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第1話 霊峰メルルト

 一週間前に列車の窓から眺めた尾根は薄っすら雪化粧をしていたが、今は山の麓まで雪が下りている。


 アストリーク大陸北部を横断するように伸びるマキリスタ山脈には世界最高峰と呼ばれる霊峰メルルトがそびえており、イズ、シンク、ルシアの三人はメルルト街道の玄関口である山の麓の小さな村にいた。


 夏季は観光地として賑わうようだが、寒さの厳しい冬季は住民ですらあまり外に出歩かない。ましてや雪山登山をする者など皆無だ。――この三人を除いては。


「よーし! あんたたち! 今日から約一週間! 過酷な雪山越えが始まるわよ! 覚悟は完了してるかしら!?」


「「おう!! 覚悟完了!!」」


 ルシアの掛け声に拳を突き立てたイズとシンクは子供用防寒着と登山用品を身につけ、冬季の山越えを目指す。


 三人はティンバードールを出発し、各地を巡りながら旅をして七カ月が経過した。


 現在はレテルからのお願いもあり、二カ月後に大都市ネオベルまで到着する計画を立て、様々な場所を経由しながら旅をしている最中だ。


 本来ならマキリスト山脈を迂回する列車に乗り継げば二日程度でネオベルに辿り着く距離まで来ているのだが、ルシアの「二人に色んな経験をさせて学ばせる」方針により、あちこち遠回りをしている。


 いろんなことを考えて学びの機会を与えてくれるルシアにはずっと感謝している。けれど最近はそれだけではないとイズは感じている。直接聞いたわけではないので断言できないが、まるでルシアは二人と思い出づくりをしているような気がしてならない。


「私の生まれ故郷は海の綺麗な浜辺の街なの。でも冬はここみたいに沢山雪が積もるのよ」


 雪山を登りながらそう話すルシア。この七カ月間こんな風に自分の過去を話すようになった。


 二人との思い出を作り、自分をもっと知って欲しいと過去の話をする。裏を返せばそれは自分という存在を忘れないで欲しいという想いからであり、いつか来るであろう別れを考えての行動だ。


 ずっと三人でいられるわけじゃない。チャイルドヘイブンの場所が変わったので探し当てる必要はあるものの、ルシアとミウはラミアーヌの雫を手にしており、いつでも異世界に渡ってアクソロティ協会から逃げ出す準備は整っている。


 つまり機会が訪れればルシアとはお別れになる。けれど誰もそのことを口に出したりしない。二人だって別れが来ることはわかっているはずなのに。


 そんなことを考えるイズは二人の会話に耳を傾ける。


「へえ。ルシアってもっと都会に住んでたのかと思ったぜ。以外に田舎っ子なんだな」


 そうシンクが話すとルシアは微笑む。


「そうなのよ。美人で知的な私だけど実は田舎育ちなのよね。でもこういうギャップもモテる秘訣なわけ」


「なに言ってんだルシア。俺は今の話聞いてやっぱりって納得したぞ」


 イズの言葉にルシアは首を傾げる。


「なにを納得したのよ、イズ」


「だってさ。ルシアは寒さをしのぐために太っちょな体型になったんだろ?」


 そう答えるとシンクは笑い声を上げた。


「面白いこと言うじゃねえか、イズ。確かに筋の通った考え方だな!」


「だろ? やっぱ俺って頭いいかも!」


 腹を抱えながら笑い声をあげるイズとシンク。ルシアはそんな二人を両脇に挟んで首を絞めてきた。


「あんたたち! お褒めの言葉あ・り・が・と!」


「く、苦しいぞルシア……」


「ギブ、ギブアップ、ルシア……」


 そんないつもどおりのじゃれ合いをしながら、三人は雪山を楽しく登る。


 霊峰メルルトは標高が高く、進むにつれて酸素分圧が低下していくため、通常、体を慣らすために何度も上り下りを繰り返し、高山に体を順応させていく。このため本来ならば霊峰メルルトの登頂期間は平均二カ月かかるところを三人は一週間で横断しようとしている。


 一見すると無茶な計画にも思えるが、ルシア曰く「今のあんたたちなら十分に超えられるわ」とのこと。ミウにパワーアップしてもらって以降、イズはオーラの扱い方が何となくわかってきており、薄っすら魔力を放出しながら肉体強化をする術も身に着けた。


 そのため修行と称し、起きてる時も寝てる時もずっと肉体強化を続けるようルシアに言われている。この雪山越えにおいても。


 そのおかげだろうか。もうかれこれ三時間も霊峰メルルトを登ってきたが体調が悪くなることはなく、むしろ体が汗ばむくらいに温かくて調子が良いくらいだ。


「さーてあんたたち。もう少し登ると山小屋が見えるはずだから今夜はそこで休むわよ」


 ルシアの言葉にシンクは首を傾げる。


「もう休むのか? 確か登山マップだとこの先にも山小屋あったし、この調子で歩けば日暮れ前には次の山小屋に着くだろ? そこで一晩明かしてもいいんじゃねーの?」


 シンクの疑問はもっともだ。日が落ちなければ歩くことになんの支障もない。寒さも問題ないし、天候も崩れる気配はないので行けるところまで行ってしまったほうが良い気がする。明日起きて猛吹雪だったら登山は中止だ。


「今は晴天だけど次の山小屋に向かう途中で猛吹雪になる。急ぎ旅でもないんだし、安全に進んだ方がいいわ」


「ルシアがそう言うなら異論はねーけどさ。でも猛吹雪になるってそんなことわかんのか?」


「ええ。私、雪深い故郷で育ったって言ったでしょ? 祖母に天候の読み方を教わったのよ。あんたたちよりずっと小さな頃にね」


「そうなんだ。――でも不思議だな」


「何が不思議なの? シンク」


「ルシアにも子供の頃があったことが、だよ。そんなの当たり前なんだけど……なんか不思議だ」


「まあ……そうね。私も不思議よ。娘を探さなければ、きっと私は今頃こうやってあんたたちと楽しく旅をしていないもの」


 そう言って微笑むルシアはシンクの頭を撫でる。シンクは寒いのか恥ずかしいのかわからないが耳を赤く染めている。


「なあ? ルシアって子供の頃から太ってたの?」


「イズ~? あんたはどうしてそんなに私を太らせたいわけ~?」


「太ってるのは事実じゃん? ってか俺のこめかみを拳でグリグリするなー!」


 シンクの笑い声を聞きながらルシアの脇に挟まれてお仕置きを受けるイズ。そんなことをしていると突然銃声が聞こえた。


 三人は互いに目を合わせる。そして急いで銃声の先に駆け出した。


 走って走って。そのうち山小屋の屋根が見え、開けたところまで辿り着くと一組の男女がガラの悪い男たちに取り囲まれていた。


 今にも暴力をふるいそうなガラの悪い男たち。一方の男女は身を丸くしたまま無言を貫いている。何があったのかはわからないが、決して穏やかな状況ではない。


「何とか言えよオラ! 俺たちは鳥を探してるだけなんだよ! 見たことあるかどうか聞いてるだけだろうが!」


 そう問われても無言を貫く男女。その態度に業を煮やしたスキンヘッドの男が身を丸くしている男に掴みかかろうとしている。とりあえず仲裁に入るべきだろうが――イズはそれよりどうしても不思議なことがある。どうしてもこの男に聞いてみたい。


 そう思って近づいたイズはじっくり観察していると男がこちらに目を向けた。


「なんだガキ。見せものじゃねえんだよ。さっさとあっちに行け!」


「なあおっさん? おっさんはどうしてハゲなのに帽子かぶんないんだ? それじゃあ寒いだろ?」


「あ? これはお洒落だクソガキ。自分で髪剃ってるんだよ。それにハゲじゃねえスキンヘッドだ!」


「えぇ!? おっさん自らハゲにしてるの!? ――あっはっはっは! ダセーな! 周りの友達から教えてもらえなかったのかよ。その頭ダセーってさ。おっさん周りに好かれてないんだな」


 イズの言葉に周りの仲間たちは気まずそうな顔をしている。その雰囲気を察したらしい男の表情が強張ってきた。


「こいつらは仲間じゃねえ! 部下だ! このくそガキが! ぶっ殺してやる!」


 そう言うと男は腰に差している銃を抜いてイズに引き金を引いてきた。


 雪山に鳴り響く銃声。しかしこんな銃弾など簡単に避けられる。銃口から弾丸が飛び出した瞬間、イズは男の後方に回って首根っこを掴まえると部下たち目がけて投げつけた。すると男にぶつかった部下たちは次々に倒れて人の山ができる。


 その隙にシンクとルシアは男女を連れてこの場から離れており、倒れる部下たちの間隙を縫ったイズはみんなの後を追って山を登る。


 そうしてみんなの元に追いつくと何故かシンクは女性を抱えて走っていた。よく見ると女性の腹部が膨らんでいる。


「ぼ、僕の妻は妊娠してるんだ! もういつ産まれてもおかしくない! だから! その――」


「――この道を数キロほど登った先に登山マップには載っていない山小屋があります! そこまで私たちを連れて行ってください!」


 困惑する男性とは違い、女性は冷静なようだ。


 イズ、シンク、ルシアの三人は互いに頷く。そして代表してルシアが返事をする。


「わかりました! それでは道案内よろしくお願いします!」

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