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第33話 笑い声の先に

「ごめんなさい、イズくん。私もう行かなくちゃ駄目なんだって」


 ずっと遠くでそんな声が聴こえた。


「元気でね、イズくん。また……イズくんと会いたいな」


 まだ遠い。けれど少しだけ声が近づいた気がする。


「バイバイ、イズくん。またね……」


 悲しそうな声。その声に返事をしなくちゃ。そう思いながら重たい瞼を開く。少しだけ開けた視界にはぼんやりと人の背中が見える。


 少しずつ意識が鮮明になる頃には白い仮面を着けた大人たちに囲まれながら飛空艇に乗り込むミウの姿を見た。


 まだしっかり声は出ない。でも仮に大声が出たとしても引き留めるのにはもう間に合わない。飛空艇の出入口が閉じて浮遊し始めたからだ。


 それから人工的に発生させた歪の中を通って姿を消す飛空艇を見送ったイズは感覚が無く身動きの取れない体に窮屈さを覚えながら目線を下げる。


「最低限の処置はしたけど大丈夫かな? 気持ち悪くない? どこか痛いところは?」


 アリティエが髪を掻き上げながら顔を覗かせてきた。その隣には心配そうに見つめるリコの姿がある。


「体の感覚無くて声出すのも大変だけど元気モリモリだぜ」


「それは全然元気ではないね」


 そう言って笑うアリティエはイズの頬を撫でてきた。触れられる感覚もぼんやりとしているが、薄っすら冷たいような気がして気持ちがいい。


「私たち大至急アクソロティ協会本部に戻るよう命令が出ていてね。ティンバードールに置き去りにした教員と生徒を連れ帰らないといけないの」


「ふーん。そうなんだ。――もしかして俺、置き去りの刑にされる?」


 そう質問するとアリティエは声を上げて笑った。


「相変わらず面白いこと言うね、イズくん。でも大丈夫。すぐにレテルが迎えに来てくれるから。そうしたらルシアの元に帰って、本格的に怪我を治療してもらってね」


「レテルが迎えに来るの? そういう約束してるの?」


「約束はしてないけど来るよ。あれでレテルは義理深いし、それにまだ私と敵対したくないだろうから」


「そうなの? 約束してないのに本当に迎え来る? 俺このまま放置されたら死ぬかもしれないけど大丈夫そ?」


「大丈夫だよ。万が一のときは私が迎えに来るから。それで迎えに来ないレテルは地の果てまで追い詰めて必ず殺す。安心してね」


「そっか。迎えに来るなら安心だな」


 安心なのかよくわからないがそう言っておくことにした。約束もしていないのにレテルが迎えに来ないと殺すなんて話を聞いたらこれ以上この話題は広げられない。


 しかし前から思っていたことだが、アリティエと喋っているとたまに逆らえないような圧を感じて怖いと思うときがある。


 それが決して嫌ではない自分に不思議さを感じているとアリティエが上体を戻してリコの手を握った。


「そんなわけで私たちはもう行くね。イズくんがティンバードールに戻る頃には私たちとはすれ違いだと思うからルシアにはイズくんの状況伝えておくよ。それじゃあまた会おうね」


 そう言ってアリティエは微笑むとリコの手を引いて小型飛空艇の方へと歩き始めた。


 さてこれからどうしよう。体はまだ自由に動かせない。レテルが迎えに来るまでどうやって暇をつぶそうかな、と考えながら空を見上げているとアリティエの声を聞いた。


「リコちゃん!」


 目線を下げるとリコがこちらに向かって走って来ており、少し離れたところでは小型飛空艇に乗り込む寸前のアリティエの姿がある。


 何事かと思いながらリコを待つ。そうしてイズの元までやってきたリコと顔をつき合わせた。


「わ、わたし……イズくんに伝えなくちゃいけないことが……あった……」


 息を切らしながらそう話してきた。綺麗な黒髪が少し乱れ、頬はやや紅潮し、薄っすらと汗ばむリコはどこか緊張した面持ちをしている。


 真面目な話なのだろうと思ったイズはリコが口を開くのを静かに待つ。


「イズくんと一緒に居たこの二日間。私はイズくんから恐怖に立ち向かう勇気をもらった。人生は楽しいんだってことを教えてもらった。自分自身と向き合う機会と本当の私を知るきっかけをくれた。私にとってかけがえのない大切な存在が近くにいると教えてくれた。ミウと引き合わせてくれた。私の人生を華々しいものに変えてくれた。――私ね、イズくん。イズくんには本当に感謝してるの。感謝しても感謝しても、一生感謝してもしきれないくらい本当に感謝してる」


 こうやって面と向かって感謝されると気恥ずかしい。けれどそれ以上に体が熱くなって心の底から嬉しさが込み上げてくる。人に喜ばれるのは本当に嬉しいものだ。でも――。


「それは全部リコが頑張ったからだよ。もっと自分を褒めてやってくれ」


「そんなことない。それにイズくんは私をグレムリンやガルマードから守ってくれたじゃない。すごく感謝してるわ」


「それは俺が勇者を目指してるからだよ。夢のために俺が勝手にやったことだからリコは全然気にしなくていいぜ」


 イズが笑顔を向けるとリコも小さく笑った。


「なんかすごくイズくんらしい答え。でも……そうね。勇者になることがイズくんの夢なんだもんね。――そんなイズくんだからこそ……私……」


 そう言った直後、リコは片膝をついて胸に手を掲げた。


「私はイズくんに忠誠を誓う。イズくんの命令ならどんなことでもしてみせる。命だって喜んで懸ける。どんなことがあっても絶対にイズくんを裏切らない。だから……だから私も一緒にイズくんの夢を追わせて欲しい。イズくんが勇者として世界を救うのならそのお手伝いをさせて欲しい。私に……夢を見させて欲しい。今はまだ弱くて全然役に立たないけど……でもたくさん魔術の勉強して、沢山経験を積んで、必ず強くなってイズくんの役に立つから。だからね……私をイズくんの配下にして!」


 突然そんなことを言われてもすぐには返答できない。けれどリコの瞳は真っすぐイズを捉えていて本気なことがひしひしと伝わってくる。きっとリコは勇気を出して、覚悟を持ってこの言葉をイズに伝えてきたのだろう。それならばしっかりと考えて返答しなければリコに失礼だ。


 それはわかっている。けれどなんでも命令を聞くとか、喜んで命を懸けるとか、役に立つとか、配下にして欲しいとか、そんなことイズは苦手だ。


 様々な困難に向き合う中で辛くて大変なことはこれからたくさんあるのだろう。でもそんな大変なときを一緒に笑い合って乗り越えるのがイズ流だし、それが仲間だと思っている。


 だからこそリコの気持ちにしっかり向き合うためにもイズは言わなければならない。


「よしてくれよ、リコ。俺、そういう関係苦手なんだ。それにリコは気が強くて我がままで人の言うこと聞かないくらいが可愛いぜ?」


 そう答えてイズは笑みを向ける。するとリコは悪戯な笑みを浮かべた。


「じゃあ、気が強くて我がままで人の言うこと聞かないから勝手にイズくんの仲間になるわね?」


 リコの言葉の終わり。笑い声が聴こえて目線を上げるとリコの後で口に手を当てて楽しそうにするアリティエの姿があった。


 そんなアリティエの笑い声につられたイズとリコは一緒に笑い声を上げた。いつものリコの調子が戻ってきたようだ。


 これがイズの求める関係性。仲間だ。


 そういえば勇者冒険譚では勇者は冒険して仲間を集めて悪者と戦っていた。今まで深く考えてなかったが勇者パーティを作ってもいいかもしれない。


 そう思うイズは楽しそうに笑うリコとアリティエの声を聞きながら澄み渡る空を見上げた。

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