと一緒に背中を撫でながら笑みを向ける。


「大丈夫だぞ、アデラおばさん。俺たちがアデラおばさんの赤ちゃん産むのお手伝いするから。だから安心してくれ。――な? ルシア?」


 そう言って目線を向けるとルシアは不安そうな顔をしていた。しかし青ざめたアデラが目線を向けるとルシアは覚悟を決めたように笑顔を作った。


「当たり前よ! 私を誰だと思ってるの!? ――というわけです! アデラさん! 私たちがアデラさんの出産をお手伝いします! 大丈夫! 出産経験はあるし、知識も豊富なのでお任せください!」


 必死に強がるルシア。その手をイズはそっと握りしめた。

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