第0話 ある夜の老婆の夢
その夜は不吉な予兆があった。
死神の囁き、地獄の亡者の嘆き、常世の住人の悲しみ。それらが泥のようにまとわりついて、眠りにつくことを妨害してくる。
これは警告だ。今夜見るであろう悪夢に身構えろという神託の前の警告。
星読みを長く続けているとこうした現象はたまに起こり、決まって大きな啓示を受ける。これから降りかかるであろう厄災を夢で告げられる。
『超常の災害』があったときもこの啓示を受けた。ただ今回の警告は前回のものとは比べものにならないほど強い死を連想させられるものだった。だからしっかりと身構えて床に就いたわけだが――。
「――運命が……堕ちるのかい……?」
ベッドから上体を起こす。滝のように流れた汗が服を濡らし、地肌に張りついて不快だ。
とにかくこのことを伝えなければ。そう考え、指を鳴らしてガラス細工が施されたランプに火を灯すと、帳が下りた黒の世界に仄暗い色が混じった。
ベッドから降りると心もとないランプの光を頼りに机へと向かう。椅子に座り、あらかじめ机の上に置いていた白紙に神託の内容を書き留める。そして常設するベルを持って鳴らした。
「お呼びですか? ドナ様」
顔を向け、隣に寄り添う影に折りたたんだ手紙を渡す。
「夜中に随分待たせてしまったね。悪いがこの内容をルシアとアリティエを除くロイケット社交界の英傑全員に伝達してくれるかい? 可能な限り急いでね」
「それは構いません。しかしアリティエはともかくルシアには伝達しないのですか?」
「ああ。知ったところで心配させるだけさね。それに……仲間に引き込もうとしてもあの子の決意は変わらないだろう。そういう子だよ。昔からね」
そう聞くとすぐに立ち上がり、寝室から出ようとする影。その大きな背中を呼び止める。
「悪いね、ロイヤール。今やゼロの部隊長にも上り詰めたあんたにこんな雑用を押し付けてしまって」
すると影はいかつい笑みを浮かべる。
「それは今さらだろう、ドナ先生」
その言葉を最後に寝室から人の気配が消えた。
それからすぐに寒気がして椅子の背もたれに掛けっぱなしだったカーディガンを羽織る。そして窓辺に近づき、カーテンを少しだけ開いて外の様子を覗き込んだ。
「おや。バカに寒いと思ったら初雪かい。まったく……寒さってのは年寄りには堪えるねぇ」
そう独り言ちたドナ・ロイケットは夜の街並みを薄っすらと白く染める雪に目を落とし、カーテンを閉じた。




