第35話 夢を想う強さ
ティンバードールの中央に位置する大広場にはチャイルドヘイブンの学徒たちが造った複数のテントからなる仮設基地がある。そのテントの一張りで昨晩から働き詰めだった体を休めるつもりだったが、街の生活音が騒がしくて仮眠できそうにない。
「これじゃあ眠れねえよ……」
そう言いながらテントから出たシンクは周囲を見渡す。ティンバードールの住民から笑顔が見え、多少、街の日常を取り戻している。
昨日襲撃のあった直後はマレージョもどきと戦闘したり、住民を避難させたり、怪我人を治療したり、更には悪魔のアクソロティでマレージョ化した住民をエリウェルが元に戻す作業をサポートしたりと大忙しだった。
幸いにもマレージョもどきは昨日のうちに全て駆逐できたので本日は街中を見回りながら瓦礫の撤去や怪我人の治療などを行い、住民の手助けをしている。
夜明け前には多くのアクソロティ協会員が派遣され、街の復旧が少しずつ進み始めている。それはとても良いことなのだが、一つ困ったことがある。
襲撃当初から活躍していた小さな魔術師たちの名声は街中に広まり、シンクたちは英雄のような扱いを受けているのだが、それをアクソロティ協会員にも知られてしまった。
シンクの指示によりチャイルドヘイブンの子供達は街を救っているわけだが、本来、顔や名前を覚えられるほどの目立った行動は避けたかった。
知られるのがレテル派閥のアクソロティ協会員ならいいのだが、そうでない者も大勢いる。そうしたアクソロティ協会忠誠派たちに知られると事実はどうあれチャイルドヘイブンの学徒が処罰される可能性も考えられる。
レテルやルシアが見当たらず指示を仰げない以上、現場で判断するしかない。だからシンクは腕を組みながら頭を悩ませる。
「シンク様。ずっと働き詰めなんですからひと休みなさってください、と申し上げましたよね?」
声の方に目を向けるとライトブラウン色の髪を手櫛で整えるミーシャ・テンジェルの姿があった。
ミーシャは気が回って視野も広くチャイルドヘイブンの教育実習助手として働く傍らレテルの部下として諜報活動の任務をこなす器用な女だ。そういう性分なのかチャイルドヘイブンの学徒たちを指揮するシンクの身の回りの世話も当然にしてくれる。
ミーシャと初めて会ったとき、ガラハッドやイザークのメイドかと思わせるほど甲斐甲斐しく世話をしており、一方の二人も信頼している様子だった。行動を共にするようになって二人がミーシャを信頼する気持ちはよくわかったのだが、シンクは自分で出来ることを何でもミーシャにしてもらうことがどうにも心地よくない。
「ミーシャだって起きてるじゃねーか。それに交代制にしてるとはいえ学徒や教員たちも仮眠しかしてねーしな。全体を指揮する俺がゆっくり休むわけにはいかねえよ」
「皆の士気が下がるのであまり口にはできませんが……シンク様は替えの利かないお方です。有事の際には嫌でも我らを指揮していただく必要があります。ですから休めるときにお休みください」
「九歳の子供ができることなんだぜ? 大人なら誰だってできることだ」
「いいえ。私はシンク様の活躍を見て確信しました。あなたは我らの上に立ち、ロイケット社交界を統べるに相応しいお方です。もし大したことをしていないとお考えなのであれば、その考えを改めるべきです。私は生まれてからずっとアクソロティ協会で生きておりますがシンク様ほど人を統べる能力に長けた人材は見たことがありません。シンク様は必ずや我らロイケット社交界に福音をもたらすお方です」
随分と熱を込めて褒め称えてくるミーシャに対して悪い気はしないが良い気もしない。自分では本当に大したことをしていないと思っているのだから。手ごたえが無いのに褒められても素直に喜べない。
「お褒めの言葉どーも。でも眠くはないからこのまま街を見回ってくるぜ」
「いえ。無理にでもお休みいただきたいです。――差し出がましいようですが……私を抱き枕としてお使いいただいても良いのですよ?」
そう言って真面目な顔で目を輝かせるミーシャは両手を広げる。いつでも受け入れる体制は整っていると言わんばかりに。
「それは差し出がまし過ぎるな。――それに女に抱きしめられるのとかダサいだろ」
「おや。シンク様は九歳なのにもうそういうお年頃ですか」
「そういうお年頃ってどういうお年頃だよ。ってか今俺を軽く馬鹿にしたよな?」
「あれ? シンクもう起きてる。駄目だよ、ちゃんと休憩しなきゃ」
振り向くとエリウェル、ガラハッド、イザークが大量のパンや飲み物を手に抱えていた。
「エリウェル様。もっとシンク様をお叱りください。私の言うことなど聞きもしないのですから」
不満顔を見せるミーシャを見てエリウェルはクスクスと笑う。
「シンクは私の言うことも聞きませんよ、ミーシャさん」
そう言いながらエリウェルは手に持っていたパンと飲み物を渡してきた。
「いいのか? 俺が貰っても」
「うん。回診してるときに沢山いただいたからシンクにもお裾分け。ミーシャさんの分もあるから二人で仲良く分けてね」
「おう。ありがとう」
お裾分けとは多分、悪魔のアクソロティでマレージョ化してしまった住民たちから貰ったものだろう。唯一エリウェルだけがマレージョ化を解除する術があり、献身的に世話を焼く性格も相まって元に戻った人たちから随分感謝されていたし、可愛がられてもいた。
ただ、マレージョ化した住民全てが元に戻ったかと言ったらそうではなく、行方不明の者たちもそれなりにいるようだ。皆で大規模に捜索したのだが少なくとも街の中にはいない。死んでいるのか、生きて街を出たのかすらわからない。
エリウェル曰く、肉体とアクソロティが完成に定着してしまうともう元には戻せないらしい。だからエリウェルがいるうちに行方不明者が帰ってきて欲しいところだが、こればかりはどうすることも出来ない。
「ミーシャ。せっかくだから二人で食べようか」
シンクはいただいた食料をミーシャに渡す。けれどミーシャはシンクを見ながら目を丸くしている。
「どうしたんだ?」
「シンク様……」
ミーシャの目線はシンクを通り越した後ろに向いている。その直後、多くの人の気配を感じて急いで振り返ったところで――。
「――シンクー!!」
突如、肉厚の誰かに包み込まれた。気道が締めつけられて息苦しさはあるが、その感覚は柔らかくて温かく、とても心地よい。
シンクは鼻腔に漂うほんのりと甘い香りを感じながら力強い抱擁から顔を抜け出した。
「ル、ルシア!?」
そこには約一カ月ぶりに会うルシアの顔があった。久しぶりと言うほどの期間ではないはずだが、もうずっと会っていなかったかのような感覚になる。
懐かしさと喜びが溢れてきて、ルシアの顔を見たらチャイルドヘイブンの学徒たちを指揮することになって大変だったと愚痴ろうとしていた気持ちが無くなってしまった。
「ごめんね、シンク! 何も出来なくて! 大変だったわよね!? でもよく頑張ったわ!」
そう言ってルシアは頬擦りしてきた。話ぶりから何となく事情を知っていそうな気がする。ルシアの性格上、街でこれだけマレージョが暴れれば住民たちを助けるために応戦するだろう。それが一切無く、安全になってから姿を現したところから察するに何か事情があったのだろう。
その事情とはおそらくレテルが関係している。住民たちと一緒にイズもヴォイニッチに攫われたとエリウェルが言っていたし、それを助けず傍観しているルシアじゃない。そもそも狡猾に暗躍しているレテルのことをシンクはそこまで信用していない。
「シンク様。女に抱きしめられるのはダサいのではなかったのですか?」
目線を向けるとミーシャが真面目な顔でこちらを見ている。
「こ、これは不可抗力だろ!?」
気恥ずかしくなったシンクは抱擁から抜け出す。そして心配そうな顔をするルシアに笑みを向けた。
「俺は大丈夫だ、ルシア。それよりも無事再会できて嬉しいぜ! ルシアは元気だったか?」
そう問いかけるとルシアは少し表情が和らいだ。
「私は相変わらずよ。――それにしてもシンク。あんた少し見ない間に表情が逞しくなったんじゃない? これもレテルたちと一緒にいたおかげかしらね」
「まあ色々苦労が絶えなかったからな。険しい顔にはなったかも。――それよりイズのことなんだけど……あいつ大丈夫かな?」
「ええ。大丈夫みたいよ。なんか大怪我してるみたいだけどレテルと一緒にもうすぐ帰って来るって」
「マジ? なんでそんなことわかんだよ」
それはね、と言ってルシアが顔を向ける。そこにはチャイルドヘイブンの教員や学徒たちがぞろぞろと列を成して中央広場へと近づいて来る姿があった。
その列の先頭にはアリティエとリコの姿がある。深刻な雰囲気でもなさそうなので多少の警戒はしつつ、集団が到着するのを待つ。そしてアリティエがシンクたちの前で立ち止まった。
「お友達と一緒に上手くやったようだね、シンクくん。偉いぞ」
「お褒めの言葉ありがとう、アリティエ。――それでこんなにぞろぞろ引き連れてどうしたんだ? チャイルドヘイブンに帰るのか? それとガルマードは一緒じゃないのか? もしかしてアリティエに仕事押し付けてサボり?」
嫌味も込めてそう口にするとアリティエは不敵な笑みを浮かべる。
「ティンバードールやチャイルドヘイブンを襲撃した主犯格であり、アクソロティ協会に反旗を翻そうとしていた裏切り者ガルマードは処刑されました。これはレテル・ミラージェがガルマードの謀反を秘密裏に調査し、突き止めた功績が大きい。そしてこの外界実習はガルマードが企画したものであり、これ以上学徒たちを外界に晒すわけにはいきません。よって、我々は大至急アクソロティ協会本部に帰還します。――以上、ご報告です。総帝様」
作業のように淡々と報告するアリティエ。学徒たちの勝手な行動も、シンクとレテルの親子関係も、何もかも不問にしたかのような態度だ。
いや、実際そうなのかもしれない。ロイケット社交界はまだアクソロティ協会と表立って敵対するつもりはないようだし、そう考えるとレテルがここまでの筋書きを立て、シンクたちには内緒で別の計画を進めていたのだろう。
別の計画とは、ガルマードを裏切り者として吊し上げ、アクソロティ協会においてのレテルの信頼を回復すること。謀反を疑われていたレテルにとってアクソロティ協会に行動で忠誠を示す必要があった。その過程で様々な問題を上手く理由づけてアクソロティ協会を丸め込んだのだろう。
そもそもシンクたちの目的はチャイルドヘイブンに囚われた子供たちを奪還することだったはず。少なくともシンクはそう聞いている。
しかしレテルの信頼回復計画はアクソロティ協会に忠誠を示すものであり、シンクの言い渡された子供たち奪還計画はアクソロティ協会に敵対する行為だ。
つまり最初からシンクたちが行おうとしていた計画は失敗に終わることが前提。むしろ失敗してもらわなければ困る。では何故レテルはこんな計画をシンクたちに言い渡したのか。
考えられる目的はシンクたちがチャイルドヘイブンの子供たちと接触すること。その説明をしないあたり、何か深い事情がありそうだが今はまだシンクにはわからない。
見た目だけならおっとりしていて優しそうだが、本当のところは何もかも計算づくの狡猾な女。これがレテルが腹黒女と呼ばれる所以だろう。
よって、アクソロティ協会に忠誠を示したレテルに対し、これ以上疑惑の目を向けられないアリティエはこんな態度になるのだろう。
「ご説明ありがとうございます、アリティエ様。そういうことにしたのだと理解できました」
「そうそう。無用な争いをしないためにも大人の世界では建前が大事なんだよ。随分と成長したね、シンクくん」
子供扱いしてくるのは腹が立つ。けれど波風を立てても仕方ない。
「それはどうも。――それよりイズはどうしたんだよ。何か知ってるんだろ?」
「うん。でもそれはリコちゃんから聞いたほうがいいね」
そう言ってアリティエは隣に立つリコに目線を落とす。するとリコは待っていたと言わんばかりに口を開く。
「安心して、シンクさん。わたしさっきまでずっとイズくんと一緒だったけど元気だったわ。体はボロボロで一度右腕取れちゃったけど」
「おいおい! そんなんであいつ元気なのか!?」
「ええ。楽しそうにガルマードと殴り合ってたわ。まあ怪我のほうは重症だからしっかり治す必要はあるけれど」
何があったかわからないがガルマードと殴り合いしていたのは何となく想像がつく。間違いなくガルマードはイズの性格を嫌うだろうから。
「それでイズは帰って来るのか?」
「ええ。レテル様が連れて来られるらしいわ」
「そうか。それならいいんだけど。――それであいつ。リコに迷惑かけなかったか?」
世間話程度に問いかけるとリコは嬉しそうに微笑んだ。
「やんちゃなくらい元気な男の子だけど……迷惑とは思わない。一緒にいてとても楽しかったわ」
リコとの初対面の感想としては猜疑心が強く、他人に心を開かず、他人に隙を見せない女の子だと思っていたが、本当はこんなにも優しい顔ができるらしい。
多分、イズと会ってリコは変わったのだろう。あいつはそういう奴だ。あいつがいると悩みが吹っ飛んで笑顔になる。それがなんだかとても誇らしい気分になった。
「そっか。それなら良かったよ」
そう言ってシンクが微笑む。
「それでシンクさん。イズくんを連れて来れなくて厚かましいのだけれど……レテル様への口利き。お願い出来ないかしら」
申し訳なさそうな顔でリコがそう告げてきた。確かに約束は守られていないがシンクはリコに何かしらの恩を着せるべきだと考える。
実情はわからないがマレージョの八貴族ヴォイニッチと相対して生きて帰って来られたのだから一般の学徒より優秀なのだろう。いずれアクソロティ協会と戦争することを考えると優秀な魔術師に恩を売って抱え込んでおくのは後々利益になるはずだ。
「約束は守れなかったから弟子にするって口利きはできないけど、代わりに弟子候補として話題に上げるくらいなら構わないぜ。後はリコがレテルを口説いてくれ」
「ええ。それで十分。ありがとう、シンクさん。私、夢を叶えるためにどうしても強くならなくちゃいけないの」
「夢のため、か。それは良いことだな」
「ええ。――私ね……勇者の仲間になって世界を救いたいの」
リコがそう答えると隣で笑い声が聴こえた。声の主はイザークだ。
「ダサ!! なんだその夢は!! おいリコ! 貴様いくらなんでもそれはダサ過ぎだろ!? ゴッコ遊びじゃあるまいし、勇者の仲間になって世界を救うことが夢なのか!? ――いや待て! それとも俺たちを笑わせようと考えたリコ渾身のジョークなのか!? だとすればリコ! そのジョークは三十五点だ! 顔を洗って出直せ!」
イザークの笑い声につられて学徒たちも笑い始める。ただそれは好意的な笑いではなく嘲笑だ。
リコを好意的に思っていないからなのか。単に子供っぽいと思ったからなのか。そのどちらもなのか。いずれにしても見ていて気持ちの良いものではない。
仲裁に入るべきだろうか。そう思ったとき、億劫な気持ちが湧き上がってきて体の自由を奪われた感覚があった。自分も勇者になるという夢を追っていたはずだ。それなのに今、心の中で否定しようとする自分がいる。
ラミアーヌ島を旅立って各地を巡り、様々な人と交流し、マレージョと戦い、世界を統べるアクソロティ協会の大きさを知り、ロイケット社交界の人たちと触れ合い、そして今自分はチャイルドヘイブンの学徒たちを率いて街を一つ救った。
その経験で培った新しい自分が今まで追っていた夢を否定している。そんな子供みたいな夢を追うべきではない。もっと大人になれと。
そんな思考に引きずり込もうとする新しい自分とは反対にいる自分が手を引っ張りながら語りかけてくる。そちらに行くな。行けばもう親友とは一緒にはいられないと。
こうしてがんじがらめになった心に肉体が支配され、シンクは沈黙へと落ちていく。
――今の俺には二人を仲裁する力はない。
そう考えて傍観しようとした矢先、突然イザークが吹き飛んだ。顔を上げて状況を確認するとどうやらリコがイザークを殴り飛ばしたようだ。リコが固める右の拳には漆黒のオーラが纏っている。
「き、貴様!? この俺を殴ったな!? 笑われた仕返しのつもりか!!」
倒れた体を起こしながらイザークは怒鳴る。一方のリコは慎ましく微笑んでいる。
「そんなわけないじゃない。誤解よ。私はただ周囲を飛んでたうるさい羽虫を追い払ったの。そうしたらたまたまあなたの顔面に私の拳がクリーンヒットしただけ」
「なんだそうだったのか。たまたまであれば仕方ない――なわけあるか!! 今のは明確に攻撃の意思があった! リコ……貴様この俺に敵意を示したのだから俺に殴られる覚悟はあるんだろうな!!」
「あら? あなたの頭の中にはスポンジが詰まっているのかと思っていたけれど、ちゃんと人間の脳が詰まっているのね。状況を理解できて関心感心」
「そうか。俺に虐めて欲しいんだな。この性格ブスが」
「その挑発は三十五点よ。顔を洗って出直しなさい。親から受け継いだ才能以外自分では何も獲得できない親の七光りくん?」
「貴様……もう泣かす!」
イザークが緑炎のオーラを激しく放出する。
「イザーク! 無用な争いは止めるんだ!」
そう言ってガラハッドが止めに入ろうとするがイザークはもう止まらない。爆発するように地面を蹴ったイザークはリコ目掛けて飛びかかる。それと同時にリコの周囲に銃火器を武装した人型の機械たちが瞬く間に造り上げられていく。
イザークは肉体を機械で覆い、右手に高周波ブレードを創造する。そして地面を鳴らすほどの踏み込みとともにリコに斬りかかった。
もう周囲に逃げ場はない。一瞬でリコを窮地に追い込んだイザーク。これはイザークの創造魔術のスピードと天才的な戦闘スキルの成せる技だ。この危機的状況を脱する術はリコにはない――と思っていた。
「なにっ!?」
人型の機械が完成する直前。地面を這う漆黒のオーラは鋭利な刃や槍に変化し、イザークの創造した機械兵士たちを切り刻み、あるいは刺突した。
機械兵士が霧散する中、空を切った高周波ブレードとイザークの装甲に漆黒のオーラが絡みついて侵食し、崩壊を誘発させる。そして身ぐるみを剥がされたイザークは地面に押し倒され、その後を引き継ぐ形でリコはイザークの背中を踏みつけた。
挑発して先手を誘い、まるで全てを読んでいたかのようなタイミングと手際でイザークを制圧した。これは明らかに――。
「俺の攻撃を想定してあらかじめ準備していたな! リコ!」
怒声を上げるイザーク。そのイザークを見下すリコは妖艶な笑みを浮かべていた。
「当たり前じゃない。生まれ持った才能を過信した手癖だらけの戦術。それを打ち破る戦略はいくらでも思いついたわ」
「おのれ! 貴様ごときにこの俺が負けるなど――」
「――負けるのよ。あなたが馬鹿にした私の夢に。この馬鹿みたいな夢に私は命を懸けているんだから。私を笑いたいってだけのあなたの軽い気持ちなんかに私の想いが負けるはずない」
「リコ。貴様……」
唖然とするイザークをしり目に足蹴を解いたリコの顔がアリティエに向いた。
「お待たせしました、アリティエ様。私の野暮用は済んだのでいつでも行けます」
リコがそう告げるとアリティエはクスクスと笑う。
「もういいんだね。それじゃあそろそろ行こうか」
そうしてアリティエは教員や学徒たちに方舟へと戻る指示を出す。シンクはミーシャに目配せをして挨拶しつつ、その光景を眺めているとリコがルシアの元へと近づいて来た。
「あの。ルシア様。一つだけよろしいですか?」
「ええ。勿論よ。何かしら?」
「昨日はミウのこと悪く言っちゃいましたけど……でも大丈夫です! ミウには私が付いてますから!」
「え? でも昨日はリコちゃん、ミウのこと嫌いだって……」
首を傾げるルシアをよそにリコは少し頬を赤らめながら屈託のない笑みを浮かべ、アリティエの元へと駆け寄っていった。
ルシアは混乱しているようで首を傾げているがシンクは何となく理解した。これもきっとイズの仕業なのだろう。
何故ならリコの笑い方がイズにそっくりだったから。




