第37話 お姫様と親友
窓の外に見える世界は四季折々の花が可憐に咲き誇るわけでもなく、酔いしれる小鳥の歌声が聴こえるわけでもない。それでも閉じられた世界にはない本物の日の光が眩く降り注いでいて、それだけでなんて贅沢なことなのだろうと感じてしまう。
ミウは教室の机に頬杖をつきながら新しいチャイルドヘイブンが造られるまでの期間限定で許された外界の日常を噛みしめている。これがアクソロティ協会本部に設けられた鳥籠の中であろうと十分に嬉しい。外界に出られることなど滅多に与えてはくれないのだから。
それに外界で仮住まいをする短い間だけミウも学友たちと寝食を共にし、同じ学び舎で授業を受けている。今までは特定の授業以外顔を合わせることはなかったので、その変化がミウは何よりも嬉しい。例え学友たちから無視されていたとしても。
今、教室の後ろの隅に座るミウ。その周囲に机はない。誰もミウの周囲に座りたがらないからだ。みんながミウを避けている。お友達を作るのはきっと難しい。でもみんなと同じ空間に居られるだけで十分だ。無視されるのは寂しいけれど、いつまでもみんなと一緒の生活ができるわけじゃない。
そんな仮住まい生活が始まって三日間。リコとは一度も顔を合わせていない。今回の騒動に関する説明や聞き取りなどで色々大変らしく、アクソロティ協会本部の別の場所にいるとアリティエから聞いた。
きっと忙しいのかもしれないが説明や聞き取りだけで済めばそれでいい。何か責任を取らされてリコが罰を受けなければそれで。
しかしリコと会ったら何をお話しよう。そう考えたとき、嬉しさと共に不安な気持ちが湧き上がってきた。この三日間で冷静になって、やっぱり親友になんかなりたくない、とリコが心変わりしているかもしれない。それでリコにも無視されてしまったら、教室で泣き出してしまうかもしれない。
そんな暗いことばかり考えていたら無性に悲しくなってきた。
「そんなの……嫌だ……」
「何が嫌なの? 私にも教えなさいよ」
そう言われてミウは顔を上げる。そこには綺麗な黒髪をなびかせ、笑みを浮かべながら腰に手を当てるリコの姿があった。
「リコちゃん! ようやく戻って来れて――ってどうしたんですか!? その顔!? 痣になってますよ!?」
「ん? ああこれ? ちょっと悪口言ってる奴らと片っ端から殴り合いの喧嘩してきただけ。大した怪我じゃないわ」
左頬を撫でるリコは何でもなさそうにそう語る。本当は心配するべきだろうが、とてもリコらしい言動に思わず吹き出してしまった。
「リコちゃんっていつも男の子みたいな怪我してますよね?」
「だってこの世界にはムカつく奴らが大勢いるんだもの。しょうがないでしょ?」
「それはそれは。でもリコちゃんに悪口言うなんて身の程知らずですね」
ほんの少しだけ間があった後、リコはくすくすと笑う。
「しかも安心して、ミウ。私、喧嘩は全戦全勝よ?」
「それ安心できます? 怖すぎですよ、リコちゃん」
そう言って笑うもリコは真面目な顔をしている。気に障ることを言ってしまっただろうか。そんな不安が湧き上がってくる中、リコは背を向けて歩き出した。
笑ったことに気を悪くしたのだろうか。返しの言葉が悪かったのだろうか。焦りでどう声をかけてよいかわからなくなってきたが、とにかく謝ろう。
そう思って椅子から立ち上がろうとしたとき、リコは少し離れたところから机と椅子を引っ張ってきた。そしてその机をミウの机にくっつけ、リコは椅子に座る。
怒っていたわけではなさそうだ。でもリコが何を考えているのかわからない。
「ねえ、ミウ」
「は、はい! なんですか? リコちゃん!」
「私に敬称はいらない。丁寧な言葉遣いもいらない。変な気も使わなくていい。私……親友とはそういう関係がいい。ミウはそういうの……嫌……かしら?」
真剣に、そして不安が入り混じったリコの表情。
ミウだけじゃない。リコだって初めてだから、どうやって距離を詰めていこうか悩みながら探っているんだ。親友という関係を。
そうだった。不安になる必要はない。悲しむ必要はない。勇気を出して一歩前に踏み出せばそれでいいんだ。――そう、教えてくれたはずだ。勇者見習いの男の子が。
「ううん。全然嫌じゃない。だって私も……リコとそういう関係になりたいってずっと思ってたもん」
そう告げるとリコは緊張が解けたような、安堵が入り混じった笑顔を見せた。
「ありがとう、ミウ。改めてこれから……親友としてよろしくね?」
「うん。改めてこれから……親友としてよろしく、リコ」
ぎこちないことはきっとお互いにわかっている。この関係性を言葉にして伝えるのにはまだ経験が足りないこともわかっている。だからリコと手を握った。笑顔を交わした。
少しずつ歩み寄って、理解し合っていけばいい。だってもう二人の間を隔たる壁は取り払われたのだから。
一人の悪戯っ子の活躍によって――。




